これからは





幼い頃は守られてばかりだった。元気で丈夫な身体が、対等に走っていける身体が羨ましかった。
遠く離れても、夢でよく見ていた。身体が弱かった自分を、いつでも守ってくれた背中。太陽の様な笑顔。真っすぐな言葉。綺麗な桜色の髪。

「あいつ、先に帰ったのか」

数日前に妖精学園に転入してきたラクサス。転入手続きの書類の不備で担任に呼び出されていた。授業が終わり、たかだか十分程度だったのだが、教室に戻った時ナツの姿はなかった。
鞄もなくなっているから帰宅したのだろう。しかし、いつもならナツの方から共に帰ろうと誘ってくるのに何も告げずに先に帰るのは妙だ。そうでなくとも、ラクサスはナツの家で暮らす事になったのに。

「まぁいい……買い物して帰るか」

自炊のできないナツが食材など買うわけがない。ラクサスがナツの家へと着いた時の冷蔵庫の状況はジュースと菓子のみだ。ラクサスは軽く頭を抱えた。
今まで隣人であるウルが食事の準備をしてきたが、家事全般が出来るラクサスが同居する以上いつまでも隣人の世話になるわけにはいかない。とにかく食材を買い込まなければ。
ラクサスは鞄を手にすると早々に教室を出た。
校舎を出る寸前、生徒達が話す内容の中に知る名前が出たのが耳に入ってきた。

「ヤバいんじゃねぇか?グレイもいねぇんだろ」

グレイは幼馴染の一人だ。足を止めたラクサスに気にせず会話は続く。

「今日は人数が多かったからな、ナツ一人じゃ無理だろ」

ナツの名が出てラクサスの目つきが変わる。会話の内容も良いとは思えない。
ラクサスは会話をしている生徒の肩を食らいつきそうな勢いで掴んだ。

「うわ!何だ、お前確か転入生……」

「ナツに何があった!」

鬼気迫るラクサスに、生徒は気圧される様に話し始めた。
弱気を助け強きをくじく。だけではないが、喧嘩となると加勢したりとナツは町でも名が通っていた。もちろん悪い噂だけではない。問題児ではあっても人助けをする事も多いのだ。
今回、ナツは他校の不良に呼び出されたらしい。ナツ一人に対して相手は多勢。初めての事ではないらしいが、いつもならナツに加勢しているグレイが今日は不在。学校も休んでいるのだ。

「何で一人で行ったんだ、あのバカ……!」

何故自分を頼らないのかと、ナツに対して苛立ちが募っていく。
生徒達に聞き出した場所は河川敷。ドラマかよ、と突っ込みたい気持ちを飲み込んでラクサスは足を動かした。

「ナツ、」

河川敷に着いてすぐナツを見つける事が出来た。地に倒れているの人数と立っている人数は半々ぐらいだろう。ナツ一人で片づけたのは凄いが、ナツも無事とは言い切れない。
ラクサスは斜面を駆け降りるとナツへと迫っていた他校生を蹴り倒した。

「ら、ラクサス!」

増援に一瞬怯んだ他校生をラクサスは睨みつけた。ちらりとナツへと視線を向ければ、顔を殴られたのだろうナツの口元から血がにじんでいる。
ラクサスは震える手で拳を握りしめた。

「何で、一人で来た」

ラクサスの問いにナツは瞬きを繰り返す。ラクサスが怒りに震えているのは分かっているだろうが、何に対して怒っているのか分かっていないのだ。
きょとんとするナツにラクサスは歯を食いしばった。

「何で俺を頼らねぇのか聞いてんだ!!」

凄みのある声にナツはびくりと肩を震わせ、口ごもりながら口を開く。

「だってお前、危ねぇだろ……怪我するかもしれねぇし」

ナツの中で、ラクサスは幼い頃で止まっているのだ。手術をして体が丈夫になっていると知っていても、幼い頃自分が守っていた病弱なラクサスのままなのだ。
ラクサスは、怒りを抑える様に深くため息をついた。

「言ったろ、もうガキの頃とは違ぇんだよ」

「で、でもよぉ……」

会話で気が散っていたのだろう、ナツは他校生が狙っている事に気づいていなかった。しかし、他校生の拳がナツに触れる前に、ラクサスの拳が他校生を打ちつける。

「これからは、俺がお前を守る」

その為に、十年もの間帰らなかったのだから。




20100809

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