香り魔法





六魔将軍討伐のために結成された連合軍。青い天馬の別荘に計十二名の魔導士が集った。
全員がそろい、さっそく作戦の話になると言うところで一夜が化粧室へと席をはずしてしまった。

「ったく、さっきから香り(パルファム)香りうるせぇな……」

化粧室に行くときまで香りと言っていた。あれで腕が確かだと言うのだからふざけている。グレイがうんざりとした表情で頭をかいた。

「エルザ、大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

思い出したのか鳥肌を立てているエルザに、気持ちを察したルーシィが声をかける。
ルーシィ自身、いい香りだの何だのと匂いをかがれた時の気持ちの悪さと言ったらなかった。声は甘く素敵なのだが、いかんせんあの外見だ。
ルーシィも思い出して身震いをした。

「普通の感覚じゃ分からない香りなのね」

「ああ、香り魔法だからな」

女性二人が心底付かれきったようにうな垂れる。これから暫くの間行動をともにしなくてはならないのだ。

「一人一人香りって違うものなのかしら」

自分の香りなど分からないし、もちろん他人のものも分かるはずもない。ルーシィがナツへと視線を向けた。

「ナツは普通の人より鼻がよかったわよね」

滅竜魔導士は嗅覚や聴覚など、通常よりも鋭い。鉄竜の滅竜魔導士のガジルも同じだとジュビアが言っていた。
訊ねられたナツは首を少しかしげた。

「比べたことねぇけど、そうみたいだな」

グレイもナツの感覚に対しては認めていた。他人がそう言うのだから、一般よりも優れているのだろう。頷くナツに、ルーシィはうーんと小さく唸った。

「ナツも、私たちみんな匂いが違うように感じるの?あの、一夜って人みたいに」

「あのおっさんは知らねぇけど」

「ナツは、あったかい匂いです」

先ほどまでシャルルに付きまとっていたハッピーがナツの足元に来ていた。気づいたナツがしゃがみこむ。

「自分のは分かんねぇんだけど、それどんな匂いだ?ハッピー」

「あい。炎の匂いです」

「炎って?!」

ルーシィが突っ込んでも流される。ハッピーとナツにとっては会話が成立しているようだ。

「ハッピーは魚の匂いだな」

「……それって食べた物の匂いなんじゃない?」

炎も魚も個人的に食事にしている物だ。鼻をくっつけあってはしゃぐハッピーとナツに、ルーシィは小さく溜め息をついた。全く会話についていけない。
ハッピーを抱きかかえて立ち上がったナツが、エルザとルーシィを交互に見て、にっと笑った。

「エルザとルーシィはいい匂いがするな!」

「あい。石鹸かな?シャンプーかもね」

女性は身だしなみに気をつけているせいもあるのだろう。洗髪料などの匂いが色濃く残るのかもしれない。
ルーシィが少し頬を赤らめた。

「なんか、恥ずかしいわね」

「自分の匂いなど分からないが、悪い気はしないな」

エルザも小さく笑みを作る。一夜のときの反応とだいぶ差はあるが仕方がないだろう。ナツには全く邪気などないのだ。邪なことばかり考えている三十路手前の男と一緒にされたくはない。
ナツに抱きかかえられたままのハッピーが首を動かしてグレイへと顔を向ける。

「嗅ぎたくない匂いもあるけどね」

「どういう意味だ!」

うんざりとした様子のハッピーに、案の定グレイが噛み付く。

「確かに好きじゃねぇ匂いだ」

顔をしかめるナツにさすがのグレイも衝撃を受けた。いつもの様に言い合いをしていても傷つかないわけじゃない。ちょっと気落ちしそうなグレイに、ナツがちらりと上目遣いで見上げる。

「好きじゃねぇのに、グレイの匂いってなんか変になんだよ」

ハッピーが心配そうに見上げる。

「きつ過ぎて鼻が壊れそう?」

ハッピーの一言の方がきつい。
ルーシィが内心そう思っていると、ナツが否定するように首を振るった。

「……なんか、ドキドキする」

顔を赤らめてグレイから目をそらすナツ。衝撃を受けるルーシィとエルザ。硬直するハッピー。いち早くハッピーが再起動し、ナツにしがみ付いた。

「ナツがおかしくなっちゃったー!!」

「ちょっと待って!それって……え?それって……!?」

混乱したように頭を抱えるルーシィ。病気か?と本気で気遣わしげにナツを見つめるエルザ。ルーシィの突っ込みが追いついていかない。そんな中重大な告白を受けたグレイは動揺しているのか、服をほとんど脱いでいた。
最後の下着にまで手を伸ばしたところで、さすがにルーシィがストップをかける。それ以上はまずい。

「落ち着いて、グレイ!早まらないで!」

「ば、俺は正常だっての!別にナツを見てると動悸が激しくなるなんてことはねぇんだマジで」

「末期?!」

こんなやり取りは一夜が化粧室から戻るまで続いた。
おかげで他のギルドの魔導士からはちょっと距離を置かれた妖精の尻尾だった。




2009,12,09〜2010,01,18
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