血は繋がっていない、義理の父親。幼い頃は、ただ父親が好きで堪らなかったのに、親として慕っていた心は、いつの間にか恋に変わっていた。
生まれてすぐに実親と死別したナツは乳児院に育てられ、物心がついて養護施設に移ってすぐ、現在の養父であるイグニールと出会った。
幼い記憶ながらも、差しのべられた手の大きさと、暖かさ。何より、纏っている柔らかな雰囲気を決して忘れはしない。




home×secret 1日目



「ナツ」

ナツは名を呼ばれ、我に返った。
今は少し遅い朝食をとっている最中。今日は日曜日で、高校に通っているナツはもちろん、イグニールも仕事は休みだ。

「なんだよ、父ちゃん」

目の前では、同じく食事をしていたイグニールが、すでに食事を終えて座っている。
食器も片づけられており、いつもなら先に食べ終えるナツの方は、ほとんど手がつけられていない状態だ。

「具合が悪いのか?」

いつも吸い込む様に食事を平らげているナツが食事の手を止めていれば、誰でも気に留めるだろう。
心配げに見つめてくるイグニールに、ナツは慌てて、持ったままだったトーストにかぶりついた。

「なんともねぇよ!父ちゃんの飯、すげぇうめぇ!」

大げさに言いながら、ナツは目の前の食事を口へと詰め込んでいく。
それを暫く見ていたイグニールは、安堵に息をついた。

「良かった。今日はお客さんが来るんだけど、ナツの具合が悪いなら別の日にしようとと思ったんだ」

「客?」

きょとんと首をかしげたナツに、イグニールは笑みを浮かべながら口を開いた。

「父ちゃん、結婚しようと思うんだ」

咀嚼していたナツの口の動きが止まる。
口の中に満ちている目玉焼きやトーストの味、それが全てなくなった気分だ。ただ、吐き出したい衝動にかられながらも、無理やり飲み込んだ。
口の中が緊張で乾く。目の前の牛乳を一気に飲み干し、緊張で震える手を、コップを強く握ることで止めた。

「結婚って、俺に母ちゃんが出来るってことだよな」

「そうだ、嬉しいだろ?」

今まで独り占めできた父親。血の繋がりがないとはいえ、戸籍上は親子。その上に男同士では未来図など描けるわけもなく。それでも、親子だとしても、一人占め出来ていることがナツには救いだったのだ。

「なんで、結婚なんて……」

ナツは言葉を詰まらせて、顔を俯かせた。
イグニールは未婚者であり、今まで結婚願望すら口にした事がなかった。整った容姿をしているし、性格も大らかで人当たりも良い。仕事と家事の全てをこなしている。
良く考えれば、それだけ女性の理にかなった男に、今まで女性の影がなかったことの方が不思議なのだ。

「会えばきっと驚くよ」

とっくに驚いてるよ。
笑顔で言うイグニールに、ナツは言葉を口にする事も出来ず、ただ残っている食事をじっと見つめた。



昼の迫った時刻に、来訪者はやってきた。イグニールと共にナツも玄関へと出迎えに足を向ける。
玄関先で立っているナツは、扉へと向かうイグニールの背を見つめる。

「父ちゃん」

決して届かない音量で呟き、イグニールが扉を開けて来訪者を迎えるのを眺める。イグニールの手で扉はゆっくりと開き、来訪者の姿が現れた。

「いらっしゃい」

イグニールの柔らかい声がし、ナツは目を見開いた。来訪者は、己がよく知る人物で、その隣にいる人物もまた、知り過ぎる人物。

「ウル……グレイ?」

同級生のグレイと、グレイの養母であるウルだった。呆然とするナツに、グレイが顔を歪めながら顔をそらす。

「こんにちは、ナツ」

ウルの挨拶に、固まっているナツは返事をする余裕などなかった。



次号以降の予定(は未定!※続かないす)
ウルは、結婚経験はあるものの離婚し、一人娘は別れた夫に引き取られてしまっていた。生きがいをなくした日々を過ごす中、ウルは両親を事故で亡くした親戚のグレイを引き取ったのだ。
グレイとナツは同じ妖精学園に通う同級生。そこで保護者同士であるイグニールとウルは知り合い「思春期の子って難しいよねー」的なノリで話しが進み「片親だと子供がかわいそうかもー」的なノリで、二人は結婚に踏み切ったのだ。
恋愛感情より保護者の義務的な、愛のない結婚。しかし、それを知らないグレイとナツの心は曇るばかり。
養父に片想いするナツ。ナツに密かな恋愛感情を持っていたのに、義兄弟にされてしまったグレイ。
四人の複雑な生活が始まってしまった。

「お前、好きな奴とかいんの?」

夜、自室に訪れてきたグレイの問いに、ナツは真実の想いを言えずにただ俯く。部屋に静寂が落ち、グレイはナツの手を引いた。

「っ……グレイ?」

グレイはナツの身体を抱きしめた。戸惑う声を上げるナツに、グレイは囁く。

「好きだ、ナツ」

予想もしなかった告白に、ナツは身をよじりグレイの表情を窺おうとするが、グレイの腕の力が強まり叶わなかった。
逃さぬ様に回された腕に、徐々に不安がこみ上げてくる。腕から抜け出そうともがくナツに、グレイは口を開いた。

「お前の好きな奴って、イグニールだろ」

誰にも勘付かれた事がなかった想いを見抜かれ、ナツは体を強張らせた。
身動きできなくなったナツに、グレイは腕の力をゆるめてナツの顔を覗きこむ。
偽ることができない揺れる瞳は事実だと語っており、グレイは口端を吊り上げた。

「ばらされたくなかったら……分かるよな?」

迫ってくるグレイの顔に、ナツは固く目を閉じた。




20110827


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