始まりはマイナスから
妖精学園に通っていたナツは、二学年に進級した新学期初日、寝坊で遅刻してしまった。全校生徒が集まる集会に出そびれ、集会が終わるまで時間をつぶそうと、購買近くの自販機に向かう。
最近のお気に入りである紙パック飲料のイチゴミルクを選択し、自販機から取り出す。紙パックにさしたストローにつけようとした口は、ストローに触れる変わりにくしゃみを出した。
短く漏れた声と共に紙パックを持っていた手に力が入る。その反動で、ストローから中身がとび出てしまった。
「あ、もったいね……げっ」
中身が減ってしまった事を嘆いていたナツだが、視界の端に入った人影に顔を引きつらせた。ちょうど斜め後ろには、頭を一つ分背の高い男子生徒が立っており、顔には薄い桃色の白濁色の液体がかかっている。
液体が顎を伝って滴り落ちた。
「わ、悪い」
ナツが短く謝罪の言葉をもらすと、男子生徒は顔を引きつらせてナツを見下ろした。
「なにしやがる、チビ」
「だ、誰がチビだ!」
ナツの身長は高くはないが低いわけでもない、平均値。しかし、男子生徒は長身の部類に入るだろう。
目を吊り上げるナツだが、男子生徒を見上げていた事に気づき歯を噛みしめた。反発しようと口を開くが、かぶさる様に声が割って入ってくる。
「集会終わったわよ」
女性らしい柔らかい声に、ナツと男子生徒は振り返った。
二人の視線の先には、淡い色の波がかった長髪の女子生徒が立っている。
「ミラ」
「ミラジェーン」
二人の声は同時に発せられた。互いに顔を見やり、訝しむ様に顔を歪める。ナツが呼んだ通り女子生徒はミラと呼ばれているが、それは愛称であり本名はミラジェーン。
二人の反応に、名を呼ばれた女子生徒ミラジェーンは首をかしげた。
「二人とも友達だったのね」
笑顔で言われ、二人は顔を引きつらせた。
「違ぇよ!」
「違う」
「息もぴったりね」
ミラジェーン一人だけ楽しそうに笑みを浮かべているが、当人達は全くの逆だ。不機嫌そうに互いを睨みあう。
「真似すんなよ」
「それはこっちの台詞だ」
その後は、険悪な雰囲気を察したミラジェーンに止められ、別れた。
ナツにとって彼の印象は最悪で、できる事なら二度と会いたくはない人物に分類された。しかし、そんな思いは完全に現実に無視されてしまう。
新しく割り当てられた教室に入り、己の席へと着こうとしたナツは、隣の席に座る人物に顔を引きつらせた。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
先ほど最悪の出会いを果たした男子生徒が席に着いていた。男子生徒もナツを確認し舌打ちをもらす。
男子生徒の名はラクサス・ドレアー。ナツの名がナツ・ドラグニル。
新学期からの席は名前順で並べられていて、女子と男子が隣り合う席になるはずが、運が悪い事にナツ達のクラスは男子の数が多く、どこかで男子同士で隣り合わなければならなかった。
ナツの視力が無駄にいいことと、ラクサスが長身で前の席になると後ろに位置する生徒が不便になる。その理由から、不運が重なって二人が一番後ろの席に位置されたのだ。
納得がいかなくても席を変えることはできない。大人しく席に座っていたナツは、隣の席をちらりと見やった。
洗ったのだろうラクサスの髪は若干濡れており、シャツからは甘い香りが漂ってくる。原因など、ナツが飲み物をかけてしまったことだ。
悪態をつかれたのも仕方がないのかもしれない。少なからずあった負い目が膨れ上がり、ナツはゆっくりと口を開いた。
「……さっきは悪かったよ」
一度謝りはしたのだが、再度謝罪の言葉を口にする。独り言のように小さい声だったが、隣り合っているラクサスには届く程度だ。
教卓の前で担任が話しをしているのをどこか遠くで聞きながら、ナツの意識は隣へと向いている。
ナツが謝罪して少し間があり、ラクサスは横目でナツを見やった。ナツと目が合うと、鼻で笑って前へと視線を戻す。
その後は待っても、謝罪したナツに対して一言も言葉を口にする事はなかった。
ナツは怒りで身体を震わせ、慌ただしく立ち上がった。
「こんな奴と隣なんてぜってぇムリだ!」
出会いも相性も最悪だった。
20110727
みんな同年齢