君に巡る





今回は被害を多く出している魔導士ギルドの壊滅が仕事だった。
ある町から依頼があり、妖精の尻尾最強メンバーである四人と一匹が動いた。
複数で動いている標的を一網打尽するために捕まえた一人を尋問し集会所まで案内させようと、人入りの少ない森の中にまできたのだが。

「あいつマジでブッ飛ばす!」

捕らえていた魔導師は幻覚を扱う能力系だったらしく、途中で逃げてしまった。
敵だと思っていたのに気づけば戦っていた相手は仲間だったわけだ。近くに集会所があるのかも疑わしい。

「いいから追え!捕獲するんだ!」

「当たり前だ!黒焦げにしてやる!」

「いや、氷付けだ」

「捕獲でしょ!?」

ナツとグレイが冗談にならない事を言っているとルーシィがすばやく突っ込んだ。

「魚付けがいいよ」

「魚って!」

生臭そうだとか、コントまがいの事をしているうちに、その場にはルーシィとハッピーしか残っていなかった。他の三人は捕獲に向かったようだ。

「なんか、最近ずっとハッピーと一緒ね」

戦力としてはナツやグレイやエルザ達よりは劣るせいなのか、それとも新人だからか、ハッピーと共に行動する事が多いのは、気のせいではないだろう。

「ルーシィ一人じゃ心持たないでしょ」

「心細いっていいたいのよね。ハッピー」

ルーシィとハッピーが動き始める中、ナツは勘だけで標的をさがしていた。

「どこ行きやがったー!」

茂る草木をかきわけて魔導士の姿を探すが見つからない。ハッピーがいれば上空から探す事もできただろうが、今さら言っても仕方のないことだ。
この際手っ取り早く周辺を焼き払ってしまおうかと、ルーシィが聞いたら顔を青ざめさせるような事を考えていると、轟音が響き渡った。
ちょうどナツがいる場所に近く、鳴り響いた音は人よりも感覚の鋭いナツの耳をより刺激した。

「っ何だ、今の」

雷鳴のようで胸が騒ぐ。
何故か浮き立つような気持ちにさせられながらも、今の音が追っていた魔導士のものかもしれないと、ナツは足を走らせた。

向かった先は岩壁の上。間違いなく轟音はこちらからしたのだ。岩壁の下を覗き込めば、人影が二つ。一つは背しか見えないが、もう一つは倒れていて、ナツが探していた魔導士だった。

「俺の獲物に、」

自分の手で倒す予定だったのを横取りされたと判断したナツは、人影に向かって岩壁を飛び降りた。

「何しやがんだコラー!!」

ナツの拳が人影に振り下ろされた。

「……随分なご挨拶じゃねぇか。ナツ」

炎をまとっていなかったとはいえ、ナツの拳を平然と受け止めた人影は、ナツの顔を見て口元に笑みを浮かべた。
間近でその顔を確認したナツは数回瞬きを繰り返し、突き出していた拳を引いた。

「お前」

ナツの言葉は続けられる前に相手の拳で遮られた。
意表をつかれていたナツは一発で吹き飛ばされ岩壁へと身体をうち付けた。岩壁に体がめり込み、頭に欠片が降りかかってくる。頑丈な体には大した痛手にはならなかったのは幸いだ。
すぐに立ち上がって相手に駆け寄った。

「いきなり何すんだよ、ラクサス!!」

ナツが飛び掛った相手は、妖精の尻尾を破門され街を出て行ったラクサスだったのだ。
ラクサスは胸倉を掴んでくるナツの手を鬱陶しそうに払った。

「先に仕掛けたのはてめぇだろうが」

「お前が俺の獲物とるからだ!」

ナツの指が、地に転がっている男へと向けられる。
ラクサスはそれを一度視界に入れ、すぐにナツへと戻す。

「こんな雑魚にてこずってんのか」

「今からぶっ飛ばそうとしてたんだよ!それをお前が横取りしたんじゃねぇか!」

「追ってたってことは逃がしたんだろうが」

返す言葉もなく小さく唸っていると、ラクサスの背後から小さな影が控えめに覗いてきた。
ラクサスの腰ほどにしか背のない少年だった。小さい包みを大事そうに抱えている。その少年がラクサスをためらいがちに見上げた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

ナツはラクサスの少年を交互に見て、少年で視線をとめた。ラクサスがあきらかに少年を無視しているからだ。

「お前ラクサスの知り合いなのか?」

どう見てもラクサスと並んで立っている姿はあまりにも不釣合いだ。魔導士にも見えなければ力があるようにも見えない。
首を捻るナツに、少年はラクサスを一度見上げてナツに視線を落とした。

「お兄ちゃんに助けてもらったんだ」

「……誰が、誰を?」

「お兄ちゃんが僕を助けてくれたんだ。そこのおじさんから」

おじさんとはラクサスが倒してしまっていまだに地に伏せている魔導士の事だ。
ナツはいつもよりも数倍時間をかけて言葉を理解し、ラクサスをまじまじと見つめた。

「マジかよ」

「知るか」

間髪入れずに帰ってきたラクサスの言葉は、否定とも肯定ともとれる。しかし少年の言葉に偽りはないようだ。
ナツはにっと歯を向きだして笑った。

「そっか。よかったな!」

ナツの笑顔につられながら、少年も笑顔で頷いた。
話しを聞けば、少年は祖父の薬を隣街から受け取って帰るところだったらしい。そこを運悪く魔導士に襲われそうになり、偶然通りかかったラクサスに助けられたということだ。
ナツ達から逃走している途中で、少年を人質にでもとろうとしていたのかもしれない。

「なにかお礼したいけど、今なにももってなくて……」

「助けたつもりはねぇ。さっさと帰れ」

「でも、」

「気にすんなよ。ラクサスのやつ照れてんだって……いて!!」

笑いを堪えようともせずに少年に声をかけていると、肩から背中にかけて電気が走った。表現ではなくまさに電流が流れたのだ。その原因は背後にいるラクサスだ。

「痛ぇじゃねぇか!何す、ぐぇ!!」

ラクサスの手がナツの頭を掴み地面へと叩きつけた。その程度では大した痛手にはならないが痛覚はある。
抗議するようなナツの手がラクサスの腕を叩くが何の意味もなしてはいない。
ラクサスはもがくナツを気にした様子もなく、少年を見上げた。

「祖父さんとこに帰ってやれ。薬待ってんだろ」

「う、うん」

ラクサスの表情は地面と対面していたナツには伺えなかったが、ラクサスの言葉に少年は嬉しそうに頷いた。

「お兄ちゃん、本当にありがとう!」

少年は、礼の言葉と共に背を翻し町に向かって歩き始めた。
暫くして少年の姿が小さくなった頃に、ようやくラクサスはナツを開放した。押さえ込む力がなくなったナツは飛び上がるように起き上がった。

「てめ、殺す気か!」

「あの程度で死ぬのかよ」

「死ぬわけねぇだろ!バカにすんな!」

矛盾している言葉に、ルーシィかグレイ辺りがいたら突っ込みを入れてくれるところだが、あいにくと今は不在。
ラクサスが何も言い返してこなければ会話が途切れてしまう。居心地が悪くなったナツは頭をがりがりとかいた。

「お前、どっかのギルドに入ったのか?」

妖精の尻尾を破門された身だが、ラクサスの力ならどのギルドでも歓迎されるだろう。ナツの問いに、ラクサスは少し間を開けて口を開いた。

「妖精の尻尾以外に興味はねぇよ」

細めた瞳に目の前のナツの姿は映っていないようで、どこだか遠くを見ているようだ。
懐かしそうなその瞳に、ナツは自然と口元を緩めた。

「だよな」

「あ?何がだ」

「妖精の尻尾は俺たちの家だからな」

「俺は破門にされてんだよ」

苦い顔をするラクサスにナツはきょとんと首をかしげた。

「そんなの関係ねぇよ。お前だってギルドの仲間だろ」

破門と言う言葉の意味を理解しているのだろうか。頭を抱えたくなる程に会話は成立していない。
鬱陶しいを通り越して何も言う気にもなれないラクサスに、ナツがだってと続けた。

「お前妖精の尻尾大好きだもんな!」

無邪気な笑顔だった。ラクサスはナツの言葉に一瞬目を見開いたが小さく息をついて、ナツの頭に片手を乗せる。

「ラクサス……ぐぎゃあぁぁぁッ!!」

ラクサスの手から直接雷が流れ、ナツはまさに黒こげ状態で地に倒れた。無邪気だろうがなんだろうが、ラクサスには関係ないのだ。
それを暫く見下ろしていたラクサスがその場を去っていこうと背を向けた。
少しずつ遠ざかっていくラクサスを感じ取ったのか、ナツががばりと体を起こした。

「ラクサス!!」

ラクサスは足を止めた。振り返る気はないらしいラクサスの背を見つめたまま、ナツは口の開閉を繰り返す。煮え切らない態度は、似つかわしくない。

「てめぇへの借りはいつか返してやる」

片手をあげるラクサスに、ナツはくしゃりと顔をゆがめた。

「ラクサス!俺、お前のことずっとムカつくやつだと思ってたけど、お前がいなくなってつまんねぇよ。いろいろわけ分かんなくて気持ち悪ぃっつーか……前、ルーシィに変なこと言われたんだ」

雷が気になって仕方がなかった。胸が騒いで落ち着かない、そんな気持ちになったのは初めてで困惑した。
ルーシィに言われた言葉。その時はわけが分からなかったけれど、頭からはなれなかったのだ。

「俺、恋してんだ!」

「よかったじゃねぇか」

ナツも年齢不詳とはいえ思春期には言ってもおかしくない年齢だ。呆れたようなラクサスの心情は、次のナツの一言でがらりと変わることになる。

「お前に!」

「……くだんねぇ事吹き込まれてんじゃねぇよ。てめぇは」

何故いなくなった自分が妙な被害を被らなければならないのか。不快とばかりに顔をしかめたラクサスが振り返ると、ナツが耐えるように唇をかんでいた。
別段ナツと時間をともにしたわけではないが、ナツのこんな表情は見たことがない。ラクサスは呆れたように溜め息をついた。

「それなら、一緒に来るか?ナツ」

「いあ、無理」

ラクサスとて本気で言ったわけではないが、ナツの返答の速さに眉をしかめた。
ナツは不服そうに唇を尖らせる。

「一緒に行くのは悪くねぇけど、妖精の尻尾は俺にとって帰る場所だ、離れるのなんか考えられねぇ。……お前だってそうだろ」

過去形ではないナツの確証を持っているような言葉に、ラクサスは目を見開いた。そして顔をそらすように背を向ける。

「当たり前だ」

「ッラクサス!俺と一緒に、妖精の尻尾に」

「ナツーッ!!!」

最高速で飛んできたハッピーがナツの顔面にへばりついた。柔らかいハッピーの腹がナツの呼吸と視界を妨げる。
ナツはもがきながらハッピーを引っぺがした。

「どうした、ハッピー」

「全部終わったんだよ。やっぱりアジトもあってエルザとグレイが大暴れして、あとはナツが追ってた一人だけなんだ」

ハッピーが視線を落とすといまだに地に転がっている男がいる。ナツはそうかと頷いて顔を上げた。
ラクサスの姿がなくなっている。

「ラクサス……」

「ナツ、そいつエルザのとこに連れていこうよ」

「ああ、そうだな。ハッピー」

ナツは顔をゆがめながらも頷いて、転がっている男を見下ろす。ハッピーが準備していた紐で縛り上げ、岩壁を上がる場所を探しながら道を歩き始める。

その岩壁の上でルーシィとエルザがナツを見守っていた。ルーシィは見守ると言うよりも隣のエルザが怖くて固まっている。エルザが隣にいるルーシィの方を振り向いた。

「ナツに妙なことを教えるな、ルーシィ。本気にしたらどうする」

実際ナツは本気にしてしまったようだけれど。ルーシィは冷や汗をかきながらエルザから目をそらす。

「いや、別にそんなつもりで言ったんじゃないんだけどー……ごめんなさい」

実は早々に片をつけたエルザたちはナツを探していたところナツとラクサスを見つけ、二人のやり取りを岩壁上からずっと見ていたのだ。出て行きづらかったと言うほうが正しいかもしれない。ハッピーが飛んできたのはエルザがナツの場所へと投げ飛ばしたからだった。エルザが溜め息をついて岩壁の下へと視線を移す。
先ほどナツがいた場所から少しはなれた場所にはグレイとラクサスの姿。

ハッピーで視界がふさがれている間に歩みを進めていたラクサスは、ぴたりと足を止めた。

「盗み見とはいい趣味だな……グレイ」

岩壁の深い窪み。その場に身を隠すようにしていたグレイは、一歩足を踏み出す。

「てめぇに会わすつもりはなかったんだよ」

「ナツか?」

小ばかにしたような笑みを作るラクサスを、グレイは睨みつけた。敵と戦うときでさえなかなか見せないような鋭さがある。
そんなグレイを横目で見やり、ラクサスは小さく息を漏らす。

「大事ならてめぇで見張ってろ、ガキ」

「ラクサス、てめぇなんかにナツは渡さねぇ」

「勝手にやってろ。俺を巻き込むんじゃねぇよ」

今にも飛びかかってきそうなグレイの目を気にした様子もなく歩き出すラクサスだったが、数歩歩いた場所で足を止めた。
まだグレイが殺意のこもった目で睨みつけていることは分かっている。それよりも意識を奪ってくるのは、頭をちらついてくる桜色。
ラクサスは口元に笑みをつくると全身を雷が包む。

「じゃあな」

ラクサスから雷が立ち上り空へと突き抜ける。漂っていた雲を突き破っていく雷の柱は一瞬のものですぐに消えていった。

「何してやがるッ」

すぐに、ラクサスの後方だいぶ先の方から火柱が立ち上る。グレイは火柱に呆気にとられていたが、すぐにラクサスの行動を察して、魔法を使う構えをつくった。

「これ以上あいつに関わるんじゃ、」

グレイは言葉を詰まらせた。一瞬だけ見せたラクサスの表情が今まで見たことがないものだったのだ。
人を嘲るようなものでも怒りを宿したものでもない。少し細められた瞳の奥はただ優しさを秘めていた。
グレイは身体を震わせて、構えをといた。

「クソ……ッ」

悔しそうに顔をゆがめてラクサスから顔をそらす。
握り締めた拳が伸びた爪が刺さって手のひらに傷をつけながら、ラクサスの遠ざかっていく足音を目を閉じながら耐えていた。
まぶたの裏に焼きついている笑顔を思いながら。




2009,12,13



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