作家ラクサス・ドレアーと担当イグニール・ドラグニルとその子ども






家中に呼び鈴が鳴り響く。訪問者の見当がついていたラクサスは、パソコンから手を放し、インターホンに出ることなくそのまま玄関へと足を向けた。

「悪いな、まだ出来てねぇんだ」

扉を開けば、玄関の前に赤い髪の男が立っていた。度々顔を合わせる彼の名はイグニール。作家であるラクサスの担当編集者だ。
そして、今日は締切日で、イグニールの目的は一つしかない。
ラクサスは、毎回決まったやりとりで家に招き入れた。

「後二、三時間で終わるからリビングで待っててくれ……って、待て!」

イグニールに背を向けて家へと上がったラクサスは、訝しみながら振り返った。
靴を脱いで家へ上がるイグニール。それに引っ付いていた影に、ラクサスは顔をしかめた。

「何だ、その小さいのは」

「ちいさくねーよ!」

ラクサスの言葉の対象になったと勘付いた影――幼い少年――は、猫のような目でラクサスを睨んだ。

「ナツは小さくていいんだぞー」

イグニールは、ナツと呼んだ少年を抱き上げ、ラクサスへと視線をむける。

「今日、動物園に行く約束をしていたんだよ」

最後に短い謝罪の言葉をくっつけたイグニールに、ラクサスは脱力した。
イグニールが担当について一年近くになるが、仕事に私情など一切持ち込んだことはなかったのだ。それがまさか、仮にも担当作家の家に自分の子どもを連れてきた。

「大丈夫だよ、うちの子はかわいいから」

笑顔付きで言われても、言葉の意味が理解できない。
ラクサスは頭痛がしてくる額に手をあてて、溜め息をついた。

「すぐに仕上げてくる」

そう告げて部屋にこもったラクサスは、約束通り三時間足らずで顔を出した。
ラクサスは原稿データの入ったUSBメモリを、イグニールに投げた。

「ここで確認してくか?」

欠伸を一つもらしたラクサスに、イグニールは視線を下げた。ソファに座っているイグニールの隣で、ナツが丸くなって眠っていたのだ。

「いや、一度会社に戻るよ。ナツ、起きなさい」

体を揺すられ、ナツは拒否するように、ぐずりながらソファに顔をこすりつけた。
それを眺めていたラクサスは、ナツを起こそうとするイグニールに声をかける。

「戻るまで見ててやるから、寝かせてやれ」

「いいのかい?」

ラクサスは頷きながらキッチンへと足を向ける。
徹夜明けの頭で、家を飛び出していくイグニールを耳で感じながら、ラクサスはマグカップに注いだ珈琲に口を付けた。
それから間もなくだ、ソファに座りながらぼんやりとしていたラクサスの隣で眠っていたナツが目を覚ました。

「……父ちゃん」

ラクサスは足にしがみ付いてくるナツに、一気に眠気が飛んだ。
目を見開くラクサスに、ナツは違和感を覚えて顔を上げた。二人の視線が交い、ナツは驚いてソファから降りた。

「だ、だれだ、お前」

体全身で警戒する姿は猫の様だ。

「お前の親父は、会社だ。すぐに戻ってくる」

ナツは周囲を見渡して、漸く自分のいる場所を思い出したのだろう、身体の力を抜いた。

「俺は寝るから、お前は親父が戻ってくるまで大人しくしてろ」

ラクサスは力尽きるようにソファに横になった。
すぐに寝息が聞こえ始め、ナツはゆっくりとラクサスに近づいた。恐る恐る手を伸ばし、つつくが反応がない。
ナツはつまらなそうに、ちぇっと声をもらし、テーブルに乗っていた珈琲に目を止めた。
目が覚めたばかりのナツは、若干の空腹と喉の渇きを感じており、迷わずマグカップを手に取った。

「父ちゃんが、いつもうまそうに飲んでるやつだ」

匂いを嗅いだナツは、珈琲を口に含んだ。しかし、ラクサスの珈琲はミルクどころか砂糖さえ入っていないブラック。子供が飲めるはずもなく、ナツは勢いよく噴出した。

「な、なんだよ、これ!おい!これ、にげーぞ!」

ラクサスの身体を叩いて訴えるが、起きる気配はない。ナツは口いっぱいに広がる苦みに顔を歪めた。
涙を溜めながら、ラクサスの身体を揺する。

「にげーよ、なぁ、甘いのくれ」

涙声で訴え、必死に揺すれば、ラクサスの目がうっすらと開く。再び要求を口にしようとするナツの頭をぐしゃりと撫でた。

「寝ろ」

寝ぼけていたのだろう、ラクサスは手をナツの頭に乗せたままで止まってしまった。
ナツは、重みの増した手を退けると、人の眠気にあてられた様に欠伸をもらした。寝たくとも、ソファはラクサスが占領している。
ナツは再びこみ上げてきた欠伸をもらしながら、ラクサスの上に乗り上げた。

それから一時間後。

会社から戻ってきたイグニールは、ソファに仰向けで眠っているラクサスと、その上に乗っかって熟睡しているナツの姿を目撃するのだった。




20110816

イグニール「何だか妬けるな」
ラクサスは、若くして何やら色々賞とか取っちゃった感じの人です。適当すぎるけど察してください。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -