ミストガンは行き倒れていたところをナツに見つけられ、そのまま妖精の尻尾へと入所した。
マカロフは元政府関係者であり、イグニールとの面識もあって、すぐに状況を受け入れてくれた。そしてマカロフ自身も、政府の陰謀を阻止すべく裏で動き始めていた。
政府の動きを探りながら、ドラゴンスレイヤーの所在を掴む。日々その使命を果たすために動いていた。
昼下がり、寮に帰還したミストガンは寮の屋根に見えた桜色に目を止めた。

「ナツ」

ナツの竜の力は、イグニールから贈られたマフラーによって抑えられている。その為政府からも察知はされないが、堂々と屋根の上で昼寝とは無防備すぎる。一般的に考えても落ちる可能性がある場所だ、危険だろう。
ミストガンは、屋根の上へと足を向けた。
屋根へと足を踏み入れ、寝転がっているナツへと近づく。
起こそうと思っていたが、ナツの寝顔を見てしまえばそんな気持ちは失せてしまい、諦めてナツの隣へと腰を下ろした。
日差しは優しく、柔らかい風が頬を撫でる。ナツがこの場を選んで昼寝をしている理由が分かるほどに、心地良い。
ミストガンはナツへと手を伸ばした。顔にかかっている髪を払ってやると、それに反応したようにナツが薄らと目を開く。

「……とがん?」

眠そうにゆっくりと瞬きを繰り返しながら、ミストガンを目で捕らえる。

「すまない、起こしてしまった」

声も耳に入っていないかのように、ナツはミストガンをぼうっと眺め、手を伸ばした。
それに惹かれるようにミストガンが顔を近づけると、ナツはミストガンの髪先を小さく梳いた。

「すげ……空とおなじだ」

ミストガンの髪は青く、その髪は、見上げているナツからは空と同化しているように見えていた。

「きれーだな」

ナツの言葉にミストガンは目を見開いたまま固まってしまった。反応できずにいると、その間にナツは再び眠りについてしまう。
ナツの手が力なく落ち、規則正しい寝息が立ち始めると、ミストガンはその場に倒れ込んだ。
間近にある桜色の髪を眩しそうに見つめ、その目を閉じた。

「キレイなのは、お前の方だ」

髪だけではない、笑顔も心も、全てが眩しい――――










政府の隠れ拠点の一つである廃墟へ突入したナツ達は、待ち構えていた敵と交戦していた。
倒してもきりがない。永遠に終わらないのではないかという程に、敵の数が多い。それだけではなく、倒したと思った敵がすぐに起きあがってくるのだ。

「まるでゾンビだな」

苦々しく呟いたラクサスに、ミストガンは眉を寄せた。

「痛覚が麻痺しているのかもしれない」

「そんな事できるんですか?」

己の事のように苦しそうに顔を歪めるウェンディに、ミストガンは淡々と告げる。

「それをするのが政府だ。政府にとって彼らは実験体にすぎない」

その実験体には、ミストガンだけではなく七竜門も含まれている。
何度でも立ち上がってくる敵。致命傷となっていてもおかしくない傷を負いながらも、操られているかのように戦いに交じる。
ウェンディはナツ達よりも幼い。だからこそ、この光景には心を痛め、すぐには割り切ることはできない。
ウェンディは、無意識の内に足を一歩後退させた。それに気付いたナツが、相手をしていた敵を殴りとばしてウェンディの側に寄る。

「疲れたなら隠れてろよ、俺たちで全部やっつけてやる」

囁くように小さく告げ、ナツは再び戦いに戻ってしまった。
ウェンディは、ぼんやりと目の前の光景を眺める。己が一番後ろに位置していて、ナツ達は前へと出ている。

「なにやってるんだろ、私……」

「ウェンディ、大丈夫?」

真上からの高い声に顔をあげれば、シャルルが翼を出して宙に浮いていた。その手には、周辺に落ちていたのだろう木片が握られている。

「シャルルも戦うんだね」

「当前よ、あなた一人に戦わせるわけにはいかないでしょ」

シャルルの言葉に、ウェンディは言葉を詰まらせた。
自分は一人ではないのだから臆する必要などないのだ。
ウェンディは表情を引き締め、目の前の光景を真っすぐ見つめた。
敵は倒れても立ち上がり、こちらの体力が減らされる一方で、このままでは切りがない。本気で向かってくる敵とは逆に、ナツ達は命を奪わないようにと手加減しているから余計だ。
素早く思案し、ウェンディはナツへと振り返った。

「ナツさん、ナツさんはミストガンさんと先へ行ってください」

「ウェンディ?」

訝しむナツに、ウェンディは続ける。

「私、七竜門やドラゴンスレイヤーの話しを聞いて怖かった。七竜門を殺す事が使命で、それから逃げる事も許されなくて。でも、ナツさんならどうにかしてくれる……七竜門も助けられる気がするんです」

初めて化猫の宿でナツと出会い、ローバウルが消える瞬間に語った真実。話しに動揺しながらもウェンディは見えていた、ローバウルがナツに希望を見出していた事を。
出会って一週間足らず、その短い中で、ウェンディもローバウルの思いを察する事が出来た。
眩しく輝く光。どんな闇も、きっと照らしてくれる。

「きっと、お父さんを救ってください」

ウェンディは、ナツとミストガンへと手を向ける。

「天を駆ける駿足なる風を……バーニア!」

ウェンディの呪文と共に体中を違和感が包む。困惑するナツの側により、ミストガンは口を開いた。

「バーニアは移動速度を強化させる力がある。ナツ、私達は先を急ごう」

ナツは頷くとハッピーへと振り返った。

「行くぞ、ハッピー!」

「あい!」

二人は勢いよく地を蹴った。強化という言葉通り、常とは比べ物にならない。たったの一歩が常の何倍も上昇している。
ミストガンと共に敵陣の中を突っ切っていくナツだが、敵にマフラーの端を掴まれてしまい、足を止めざるを得なかった。
首がしまり短くうめき声があがる。敵の手を振りほどこうとするナツだが、その前に手から解放された。
横から出てきた拳に殴られ、敵はふっとんだ。拳は雷を纏っており、視線をずらせばラクサスの姿がある。

「行け」

ラクサスは敵へと見据えたままで小さく呟く。それに、ナツは一気に駆け出した。
ロビーを抜けたナツ達は設置されている階段を駆け上り、一つ階を上がる。それと同時に、ウェンディと距離ができたせいか、移動速度強化の効果が切れた。
振り返ってみるが、ラクサス達が足止めをしているのだろう敵は追ってきていない。
ナツ同様に振り返っていたハッピーは不安げに眉を落とす。

「みんな大丈夫かな」

「ウェンディ達を信じようぜ」

ナツの言葉にハッピーが頷き、ミストガンは二人を見やる。

「今私達が考えるのは、先へと進むことだ」

目の前にある半分扉がなくなっている部屋。そこに足を踏み入れる。
中は宴会場のようで、なにも設置されていない広い空間だ。先ほどまで居たロビーもそうだったが、廃墟というには状態が綺麗に残り過ぎている。
ミストガンが警戒しながら周囲に視線を走らせるが、何も見当たらない。場所を移ろうとナツへと振り返った。

「移動しよう」

「ちょっと待ってくれ、なんか変な感じがする」

ナツは探すように周囲を見渡す。引き寄せられているように、足は止まらずに動き、部屋の中央でぴたりと止まった。

「、ナツ!そこから離れろ!」

ミストガンがナツの動きに違和感を感じて声を張り上げる。慌てて駆け寄るが、遅かった。

「あ?」

ナツの居る場所の床が開き、穴ができた。

「、うあああああ!!」

「ナツ!!」

ナツへと伸ばしたミストガンの手は届かず、ナツの身体は落下してしまった。
ハッピーが慌てて翼を出して穴に飛び込んだ。

「罠か……!」

仕掛けが施され、気付かない間にナツはおびき寄せられていたのだ。ナツが落下していった穴を見下ろすが、暗闇で底が見えない。
ナツを追おうと穴に飛び込もうとするが、ミストガンが動く前に、床が閉じてしまった。おそらく、ナツを引き離すのが目的だったのだ。
床をぶち破ろうと担いでいた杖を手に取った瞬間だ、ミストガンの身体は衝撃に襲われて吹っ飛んだ。

「ぐぅ……、誰だ」

壁に叩きつけられる前に足で踏みとどまり、いつの間にか現れていた人影に視線を向ける。
ミストガンの声に、その影はゆっくりと足を踏み出した。

「久しぶりだな、ミストガン」

青い髪と右目に紋章を持つ、ミストガンと同じ姿をした少年だった。
ミストガンはその姿に眉を寄せた。

「ジェラール」

ミストガンは体勢を整えて杖を握る力を込めた。
ジェラールに意識を集中しようとするが、一人離されたナツが気にかかる。ハッピーが共に居たとしても、罠である以上何が待ち構えているか想像がつかない。
ミストガンがナツが落ちていった方へとちらりと視線を向けると、ジェラールが口を開いた。

「ナツ・ドラグニルは火竜のドラゴンスレイヤーだ。それが何のために存在しているか、お前が知らないわけがないだろう」

「ナツをどこへやった」

ジェラールの言葉など聞く耳持たぬ様子でミストガンは睨みつける。

「そう怖い顔をするな、親子を対面させるだけだ。すぐに生き残りをかけて破壊し合うだろうがな」

ミストガンは歯を噛みしめた。
引き離した意味がそれだったのだろう。七竜門とドラゴンスレイヤーを戦わせる。ナツとイグニールが望んで戦うわけがない、何か細工をしているのだろう。それこそ、すでにイグニールの意識を支配していると考えていい。
ミストガンは背負っていた数本の杖を床に突き刺した。

「いずれにせよ、お前を倒すことが私の使命でもある。お前を倒して、私はナツの元へと行く」

「ずいぶんと御執心だな、竜の子に魅了でもされたか?」

嘲笑うようなジェラールの声に、ミストガンはゆっくりと口を開く。

「あれが分からないとは、お前は哀れだな」

ミストガンはどこか遠くへ目を向けながら、続けた。

「ナツは光だ」

希望の光。










落とし穴の仕掛けに引っ掛かり落下したナツの身体は、底に行きつく前にハッピーに捕らえられた。
叩きつかれるのは免れたが、地に足を付けてからの身動きがとれずにいた。

「ミストガンともはぐれちまったな」

ナツは頭をかきながら周囲を見渡す。
ナツが落とされた場所は明かりなどなく、大分暗闇に目が慣れてきても部屋の広ささえも把握はできていなかった。
それに加えて人の気配は感じられないのに、この場所にたどり着いてから異常なほどに胸が騒いでいた。それこそ、血が沸き立つのを感じるほどに。

「ナツ、ダメだよ、穴がなくなってる」

落下してきた場所である天井をハッピーが探っていたが、抜け出すのを防ぐために穴は閉じられたようだ。
予想できたことで、ナツは頷いた。

「仕方ねぇな、他の出口探してみようぜ」

降りてきたハッピーに告げて、火で明かりを灯そうとナツが手をあげる。しかし、ナツが明かりを灯す前に、突然眩い照明がナツ達を照らしだした。
目がくらみ、ナツとハッピーは目を固く閉じる。
目蓋越しでも分かる程の照明の明るさに、ナツは薄く目を開いた。目に光を馴染ませながら少しずつ視界を開いていく。
そして、完全に開けた視界。目に映ったものにナツは思考を止めた。
部屋の隅に設置されている椅子。滑らかな石で出来たそれに座る長身の男。男が持つ炎を連想させる赤い髪は、間違いなくナツが探し求めていたものだ。
男は椅子に背を預け、肘置きに手をかけている。いつでも優しげにナツを見つめていた瞳は固く閉ざされていた。
ナツはその姿に戦慄かせながらも声は張り上げる。

「父ちゃんッ!!」

ナツの声に反応したようにイグニールの瞳が開く。駆け寄ろうとしたナツだったが、イグニールの異変に足を止めた。

「……父ちゃん?」

ずっと探し求めてきた父親を見間違えるわけがない。だが、瞳に映るイグニールは、記憶の中にある姿とは違って見えた。
イグニールの瞳に光は感じられず、何も映していないようだ。
再び名を呼ぼうとナツが口を開いた瞬間、ナツ達に向かって暴風が吹き荒れた。風というには強過ぎるそれに、ナツの身体はふっとんだ。
投げつけられた様にナツの身体は壁に叩きつけられる。痛みに顔を歪めながらも、ナツは同様に吹き飛ばされてきたハッピーを、壁に激突する前に捕らえた。

「今の、なんだったんだ?」

風は一陣で止み、ナツはイグニールへと視線を向ける。
イグニールは立ち上がっており、不安定に身体を揺らせながら、ゆっくりと足を踏み出す。
身動きできずにいるナツ。その目に映るイグニールが動きを止めた。微かに響いていた足音さえ止み、静寂が訪れる。
場を支配する不気味な静けさにナツが生唾を飲み、それと同時にイグニールが異変を見せた。
小さく身体を痙攣させるイグニールの肩がもり上がる。遠目でも分かるほどに、骨格が異様な動きを見せている。軋む様な音が激しくなり、イグニールの双肩から突き破って、翼が現れた。
ハッピーの持つ鳥のような羽とは違い、まるで蝙蝠のような翼。ハッピーの翼に比べれば数倍もあるそれを背負いながら、イグニールは天を仰ぐ。それと同時に響き渡ったのは、地響きのような声。
ナツは、力が抜けたようにその場にへたりこみ、揺れる瞳でイグニールを見つめた。

「なんだよ、あれ」

人のものとは思えないそれは、まるで、竜の雄叫び。




2011,07,26

親子の対面。

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