死なない体を悔いたことはない。何度でも主人の助けになれると言うことなのだから。しかしそれは誇りを持ち、主人がいるからこそ。それでは、主人を死に至らしめた自分はどうしたらいいのだ。

「……門が開かない」

主人であるカレンが死んで一月は経つ。その間、レオはカレンを待ち続けていた廃屋に留まり続けていた。
何度試そうが精霊界に帰ることは出来ない。主人を死に至らしめた精霊を拒否している。
全ての精霊が責めているだろう、主人を裏切った同胞を。全ての精霊魔導士が忌み嫌うだろう、主人を裏切った精霊を。
こんな事になるとは思いもしなかった、なんて言い訳のもならないくだらない後悔の仕方だけれど、どうしたらいいのか分からない。分かっているのは、精霊界に帰れないことと生命力が失われていく事。きっと、このまま生命力が尽きるのを待つしかないのだ。自らの罪を悔い、苦しみながら消えていく。それが、罰なのだろう。
ちょうど留まっている廃屋も元は教会関連の建物だったようだ。そう暗示されている気がしても仕方がない。
レオは祭壇の前の段差に腰掛けた。
目を閉じて思うことは死んだ主人の事ばかり。自分がいれば死なずにすんだかもしれないのだと、一人の間は罪を悔いるしかない。毎日祈るように手を組んで己を責める。そうして過ごす日々。
変わるのは、屋根のないこの場所を見下ろしてくる空。何度日が落ち、月が昇り、星達が見下ろしてきても、まるで自分だけが別空間にいるような気分だった。

そんな日々を過ごし続けた一月、うっすらと光が差し込んだ。
まだ幼い火は、闇に落ちていく心を照らすには不十分だったが、それでも微かでも温かさをくれた。幼い子竜だった。

「もう無理だよ、ナツー」

「おー。じゃぁ、ここで休もうぜ!」

幼い声が二つ、空から降ってきた。それと同時に落ちてきた影。きれいな桜色と空のような青。
羽を生やしていた青い猫が、桜色の髪の少年を地へとおろした。

「結構遠くまで来れるようになったな、ハッピー」

「あい!毎日特訓してるからね!」

羽が消えただの猫になったハッピーと呼ばれる青い猫は、少年の頭に着地した。そのまま体をぐたりとへばりつける。

「……でも、少しきつかった、です」

意識を失ったようだ。慌てる少年ナツがハッピーに手を伸ばしているが、すぐに引っ込めた。どうやら眠っただけのようだ。
レオはいつの間にか賑やかなやり取りに見入ってしまっていた。元からあまり人が近寄らなかった場所のせいか留まっている間に出会った人間はいない。だから、珍しく思ってしまったのだろう。

「俺も寝るか……ん?」

ナツがあたりを見渡していると、レオと目があった。子供が持つ曇りのないきれいな瞳が、レオを捕らえる。
その瞳から逃れるように、レオは目をそらすように顔を俯かせた。

「なぁ、ここあんたの家か?」

「え?」

レオが顔を上げるとナツが目の前まで来ていた。困惑しているレオに、ナツがこの場を示すように片腕を広げた。

「だから、ここってあんたの家なのか?」

ナツが指し示す場所などこの廃屋しかない。
レオは頭を悩ませながらもナツへと顔を上げる。

「誰のものでもないよ」

「そっか。じゃ、ここでいいや」

ナツは近くの壊れている長椅子の上に座り込むと、頭上のハッピーを腹の上あたりに乗せて寝転がり、呆然としているレオの前で寝息を立てはじめた。
そのあまりにも無防備すぎる姿にレオは内心呆れた。人気のないところで幼い子供が廃屋で昼寝とは、人攫いにでもあったらどうするつもりか。そう考えているレオの目に、見覚えのある印が目にはいる。ナツの右肩に魔導士ギルド妖精の尻尾の印。レオは自然と己の体が強ばっている事に気づいた。
カレンが精霊魔導士だったから魔導士ギルドの印に反応してしまったが、よく確認してみれば鍵を所持している様子はない。安堵で小さく息をついた。昼寝などそう長い時間留まるわけでもないだろうから暫く他へ移動していよう。
そう思いながらも、レオは上げた腰を下ろした。外から覗いてくる人影に気づいたからだ。

そういう事態に対面したことはないが人攫いも少なくはない。攫った子供は奴隷商人の元で売られたり虐待されたりなど人とは思えないような扱いを受ける。
レオは、穏やかに眠る子供らしい寝顔を一度見て、その場に留まることを決めた。おそらくレオが姿を消したらナツを攫う気だろうから。

暫くそうしているうちに、ナツが目を覚ました。日はだいぶ傾きかけていた。目を擦りながら目を覚ますナツにつられるように、ハッピーも目を覚ます。

「よく寝たなー」

「あい。魔力も回復したし、もう飛べるよ」

「おお。じゃぁ、ギルドに帰るか」

立ち上がるナツが、座っているレオへと振り返る。

「おっさんも帰ったほうがいいぞ」

「おっさ……」

レオは衝撃を隠しきれないでいた。年などとらない精霊。レオは外見年齢なら青年だ。おっさんなどと呼ばれたことはない。
言葉も返せずにいると、ハッピーがナツへと顔を上げた。

「ナツ、あれぐらいの年の人におっさんは失礼なんだよ」

あれぐらいというのも失礼ではないのだろうか。容赦のない猫と子供の発言にレオは何も言えないでいる。
ナツはハッピーの言葉に首をかしげ、レオへと視線を戻した。

「この辺りは人攫いが出るんだよな。ハッピー」

「あい。エルザが言ってました」

「だから、あんまこんなとこにいると連れてかれるんだぞ」

そういうナツは、こんなところという場所でのんきに昼寝をしていたのだが、自分の事となると無頓着なのか、それとも連れていかれないという自身があるのか。
レオは小さく溜め息をついた。

「君も、こんなところで昼寝をしていただろ。外でこちらを伺っている妙な人影がいたよ。気をつけた方がいい」

ナツが目をぱちぱちと瞬きをした。

「ナツ。そういえば、ここに来る時に変な人たちがいたよ」

ナツが衝撃を受けたように口を開いた。しゃがみこんでハッピーに顔を寄せる。

「こんなのがばれたらエルザになんて言われるか」

「ぜったい秘密だね」

エルザには常日頃から自己管理だのいろいろ躾されてきた。ナツたちにはいまいち伝わっていないようだが、たまに物理的な指導が入るそれもエルザの思いがあってこそだ。
小声で話し合っていたナツが、ふとレオへと振りかえる。

「おまえ待っててくれたのか?」

自分たちが寝ていたから。
そう訊ねるナツに、レオは苦笑した。

「サンキュー」

笑顔で礼を言うナツにレオは目を見開いた。
言葉に詰まったように口を閉ざし、顔を俯かせると暫く間を置いたあと口を開く。

「構わないよ。帰る場所もないしね」

妙な事を口走っているとは自分でも感じている。それでも、口だけは自分の意思とは別に言葉を発していく。
きょとんとレオの言葉を聞いていたナツが、口を開いた。

「帰るとこがねぇなら、妖精の尻尾に来いよ」

弾かれたようにレオが顔を上げる。驚いたようなレオの表情、その瞳に映るのはいい案だと語るナツの笑顔。
レオは引き寄せられそうになる体を、拳を硬く握り締める事で耐えた。

「ありがとう。でも、俺はここで待たなければならないんだ」

説得していたカレンを待っていたこの場所で、生命力が絶たれるのを待つ。それが自分に科せられた罰なのだから。

「誰か待ってんのか?」

苦笑して頷く。その瞳には覇気がなく、翳っている。人の感情に敏感なナツは直感でそれを感じ取ったのかもしれない。
レオの表情に顔をしかめた。

「なにを待ってんだ?」

誰ではなく、何。
レオの答えを待つナツの瞳がじっとレオを見つめる。これ以上関わる人間でもないのなら、話しても構わない。そう思ったレオは、適当に端折って話した。

「消えるのを待っているんだ」

「消える?」

「……死ぬのを待っているんだよ」

ナツの表情は不快だとばかりに顰められた。

「死にてーのか、おまえ」

「それが僕に与えられた罰なんだ」

「誰がそんな事言ったんだよ!!」

声を荒げるナツ。先ほどまでとは打って変わったナツの態度に、レオは目を見張った。
ナツの足元にいるハッピーが心配そうにナツを見上げている。

「罰ってなんだよ!死にたいわけじゃねーんだろ!なにしたか知らねぇけど、お前、オレとハッピーのこと心配してくれたじゃねぇか」

悪いやつじゃない。
レオは、ナツの紡がれていく言葉をただ聞いていた。まっすぐに見つめてくる瞳に自分が映っている今は、存在している事を許されているような気にさえなってしまう。

「そんなこと言うやつ、オレがぶっ飛ばして……」

ナツの瞳から大粒の涙がこぼれた。まだ幼いから、感情が高ぶってしまったのかとレオが思っていると、ハッピーが羽を出してナツの目線まで体を宙に浮かせた。
小さな手がナツの目元に触れる。

「ナツ、まだリサーナの事……」

「……大丈夫だ、ハッピー」

ぐすりと鼻をすすりながら、手の甲で目元を拭う。強く擦ったせいか目元が赤くなってしまった。
その姿にレオは少し顔をゆがめる。ナツの反応とハッピーの口から出された人の名。それから何があったのか大体推測することが出来てしまう。
拭っても溢れてくる涙を止めようとナツは何度も目を擦る。その姿にレオは腰を上げた。ゆっくりとナツへと近づき、柔らかい頬へと触れる。

「擦ると腫れるよ」

冷やしたほうがいいがあいにくと手洗い場も何もない場所だ。ハンカチも持ち合わせてはいない。
親指の腹で軽く目元に触れると、驚いたナツが反射的に目を閉じた。

「僕は罪を犯した。でも、君が言ってくれたから、残された時間を抗ってみようと思えたよ」

ナツは目を開いて間近にあるレオの顔を見上げる。
かち合った瞳の陰りが消えているように見えた。細められている瞳には、少しの悲しみを残した中にやさしさを感じる。

「僕を、ギルドに連れていってくれ。ナツ」

柔らかく笑みをつくるレオに、ナツは笑顔で頷いたのだった。

「そういや、名前なんて言うんだ?」

ハッピーの制限人数は一人の為列車を利用しようと町へ降りてきた。隣を歩いていたナツがレオを見上げて問う。
今さらだが名乗っていないことに気づいた。しかし、自分が精霊だと明かすわけにはいかないだろう。レオは何かいい名はないかと考えをめぐらすと、廃屋での事を思い出した。教会らしき建物だった廃屋には、持ち主だったものの置き土産がいくつかあった。その中には無造作にも聖書や神話などもあった。その神話の中に出てきた神の名が頭を過ぎる。

「ロキ……僕は、ロキだよ」

「ロキか。よろしくな、ロキ!」

見上げてくるナツの笑顔がまぶしく感じて目を細め、精霊が長期間人間界にいると視界まで影響が出るのかとレオは首をかしげた。

「サングラス、必要かな」

溜め息交じりに呟かれたロキの言葉は、誰にも聞かれることはなかった。


2010,01,05





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