暖かい場所





高い場所が好き。思い出すのだ、広い背中と広い世界を。
いつもなら大きな身体で隠れて見えなかった空が、大きな翼で空高く飛べばどこまでも果てしなく広がる。
青い空と、眩しい太陽と、どこまでも続く大地。

陽が傾きかけた夕刻。
ギルドの屋上の上がってきたウェンディは、先客であるナツに目を見張った。

「ナツさん」

「お、ウェンディ」

まさかここで鉢合わせするとは思って居なかった。
ナツの側には、常にと言っていいほどに共に居るハッピーも居ない。ウェンディもシャルルを連れてはいないが。
ウェンディはナツと同じように、周囲を覆っている塀に寄り掛かって街を眺める。大聖堂よりは低いが、街の中でもギルドの建物は断然に高い。

「ナツさん、よくここに来るんですか?」

「ああ。ここ高いから気持ちいいんだよな」

吹き抜ける風、街全体が見える景色。
ウェンディが目を閉じて風を感じていると、耳に届いた音。
どんな雰囲気も簡単に壊す音に、ウェンディがナツへと顔を向けると、はにかんだ様な表情のナツと目が合う。

「へへ、腹減ったな」

「ナツさん……」

ナツの腹の音だった。脱力した様な笑みを浮かべるウェンディ。
ナツはウェンディから視線をそらすと、目の前で揺れるたいまつの炎に顔を寄せた。その行動の意図を察したウェンディが、慌ててナツの服を引っ張って止めた。

「食べちゃだめですよ、ナツさん!」

ナツは、たいまつの火を食べて腹を満たそうとしていたのだ。
悪戯が失敗したように笑みをこぼしたナツだったが、何かに気が付いたように、ん?と声を漏らした。

「どうしたんですか?」

火を食べるのをやめた事でウェンディが手を放すと、ナツは顔をしかめながら、鐘が吊るされている屋根の上を覗きこんだ。

「なんか鉄くせぇ……ガジル!?」

ウェンディも背伸びをして、ナツ同様に屋根の上を見上げる。ガジルが屋根の上で寝転がっていた。

「ガジルさんも来てたんですね」

ナツに気を取られてガジルの存在に気が付かなかった。
ウェンディが声をかけるとガジルは視線だけを向ける。二人の視線を遮る様に、ナツが屋根によじ登り始めた。

「てめぇ、ずりぃぞ!」

「上がってくんじゃねぇよ、火竜!」

ガジルの言葉などお構いなしに、ナツは屋根に乗り上がった。
舌打ちをするガジルに背を向けて、ナツはウェンディを見下ろす。

「ほら、ウェンディ」

ナツが見上げたままのウェンディに手を差しだした。
引かれる様にウェンディの手がナツの手を掴めば、ナツに引っ張られる。その反動で難なく屋根の上へと上る事が出来た。

「……うわぁ、高いですね!」

ウェンディは目の前に広がる景色に歓喜の声を上げた。
先ほどの位置から大して変わっていない様に見えるが、建物の頂上というだけで大分違う。空を隠す屋根もなく、まるで空に浮かんでいるようだ。
ガジルと同様に寝転がるナツ。二人の間に、ウェンディも腰を落とした。

「あったかいなぁ」

抱える膝に頬を寄せて、ウェンディは目を閉じた。
肌を撫でるような風が気持ちいい。優しく照らす夕日が暖かい。

「グランディーネみたい」

ウェンディの穏やかな声がナツとガジルの耳に響いた。
ナツとガジルも目を閉じると、口元に笑みを刻む。
人とは違う大きな背中。それと同じというわけにはいかないけれど、ギルドはまるで懐かしい背中のようだ。
この下には暖かい仲間達が集っている。今も賑やかに時を過ごしているのだろう。

「ホントだな。イグニールみてぇだ」

懐かしむようなナツの声。それにガジルが口を開いた。

「メタリカーナだろ」

その言葉に、弾かれる様にナツが身体を起こした。ウェンディを挟んで隣に寝転がるガジルを睨みつける。

「イグニールだってんだろ!」

「やんのか?火竜」

いがみ合う様に二人が睨みあう。その真ん中に居たウェンディが小さく噴出した。
くすくすと笑みをこぼすウェンディに、つられてナツの表情が笑みに変わる。ガジルも気がそがれた様で再び身体を倒してしまった。
誰を想っても、今の三人にとってこの場がかけがえのない場所だと言う事に変わりはない。
決して同じではないけれど、大好きな場所。




2010,09,07〜2010,10,04
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