9072通とMGN裏事情とG





通常の握手会は、初回限定CDを買えば券がついてくるのだが、極稀に特別握手会なるものが開催される。
それに参加するためには、応募して抽選に当たらなければならないのだ。
特別握手会の抽選は、送られてきた応募ハガキの中から、当選人数分をMGNのメンバーがランダムに選ぶ事になっている。
通常の握手会よりも人数が限られるのもあり、当選者は言葉通り「MGNに選ばれた者」と呼ばれる。

「っし、いっぱい引くぞ!」

MGN不動のセンターであるナツ・ドラグニルことなっちゃんは、ヤル気満々に、応募ハガキが入っている箱を見やった。
それに、呆れたようなため息をついたのは、ルーシィ。

「ナツ、いっぱいは引かなくていいんだからね」

「決められた枚数だけを引くんだぞ」

MGNの母かつ風紀委員のエルザにもたしなめられ、ナツはつまらなそうに口を尖らせた。

「分かってるって」

初めてではないのだ。理解はしている。

「俺から引いていいか?」

くじ引きではないのだ、誰から引こうが関係ない。
メンバーが頷くのを確認して、ナツはハガキがつまっている箱に手を突っ込んだ。

「ん〜……と、これだ!」

箱から引き抜かれた手。その手には数枚のハガキ。強く握られて、しわくちゃになってしまった。

「知ってる奴いるかな……あ。」

ナツは、人数にしてはまだ僅かだが、握手会に参加してくれたファンの顔を覚えている。
そして、ハガキに書かれている名前に、ナツは頬を緩ませた。

「なぁ、見ろよ、これ!」

ナツがメンバーにハガキを見せる。10数枚あるハガキには全て同じ名が記されていた。

「グレイだ!」

ナツの嬉しそうな顔とは逆に、メンバーは嫌そうに顔を歪めた。

「一回目で、しかも全部とか…どんな執念よ」

MGN関係者の中で知らぬ者はいない。ナツの熱狂的過ぎるファン、グレイ。ファンあってのMGNだが、彼だけは誰もが引いていた。
ルーシィは手をあげてスタッフに合図を送る。

「排除で」

スタッフは、ナツからハガキを奪うように持っていってしまった。

「あ!?おい、何なんだよ!」

スタッフを追おうとするナツに、ルーシィが口を開く。

「今のは間違いだから。もう一回引いて」

困惑しながらも、ナツは再びハガキの波に手を突っ込んだ。

「……なぁ、ルーシィ」

ナツは取り出したハガキをルーシィに差し出す。

「嘘でしょ……ナツ、もう一回!」

ルーシィはハガキを奪い取ると、再びハガキを引くように促す。
しかし、この後何度引いても、同じ名前のハガキしか出てこなかった。
全て、グレイだ。

「全部排除ーッ!!どーなってんのよ、これぇ!!」

ナツが引き当てたハガキを、スタッフに渡したルーシィは頭を抱えた。

「む。凄い執念だな」

感心したように頷いているエルザに、ルーシィは涙を浮かべた。

「キモいわよ!」

試しに他のメンバーが引いてみるが、グレイの名が出てくることはなかった。

「ナツは、今回引かなくていいから」

「何でだよ!」

食いついてくるナツ。ルーシィは、ナツの肩に手置くと、柔らかく笑みを浮かべた。

「ナツは知らなくていいけど、MGNには暗黙のルールがあるの」

ナツに喋らせる余裕も与えず、ルーシィは続ける。

「ラクサスに怒られたくなかったら、大人しくしてて」

ラクサスの名が出ると、ナツの勢いが落ちる。
ラクサスは、ナツの家の隣に住む所謂幼なじみで、ナツは何度もラクサスに救われてきた。
ナツがMGNのセンターになって間もなくの頃、熱狂的ファンに拉致された事があった。その時も助けに来たのはラクサスだ。
その事件以来、レッスンがある日は必ずラクサスが迎えにくる。
ラクサスは保護者と見られているので、関係者からも信用が高いのだ。

「分かった」

何とか引き下がるナツに、ルーシィは溜め息をつくと、スタッフに目配せをする。

全部排除で。

スタッフは深く頷いたのだった。
かくして、グレイが送った応募ハガキは内密に処分された。

そして握手会の一週間前。
応募者に、握手会の当選合否の通知が届いた。

「うそ、だろ……9072枚出したのに、落選……」

グレイは落選通知を握りしめて、床に沈んでいた。
嗚咽を盛らしながら「なっちゃん」と名前を連呼するグレイの目からは涙がこぼれ、床が濡れていた。

「俺のなっちゃ……なっちゃんの、柔らかい手が……」

悔しさに床を叩いていると、ノックの音が響く。

「グレイ、お前宛に手紙がきてるぞ」

奇跡の手紙が一通。
それを手にしたグレイは喜びのあまり、人語とは思えない奇声を発した。

そして、奇声が響き渡る数分前の、グレイの家の前にはナツが立っていた。

「ここで良いんだよな。グレイの家」

ハガキに書いてあった住所通りだし、表札にもグレイの名があるから間違いない。
ナツは、手にしていた手紙に視線を落とした。
この中には握手会の券が入っている。関係者に頼み込んで、貰ったのだ。

「本当は、いけねぇんだけど」

せっかく何通も応募してくれたのだ。
理由も分からないまま、ルーシィ達によって処分されたが。

「俺がやるんだから、いいんだよな」

ナツは、手紙をポストに差し入れた。

「待ってるからな」

ナツは機嫌よく、その場を後にした。

一週間後。
握手会に、薔薇の花束を抱えたグレイが現れ、MGN関係者の中で、更に要注意人物に指定されたのだった。




20110117

やっぱグレイがこうでなくちゃねー


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