そりゃないよ、ハニー!





ミラジェーンとフリード、エルフマンとエバーグリーン、リサーナとビッグスロー。ストラウス兄弟と雷神衆の三人が結婚した。ギルド内の反応は、なるほどと納得する者半分、信じきれずにいる者半分といったところだ。同時に三組がゴールインして、次はと幾多の視線を集めた恋人同士が一組。

「本当に結婚しちまったな、あいつら」

「これでフリードの鬱陶しさも少しはましになってくれりゃいいがな」

新婚三組よりも恋人でいる年月が長い、ナツとラクサス。
三組合同結婚式の後日。ギルド内のテーブルに並んで座りながら、視線をせわしなく動かす。目が追っているのは、新婚三組だ。夫婦で一緒にいるわけではなく、依頼掲示板を眺めていたり、従業員として働いていたりと各々行動を別にしている。
ナツとリサーナの視線が交い、手を振り合う。その姿を隣で見やったラクサスは、ジョッキに手を伸ばし弄ぶように動かす。中に入っている飲みかけの酒が波打つのを一度見やり、口を開いた。

「お前は、どうしたい」

「あ?何が」

きょとんとするナツに、ラクサスの脳内に数日前のやりとりが蘇えった。










「私はちょっと残念」

数日前、結婚式の後にギルドで宴が開かれた。ラクサスがフリード達へと祝いの言葉をかけに行った時に、リサーナが呟いたのだ。
不満そうなリサーナの表情に、慌てたのはビッグスロー。結婚することに不安を感じていると誤解しており、それを察したリサーナは笑いながら続けた。

「私達の事じゃなくて、ナツよ」

いち早く言葉の意味を理解したのはミラジェーン。姉でもあり、リサーナと同じ企みを持っていたからだろう。

「そうね、ナツも一緒だったらよかったわね」

「ナツとは兄弟みたいなものだもん。一緒に結婚式したかったな」

ギルドは仲間で家族と、妖精の尻尾のギルドの者たちはそう謳っているが、それ以上に、ストラウス兄弟とナツの間には繋がりがあった。だから、リサーナ達はナツも共に結婚式を行いたかったのだ。

「ラクサス、ナツとはうまくいっていないのか?」

リサーナ同様に肩を落とすミラジェーンを気遣いながら、フリードが問う。ラクサスは、別の場所で騒いでいるナツを一度見やり、溜め息をついた。

「親父を見つけるまでは嫌なんだとよ」

ナツの一番の目的である父親探しは、未だ達成されていない。ナツの父親の場合、世間から逸脱した存在だ。父親は人間ではなく竜で、人伝いで得られる情報などないに等しい。滅竜魔導士と黒竜には出会えたが、未だに探し求めている父親の尻尾は掴めない。

「そっか……それなら仕方ないよね」

幼い頃から、どれほど父親を求めてきたか、近くで見てきたギルドの者達には分かり過ぎている。そんなナツの気持ちを無視して、強制することはできない。
特に二名の未練を残しながらも、話しはそこで終わらせざるを得なかった。










「ラクサス?」

覗きこんでくる猫目に、ラクサスは我に返った。やり取りを思い返していて反応が遅れてしまったが、何度も呼びかけられていたようで、ナツの顔が訝しみを含んでいた。
ラクサスはナツの頭に手を伸ばし、ぐしゃりと髪をかき混ぜる。

「グレイとジュビア。ロキとルーシィ。ガジルとレビィ」

ナツの表情が困惑へと変わるが、ラクサスの手が移動して耳を撫でると、ナツは目を細めて顔を擦り寄せた。
猫のような動作は可愛いが、今のラクサスにはもどかしさしか与えない。

「あいつらも、そう時間はかからねぇだろうな」

ラクサスの上げた三組の名は、現在恋人関係にある者達だ。恋人同士というよりは、一方の強すぎる押しに、もう一方が振りまわされているようにしか見えないが、満更でもない事は雰囲気で分かる。
ラクサスの言葉の意味を察し、ナツは笑みを浮かべながら、己の頭に触れている大きな手に己の手を重ねた。

「へへっ俺達もいつか――」

「いつかって、いつだ」

ナツの手を解き、逆にナツの手を掴んだ。

「そんな待ってられるほど、俺は気が長くねぇよ」

ラクサスがナツに初めて結婚の話しを持ちかけたのは数年前。珍しく一人で仕事に出たナツの帰還が遅くなったのがきっかけだった。仕事の帰りに、竜に関する噂を偶然耳にしたナツは、それを追ってしまったのだ。宥めるフリード達を振り切って、焦れたラクサスがナツを探しに行こうとした時に、ナツは帰還した。あの時のラクサスの心情は、自身でも驚くほどに動揺していたのだ。ギルドは家だと語るナツにはありえない事だろうが、手を放したら二度とナツが戻らないような気さえ、その時のラクサスにはしていた。
ラクサスは、見上げてくる猫目をじっと見つめる。

「お前の親父には、後で頭でもなんでも下げてやる。戦わなきゃならねぇんなら、戦って勝ってやるよ」

ナツが口を開くが、その口は何も言葉を発せず、迷うようにぱくぱくと口を開閉する。諦めて口を閉ざしたナツに、ラクサスは握っていた手の力を込めた。

「いい加減あきらめろ」

顔を近づけ、息がかかるほどの至近距離で囁いた。顔を引こうとしたナツを捕らえるように、合わせるだけの口づけを与える。

「それとも、まだ逃げんのか?」

赤く染まった顔が悔しそうに歪む。強さを求めるナツにとって、逃げると言う言葉は侮辱に値する。
逃げてねぇ。ナツの口が言葉を紡いだ。声は小さかったがラクサスには届く音量で、ナツは唇を尖らせて続けた。

「イグニールは強ぇぞ」

「だろうな」

黒竜に遭遇した時に圧倒的な力の差を知った。だが、ラクサスも滅竜魔導士だ。倒せない事はない。

「ラクサス、死ぬなよ」

「誰に言ってんだ」

ナツの言葉は冗談にはならないだろう。ナツの話しによれば、竜でも黒竜と違って火竜は優しいのだと言う。どんな時間を過ごしてきたか聞けば、竜にも父性があるのだろう。ナツの性格からもそれが窺える。姿を消したとはいえ、子であるナツを溺愛していた事は間違いない。
まだ見ぬ火竜は、全力で殺しにかかってくるかもしれない。想像を絶する死闘を脳内に描きながらもラクサスは強気な笑みを浮かべた。

「おら、まだ返事聞いてねぇぞ」

気恥ずかしげに俯いてしまったナツの顎を掴んで、上を向かせる。

「んなの決まってんだろ――」

ナツは掠める程度の唇を合わせると、にっと歯をむき出して笑みを浮かべた。

「結婚するぞ。ラクサスを俺だけのもんにする」

「……逆だ」

ラクサスは喉で笑って、ナツを押し倒した。瞬きを繰り返すナツの髪を梳くその瞳は柔らかく細められている。

「お前が俺のもんなんだよ」

自尊心が高いラクサスには譲れないところだ。

「どっちでも一緒だろ」

ラクサスは、不満げに尖る唇に誘われる様に己の唇を合わせた。今度は触れるだけではなく、角度を変えて深く合わせる。うっすらと開いた唇から舌を差し入れれば、反応したナツの舌が絡んでくる。
周囲の雑音にまぎれて水音が落ち、ナツから鼻から抜ける声が漏れる。二人は夢中になっているが現在の場所はギルドの一角だ。
二人の雰囲気を断ち切る様に、手を叩く音が数回響いた。

「はい、そこまでー」

口づけを止めざるを得なくなり、不機嫌そうに振り返ったラクサスの目には、腰に手をやり仁王立ちしているリサーナの姿。

「そういうのは、二人きりになってからやりなさい!」

人差し指をたてた拳を突き出す、リサーナの目には非難の色が浮かんでいる。当然である。
ラクサスは内心舌打ちをすると立ち上がり、ナツを小脇に抱えた。

「お、おい!何すんだよ、ラクサス!」

「分からねぇなんて言わねぇよなァ?」

久しぶりの、反抗期再来とも言えるガラの悪い口調に、ナツは口を閉ざした。ナツも子供ではない、ラクサスの言わんとしている事は分かる。抵抗したいが、そうすれば後が怖い。
歩きだしたラクサスが門へと向かっていくと、出て行くのだと察したリサーナが慌てて立ちはだかる。

「待って待って!せっかくなんだから、皆でお祝いしよ?」

ギルド内で、一番といっていいほどに女性らしい夢を見ていて、姉の影響からかませていたリサーナだ。ようやくナツが結婚するのだと、期待に目が輝いている。

「話し聞いてやがったか」

「聞くなっていう方が無理」

現在ギルド内で一番注目されている、次に結婚するだろう予想第一位の恋人同士だ。親密に会話をしていれば、自然と会話は耳に入ってしまう。

「ナツが可愛いのは分かるけど、皆でお祝いしましょう」

「そうだぜ!めでてぇじゃねぇか!」

ミラジェーンとビッグスローの言葉が背中に投げかかってくる。
ストラウス姉妹の願いでもあるナツの結婚。そうなれば、新婚中の夫側は願いをかなえてやりたくもなるのだろう。実に必死である。

「勝手にやってろ」

聞く耳もたず状態で歩みを進めようとしたラクサスだが、その足は数歩進んだところで止まってしまった。いつの間にか術式がかかっており、ラクサスが歩いたところで発動したのだ。
床に縫いつけられているかのように動かない足に、ラクサスは術式を読み上げ、眉を寄せた。

「二人同時には出られねぇだ?……フリード、てめぇ」

「す、すまない、ラクサス」

まさに、上司と妻との板挟みだ。フリードの目は、珍しくラクサスには向いておらず、俯いている。
しかし、フリードの立場など、今のラクサスには関係ない。足止めにもならない程度の問題だ。

「てめぇら、俺がどれだけお預けくらってたと思ってんだ」

「お預け……どういう意味だ、ラクサス」

ギルド内が異様な静けさを纏う。
ラクサスはたっぷりと時間を置いた後に、口を開いた。

「こいつが結婚するまではやらねぇっつったんだよ」

周囲の脳内では、ラクサスの言葉と会話の流れから察することができる、唯一の意味が叩きだされた。
エッチ禁止!?その場にいた男性人の脳内で驚愕の声が上がる。
結婚は父親を見つけるまでできない。というのは、ラクサスがストラウス兄弟に話したことで、ギルド内には広まっている。更には、性行為は結婚するまで。という事実が知れ渡った。ラクサスとナツが恋人関係になったのはラクサスが破門される前の話しだ。
好きあっていて激しい口づけを交わしているのに、それ以上は拒否される。その苦痛さは想像を絶するだろう。子供の付き合いではないのだ。ナツは別として、ラクサスなど一人で処理していたかと考えると涙ぐましい。

「そ、それは辛い」

「よく耐えたな」

「よく耐えられたな」

「漢だ!」

主に男性陣中心から、ラクサスを憐れむのと称賛の声が上がる。ちらほら拍手をする者までいる中、ラクサスは苛立ちを覚えるどころか己の数年間を振り返り、背中に哀愁を漂わせていた。

「キスだけは丸めこんだけどな」

口づけだけで耐え抜いたラクサスへの高感度は、男女ともに一気に急上昇した。

「そういうわけだ。邪魔した奴は……どうなるか分かってんだろうな」

ギルド内へと向けられたラクサスの目は殺気立っていた。元より、これほどまでに苦労し、我慢してきたラクサスを止めようと思う者など、ギルド内にはいない。常ならナツに味方する女性陣も、今回ばかりはラクサスの味方だ。術式もいつの間にか解かれている。
ラクサスは口端を吊り上げて、己が脇に抱えるナツへと視線を落とした。

「今日は、寝られると思うなよ?ハニー」

全くもって似つかわしくない呼び方をする声は低く、目は獲物を捕らえた獣のように光る。ナツの背筋に冷たいものを走らせた。

「誰か、止め……」

ナツは、助けを求めてギルド中へと視線を向ける。
誰も止めるはずがない中、諦め悪く視線を走らせると目があった者が数人。リサーナを筆頭に、味方と取れる者達だったが、リサーナにはガッツポーズを取られ、ミラジェーンには笑顔で手を振られてしまった。ルーシィに至ってはロキに小言を言っている。常日頃の行いを改めるようにと叱っているようだ。
ナツは唇を戦慄かせながら、視線を他へと移した。

「ハッピー!」

相棒に助けを求めようとしたが、姿はないし、返事もなければ、匂いで探そうにも見つからない。
シャルルの予知能力で事前に状況を知り、被害をこうむる前にウェンディを連れたシャルルと共に逃亡したのだが、そんな事は誰も知らない。
逃げ場がないのだと察して大人しくなったナツに、ラクサスは満足してギルドを出たのだった。
ラクサスが向かったのは、己の家。ナツの家では、ハッピーの邪魔が入るかもしれないと言う可能性から避けた。むろん、馬に蹴られるような真似を誰もするはずないのだが。
ラクサスは、部屋にたどり着くと、ベッドの上にナツを降ろした。コートを脱ぎながら、背を向けた状態で身動きしないナツへと視線を落とす。

「ナツ」

びくりと肩を震わせるのは、常の強気な態度とは正反対だ。年齢不詳とはいえ、すでに成人に達している年齢のはずなのに、恋人同士のスキンシップには抵抗を見せる。口付けは回数を重ねてようやく慣れてきたようだが、今でも雰囲気に流されない場合では抵抗を見せる。
ラクサスは溜め息をつくと、ベッドに腰を落とした。身体をひねり、ナツへと手を伸ばす。

「別に、とって食うわけじゃねぇよ」

別の意味で食べることになるわけだが。
頭を撫でれば、ナツがゆっくりと振り返った。上目づかいで窺い見てくるナツに、ラクサスは口元に笑みを浮かべる。

「嫌とかじゃ、ねぇんだ……」

「ああ、分かってる。問題は、お前の親父だろ」

頷くナツに、ラクサスは頭を抱えたくなった出来事を回想して、再び同じ気持ちに襲われた。
竜がどれほどの長い歴史を生き続けたのかは知らないが、彼らが持つ人間の知識はどこかずれていた。文字や言葉は、時代が変わっても大して変化はない。だが、人の考え方や価値観は別だ。それが、ナツの父親である火竜はどこか遅れていた。
性行為や口づけは本当に好きな相手とだけするもの。そこまでは間違いではないだろうが、更に続いた、結婚するまで身体は清いままで。という言葉には、流石のラクサスも絶句した。今の時代、そんな古風な考え方を持っている人間は珍しいし、そう教える者も同様だ。
何とか丸めこんで、口づけだけは許しを得たが、それ以上の関係は進めることができなかったのだ。
そして、現在に至り、報われる時が来た。
ラクサスはベッドに乗り上げると、ナツを押し倒し、その上に覆いかぶさった。

「ラクサ……っ」

ラクサスの手がナツのベルトを外し、服の中に侵入する。抵抗しようと手を伸ばしてきたナツに、ラクサスは顔を近づけて囁く。

「俺を、お前だけのもんにすんだろ?――やるよ、全部」

囁く声と言葉が、ナツの胸を締め付ける。徐々にナツから拒否の言葉を奪いながら、ラクサスの手が腹を撫で、指先が腹筋を伝って動く。

「なぁ?ナツ」

身体が小さく跳ねる度に、上昇を始めた熱は膨れ上がり、瞳に移していく。ナツは少し呼吸を乱しながら、ラクサスに両手を伸ばし、首に巻きつけた。

「うん……俺を、ラクサスのもんにしてくれ」

ラクサスは喉で笑うと、噛みつくような口づけを与えた。

「手加減はしねぇからな」

念願敵いました。おめでとう。
後日、新婚夫婦が一組誕生したのだった。




2012,02,26

That's not fair!は、そりゃないよ!的なニュアンスだそうで。
部下(じゃないけど)皆が結婚するのに上司(じゃないけど)がモタモタしてる話を書こうとしました。
お預けくらって○年の情けな…かわいそ…不びry…な、ラクサス。ゲラゲラ
ちょっとかわいそうな兄さん。ようやく報われましたおめでとう。リンゴーン。
そして、これは私の願望。ストラウス姉兄妹(面倒なので兄弟で書きました)と雷神衆。ガジルとレビィ。ロキとルーシィ。グレイとジュビア。ハッピーとシャルル。ここまでくれば、残りはラクサスとナツじゃねぇぇェェェェの!?つーか、そうだよね!
ていう、私の妄想願望。これ考えた時に、マジコレカコレダ!って思った。少年誌だっての。私の中でラクナツは性別を超えているのでした。さっさとくっつけようあいつらマジでーラクナツだったら他がNLだろうが何でもいい裏切り発言ヨロシコ☆


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