夏休み前日
「お前の事だから、夏休みの予定なんかねぇんだろ?」
明日から夏休みに入る、まさに学生にとっては幸せの前日。見たくもない通知表も鞄に突っ込んで、帰宅しようとしていたナツを止めたのは、グレイだった。
「なんだよ、グレイ」
嫌味ともとれる言葉にナツが口元を歪めた。
このまま会話を続ければ喧嘩に発展するだろう。食いかかって来そうなナツを制止するように、グレイはナツの目の前に手を出した。
「……何だ?これ」
ナツは差しだされた手に首をかしげた。正しくは、グレイの手ではなく、手に持っているものに。
興味を示すナツの反応を見ていたグレイが、口元に笑みを浮かべた。
「バーカ。誘ってんだろ」
分かれよ。
そう言いながら差しだしていた手を振れば、手にしていた物が揺れる。グレイの手にはチケットが二枚収まっていた。
ようやくチケットを確認したナツの目が輝く。
「おお!これ、新しくできたテーマパークのチケットじぇねぇか!」
夏休み目前にして開園したテーマパーク、フェアリーテイルランド。開園数日で人気爆発、チケットなど手に入れるのは困難となってしまった。それが何故かグレイの元にある。
「偶然手に入れたんだよ」
ナツの反応から、答えを聞かずとも誘った後の結果は見えている。
「二枚しかねぇから誰誘うか迷ってたんだよなー……どうする?」
「行きてぇ!」
即答だ。
必死に見上げてくるナツの笑顔。年齢よりも幼い表情に、グレイは柔らかく笑みを浮かべた。
「まぁ、最初からお前以外誘う気なかったしな」
嬉しそうだったナツが、きょとんと首をかしげる。
「ルーシィとかエルザとかいるだろ」
ナツもだが、グレイも共に行動する友人は多い。ほとんどが二人に共通する人物だが。
本気で言っているのだろうナツに、グレイは脱力したように溜息をついた。
「いくらなんでも鈍すぎるだろ」
「何だよ、それ!」
目を吊り上げていても可愛く見えるのは末期だろうか。
グレイはナツの頭をぐしゃりと撫でた。
「デートだって言えば、分かるか?」
「で……!?」
乱れてしまった髪に気をまわしている暇などない。ナツはグレイの言葉を脳内で繰りかえした。
次第に顔を赤く染まっていくナツに、つられてグレイも頬を染めた。
「その顔、反則だろ」
グレイは口元を隠すように手で覆った。その前には、俯いてしまったナツがいる。
まだ夏休み前日。始まりは上々!
「え、行けない?」
教室でグレイとナツが照れて互いに顔を見れなくなっている、その時。廊下でルーシィは顔を歪めていた。その前には、情けない表情で俯いているロキ。
「どうして?しつこく誘ってきたの、あんたでしょ」
腰に手を当てる姿からカスかな怒りが見える。
「ごめんね……賭けに負けたんだ」
「何よ、それ」
問い詰めてもロキは答えはしないだろう。
ルーシィは諦めたように溜息をついた。
「行きたかったのに、フェアリーテイルランド……」
しょんぼりとしたルーシィに、ロキは情けなくも謝る事しかできないのだった。
20100722