理由





二日間降り続いた雨。何かを訴えるようなそれは告げていたのかもしれない。
三日目の朝、妖精の尻尾に凶報が入ったのだ。

「あー、腹減った!」

「ナツ、今日は何食べる?オイラはね、魚!」

いつもと違い静まり返るギルド。朝食を取りに来たナツは首をかしげた。
人がいないわけではない。毎度の如くギルドの魔導士は仲介場であるギルドに集まっている。しかし、ギルド内の空気は重く、泣いている者までいる。

「何かあったのかな?」

ハッピーが不安そうにナツを見上げる。
ナツは顔を顰めた。直感で感じ取っているのかもしれない。ごくりと喉が鳴る。

「ナツ、来ていたのか」

エルザが近寄ってくる。
ナツの名前が出ると、ギルド内の者の目がナツへと集中した。

「ねぇ、エルザ。何かあったの?」

ハッピーの言葉に、エルザは耐えるように唇をかみしめた。身体を振るわせ堪えきれない涙が頬を伝う。

「落ち着いて、聞いてくれ」

エルザはあふれる涙をぬぐって、ハッピーとナツへと視線を向ける。

「リサーナが、仕事先で、死んだ」

静かなギルドに、エルザの声は大きく響いた。
ナツが目を見開き身体をこわばらせる。ハッピーはギルド内に視線をさまよわせて、様子がおかしかった事に納得せざるえなかった。しかし、簡単に信じられることでもない。

「エルザ、今日はエイプリルフールじゃないよ!それに、」

「嘘では……嘘なんかじゃ、ないんだ。すまない」

涙を流しながら謝罪の言葉を口にする。エルザが謝る必要などあるはずもないのに。

「嘘だよ。だって、リサーナはいってきますって言ったんだよ。そしたら、ただいまも言うに決まってるじゃないか」

ハッピーは、笑みを作ろうとするが、身体が震えている。声も震えていて、強がっているようにしか見えない。

「エルザ」

感情のこもっていないナツの声が落ちる。

「何で死んだんだ」

「ナツ!リサーナが死ぬわけないだろ!」

「ハッピー」

ハッピーはナツを見上げて言葉を詰まらせた。唇をかみしめ、頬には涙が伝っている。声だけを聞けば平静を保っているように聞こえたのだ。
エルザはナツの姿に、涙をぬぐうと己を落ち着かせるように溜息をついた。わずかな沈黙の後にエルザは唇を動かせた。

「リサーナは、ミラとエルフマンを守ったんだ。大事な家族を守ったんだ」

「ナツ……」

すがる様なハッピーの声。ナツは身体を震わせると、エルザ達に背を向けた。

「そっか……あいつらしいよな」

「ナツ!?」

エルザやハッピーの呼び止める声も振り切って、ナツはギルドを飛び出した。
脳裏をよぎるのは、仕事に行く前に見た笑顔。言葉。声。もし自分がいれば死なせなかったかもしれないという後悔。
雨を全身で受けながら、逃げるように、走った。
街中はいつもと変わらない。雨でも商店街は人が大勢いた。商店街を突っ切るナツに、知り合いが度々声をかけてくる。しかし、ナツにその声は届かなかった。
そんなナツを止めたのは、大きな人影。

「ッ!」

俯いて走っていたナツは人影を避けられるわけもなく、ぶつかってしまった。衝撃で尻もちをつけば、雨でぬれている地から服に水が浸透してくる。
ぼうっと雨に打ちつけられる地を見つめる。ナツが中々立ち上がらないでいると、人影は声を落とした。

「何やってんだ、ナツ」

聞き覚えのある声。
ラクサスだ。最近姿を見なかったから、仕事から戻ったばかりなのだろう。
俯いたまま言葉も発しようとしないナツに、ラクサスは鼻で笑った。

「一人じゃ立てねぇか?ガキ」

いつもなら必ずと言っていいほどに言い返してくるナツ。静かだと不気味だ。
流石にラクサスも異変を感じて顔を顰める。傘を使っていないせいで、雨が整えてあった髪を乱す。ラクサスが乱れた前髪をかきあげていると、ナツが小さく声をもらした。

「……んだ」

「あ?」

ナツは弾かれたように顔を上げた。

「リサーナが、死んだ……ッ」

ラクサスはかすかに目を見開いた。
彼には珍しく動揺を表わせた。リサーナの死の事にではない。多少なりともそれもあったかもしれないが、ラクサスに動揺を与えたのは、ナツだった。
ナツの顔は悲痛に歪められ、頬は雨と混じって涙にぬれている。発する声は掠れ震えていた。
幼い頃からギルドにいるナツの涙など、ギルドの人間で見た事のない者は少ないだろう。それでも、これ程までに悲しみに満ちた涙などなかった。ナツは、弱さを見せるのが嫌いだったからだ。
沈黙したままナツを見下ろすラクサスに、ナツは手の甲で涙をぬぐった。
肩を震わせるナツが弱々しく見えて、ラクサスは口元を歪める。

「だから、言ってんだろ」

視線を上げるナツの頭をラクサスの手が撫でた。押されて、ナツは顔を俯かせる。

「弱い奴はいらねぇんだよ」

低い声がナツの耳を刺激した。降り注ぐ雨よりも冷たい、ラクサスの声。
ラクサスの言葉に目を見開くナツは、手が退かされると慌てて顔を上げた。

「ラクサス?」

ラクサスはナツを視界から外して、ギルドのある方へとまっすぐ視線を向けた。

「俺は、妖精の尻尾を変える」

意志の強い声。ラクサスを見上げていたナツは言いようの知れない不安がよぎった。
落ち着かない気分になり、声が出ない。
見つめるナツの視界からラクサスの姿が消えた。ギルドへと向かって歩き始めるラクサスに、ナツは慌てて立ち上がり後を追う。

「お前、何考えて……!」

ナツの手がラクサスの腕を掴むと、ラクサスは振り返ってナツを抱きしめた。驚いて身体を固めるナツの耳元にラクサスは唇を寄せた。

「消してやる」

低い声で囁かれて、ナツは顔を上げる。何をと、声もなくナツの瞳が問う。
ラクサスは親指の腹でナツの目元をなぞると、唇を動かした。短い言葉を、口ずさむように言葉を紡ぐ。
ナツは目を見開いて、己を見下ろしてくる優しい目を見つめた。優しい目のその奥は決意で固められているようだ。
ナツから身体を離して、ラクサスは踵を返した。

「あ……おい、ラクサス!」

呼びかけに、ラクサスは答える事はなかった。
おそらく追いかけてもラクサスは止まる事はない。ナツは瞬時にそう察し、ただ遠ざかっていく背を見つめた。

――――てめぇが、泣く理由だ

ラクサスが紡いだ言葉が声が耳に残って消えない。
ナツはくしゃりと顔を歪めて拳を握りしめた。

「泣いてねぇし……泣かねぇよ」

これからも、ずっと。その為に強くなるのだ。もう二度と仲間を失わないために。
ナツは拳を解いて一歩前へ踏み出した。振り続ける雨で出来た水たまりを蹴りあげて足を進めた。
雨だろうが、どんな状況でも前を向いて走り続けなければ生きられない。妖精の尻尾の魔導士なのだから。




2010,04,04〜2010,05,07
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