再びくり返す





前世の記憶があるなどといったら、その人物は下手したら頭がおかしいのではないかと思われてしまう。普通に考えれば、そう思われても仕方がない事だ。
しかし魂というものは器を変えて何度も地上で時を過ごしてきているのだ。その記憶だけは深い場所にあり、鍵を掛けられているだけで。
でもそれは、ちょっとしたきっかけで外されることになる――――。

妖精学園、二学年の教室。
窓際に位置する席に座っていたナツは、退屈そうに机にへばり付いた。

「つまんねー」

今は授業と授業の間の休憩時間中。
だらしないその姿に、隣の席に座っていたルーシィが振り返った。

「あたしは次の授業結構楽しみだけど」

ナツが首をひねってルーシィへと視線を向ける。そこに影がかかった。

「そりゃぁ、小説家希望にとっちゃな」

「よー。グレイ」

隣のクラスの生徒であるグレイが立っていた。
ナツとは幼い頃からの付き合いで、所謂幼馴染というやつだ。高校から知り合ったルーシィとも仲が良く、クラスは違っても三人でつるむ事は多い。

「ていうか、何でグレイがその事知ってんのよー!」

ルーシィが恥ずかしそうに頬を染めれば、グレイとナツがにやりと笑った。

「だってお前ノートに書いてんだろ」

「この前机の上に置きっぱなしだったぞ」

「勝手に読んだの!?最低よ、あんたたち!」

ルーシィのもっともな怒りはすぐに薄れ、窺う様にナツとグレイを見やった。

「それで、どうだった?感想とか」

「よく分かんねぇ」

「お前にはな」

むずかしい顔をするナツにグレイがため息交じり言う。
ルーシィが書いた小説の内容は恋愛ものだったのだ。初恋でさえ経験があるのか怪しい程に色恋には疎いナツだ、小説であれ理解するのは難しいだろう。
ルーシィがグレイに感想を聞く前に、授業の始まる鐘が鳴り響いた。
慌てて自分の教室へと戻っていくグレイを見送って、ナツはルーシィへと振り向いた。

「次の授業ってなんだ?」

体育以外の授業には興味どころかチェックさえしていない。移動教室でも大概はルーシィに引きずられる様について行くのがほとんどだ。
ナツが問うたと同時に教室の扉が開かれて、担任と共に見覚えのない顔が入ってきた。それに視線を向けながらルーシィは口を開く。

「特別授業でしょ。前世について大学の教授が話をしてくれるのよ」

「前世ぇ?」

訝しむナツの表情にルーシィは苦笑した。
授業の号令に従って着席までを形だけ行いながら、ルーシィは続けた。

「今はカウンセリングでも使われてるんだから馬鹿に出来ないわよ。それに前世だなんて素敵じゃない!」

うっとりと手を組むルーシィに呆れた様な視線を向けていたナツだったが、その目はルーシィの手の甲に止まった。女性なのにもかかわらず、右手の甲には薄らと妙な痣があるのだ。
ナツの視線に気づいたルーシィは、ああ、と頷いて手の甲をナツへと向けた。

「これ、生まれた時からあるのよね。別に気にはしてないんだけど……やっぱ目立つ?」

ナツも今までその痣に気が付かなかったわけではないのだが、今はふと目に止まってしまったのだ。
ナツはばつが悪そうに頭をかいた。

「いあ、俺も生まれた時から痣があるんだよな」

ナツはシャツの袖をまくりはじめた。右肩にはルーシィと同じような痣がある。まるで絵をぼかした様な形のそれは、ルーシィのものと似通っていた。

「こんな事ってあるのね。すごい偶然」

偶然にしては出来過ぎている。
互いに痣を交互に見ていると、前から担任の咎める声が飛んできた。

「お前ら、授業中だぞ!」

ナツは別としてルーシィは気まずそうに顔を歪めた。
すでに授業は始まっている。担任と共に入ってきた人物は今回授業を行う大学の教授だったのだ。大分年老いた教授は、ナツとルーシィの姿に笑みを浮かべていた。

「若い子は元気があっていいねぇ」

その言葉に担任は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしている。

「今回はその子に手伝ってもらおうかねぇ」

教授はナツへと視線を向けた。
まったく授業に参加していなかったルーシィとナツは状況が把握できずに瞬きを繰り返すのみ。
座ったままきょとんとするナツに、教授は近づいた。

「ちょいと屈んでくれんかの?」

背の低い教授に顔を寄せるようにナツは腰をかがめれば、老いた手がナツの額へと伸ばされた。

「目を閉じて」

言われるがままに目を閉じるナツに、教授は少ない言葉をかける。
特別な言葉ではないそれが耳を支配して行く内に、教授の声以外は聴覚から除外されていった。閉ざされた視界は、目蓋越しに光を感じるのみ。それも次第に消えていき、半分眠っている様な感覚になった。

「!」

ぱちんと弾ける様な音と共に、ナツは目を開いた。
鮮明に映るのは、教授の顔と変わり映えのない教室。記憶が一瞬飛んでいた事で、ナツの反応は遅れていた。

「気分は悪くないかい?」

「……おお。なんか変な感じだけど」

それに頷いた教授が教卓へと戻りながらゆっくりと話し始める。

「魂は何度も時を重ね、人と出会う。縁が強ければ何度生まれ変わっても出会うもんでねぇ。もスかすたら、君たちも前世で出会ってるかもスれんよ」

出会う為に名を繰り返して。出会う為に形を残して。強く惹かれあう。
授業の終える鐘と共に教授は教室を出ていった。いつの間にかそれだけ時間が経過していたのだ。

「なぁ、ルーシィ。さっきの何だったんだ?」

隣へと振り返れば、痣のある己の右手の甲を見つめていた。いつもならすぐに返事を返してくるのに、ルーシィはぼうっとしている。

「おい、ルーシィ!」

「な、なに!?」

びくりと体を震わせたルーシィは弾かれる様に、ナツへと振り返った。

「だから、さっきのじっちゃんだよ。俺に何かしただろ」

手伝いだのと言っていたけれど、最終的にナツは目を閉じていただけだ。その間に思った以上に時間は経過していて、寝てしまったのではないかとも思っている。
ナツの問いに、ルーシィは間をおいて口を開いた。

「さっきのあれは、前世の記憶をよみがえらせるものだったんだって。催眠術ね」

「じゃぁ、失敗だったのか。俺何も覚えてねぇし」

ナツの言葉にルーシィは口ごもりながら続けた。

「失敗じゃ、ない……と思う。ごめん、うまく言葉が出てこない。何か頭がぐらぐらして考えられないの」

「風邪か?」

心配そうに窺ってくるナツにルーシィは笑みを浮かべた。

「平気。何でかな、ちょっと懐かしいだけ」

ルーシィは痣に触れるように左手で右手の甲を覆った。
ナツは覚えていなかった。前世の記憶をよみがえらせるための催眠術の時、ナツの口から出てきた単語と名前。
マグノリア。フェアリーテイル。魔法。ギルド。ドラゴン。
それ以外にもいくつか出てきた単語。その中で唯一人の名と考えられるものが出てきた。

「“ラクサス”」

ルーシィが名を紡ぐと、ナツの目が大きく見開かれた。

「……ナツ?どうしたの」

ナツの顔が歪んだ。
泣く寸前の様な表情にルーシィが眉を下げるが、心配そうなその表情に気にしている様子もなく、ナツはぼうっと何もない空間を見つめた。

「“ラクサス”……よく分かんねぇけど、その名前聞くと……痛い」

ナツの手は、無意識に己の右肩に触れていた。


20101115

輪廻転生


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