立派な盗撮です





初めて訪れた土地。国の中心部であるフィオーレにある公園で、グレイはカメラを手に歩いていた。
構えたカメラのフィルター越しに公園内を見渡す。
公園には桜の木が植えられているが、残念なことに今の季節は夏で、桜の花は見ることはできない。
公園中に咲き誇る桜を想像し、来年に再び訪れる事を考えながら、視線を移動させる。

「……あ」

グレイは目に入った色に息をのんだ。まるで時でも止まったかのように、グレイは身動きできずにいる。
目に入ったのは、桜色。
カメラを降ろして肉眼で見つめながら、グレイは視線をそらす事なく、桜色に近づく。
桜色は少女の長い髪で、少女は木陰で丸くなって眠っていた。顔立ちは幼く、心地良さそうに口元に笑みが浮かべている。

「タイトル『夏の桜』……なんてな」

グレイはカメラを構えると、シャッターを切った。

パシャリ。

近くで鳴ったシャッター音に反応して、少女の瞳がうっすらと開く。瞳も髪と同色の桜色で、少女は目を擦りながら体を起こした。

「……ん?誰だ、お前」

少女は眠気眼でグレイを見上げる。きょとんと首を傾げた瞬間、グレイは再びカメラのシャッターを切った。
少女は状況を把握して、眉を寄せる。

「勝手に撮るなよ!」

カメラを奪おうと伸びてくる少女の手を、グレイは足を後退させて避ける。
睨んでくる少女をフィルター越しで見つめるグレイの頬は緩んでいた。追ってくる少女に、グレイは何度もシャッターを切る。

「撮るなっつってんだろ!マネージャー通せよ!」

「なんだよ、それ」

少女の言葉に、グレイはにやにやと意地悪げに笑みを浮かべた。
追ってくる少女の髪は風に靡き、光にあてられて輝いている。今まで見た色の中で、何よりも美しく見えた。

「いい感じだな」

グレイは逃げていた足を止め、カメラを降ろした。

「おかげでいい作品ができそうだ、ありがとな」

「なに勝手な事言ってんだ、撮ったやつ全部消せよ!」

目を吊り上げるその表情も、威嚇している猫にしか見えない。

「仕方ねぇだろ」

訝しむ少女に、グレイは注意を引くように持っていたカメラを持ち上げた。

「写真家だったら、綺麗なものを前にしてシャッター押さずにはいられねぇだろ?」

「綺麗って……」

先ほどまで被写体になっていたのは少女だ。
少女は、グレイの言葉の対象が己をさしている事に、頬を紅潮させた。

「ば、バカじゃねぇの!」

「へいへい……と、もうこんな時間かよ」

グレイは腕時計で時間を確認すると眉をひそめた。

「師匠に怒られる前に帰るか。じゃぁな、『夏の桜』」

グレイは、一度だけ少女に視線を向けると、足早に去っていった。
取り残された少女は、きょとんとしながら、小さくなっていくグレイの背を見つめる。

「変な奴。つーか、俺のこと知ってたのかよ」

口を尖らせながらぶちぶちと呟く少女に、1人の青年が近づいた。

「こんなとこに居たか。ナツ、撮影は中止だ」

「ラクサス」

ナツは少女の名だ。
青年の言葉にナツは溜め息をついて己の髪に手を差し込んだ。

カチ。

軽い音がし、長い髪がずれ落ちる。長い髪だったのは地毛と同色の人工毛だったのだ。ナツは、短くなった髪をかき回すように頭をかいて、ラクサスは見やる。

「これ、すげぇ暑いんだぜ?ラクサスも付けてみろよ」

「冗談じゃねぇ、女装なんかお前だけで十分だ」

ナツは嫌そうに顔を歪めた。
女装とは男が女の格好をする事で、その言葉通り、ナツは少女ではなく少年。そして、ラクサスと共に今人気上昇中の役者であり、今は映画の撮影中だったのだ。
トラブルで撮影が進まずに時間を持て余したナツは、撮影現場内である公園で昼寝をしていたのだ。
そこでグレイに出会ってしまった。

「綺麗、か……」

グレイの言葉がよみがえり、ナツの頬を赤く染まる。

「どうした?」

訝しむラクサスに、ナツは人工毛を撫でながら口を開く。

「俺、綺麗なんだってさ」

「……そりゃ、化粧のせいだろ」

今のナツは、化粧を施されている。常なら少年にしか見えないナツも、文字通り見事に化けていた。
ナツはきょとんとラクサスを見上げ、妙に納得しながらスタッフ達が待つ現場へと急いだのだった。




20110809


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