サンキュー!





7月1日の夜。夕飯を食べながら、ナツは前に座るラクサスに視線を向けた。

「ラクサスは、明日休みだよな」

「土曜だからな」

ラクサスとナツの学校は、土曜日曜は休日だだ。それは毎週の事であり、わざわざ問う事ではない。

「出かけねーよな」

「用もねぇからな。……どこか行きたいのか?」

確認するように重ねて問うナツを、ラクサスは訝しむ様に見やる。

「ラクサスが家にいるならいいんだ、ごちそうさま!」

ナツは残っていた食事を口へ詰めこむと椅子から飛び降りた。自分で使用した食器を台所へと運び、リビングを出ていく。
階段を上る足は常よりも軽く、自室へと戻ったナツはベッドに飛び込んだ。

「明日はラクサスとずっといっしょだ!」

部屋に飾ってあるカレンダー。赤い丸で印がついている2日の明日は、ナツの誕生日だった。

まだ幼いナツにとって誕生日は特別な日であり、前日であるその日、ナツは興奮してなかなか寝付けなかった。その上に目を覚ましたのは、常よりも早い時間。
目を覚ましたナツは、未だ落ちてきそうになる目蓋を擦りながら、階段を下りる。リビングからは明かりがもれていて、すでにラクサスが起床していると教えていた。

「――何とかなるな」

ナツは、カレンダーを見つめながら独り言を呟いているラクサスの横に立った。

「おはよー」

「お前、いつからそこにいた」

慌てたラクサスの声が降ってくる。

「いつからっていつからー?」

ラクサスの声は耳に入ってくるのだが、ナツの頭はまだちゃんと覚醒はしていなかった。舌っ足らずな声に、ラクサスはナツの背を押す。

「すぐに飯の準備するから顔洗って来い」

食事は、幼いながらも大食漢なナツを目覚めさせるのに十分な言葉で、ナツは先ほどまでとは違い目を輝かせてリビングを出ていく。

「メシー!」

軽い足音を立てて洗面所へと向かったナツは、勢いよく周囲に水を飛び散らせながら、顔に水をうちつける。
タオルで顔を拭いたナツは鏡を見つめ、その顔が次第に緩んでいく。

「ラクサス、いるな!」

ナツは笑みを浮かべたままリビングへと戻っていった。

食事をすませた後は、洗濯。ラクサスの家事を手伝うのが、ナツの休日の過ごし方になっている。ラクサスの後をついて回り、ラクサスから与えられる、幼くてもできる作業をナツはこなしていく。それはゲームのようであり、何よりも終えた時にラクサスから褒められることが嬉しいのだ。
洗濯ものを干し終え、ナツは先ほどまで洗濯ものが入っていた籠を手に部屋へと足を向ける。

「ナツ」

部屋の中に入ったところで名を呼ばれ、ナツは振り返った。

「少し出かけてくるから、お前は留守番してろ」

ラクサスの言葉にナツの身体は固まった。すぐに我に返り、慌てて口を開く。

「お、オレも一緒に行く!」

「買い物に行くだけだ、すぐ戻る」

買い物なら連れて行ってもいいはずだが、いつもならばすぐに了承するはずのラクサスが頷くようすはない。
ナツの顔は自然と俯いていく。

「だって、昨日……っ」

ナツには似つかわしくなく口ごもり、言葉に詰まってしまう。
涙が込み上げてきたナツは、持っていた籠を取り落とした事を気にする余裕もなく、駆け出した。
背後で呼んでくる声さえも無視して階段を駆け上り、自室へと飛び込む。

「……うそつき」

ナツはベッドに飛び込むと、シーツに顔を押しつけた。
昨夜ナツが問うた時、ラクサスは出かける予定はないと言った。買い物だとしても、いつもなら、毎回ついて来るナツにラクサスの方が先に聞くのだ、一緒に行くのかと。
顔を押しつけているシーツには涙で染みができ、少しずつ広がっていく。ナツは鼻をすすってシーツで涙を拭った。

「ナツ」

ノックする音と同時に耳に入ってきたラクサスの声に、ナツは顔をあげた。扉へと振り返れば、少し間をおいて扉越しからラクサスの声が聞こえてくる。

「すぐに戻るから、お前は家で待ってろ。いいな」

やだ。
声もなく唇を動かす。それはラクサスに届くはずもなく、ナツは再びシーツに顔を押しつけた。
暫く経ったがラクサスからの声は聞こえなくなってしまった。ナツは落ち着かない様子でちらちらと扉を見やる。

「……ラクサス」

返事は返って来ない。
ナツはベッドから降りて扉に飛びついた。扉を開いたが、廊下にはラクサスの姿はない。耳をすまして、漸く感じる静けさ。

「ラクサス!」

声を大にして呼んでも返事はない。
ナツはぎゅっと唇に力をいれると、廊下に足を踏み出した。歩くたびに、微かに廊下が軋む。いやに響くその音を耳にしながら、ナツは一階へと降りた。
リビング、庭、脱衣所、トイレ。全て確認したが、ラクサスの姿はない。告げた通り出かけてしまったのだ。
ナツは玄関先へ行くと、その場に座り込んだ。折った足を抱えて膝に額をあてる。
耳をすましても望む音は聞こえてこず、ナツは目を閉じた。

「早く」

帰ってきて。
どれだけそうしていたのか、実際にはたいして時間は経過していないが、ナツにはとても長い時間に感じた。
外が少し騒がしくなり、玄関の扉が音を立てて開いた。

「入るんならさっさとしろ」

外から生ぬるい風が入り込み、髪を撫でる。共に耳に入ってきた声に、ナツは顔をあげた。
玄関へと足を踏み入れた状態で立っているラクサスに、ナツはゆっくりと立ち上がる。

「おかえり」

ラクサスの姿を見て、安堵で涙がこみ上げてくる。
出迎えの言葉にもラクサスは返事を返しては来ない。口をつぐんだままで見下ろしてくるラクサスに、ナツは一度俯き、窺うようにそろりとラクサスを見やる。

「今日、オレの誕生日だぞ」

「知ってる」

少し不機嫌な声で呟き、ラクサスは手を持ち上げる。その手には袋があり、中には透けて箱状の物が入っているのが分かる。

「だから、買いに行ったんだよ」

袋には店名が記されており、その名前から洋菓子店の物だと察しがついた。ナツも、その店の菓子を気に入っているのだ。
ラクサスは誕生日を覚えてくれていて、それでケーキを買いに行ってくれたのだ。
先ほどまで靄がかっていた気持ちが晴れていく。それどころか、胸はぽかぽかと温められているのに、瞳には涙が溜まっていった。
ナツは、涙をこぼさぬ様にと唇を噛みしめて耐え、足を踏み出す。素足のままで土間に降り、ラクサスに歩み寄るとラクサスの服を掴んだ。

「ケーキなんかいらねー」

ケーキは好きだ。ラクサスが買って来てくれたなら、もっともっと好きだ。でも、ケーキが欲しいわけじゃない。

「プレゼントじゃねぇのが不満か」

ラクサスの低い声に、ナツは首を振るった。

「ケーキもプレゼントもいらねーよ……オレ、ラクサスが一緒にいるだけで嬉しかったんだ!」

ナツは飛びつくようにラクサスにしがみ付いた。
父親であるイグニールは多忙で、事前に休みをとっても急きょ仕事に出ることが多かった。それはナツの誕生日でも例外なく、誕生日当日に祝うことなどないに等しい。
だから、ナツはドレアー家での初めて迎える誕生日に、期待してしまったのだ。マカロフは仕事で帰ってはこないが、ラクサスが家に居る。

「ひとりはイヤだ」

普通の子どもが望む、ケーキやプレゼント。そんなものよりも、ナツにはラクサスが共にいてくれることを望んでいた。
ラクサスの腹に顔を埋めるナツの頭に手がのる。ラクサスは、髪を梳くように頭を撫でながらゆっくりと口を開いた。

「誕生日おめでとう」

耳をくすぐる様な優しい声に、ナツは身体を震わせ、ただ何度も頷いた。

「ナツ!俺が抱きしめてやるから、こっち来いよ!」

心地良い時は一瞬で壊された。
ラクサスの背後から割りこむ様に顔を出したのは、グレイ。興奮しているのか鼻息荒く、誘うように手を仰いでいる。

「グレイ?」

ナツが手で涙を拭うと、次にミラジェーンとルーシィがグレイを押しのけて顔を出した。

「あたしたちも居るわよ」

「ナツ、かわいい……」

未だに涙で瞳を潤ませるナツに、ミラジェーンが恍惚としている。
ラクサスが舌打ちをもらして入り口をふさいでいた体をずらすと、途端に3人がぞろぞろとなだれ込んでくる。
きょとんとするナツに、三人は打ち合わせでもしていたかのように声をそろえた。

「ナツ、誕生日おめでとう!」

瞬きを繰り返したナツの顔は、すぐに満面の笑みに変わった。

「へへっ、サンキュー!」


数分前とは打って変わって賑やかになった家で、ナツの誕生会が開かれた。
集まったリビング。椅子に座ったナツの目の前のテーブルにはホールのケーキが4つ並んだ。

「すげー!これ全部食っていいのか?!」

テーブルに手をついて身を乗り出すナツの目は輝いている。

「全部食ったら腹壊すぞ」

呆れた様なラクサスの声にも、ナツは機嫌良く笑みを浮かべただけだった。並ぶケーキをきょろきょろと眺めているナツに、ミラジェーンが口を開く。

「ナツは、どれが一番気に入った?」

ケーキはラクサス達が各々で購入してきたもので、全て大きさも形も異なっているのだ。
ミラジェーンの言葉に、グレイがにやりと勝ち誇った笑みを浮かべ、ラクサスは眉を寄せる。ルーシィでさえ、ナツの答えを急かすようにじっと見つめていた。
ケーキを眺めながら悩むナツに、グレイが口を開く。

「ナツ!俺のケーキは1ヵ月前から予約した特注だぜ!」

グレイの持ってきたケーキは、結婚式で出てきそうな段になっている物だった。最上部には、砂糖菓子で作られた人形が2体。よく見なくても、ナツとグレイを模ったものだと分かる。

「これ、かわいいでしょう?てんとう虫の形してるのよ」

ミラジェーンは、笑みを浮かべながら己の持ってきたケーキをナツの方へと少しずらした。
ケーキの形はてんとう虫を模っている。もちろんリアルではなく、物語りで描かれている様な可愛らしい形だ。

「ナツは男の子だから、車とか好きよね」

ルーシィのケーキはトラックを模ったものだ。車輪はクッキーで表現され、荷台に小さいシュークリームが積まれている。
3人が選んだものはどれも趣向を凝らしており、女性や子供が喜びそうなものだ。
ナツは、最後のケーキへと視線を向けた。特徴があるわけでもない、純白の生クリームに苺が飾ってある定番のケーキ。これを選んだのはラクサスだ。
ナツはテーブルに身を乗り出すと、ラクサスのケーキを覗きこむ。

「オレ、これがいい」

予想していなかったのだろう、ラクサスの目が微かに見開かれている。
ナツはラクサスを見上げてにっと笑みを浮かべた。

「オレの一番だ!」

どんなケーキが並んでも、形や大きさで迷うことなどない。ナツには、ラクサスが選んでくれたという事が一番大きいのだから。
ナツに選ばれ、グレイ達から不満の声があがっても、ラクサスが言葉を返す事なかった。ただ、その表情は滅多に見ることができない柔らかい笑みを浮かべていた。

「まぁ、分かってたけど」

溜め息交じりに呟くルーシィに、ミラジェーンは笑みを張り付けたままで己のケーキを見下ろしていた。

「やっぱナツは天使だな!ラクサスに同情してやるなんて、それでこそ俺のナツだ!」

拳を握りしめるグレイにルーシィは冷たい目を向けた。

「ポジティブもここまでくると妄想でしかないわね」

その後、遅れて訪れたリサーナとエルフマンが料理を運び、誕生日会は更に賑わいをみせた。
ナツにとっては初めての誕生日会だった。父親であるイグニールしか保護者のいないナツは、当然、多忙なイグニールが時間をとれないため誕生会を開いた事はなかったのだ。

夕方になると、終始しゃいでいたナツは疲れてソファで眠ってしまい、主役が眠ったことで自然と誕生会はお開きになり、ルーシィ達も帰っていった。
静まり返ったリビングに残されたのは片付けと、食べきれない程に残されたケーキ。処理は後回しに、ラクサスは眠っているナツにタオルケットをかけた。
今まで仰向けで寝ていたナツが、体勢を変えて丸くなる。猫のようなその姿に、ラクサスは目を細めた。
隣に腰かけ、ナツの髪を撫でる。

「よかったな」

これだけ祝われたのだ、父親がいない寂しさも和らいだだろう。
ラクサスがナツの誕生日を思い出したのは今朝で、カレンダーの印で気づくことができた。忘れていた事に後ろめたさを感じ、それと同時に、ナツが遠く離れた父親の存在を強く求めるのではないかと気がかりだったのだ。
だが、もう、その心配もないだろう。
人の気も知らず、気持ちよさそうに寝息を立てるナツの顔にラクサスは手を伸ばし、鼻をつまんだ。
苦しそうに顔を顰めるナツに、ラクサスは小さく噴きだした。

「お前がいると退屈しねぇよ」

手を放してすぐ、呼び鈴が鳴り響く。来客を知らせるその音で、ラクサスの脳裏をよぎった人物は先ほど別れたばかりの友人達。
面倒そうに立ち上がり玄関へと向かう。

「忘れものでもしたか?」

玄関の扉を開いたラクサスは、玄関前に立っていた人物に目を見開く。
訪問者の髪は炎のように赤く、その手には洋菓子店の袋がさげられていた。




20110808

凄まじくラク←ナツなドレアー家

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