大作家の孫と恋人担当くん






いつからだったか、家に帰ると玄関に家族以外の靴が一足置かれている。来客を告げているそれは、成人しているとはいえないサイズ。

「また来てんのか、あのガキ」

ラクサスは呆れたように溜め息をつきながら靴を脱ぎ、家へと上がった。
ラクサスの家は、ラクサスと祖父であるマカロフの二人暮らし。付き合う者たちも、必然と年齢が近しい者たちばかりなのだが。
ラクサスは、自室へと向かう途中にある書斎で足を止めた。半開きだった扉から中を覗けば、予想通りの人物が床で横になっていた。
来訪者であるその人物は、桜色の髪の少年、名前はナツ。まだランドセルを背負っているような子供だ。
ラクサスは高校生であり、マカロフは齢八十を超える老人。他に親族もいない二人に小さな知人が出来たのは数週間前、ナツが野球のボールでラクサスの家の窓ガラスを割ったのがきっかけだ。
素直に謝罪をしたナツを、マカロフは強くは咎めなかった。その時、マカロフが一冊の本を手渡したのだ。
マカロフは小説家であり、ファンタジーの小説をいくつも書きあげてきた。その中で有名なのが『FAIRY TAIL』。
本など漫画しか読んだことがなかったナツだったが、マカロフの本を気に入り、それから毎日のように家に訪れるようになったのだ。

「ラクサス、帰っておったか」

背後から声がし、ラクサスはゆっくりと振り返った。

「ジジィ……家はいつから託児所になったんだ」

「別に構わんじゃろ。子供が本に興味を持ってくれるのは嬉しいもんじゃよ」

ラクサスは部屋の中へと視線を戻した。
書斎は、マカロフが執筆する際に利用する部屋で、マカロフが執筆した本も全て置かれている。その部屋で、ナツはいつも寝転がりながら本を読んでいるのだ。

「仕事の邪魔じゃねぇのか?」

「本を読んでおる時は大人しいからのう。じゃが、そろそろ……」

マカロフが言葉を続ける前に、言おうとしたことがすぐに分かった。部屋中に空腹を知らせる腹の音が響いたのだ。
マカロフは、小さく息を突くと、扉を開けた。

「ナツ、おやつにせんか?」

「おやつ?!」

マカロフの言葉に飛び起きたナツの目は輝いている。

「担当からどらやきを貰ってのう。ラクサス、お前も鞄を置いてリビングに来なさい」

「お、ラクサス、帰ってたのか」

本を手に部屋から出てきたナツは、部屋の前に立っているラクサスを見上げる。
帰ってきたら悪いのか。自分の家だ。
いつくかの言葉を脳内で巡らしていたラクサスが、その言葉を口にするより先にナツが口を開いた。

「おかえり!」

挨拶の言葉をかけてきたナツの顔は笑顔で、ラクサスの中にあった毒気は一気に抜かれてしまった。
マカロフは先にリビングへと向かってしまった。それを追うようにリビングへと向かおうとしたナツに、ラクサスは口を開く。

「お前、小説なんか読んで楽しいのか?」

野球をして他人の家の窓ガラスを割る様な子供。短い付き合いでも、ナツが活発な性格をしていると分かる。読書とは結びつきようがない。
ラクサスの問いに、ナツはきょとんと首をかしげた。

「楽しいに決まってんだろ」

問われている意味が理解できないように、ナツは訝しみながら続ける。

「魔法とか怪物とか、じっちゃんの本はいっぱい出てくんだ!読んでると、すげードキドキするし……」

うまく言葉に表せないのだろう、もどかしく手を蠢かせている。

「だから、すげー楽しーんだ!」

本の内容を思い出したのだろう、ナツの瞳には再び輝きが戻っていた。それに眩しそうに目を細め、ラクサスは自室へと足を向ける。
幼い頃のラクサスも、ナツのように本を読んでいたのだ。大好きな祖父の書く本を、毎日のように読んでいた。年を重ねるうちに、いつの間にか本を開くことがなくなった。
自室に入ったラクサスは、本棚の隅に追いやられている本に目を向ける。

「久しぶりに読むのも、悪くねぇか……」



数年後。
ナツは高校を卒業し、妖精出版に就職した。今でも、毎日のようにラクサスの家へと訪れている。

「ラクサス、来たぞー!」

合い鍵で家へと入ったナツは、遠慮なく家の中に上がる。向かう場所は、幼い頃と変わらずに書斎。ただ、そこで待っているのはマカロフではない。

「何回言わせんだ、お前は。静かに入ってこい」

扉を開けてナツの目に飛び込んでくるのは、金髪の青年。マカロフが使っていた机。その場所にいるのはラクサスだった。

「いいじゃねぇか、今はラクサスしかいねぇんだから」

ナツは口を尖らせながら部屋の中に入り、ラクサスへと近づく。
今、この家で住んでいるのはラクサス一人。マカロフは小説家を引退し、たまに講演会に出る以外は、旅行したりと老後を満喫している。
ラクサスは、まるで引退したマカロフの後を継ぐかのように小説家となり、そして、ナツが担当編集者になった。
ナツは、ラクサスの前で立ち止まり、ラクサスがかけている眼鏡を手にとる。

「なんだよ」

訝しむ様な声とは逆に、ラクサスは抵抗することなくナツを見上げる。

「眼鏡してると、ラクサスじゃないみてぇだ」

「緊張でもするか?」

「しねぇよ」

むっと口を歪めるナツに、ラクサスは喉で笑って、ナツの腰に両手を回す。

「お前、ガキの頃、ジジィの本読んでドキドキするって言ってたな……俺のはどうだ?」

真っすぐ見上げてくる金の目に、ナツは頬を紅潮させながら、ラクサスの首に両腕をからませる。

「ラクサスの本も楽しいけど、あんまドキドキしねぇ」

「……そうか」

気落ちしたような声が落ちた。
ナツはラクサスとの距離を縮め、至近距離で視線を交わす。

「本より、ラクサスといる方がドキドキすんだ」

ラクサスは目を見開いて、ナツの瞳を見つめる。
緊張で震えた声が、耳を刺激する。目の前の猫のような瞳は、いつもの強気を失い、揺れていた。
ラクサスは弧を描いた口を開く。

「次は、恋愛ものでも書こうと思ってる」

「恋愛?」

ラクサスはファンタジーしか書いて来なかった。全ては祖父であるマカロフの影響なのか、それ以外に手をかけた事はない。
首をかしげるナツに、ラクサスは至近距離だった顔を更に近づけた。

「だから、少し協力してくれねぇか?担当さん」

息がかかる程に近づいた距離に、ナツは顔を赤らめながら、一瞬だけ己の唇をラクサスの唇に触れさせた。

「仕方ねぇな、俺の作家さまは」




20110824


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