imprinting





一人で暮らすようになってからは、扉を開けてまずする事は明かりを付ける事。それが、今では変わってしまった。
扉を開けてまず目に入るのは、廊下にまで漏れているリビングの明かり。その後に軽い足音が近づいて来る。

「おかえりー」

待ち焦がれた様に笑みを浮かべて出迎えてくれる子供。最初はこの光景に慣れず躊躇したが、今では当たり前のようになっている。
ラクサスは、返事の変わりに頭を撫でて家へとあがった。

「腹減ってんだろ、すぐ飯にする」

「今日はなんだ?」

「オムライスだ」

ナツは目を輝かせると、ラクサスの手に持たれていた鞄をひったくってリビングに向かってしまった。
駆けていく小さな背中を追いかけるようにラクサスも足を進める。
ナツと出会ってから半月余りの時間が経過していた。
ナツは、自分の名前以外の記憶がなかった。まず、ゴミ収集場の段ボールに入っていたという時点で事件性を疑うのは普通だろう。
すぐに警察へと届けに出るべきであり、ラクサスもそのつもりで、ナツと出会った翌日、車にナツを乗せて警察署へと向かった。

警察署へとたどり着き、車から降りようとしたが、ナツの様子がおかしかった。俯いたままで身動き一つしない。
記憶もなく不安なのだろう。
ラクサスは、ナツのシートベルトを外してやりながら口を開く。

「安心しろ。ここなら、お前の本当の家を探してもらえる」

「……なのか」

震える声が落ちる。狭い車内だというのに、ナツの声は小さ過ぎてラクサスの耳でも聞き取れなかった。
無言で聞き返すラクサスを、ナツは瞳に涙を溜めて見上げる。

「ラクサスといっしょはダメなのか?」

瞬きをすれば、堪えきれない涙が零れおちる。
再び俯いてしまったナツに、ラクサスは眉を寄せた。
ナツにとって過去の記憶はなくとも、わずかな時間の記憶はある。ラクサスと過ごした時間の記憶で、一夜と言えど、ナツにはとてつもなく大きい。
まるで刷り込みだ。例えるなら段ボールが卵といったところか。生まれたばかりのなにもない雛―ナツ―は、初めて目にしたラクサスを親や信頼できるものと認識してしまったのだろう。
実際に、ラクサスは家に連れて帰ったナツの世話をやいてしまった。

「おれは、ラクサスがいい」

ラクサスにナツの世話をする義務などはないが、もし警察署に連れていったとして、ナツに記憶はないのだ、ナツの保護者が捜索願などを出していなければ、身元など分かるはずがない。
その場合、ナツの身は児童養護施設へと預けられる。

「分かった」

溜め息交じりの声に、ナツは顔をあげた。
ナツの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、これを目にしてまで突き離せられる者などいるのだろうか。少なくとも、ナツを自らの意思で拾ってしまったラクサスには無理だった。

「記憶が戻るまで家にいろ」

「……いいのか?」

ぐすりと鼻をすするナツに、ラクサスはちりがみを差し出した。鼻をかむナツに再びシートベルトをしてやる。

「ラクサス?」

名を呼ばれて上体を起こそうとしたラクサスに、ナツが抱きつく。
首に腕を回して、しがみ付く力を強めた。

「ありがとな」

ナツの行動は予想外で、一瞬反応が遅れてしまった。
ラクサスは戸惑いながらも幼い背に手を回し、あやすようにポンポンと叩いたのだった。




20110801

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