恋愛布告





どこもかしこも温泉で溢れている町。いつだったか鳳仙花村の温泉観光地にきた事があった。その時もだが、もちろん今回も仕事だ。

「こういう仕事なら大歓迎!」

ルーシィは嬉々として両手を合わせた。
今回の仕事は、この地で有名な魚を独占している闇商人の捕獲。煮てよし焼いてよし生でもよしと評判の魚は観光地では重宝している食材だ。
しかし最近はめったに食べられなくもなり、さらには闇商人の独占も加わって、それを売りとしている旅館の客足が衰えたというのだ。

「魚、魚!うまーっ!!」

「おぉ。独り占めはよくねぇよな」

魚関係の仕事とくればハッピーの気分は盛り上がる一方だ。現地に来るまでの間も異常な騒ぎようだった。腕を組んでうなっているナツも、やる気満々のようだ。

「今回の仕事は報酬に加えて、依頼人から旅館の宿泊も用意していただいている。ご好意を無にしないよう、私たちも迅速な依頼の達成を試みようじゃないか」

娯楽に弱いエルザもやる気に満ちている。だが、メンバーがいつもなだけに、あまりやる気になられるとまた被害が多くでるのではないかと危惧してしまう。
ルーシィはずっと黙りっぱなしのグレイへと振り返った。

「グレイ、大丈夫?」

ナツに突っかかる事もしないグレイ。ナツほど騒ぐわけではないが静か過ぎると不気味だ。
ルーシィの呼びかけにグレイは顔を上げた。

「何でもねぇよ」

そう一言言っただけで顔をそらせてしまったグレイ。溜め息をつこうとしたルーシィは、前を歩いていたナツの背にぶつかった。
予想していなかった分勢いよく鼻を打ってしまった。

「急に止まらないでよ……ナツ?」

ルーシィの声に何の反応もしないナツはどこか遠くを見て立ち止まっている。
ルーシィが顔を覗き込もうとしていると、いきなり走り出した。ナツの手が、少し先を歩いていた人の腕を掴んで引き寄せる。
引き寄せられた腕は体を反転させ、顔が確認できた。金髪にヘッドホンを付けている男。それは妖精の尻尾にいるものなら見覚えのある格好だが。

「誰だてめーッ!!」

ナツは男を殴り飛ばした。
格好といっても似通っているのは髪の色や服装だけで、容姿は何百歩譲ろうが似ているとは言い難い。

「ナツ!?」

驚くルーシィの目の前で、ナツに殴られた男がきれいに回転をくわえて家の壁に激突した。

「騒ぎを起こすな、ナツ!」

ルーシィらがナツへと駆け寄る。エルザが睨みをきかせてもナツは怖気づくこともなく、目を吊り上げて男を指差した。

「紛らわしい格好してんじゃねぇ!」

「どんな理由よ、それ!ていうか一般人殴っちゃダメじゃない!」

ギルド内ならば日常茶飯事だが、見ず知らずの人にとっては通り魔みたいなものだ。これ以上無意味にギルドの評判を落とす気だろうか。
エルザに叱られるナツに、がくりと肩を落としていたルーシィはぞくりと寒気がして振り返った。

「……グレイ?」

少し離れた場所に立っているグレイ。微妙にとられている距離は、グレイが自ら避けているように感じる。
グレイの冷たい目に表情を強ばらせながらも、様子のおかしさにルーシィがグレイに近づこうと足を一歩踏み出そうとした。

「行くぞ。ルーシィ」

エルザに呼ばれて振り返る。エルザがナツを無理やり引っ張っていた。

「放せよ、エルザ!」

「全く。依頼を終える前に問題をおこすんじゃない」

「ナツ、終わった後ならいいんだって」

「終わった後でも起こさないでねー」

ハッピーの得意な揚げ足取りの発動はルーシィが笑顔で排除した。慣れというものは恐ろしい。

「よぉ。そろそろ仕事初めようぜ」

三人と一匹のやり取りに、先ほどまで遠巻きに見ていたグレイが入ってきた。
そのグレイの自然な姿に、ルーシィは先ほどのは見間違いだったのかと首をひねる。しかしそんな事はすぐに頭の隅においやられた。今は仕事が大事だ、家賃のためにも。
頷くルーシィたちにハッピーが涎をたらした。

「そうだね。早く食べたいよね、魚」

「こらこら。食べるんじゃないのよ、ハッピー」

闇商人の捕獲が目的だ。
ルーシィの言葉に、ハッピーはこてりと首をかしげる。

「一匹も?一口も?」

「貴重な食材なのよ。依頼者だって困ってるんだから」

「じゃぁ、ナツの分とあわせて二匹!」

「増えてるわよ!?」

ナツの分が入れば許可が下りると思っているのだろうか。しかしここで甘やかせてはいけない。仕事は仕事でめりはりを付けなければ。

「ルーシィの意地悪!」

ナツに泣きつくハッピー。
仕事前から疲労感が増していく。そんなルーシィたちに一人の男が近づいてきた。黒いローブに身を包んでフードを目元までかぶっている。見るからに怪しい。

「もしかして、珍魚をお探しかい?」

「あ、あたしたちは……」

受け答えしようとルーシィを後ろに追いやるようにエルザが前に出た。

「大変美味だと聞いて西からきたのだが、どこにいっても手に入らなくてな」

エルザの背後で困惑しているルーシィ。疑問の声を上げようとしているとグレイが人差し指を己の口元にあてた。黙って見ていろという意味だ。

「全く残念だ」

首を振るうエルザに、男の口元が弧を描いた。

「どうしても欲しいなら、いい話があるよ」

「……いい話?なんだ、聞かせてもらおう」

「あまり大きな声では言えないが、少し値が張ってもいいなら譲ってもいい」

エルザの繭がピクリと動く。

「それはおかしい。どこへ行っても今は手に入らないと聞いた。それは正規なルートで手に入れたものか?」

エルザの言葉か威圧感からか、男は異様さを感じて走り出した。
エルザが出るまでもなく、すぐにその横から飛び出したナツが男を追いかけた。

「てめぇが闇商人かーッ!」

もしかしたら先ほど男を殴ったとき止められて苛立っていたのかもしれない。捕らえるだけでよかったはずが、ナツは火竜の鉄拳と咆哮の連続攻撃を繰り出した。
もちろん被害は闇商人だけにとどまるわけもなく家を数件巻き込んでいく。

「ちょっと、ナツーッ!」

「やめろ、ナツ!捕獲すれば十分だ!」

「あのバカ!」

燃やされていく家に、グレイが飛び出して消火にあたりながらもナツを止めた。おかげで被害は広がらずにすんだといっていいだろう。しかし、やはりというか依頼は達成したものの報酬額は減らされた。ルーシィが地に沈んだのはいうまでもない。
依頼者と話を済ませたルーシィは顔を俯かせながら恨めしそうな声を上げる。

「あんたのせいよー」

これだけは何度経験しても慣れない。
落ち込むルーシィにエルザが肩を叩いた。

「報酬額は減らされてしまったが、旅館の方は予定通り泊まっていいそうだ。温泉にでもゆっくりつかろう」

エルザの言葉に反応したのはルーシィではなく、ナツだった。

「温泉だってよ、ハッピー。行こうぜ!」

「あい!」

ハッピーと共に駆け出していくナツに、ルーシィは目を吊り上げた。

「あんたは反省しなさーい!!」

「そう怒るな、ルーシィ。さ、私たちも温泉に入ろう」

「エルザはナツに甘いんだからー」

歩き出すエルザに、ルーシィは大人しくついていった。
部屋は各一人一部屋で割り当てられた。男女別に二部屋で十分だとエルザが申し出たが、準備してもらっていたこともあって甘んじて受けることにした。

ナツとハッピーのみ相部屋だった二人は、温泉と食事を済ませた後部屋でくつろいでいた。
もう外は暗く、ナツは眠気に襲われうとうととしていた。

「ねぇナツー」

「どうした?ハッピー」

布団の上で転がっていたナツ。その腹の上で寝転がっていたハッピーがナツから降りた。

「あのね、この近くに猫カフェがあるんだって」

「そんなもんまであるのか」

まるで興味がない。ハッピーが言いづらそうにもじもじと落ち着かない様子でいると、察したナツがにっと笑った。

「行ってこいよ。エルザには黙っててやるから」

「いいの?」

「おお。鍵は開けといてやるから、あんま遅くなるなよ」

「あい!ナツ大好き!じゃ、いってきまーす」

ナツに抱きついたハッピーは早々と体を放して背に翼を出した。もちろん出入りは窓からだ。
窓から飛び立っていくハッピーを笑って見送ったナツは、一度あくびをするとすぐに部屋の電気を消した。

「そういや、猫カフェってどんなんだ?」

猫だけの店なのだろうかと、布団に入ろうとして首をかしげる。それもハッピーが戻ってきてから聞けばいいことだろう。
一人納得して布団に入ろうとするナツを、今度は扉の叩く音が止めた。

「ナツ。まだ起きてるか?」

夜だからか控えめに発せられたのはグレイの声。
今まさに寝ようとしていたナツは顔をしかめた。このまま無視をしようとしたが、再度叩かれた扉に、ナツは立ち上がって扉を開いた。

「何度も叩くんじゃねぇ!」

「起きてんじゃねぇか」

「今寝るとこだったんだよ」

グレイを睨み付けていたナツは深く溜め息をついた。

「何のようだよ。グレイ」

ナツを見下ろしていたグレイは、ナツの脇を通って部屋の中に入る。

「勝手に入んな!」

食いついてくるナツの手をグレイの手が引いた。傾くナツの体は利用して、グレイはナツを押し倒した。
ナツが倒れこんだのは準備されていた布団の上で、グレイは逃げないようにと肩を押さえつける。

「てめ、喧嘩うってんのかこら!」

「もういいだろ」

小さく呟いたグレイの声に、ナツは顔をしかめる。部屋の電気は消えているせいでグレイの表情は読みにくい。
グレイ位なら魔法を使って退かせないことはないのだが、どうにも様子がおかしい。

「この間、ラクサスと色々話したみたいだな」

ナツがピクリと反応した。
嘘をつくのが下手なナツだ、素直というべきかも知れないが隠し事をするには向いていない。それ以前に隠そうとしていたのか分からないが、ナツの口からラクサスと会ったという話題は出なかった。

「何で知ってんだよ」

「俺たちも近くにいたんだ。あの場に出くわしててもおかしくねぇだろ」

ナツは、見下ろしてくるグレイの瞳を見上げた。

「見てたのかよ。趣味悪ぃ」

偶然にしろ故意にしろ盗み見ならどちらでも同じ事だ。いい趣味とはお世辞にも言えないだろう。
決まり悪そうに視線をさまよわせるナツに、グレイの目は自然と冷たくなっていく。

「”恋してる”ね」

「ッ!?お前、どこまで聞いてたんだよ!」

「あの野郎がいなくなってつまんねぇんだってな?」

暗闇でも分かるほどにナツの顔は熱を持っていく。
聞いていたという事実を知っても、実際に言った自分の台詞を他人の口から再言されるとなると話しは別だ。

「いい加減にしろ!この変態野郎……つめてぇ!」

グレイに押さえ込まれていた肩を氷が包む。

「あいつは戻って来ねぇ。分かってんだろ」

――――それなら、一緒に来るか?ナツ

ラクサスの冗談半分でいった誘いの言葉を、ナツは即答で拒否をした。家族同然である妖精の尻尾を離れる事は考えられなかったから。
そして、ラクサスに戻ってきてほしいと言うナツの言葉は最後まで言い切ることは出来なく、ナツの想いは途切れたままだった。

「違ぇ、ラクサスは妖精の尻尾が好きなんだ。戻ってきてぇに決まってんだろ」

「それはお前の願望だろ。ナツ」

「ちがっ……」

「言い切れんのか?」

グレイの冷たい声がナツの言葉を消していく。
声もなくしてグレイを見上げるナツに、グレイはくしゃりと表情を崩した。

「俺にしとけよ」

だいぶ暗闇になれた目はお互いの表情が見える。そうでなくても至近距離で向かい合っているのだ。内に秘めていた感情までもが透かされてしまいそうだ。
グレイの手がナツの頬へと伸びる。

「ラクサスのことなんか俺が忘れさせてやる」

それがどういう意味を持っているのか、ナツとて分からないわけではない。遠まわしに想いを告げられている。
グレイの手が撫でるように頬から顎へ移動する。指が唇を撫でると、ナツの体が小さく震えた。

「もういいだろ。ナツ」

グレイの気持ちに応えたとしても、ナツはラクサスの事を忘れる事はできないだろう。そんな事は考えるまでもない。一度でも大切だと心に場所をつくってしまった人物を簡単に決して消すことは出来ないのだ。
それ以上に忘れると思うだけで、ナツは胸が締め付けられるほどに苦しくなった。

「ダメ、だ」

ナツの唇に、己の唇を重ねようとしていたグレイは、ぴたりと動きを止めた。

「やっぱ無理だ」

目じりを伝わって流れた涙が、シーツに染みをつくった。

「……悪い、グレイ」

潤むナツの瞳と間近で視線をぶつけたグレイは、ごくりと生唾を飲んだ。
勢いのままナツの唇に己の唇を重ねた。触れるだけですぐに離れた感触。それだけで、グレイは熱い吐息を漏らす。

「それ無理。こっちが我慢できねぇよ」

「グレ、」

近くにあった枕をナツの顔面へと押し付けた。息が出来なくてもがくナツを見下ろして、グレイは舌打ちした。

「ていうか、もう我慢しねぇ」

グレイは立ち上がると、ナツの肩を押さえつけていた氷も消し去った。ナツが呼吸と視界を妨げていた枕を退かして上体を起こした。

「苦しいじゃねぇか!」

「もっと苦しめよ」

「あァ?」

目をつり上げるナツに、グレイは口の端を吊り上げて維持悪気に笑みをつくる。

「息が出来なくなったら俺が助けてやるよ」

グレイは己の唇に指をあて、颯爽とした足取りで部屋を出て行った。
暫くして、意味を理解したナツの顔はまさに沸騰状態。絶叫しながら手元にあった枕を扉に向かって投げつけたのだった。




2009,12,27

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