作戦T−TOTSUGEKI





イグニールに手引きされ研究所を抜け出してから数日。
ミストガンは追手をまきながら彷徨い、任務対象を見つけるために当てもなく探しまわった。食料もない状態で体力だけが容赦なく削られていき、当然ながら力はすぐに尽き倒れた。
塗装された地面は、陽の力で鉄板のように熱されている。背中が焼けつくような痛みさえ感じ、体力は更に奪われていった。
無理やりにでも体を動かそうと手に力を込めた時だ、陽射しが遮られた。

『だいじょうぶか?』

幼い声が耳を刺激する。
しかしそれよりも、己から沸き起こるような感覚にミストガンは顔を強張らせた。
目を開けば、ちょうど小さな手が額に触れてきた。

『どこかいてーのか?』

心配そうに歪められた顔が覗きこんでくる。それに、ミストガンは震える唇を動かした。

『きみ、は』

『オレはナツ。今じっちゃんつれてきてやるからな、まってろよ!』

足音が遠ざかっていく。それを聞きながら、ミストガンの意識は遠のいていった。
その時感じた光を、忘れる事はない―――――。







夜明け前、寮の前には作戦に参加する面子が集まっていた。ドラゴンスレイヤー四名、そしてハッピーとシャルル。

「オイラ、怖いよ……」

ハッピーの生まれた経緯もミストガンによって告げられた。七竜門と戦う際の補助として、翼をもったハッピーやシャルルが生み出されたのだ。
卵の姿だったハッピーとシャルルは、己の相棒となるドラゴンスレイヤーの元へ引き寄せられ、まだ幼かったドラゴンスレイヤーの微弱な竜の気を得て卵からかえった。全ては卵を生みだした際にイグニール達が設定したのだ。

「シャルルは怖くないの?」

き然とした態度で動揺しないシャルル。ハッピーが問えば、シャルルは小さく息をついた。

「私は知ってたもの。ていうか、設定が全て記憶されているはずなのに、知らないあんたがおかしいのよ」

シャルルの訝しむ様な目に、ハッピーは顔を俯かせた。

「あんたはイグニールの、私はグランディーネの翼の組織から生みだされた、いわばドラゴンスレイヤーであるウェンディ達のおまけ。役に立たないなら処分されるべきなのよ」

「シャルル!」

シャルルの言葉にウェンディが声をあげた。顔をあげるシャルルを、そっと抱き上げる。

「そんなこと言わないで。シャルルはおまけなんかじゃないよ」

「これが事実なのよ、ウェンディ」

シャルルの言葉にウェンディが眉を落とした。重い空気が流れる中、話を聞いていたナツが、短く呻る。

「なるほどなぁ」

合点がいったとばかりに声をもらす。それに、全ての者の視線が向けられ、ナツは口を開いた。

「俺とハッピーは兄弟ってことか」

にっと笑みを浮かべるナツに、ハッピーが瞬きを繰り返しながらナツを見上げる。

「なに言ってるの?ナツ」

「だって、俺もハッピーも父ちゃんから生まれたって事じゃねぇか。だろ?兄弟」

「ナツ……」

涙ぐみながらも頷くハッピーには、先ほどまでの暗い表情は消えていた。
方法や目的は違うとはいえ、同じ人間の遺伝子から生みだされた。それは、ウェンディとシャルルも同じだ。
ナツの言葉に、ウェンディは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「ねぇ、シャルル。私たちも同じだよ」

明るい声に、腕の中に居たシャルルは顔をあげ、間近にあるウェンディの笑顔に頬を染めた。

「し、仕方ないわね」

恥ずかしそうに顔をそらすシャルルに、ウェンディは笑みを深めた。

「待たせてすまない」

最後の面子の一人であるミストガンが寮から出てきた。
今までケースに納めていた杖は、むき出しのまま背負われている。いつでも戦闘に入れるようにする為だろう。
ミストガンは寮の敷地外へと足を進め、門のすぐ側に止めてあった車の前で止まった。何の特徴もない、大きめの白いワゴン車。

「これで目的地まで向かう、乗ってくれ」

「こ、これに乗るのか?」

顔を引きつらせたナツに、ミストガンはナツの言いたい事を察して、ウェンディへと顔を向ける。

「ナツにトロイアをかけてくれ。乗り物に弱いんだ」

「あ、はい、分かりました」

ウェンディがナツに手をかざし、呪文のように短く唱える。目に見えた変化が起きたわけでもない。ナツが訝しんでいると、ミストガンは口を開く。

「ウェンディの力を信じろ」

そう言われれば頷くしかない。
大人しく後部座席に乗り込んだナツ達に続き、ミストガンが運転席、ラクサスが助手席へと乗り込んだ。
車が走り出してすぐ、ナツは今までとは違う乗り物しない体に機嫌良く、車内を見渡していた。

「すげぇな、全然平気だ!」

「効いて良かったです」

礼の言葉をウェンディにかけ、ナツは後ろを振り返った。
後部座席の更に後ろは広く、機材と呼べるようなものが多種にわたって積まれている。

「なんか救急車みてぇだな」

乗ったことなどなくともテレビで見た事はある。車内を見渡すナツに、ミストガンが答える。

「似たようなものだ。この中には、救急車と同様の医療機材がそろっている」

万が一怪我をしても、無暗に病院など連れていけない。マカロフと旧知の仲である医師ポーシュリカになら診てもらえるが、それ以外の医師には事情は説明できないから、ポーリュシカの元まで持たせるための応急処置だ。
興味深げに医療機材を眺めるナツとウェンディに、ガジルが苦々しく呟いた。

「それだけ危ない橋渡ってるって事じゃねぇか」

戦いとなれば無傷ではいられない。それこそ、一般的に負う怪我とは比べものにならないだろう。

「念の為だ。無駄になればその方がいい」

「その為に特訓したんだもんな」

ナツの言葉にミストガンは頷く。

「ガジルのいう通り危険だという事は確かだ。だが、お前たちはそれに対抗できる力を付けているはずだ」

「話しはそれぐらいにしとけ」

ラクサスの声で会話が途切れる。静寂が車内に満ち、ラクサスは続けた。

「ナツ、お前は寝てろ」

その言葉に誰もが訝しむ。それにはナツも含まれていたが、振り返ったラクサスと目が合うと咄嗟に目をそらした。
体調が悪いのかと、ミストガンが視線を向けるが、ラクサスの言葉で合点がいく。

「お前、寝てねぇだろ」

うっと小さく声をもらしたナツに、隣に座っていたウェンディが心配げにナツの顔を覗きこんだ。

「眠れなかったんですか?」

「いあ、なんつーか……」

口ごもるナツに、ラクサスは小さく息をついた。

「訓練してたんだろ」

「見てたのかよ!」

「お前がすることぐらい想像つくんだよ」

「ナツ、体を休めるようにと言ったはずだ」

ミストガンの咎める目に、ナツは顔を俯かせた。

「これから、お前には過酷な試練が待っている。それに耐えうるために万全を期するべきなんだ」

食と睡眠、それはどちらも人には欠かせないもので、欠ければ精神面で不安定になる場合もあり、十分な力を出す事が出来ない。

「……悪い」

「私もきちんと見ておくべきだったな。今は、少しでも睡眠をとってくれ」

溜め息交じりに言われてしまえば、ナツも従うしかない。
シートに身を預けて目を閉じるナツに、ウェンディは医療機材と共に置いてあった毛布を引っ張り出して、ナツの身体にかける。
すぐにナツから寝息が聞こえ始め、それを一度視界にいれ、ミストガンは口を開いた。

「訓練時も話したが、竜の力は精神で差がでる。同等の力がぶつかれば精神が勝っている方に勝機がある」

「でも、今回ナツさんは……」

ウェンディはナツを横目で見やり、顔を歪めた。
今回の敵陣の突入、その場所には七竜門の一人イグニールの存在がある。先ほどミストガンの言葉通り、ナツにとっては過酷だ。

「ナツには私が……私達がついている。互いに支え合う事が、七竜門になくドラゴンスレイヤーにある力だ」

七竜門は個々での戦闘になる。自由を拘束され、他者との接触が最小限に止められているせいだ。協力などといった事が出来るはずもない。
車を走らせて暫く経てば、景色が変わってくる。妖精の尻尾の寮があった場所は、学園や商店街も近い住宅街の中にあった。
しかし、今車内から見られる景色は各敷地の面積が広く、空地にもなっている場所が多い。近くが工場街なのもあり、早朝の時間人通りは少ない。

「まるで、人払いでもされてるみたいね」

シャルルの言葉に、ウェンディは窓から隠れるように身をかがめた。

「私達のこと気づいてるのかな」

「ドラゴンスレイヤーの半分以上が集まっているんだ、可能性がないとはいえない」

ミストガンの言葉を肯定するように、ラクサスが喉で笑った。扉に手をかけて、ミストガンへと小さく振り返る。

「そのまま走れ」

ラクサスは扉を開け、走行中の車から飛び降りた。

「ラクサスさん!」

ウェンディの悲鳴に近い声が響く中、扉は風圧ですぐに閉まってしまった。ラクサスの安否を確認しようとウェンディが窓の外へと顔を向けようとするが、それは車の速度が増したことで叶わなかった。
よろけたウェンディの体はナツの上へと倒れ込んだ。

「んが……なんだ?」

「ご、ごめんなさい、ナツさん」

目を覚ましたナツが目を擦りながら、状況を把握しようと車内を見渡す。助手席にラクサスの姿がない事に気づいて目を瞬かせた。

「ラクサスは?」

「それが、車を飛び降りちゃって……」

ナツは慌てて後ろを振り返った。後部窓から確認しようと座席に身を乗り出した瞬間、車が急停止した。
衝撃で座席に乗り出してしまったナツは、ミストガンへと振り返る。

「どうしたんだよ」

座席で腹部を打ってしまった。苦しさに眉を寄せるナツに、ミストガンはナツ達へと振り返った。

「降りろ、敵だ」

ナツ達の表情が一瞬で強張る。車から飛び出したナツ達は、後方へと振り返った。人影は一つしか見当たらず、ナツはそれを確認にして駆け寄った。

「ラクサス!」

立っていたのはラクサスただ一人。
ラクサスはナツの声に振り返った。

「うるせぇよ、叫ぶな」

「だって敵が……これ、ラクサス一人でやったのか?」

ナツは視界に入った影に、目を見開いた。数人の人間が地に倒れていて、体が感電したように痙攣している。それは、ナツを狙ってきた男達をラクサスが倒した時と酷似している。
無言でいることを肯定ととったナツは、目を輝かせた。

「すげぇ!流石ラクサスだな!」

緊張感のない明るい声を、邪魔そうにラクサスはナツの顔を手で押しのけた。

「流石だな」

ミストガンが周囲に意識を向けながら、ラクサスへと声をかける。労うようなその言葉を蹴散らすように鼻を鳴らして、ラクサスは目の前の建物を顎で指し示す。

「これだろ、廃墟ってのは」

敵が襲いかかってきたのなら、確認するまでもないだろう。ミストガンは頷いて、ナツ達へと視線を向ける。

「私達の事は向こうに気付かれているようだ。作戦を変更して、このまま突入する事にする」

最初の作戦では、七竜門との戦いまで無駄な体力を使わないようにと、忍びこむ予定だったのだ。しかし、敵に気付かれているのなら、それも無駄だろう。
ミストガンの言葉に頷いて、ナツは解けかかっていたマフラーを巻きなおした。

「その方が分かりやすくていいな」

体をほぐすように腕を伸ばす。やる気が満ちすぎているナツの動作に、ラクサスはナツの頭に手を置いた。

「お前は体力温存しとけ」

「なんだよ、それ」

「分かってんだろ、今回お前が一番やらなきゃならねぇ事が」

ラクサスの言葉の意味を察し、ナツは顔を歪めた。
今回乗り込む場所にいるのは火竜のイグニール。ナツにとっては父親だ、一番イグニールと向き合わなければならないのは、ナツ自身。

「分かってる」

拳を強く握りしめるナツ。頭に重みが増し、ナツは顔をあげた。ラクサスの手は退けられており、変わりにハッピーの姿があった。
ハッピーはナツの頭にしがみ付きながら、頭を撫でるように手を動かす。

「ナツが悲しいとオイラも悲しくなるんだ」

涙を堪えている様なくぐもった声に、ナツは眉を落とした。

「ナツは一人じゃないよ、オイラも一緒に戦うから」

「ありがとな、ハッピー」

ナツは、ハッピーの頭を撫でると小さく息を吐き出し、足を踏み出した。それにラクサス達も続く。
招くかのように、ガラス製の自動扉が半開きになっていた。それを、ラクサスが足で更にこじ開け、中へと入る。
元がホテルだった廃墟、入ってすぐロビーだったと分かる程に家具などがそのままになっていた。
薄暗い部屋の中を進みながら、気配を探る。ドラゴンスレイヤーは感覚が全て常人とは桁外れに優れていて、わずかな音でも聞き取れてしまう。
外で襲ってきたのだ、中にも敵が待ち構えていると予想していた。ナツは、予想外の静けさに眉を寄せた。

「なぁ、静かすぎ……ぐぇ!!」

ラクサスがナツの襟を掴んで思い切り引っ張った。
苦しさにうめき声をもらしながらナツの身体が後ろへと傾く。その目の前を影が素早く通り過ぎた。次に、破壊音。
ナツは破壊音の方へと目を向けた。入口の扉がなくなり、発生した爆煙が外へと逃げていく。
呆然と眺めるナツから手を放し、ラクサスは部屋の奥へと視線を向けた。

「待ってましたと言わんばかりだな」

ミストガンは背負っていた杖に手を伸ばす。

「気を抜くな、彼らも竜の気にあてられた者たちだ」

足音と共に姿を現せたのは、ラクサスが外で倒したのとは比べ物にならない数の敵。
ミストガンの言葉に、全員の顔が引き締まる。

「ギヒッ、力試しにはちょうどいいな」

「がんばります!」

「無理はしちゃダメよ、ウェンディ」

「ナツ」

ハッピーの呼びかけに敵陣へと目を向けると、ナツは口端をつりあげて、両手に炎を纏わせた。

「燃えてきたぞ」




2011,06,07

存在を忘れそうになる、ガジくんハピシャル。

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