鉄棒





ラクサスが、学校からの帰路の途中にある南口公園の前を通った時だった。視界に見覚えのある色が目に入った。桜色の髪だ。そんな珍しい色の持ち主などただ一人しか知らない。隣家に住む親子の、息子の方。小学校に通っているナツだ。
もうすでに日が暮れ始めている時間で小学生が外に居るのは危ないだろう。そうでなくとも最近は変質者も多い。
ラクサスは公園内へと足を踏み入れた。放っておきたいのだが、何かあった場合後に自分にも被害が降りかかって来るのだ。
近づけば、ナツは鉄棒の前で唸っていた。

「ガキがこんな時間まで何やってんだ」

「、ラクサス!」

ナツは一瞬びくりと肩を震わせたが、ラクサスの姿を確認すると安堵のため息を漏らした。

「おどかすなよー」

「てめぇが何してようが関係ねぇが、いい加減帰らねぇとてめぇの親父が心配すんだよ」

ナツの父親イグニールはナツを溺愛している。ナツの門限が五時と決まっているが、それを五分ほど過ぎた頃には、イグニールは家の前に立ってナツの帰りを待つ。更に五分経てば冷静さを欠き周囲を徘徊し始める。
前にナツが三十分帰るのが遅くなった事があった。その時は、イグニールが顔を青ざめさせていたところに運悪くラクサスが帰宅した。
ラクサスの姿を見たイグニールは目を血走らせながらラクサスの肩を掴んだ。

『ナツが誘拐された!!』

あの時ほどに、ラクサスが人をなだめた事などない。あれほどに己の肩が痛みを訴えた事などない。イグニールの力は強く、しばらくの間ラクサスの肩には手の痕がしっかりと残ってしまったのだ。
思い出して顔をゆがめるラクサスに、ナツが唇を尖らせた。

「今日は父ちゃん帰ってくんの遅ぇんだ」

「てことは家で飯食うのか」

イグニールが仕事で帰るのが遅くなる日は、ラクサスの家で食事をとる事になっている。イグニールと、ラクサスの祖父マカロフが友人なのだ。

「なぁ、今日の飯なんだ?」

「知るか。帰ってジジィに聞け」

ナツが食事を食べにくる日は、間違いなくナツの好物なのだから、ハンバーグ辺りだろう。安易に想像が付く。

「帰るぞ」

歩きだそうとするラクサスの服を、ナツが掴んだ。

「ラクサス」

振り返るラクサスを、ナツは上目づかいで見上げた。

「さ、逆上がり、教えてくれ」

「何だぁ?てめぇ、逆上がりもできねぇのか」

小馬鹿にした様なラクサスの声に、ナツは目をそらす。

「ち、違ぇよ……なんつーか、コツってのが分かんねーんだ」

もごもごと口ごもっていたナツが、そうだと、ラクサスを見上げる。名案だとばかりに目を輝かせた。

「なぁ、一回やって見せてくれよ!できんだろ?」

高校生にもなって逆上がりなどしない。出来ない事はないだろうが、それ以前の問題があった。
ラクサスはナツの前にある鉄棒に手を乗せた。

「こんなガキの使うもんで出来るわけねぇだろ」

鉄棒の高さはナツの身長よりも低い。ラクサスの腰辺りまでしかないのだ。出来ない事はないかもしれないが、格好悪いし、下手したら頭を打つだろう。危険だ。

「なんだよ、仕方ねーな」

やれやれと溜め息をつくナツに、ラクサスは眉を寄せると、背を向けた。

「……帰るからな」

「わー!じ、じゃぁ、支えてくれ!あと、もうちょっとで、できそうなんだよ!」

必死にしがみ付いて来るナツ。ラクサスは諦めたように振り返った。
ナツが鉄棒に向かうと、ラクサスはその横に立って、ナツの背に手を添える。

「ちょっと待て」

地を蹴ろうとするナツを止めて、ラクサスがナツの両手へと手を伸ばした。

「それだと、やり辛ぇだろ」

ラクサスは幼い両手をとって、鉄棒を逆手に握らせる。ナツはきょとんと、持ち手を変えられた手を見つめる。

「ラクサスはこう持つのか?」

そうでなければ、わざわざ直させたりしないだろう。ああ、と頷くラクサスに、ナツはにっと笑みを浮かべた。

「じゃ、これでいいや!」

「いいか、踏み込んだ時に腕は伸ばすなよ。鉄棒に身体を引きよせて、腹を鉄棒に乗せる。勢いつけりゃ気付いた時には回ってる」

全ては理解していないだろうが、こくこくと頷くナツ。その背にラクサスは手を添えた。

「ちゃんと支えてやるから、最後まで力抜くなよ」

「お、おお!」

ナツが地を蹴りあげたと同時に、ラクサスがナツの背を押した。ナツの身体は鉄棒を軸に勢いよく回り、一瞬の事で気付いた時にはナツの足はすでに地についていた。
瞬きを繰り返したナツは、表情を輝かせてラクサスを見上げた。

「できたぞ!」

「支えてやったんだ、当り前だろ」

むっと口元を歪めるナツの頭を、ラクサスはぐしゃりと撫でた。

「こんなもん、怖くも何ともねぇだろ」

ナツは一瞬で顔を赤く染めた。

「こ、怖くなんかねーよ!!」

「いい加減帰るぞ。続きは明日にしろ」

何とかナツを連れて帰宅する事が出来たラクサス。予想通り晩飯はハンバーグだった。
エビフライを添えられたそれに笑顔でかぶり付いていたナツが、突然フォークをラクサスへとつき出した。

「やる!お礼だ!」

フォークにはエビフライが一本刺さっていた。ラクサスは面倒くさそうにそれを口で受けとると、己の皿に乗っているエビフライを、ナツの皿へと乗せてやった。

「逆上がりの褒美だ」

「へへ、サンキュー!」




20100819

ミーヤ様からのネタを提供していただきました。ミーヤ様に捧げます!

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