なっちゃんとGと出血と





アイドルやモデル、歌手、俳優、女優。そういった芸能人と分類されるものに、興味がない。
好意を抱いたからといって、相手は別世界の人間だ、想いが返ってくることはない。
一方通行な想いは無駄なだけ。
18年間の今まで、そう思っていた。

その日は、朝起きた時から妙に落ち着かなかった。そわそわする気持ちに違和感を覚えながらも、いつも通りに学校へと向かう。
割り当てられた己の教室へと行けば、よく行動を共にしている友人たちが、一ヶ所に固まっていた。机に雑誌を広げて会話をしている。

「よぉ」

近づけば、友人たちが挨拶を返してくる。
会話の話題はすぐに分かった。机に広げられているのは週刊漫画雑誌で、数枚に渡るグラビアのページ。そのページを飾っているのは、今人気絶頂のアイドルグループだ。

「何だ……ABCだったか?」

名前が思い出せず適当に口にすると、複数の厳しい視線が向けられた。

「「「MGN49だ!!」」」

ふざけんな。殺すぞ。
容赦ない罵倒と、殺気だった目に、グレイは顔を引きつらせた。

「じ、冗談だろ。悪かったよ」

謝罪を口にすれば、その視線はすぐに、写真の中のアイドルへと向けられる。
グレイが安堵していると、友人たちは再びアイドルの会話を始める。

「やっぱ一番は、ルーシィだろ。ルーちゃんマジカワユス」

「何言ってんだよ。エルザだエルザ。見ろよこの色気」

「いーや、ミラちゃんだね」

「二人とも年齢ギリギリじゃねぇか。やっぱレビィちゃんだろ」

「「黙れロリコン!」」

会話に入れない。興味がないグレイには未知の世界だ。
その場を去ろうとした時、最後の一人が笑い声をあげた。

「甘いんだよ、お前ら。誰が一番かってのは決まってんだろ」

彼が押している人物を知っている他の友人らは、言葉をつまらせる。

「MGN加入からは不動のセンター」

彼は懐から一枚の写真を取り出すと、友人らに見せるように掲げた。

「なっちゃんだ!!!」

友人たちが眩しそうに目を手で覆う。
何だこの茶番。
くだらない。内心呟いたグレイだったが、写真が目に入った瞬間、思考が停止した。

「見ろよ、このフェアリースマイル。老若男女全てから支持されてんだぜ」

誇らしげに語る友人。
グレイは、彼が持つ写真に手を伸ばした。

「お。何だよ、グレイも気になんのか?」

仕方ねぇな。
そう言いながら写真をグレイに渡す。

「なっちゃんってのか?」

「MGNのセンター、つまり一番人気って事だ。そのあり得ねぇ可愛さで老若男女関係なくメロメロなんだよ!!」

「男だけどな」

横やりを入れてきた友人に、彼は関係ないとばかりに視線を遠くへ向ける。

「男でこの可愛さってどうよ。何回も会ってるファンの顔と名前は覚えてんだぜ」

「マジかよ!」

彼は、胸を張りながら、親指で己を指し示す。

「昨日行った握手会で名前呼んでもらったからな」

悔しがる面々。しかしその一人が顔を青ざめさせた。

「お、おい……グレイ?」

その声に、他の視線もグレイへと向けられる。

「おま、それ……」

写真に見入っていたグレイが、友人たちの声に反応して、顔をあげた。

「何だ?どうしたよ」

グレイの顔に、顔を引きつらせた。

「お前がどうしたよ!!!」

グレイの鼻から下が真っ赤に染まっていた。
騒然となっている間にも、それは床をも汚していく。

「それ鼻血か?!」

「俺先生呼んでくる!」

「つーか保健室!」

「救急車だろ!待ってろ今呼んでやる!」

「あー!!俺のなっちゃんの写真があぁぁぁ!!」

まさに地獄絵図だ。
暫くして救急車が到着し、グレイは病院へと搬送された。
その時もグレイは、血のついた写真を手放さなかった。

その夜のフルバスター家。
夜の静かなリビングで一人食卓についていたウル。そこに、仕事へと行っていたリオンが帰宅した。

「まだ起きていたのか」

すでに就寝に入っていてもいい時間だ。
声をかけてきたリオンに、ウルはゆっくりと口を開いた。

「今日、グレイが病院に運ばれた」

「……何があった」

「鼻血を出したらしくて、出血多量で命が危なかったらしい」

鼻血で出血多量。全く話が見えない。
顔をしかめるリオンにウルは続ける。

「なぁ、リオン」

いつもは凛とした表情のウル。それが感じられないほどに、目が虚ろだ。

「ウル?」

「私は、どこで育て方を間違えたんだろう」

ウルが言い終わるのと同時に、二階から奇声が響く。

「なっちゃーん!マジやっべ何つー可愛さだよ俺のフェアリーいやエンジェル!!フゥー!!」

「!?」

聞き覚えのある声が、あり得ない言葉を発している。
常に冷静で表情を崩すことのないリオンが、驚愕に目を見開く。

「う、ウル……」

リオンの呼び掛けに、ウルは顔を俯かせた。

「日曜はなっちゃんと会えんのか!そうだ、勝負下着がいるよな!男らしく黒ビキニとか……いや赤フンか……待ってろよ!なっちゃーん!!!」

グレイが妄想を膨らませながら、ぶつぶつと呟く。
フルバスター家の夜は更けていった。




20110124

これがMGN最危険人物誕生のきっかけとなった事件である


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