夏休み前日
終業式で学校も早く終わり帰宅したナツは、ラクサスの部屋へと飛び込んだ。
「見ろよ、ほら!」
小学生のナツよりも若干帰宅が遅かったラクサスは、制服から私服へと着替えていた途中だ。
シャツに手をかけた状態で、現れたナツを見下ろした。
「勝手に入るんじゃねぇ」
「ほら、ラクサス!」
ナツが嬉しそうに差しだしてきたのは一枚の紙。ノートを広げた様な大きさのそれは升形が並んでおり日付が書かれている。カレンダーの様だ。
ナツから受け取ったラクサスは、それをまじまじと見つめた。
「それ、夏休みカレンダーなんだ!」
日付が明日から八月末までとなっていて、上には「夏休みカレンダー」とそのまま書かれている。学校で渡されたようだ。生活は計画的にとも書かれているが何か間違っている気がする。
「ガキのクセに予定が詰まってるな」
面倒くさそうにラクサスが告げた。
日ごとに枡形になっているそこには最終日までびっしりと予定が書き込まれているのだ。花火やプール、虫取り、その他諸々。当り前だが、勉強などはいっさい書かれていない。
ナツはにっこりと笑みを浮かべた。
「それ、ラクサスにやるな」
「いらねぇよ」
貰っても仕方がないだろう。
ラクサスがカレンダーを返そうとするが、ナツがそれを受け取る気配はない。
「それがないと、何するか分からなくなんだろ」
「だから何で……おい、まさか」
ラクサスは嫌そうに顔を歪めた。ナツが何を考えているのか察してしまったのだ。
「明日はプールだからな!」
ナツの書いた夏休みの予定は全てラクサスと共に行う事を想定して書かれていたようだ。
「ふざけんな。一人でやってろ」
ナツを部屋から追い出そうとする前に、ナツはその手をすり抜けて部屋から飛び出してしまった。
「ちゃんと準備しろよー!」
「聞いてねぇな、人の話し……」
カレンダーもラクサスが手にしたままだ。今までの経験上、このままでは流されて付き合うはめになるだろう。
追いかけようと部屋を出たラクサスは、ナツの姿を探し食堂まで足を進めた。おやつの時間も近いから、いる確率が高いのだ。
「ナツの奴、はしゃいでるな」
食堂へと入ろうとしていたラクサスは耳に入った声に足を止めた。食堂内でナツの話題になっているようだ。
開け離れたままの扉から、食堂内を覗き込めば、エルザを含めた数人がいた。
「夏休みカレンダーなんてもんに、びっしり予定書いてたぜ」
「ラクサスも大変だよな」
苦笑しながらの会話にラクサスは内心頷いた。しかし、エルザだけは優しく笑みをこぼす。
「ラクサスはいつも帰りが遅いからな。夏休みになって毎日寮に居るのが嬉しいんだろう」
小学生と高校生では下校時間が違う。その上ラクサスはギターを趣味としているから、その分帰りが遅い時もあるのだ。休日は路上ライブへと出かける日もある。ナツの就寝が早いのもあって、ラクサスとナツが接触する時間が減っているのは確かだった。
ラクサスは手にしていたカレンダーへと視線を落とした。ナツが、どれほど楽しみに予定を立てていたのか安易に想像できてしまう。
「……くだんねぇ」
ラクサスは溜め息をつくと食堂に背を向けた。
足を進めてナツの部屋へと向かう。食堂に居ないのなら自室だろうと訪れれば、やはりナツは居た。
「お、ラクサス」
ラクサスに気付き、嬉しそうに振り返ったナツの手元。プールの準備をしていたようだ。それから視線をナツへと戻す。
「言っとくが、俺はお前らガキみたいに暇じゃねぇんだよ」
ナツはラクサスの言葉に、むっと口元を歪めた。
「何でだよ!だって夏休みだろ!」
「ガキと違って忙しいんだ……だから」
ラクサスは、机の上に乱雑に転がっている鉛筆を手に取ると、持っていたカレンダーに鉛筆を走らせた。何をしているのかと、きょとんとするナツに、カレンダーをつき出す。
「……なんだ、これ?」
カレンダーを受け取ったナツが、それをまじまじと見つめる。ラクサスは不要になった鉛筆を机に放った。
「全部は無理だ。それで我慢しろ」
カレンダーには丸が付け足されていた。予定が書かれている升形を覆う様な丸。数える程度のそれは、ラクサスが予定に付き合ってくれるという日付を示している。明日のプールにはしっかりと丸が付けられていた。
理解したのだろう、ナツの表情が輝いた。
「しょうがねーから、これで許してやる」
生意気な物言いだが、満面の笑みを浮かべられてはたしなめる気も失せる。
ラクサスは、変わりにナツの頭をぐしゃりと撫でたのだった。
20100807