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あの時の出来事が記憶から消え去る事などない。
目を閉じれば何度でも甦る、身体が力なく地に倒れる光景。全ての戦いを終えても、中は空っぽだった。

ゼレフがこの世から消えて長き月日が経っていた。以前所属していた魔導士ギルド妖精の尻尾はマスターが何代も代替わりをし、すでにギルドで面識のある人物などいない。
しかし、それほど月日が経とうがナツの身体が衰える事はない。
人とは異なる時を過ごすとナツ自身が願い、それは滅竜魔法の影響で叶えられた。滅竜魔法は身体を竜の体質に変換させる魔法。つまり、人とは比べ物にならない程の生命力を持つ竜と同様に、ナツに人の老いは来ないのだ。
魔法が人の想いに答えると言うのなら、ナツの今の姿こそが示しているのだろう――――。


同じ滅竜魔導士であるガジルとウェンディは年を重ねるごとに成長を見せていった。
そして戦争から数年後、ウェンディに背を越された頃。

『ギルドをやめるってどういう事!』

問い詰める様なルーシィの声にナツは目をそらした。
ギルドの全ての視線がナツへと集中する。

『俺は待たなきゃなんねぇんだ……だから、皆とは一緒にいられねぇ』

ナツの身体が成長を止めている事には誰しも気付き、その理由が滅竜魔法のせいでもあると周囲は分かっている。だからといって嫌悪するものや恐怖するものはギルドには居ない。

『待つって何を、』

顔を上げたナツの目と合ったルーシィは言葉を詰まらせた。ナツの瞳は寂しさで影っていた。
幼い口がゆっくりと名を紡ぐ。

『ラクサス』

声を聞いてしまった者たちが鳥肌を立てた。

『待つって、だってラクサスは』

ルーシィの声が震える。
ラクサスは、戦争の中で命を落としたのだ。

『あいつは戻ってくる。だから俺は待つんだ』

ナツの言葉に誰も言葉をかける事は出来なかった――――



「ナツ」

名を呼ばれて振り向けば、妖精の尻尾の時からの顔馴染みが立っていた。

「よぉ。ロキ」

「元気そうで良かった」

ロキは、獅子宮のレオとして新しい人間と契約を結んでいる。
年をとる事のない星霊たちとは、こうしてたまに接触できる。ナツにとっては今の仲間といってもいい。

「何か変わった事とかあったか?」

ギルドを抜けたナツは、外界から遮断されている天狼島に身を置いている。
人と同じ時を共にする事が出来ないナツにとっては、妖精の尻尾の所有であり普段は魔法で隠されている天狼島は居心地が良かった。
そして、度々顔を見せにくる仲間達へそう問う事が、決まりとなっている。
ナツの問いにロキは寂しそうに視線を地に落とした。

「何も変わらないよ。平和すぎるぐらいかな」

戦争で闇ギルドは壊滅し、残党も評議員や軍によって捕らえられた。それでも悪が絶える事はないのだが。

「そっか……」

ナツは小さく息をつくと空を見上げた。
そんなナツに、ロキはゆっくりと口を開く。

「ねぇ、ナツ。あの話、考えてくれたかい?」

ロキの言葉にナツは視線を下げた。ロキを見つめ、笑みを浮かべる。

「悪い、やっぱ無理だ」

どれほど年月を重ねても変わる事ない無邪気な笑み。
ロキは諦めたように笑みをこぼした。

「残念だけど仕方がないか……まぁ、ナツがそう答えるとは思っていたけどね」

だって君は、彼を待つ為に気の遠くなる時を過ごしているんだから。
ずいぶん前から、ロキも含めた星霊たちがナツへと話しを持ちかけていたのだ。星霊界で住む事を。
今までも頷く事はなかったが、今回のナツの返事は真剣に受け止めるべきだろう。
ロキは未練がましい目をナツに向けながらも、それ以上は何も言う事はなかった。

それからも星霊達が何度も足を運んだが、次第にそれがなくなっていった。
外界から遮断された場所に居るナツには分からないが、魔導士の存在が消え始めたのだ。魔法を扱う者が少なくなり、それと同時に星霊達は人間の前から姿を消した。

「そういや、島の結界が消えちまったなー」

島を守っていた結界が消え、ナツは世界が変わりはじめている事を察した。
元より外界を遮断してきたのだ、今更寂しがる事はない。
空をぼうっと眺めていたナツは、普段な感じる事のない気配を感じ全神経を集中させた。
岩の上に腰かけた体勢を崩すことなく、視線だけを周囲に向ける。そして、茂みを見つめていると、少し離れた場所からガサガサと音が聞こえた。

「くそ、この島の生態系はどうなってやがんだ」

悪態をつく声。
それにナツは目を見開いて首ごと茂みに向けたが、茂みは音を立てるだけで声の主は正体を現さない。
少しずつ茂みをかき分ける音が近づいて来る。そして、ナツの目に光が差し込んだ。
緑を割って出てきた金色。陽の光に当たって輝くそれに、ナツは声もなく口を動かす。

「やっと抜け、」

声の主の目がナツを捕え、それが驚愕に見開かれる。

「こんな場所に、何で人が……」

警戒するように後ずさる。その行動にも気にせず、ナツは岩から降りてゆっくりと歩み寄る。

「……おせぇんだよ」

悪態をつくナツの声は、震えながらも待ち焦がれた名を紡いだ。


20101203

島の調査とかで送り込まれた研究員ラクサスさん。ひたすらラクサスを待ち続けたナツ。
この後、ナツはラクサスの家に転がり込んだり、世界で唯一魔法が使えるナツと、前世の記憶などなく現代を生きるラクサスさんの生活が始まる。



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