猫な彼の試験対策





天気予報通り朝から雨で、授業が終わり帰路についている間も雨は降り続けていた。
ナツは傘越しに天を仰いだ。空を隠している雨雲は、今までに見たことがないような渦を巻いているように見える。

「なんか気持ち悪ぃな」

今日は、父親であるイグニールが仕事で家を空けていて帰りが遅い。夜一人になる事をぼんやりと考えながら、ナツは足を動かし始めた。
しかし、その足はすぐに止まる。ナツの視線の先には小さい影が転がっていた。その正体を察し、慌てて駆け寄る。

「おい、生きてるか?」

道路端の電柱の陰に隠れるように転がっていたのは一匹の猫。ナツはしゃがんで覗きこんだ。
猫は長時間雨にうたれていたようで毛は濡れ、目も閉じたまま開かない。
手遅れかとナツが眉を落とした瞬間、猫が小さく動きを見せた。それに安堵して、ナツは猫を抱き上げて立ち上がる。
端とはいえ車の通行が多少はある道路、意識がない状態で放置すれば危険だ。

「父ちゃんいねぇけど、大丈夫だよな」

大まかに見て怪我はなさそうだが、もし怪我をしているのなら手当てしなければならない。
考えている間も、雨にうたれ続けていた猫の身体は体温が奪われていく。ナツは、家へと急いだ。
飛び込むように帰宅したナツを迎えたのは一匹の猫。家に上がりながら、一つ鳴いて出迎えてくれた猫に視線を向ける。

「ただいま、ハッピー」

猫のハッピーは、へその緒がついた状態で捨てられていたところを、ナツが拾ってきたのだ。
甘える様に鳴くハッピーに、ナツは眉を落とした。

「あとで遊んでやるからな」

ナツは、浴室へと足を向けた。
脱衣場につくと、猫の体に触れる。見た目で分かる傷はなく、軽く押してみるが、猫は呼吸をしているだけで痛みに体を震わせることもなかった。

「よし、怪我はねぇな」

安堵に息をついて、猫の首に視線を向ける。
体を探っている時に気付いたが、飼い猫の様で、首には銀の鎖がついていた。プレートの部分に名前らしき文字も彫られている。
ナツはそれを見つめながら、浴室へと入った。
怪我を負っていないのなら風呂に入れられる。冷え切っている体を温めるには一番手っ取り早い。
猫を風呂に入れたナツは、猫をタオルで包んで自室へと戻った。ベッドの上に寝かせて、その姿を眺める。
風呂に入れるために首輪をはずそうとしたが、外す事が出来なかった。

「どうなってんだ、これ」

留め具もついてなく、首とわずかしか隙間がない為頭を通す事も出来ない。子猫の時から付けていたまま成長しなければ、こんな状態にはならないだろう。
床に座り、ベッド端に寄りかかる。手を伸ばして、首輪のプレート部分を指でなぞった。

「ラクサスかぁ……」

プレートに刻まれている名を呼べば、風呂に入れても目を覚まさなかった猫の目が開いた。
猫は、現状を把握するように周囲に視線を走らせ、ナツを確認すると体を起きあがらせる。

「起きたな。お前、なんであんなとこにいたんだ?」

ナツは猫を抱き上げ、天にかかげる。

「腹へってるかな」

ナツが首をかしげると、猫は短く鳴いた。まるで会話をしているようなそれに、ナツは笑みを浮かべ、天に伸ばしていた手を曲げた。
近づいた猫の口に、口づけを落とす。挨拶代わりのそれに、猫は見て分かるほどに体を硬直させた。

「驚いたかな?」

ハッピーともしているから、ナツ自身には抵抗はないし、猫同士も鼻を合わせる挨拶もある。
ナツの手に支えられて宙に浮く身体。猫は力のないその体勢のまま口を開いた。

「よくもやりやがったな、クソガキ」

「……あ?」

ナツは目を剥いた。
猫の口から発せられたのは聞き覚えのある鳴き声ではない、人語。
飼い主が、飼い猫可愛さに鳴き声が喋っているように聞こえるとは言うが、そうではない。今、猫は確実に人語を口にしたのだ。

「ね、猫って、喋るのか」

「んなわけねぇだろ」

猫は、ナツの手から逃れると床に足を付けた。首をひねったりと己の身体を確認した後、ナツを観察するようにまじまじと見つめ、その場に腰を下ろした。

「一応、礼は言っといてやる」

見上げているはずの猫に見下ろされている気分だ。
ナツは顔を引きつらせた。

「言ってねぇだろ、礼……」

ナツの小さい呟きを、猫はふんっと鼻を鳴らして蹴散らした。

「てめぇ、責任取れよ」

「責任?」

猫の言葉に訝しんだナツだったが、意味を察して眉を下げた。

「そっか、前に父ちゃんが言ってたっけ」

「あん?」

「悪い、ふぁーすときすってやつだったんだな」

同情さえ含んでいそうなナツの瞳に、猫はいきり立つように前足を床に叩きつけた。

「違う!!」

どれだけ怒りを込めても小さい足は軽い音しかたてなく、迫力などない。
ナツは、予想が外れたと不満げに口を尖らせた。

「じゃぁなんだよ」

猫は、興奮を落ち付かせるように小さく息をつき、口を開く。

「俺は、試験の為にアースランドからきた魔導士だ。こっちの世界の人間を一人パートナーに選んで、一年間そいつの面倒を見なきゃならねぇ」

「へぇ、大変だな」

話しに頷いているが、理解しているのか怪しい。
猫は、胡乱げにナツを見やりながら、続ける。

「パートナーにするには契約しなきゃならねぇんだが……お前、自分の手首みてみろ」

ナツは己の右手首に目を落とした。今までなかったものがそこにある、猫の首輪と同じ物が手首に巻き付いていた。外そうにも、首輪の時と同じで外せない。

「なんだよ、これ!」

「それが契約した証しだ」

「……けいやく?」

「てめぇ、俺になにしたか分かってんだろ」

ナツは猫を見つけてからの事を振りかえった。
道路で拾って連れ帰り、風呂に入れ、ベッドに寝かせた。順番に思い出していき、先ほど猫が怒りを浮かべた時の事を思い出した。

「ちゅーしたな」

「あれが契約だ」

怒っていた理由は、知らないとはいえ勝手に契約した事だったのだ。未だに猫の瞳には若干怒りが浮かんでいる。

「その契約っての、やめられねぇのか?」

「事はそう単純じゃねぇんだよ。パートナーを選ぶのも試験の一つだ、どれだけ操りやすい人間か見極めるためのな」

酷い言い方だが、試験内容としての可能性はある。目利きの評価をされるわけだ。

「試験ってなんの試験なんだ?」

「こっちの世界でいう成人の儀みたいなもんだ」

一人前と認められるための試験。試験に受からなければ認められないという事になる。
ナツは、視線を近づける様に身体を伏せ、猫と至近距離で目を合わせる。

「じゃぁ、俺が試験に協力すればいいんだよな」

無言で見つめ返す猫の瞳が肯定を示している。それにナツは笑みを浮かべた。

「任せろよ!俺が絶対に受からせてやる!」

「当たり前だ」

そうして出会った、猫の魔導士ラクサス。
試験という名目でナツはパートナーという位置につき、一年間を共に過ごす事になった。




20110804

設定があったはずだけど覚えてない。ルーシィのとこにはカナで、グレイのとこにロキだったかな?S級試験の組み合わせで考えていた気が…しなくもない。

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