おいしい寄り道





真冬に入り、着こんでも寒さがこたえる時期。
高校の授業を終えたラクサスが帰路についていると、公園から小さな影が飛び出してきた。

「ラクサス!」

マフラーを首に巻きつけた幼児がラクサスに抱きついた。ラクサスの家の隣家に住む小学生のナツだ。
遊んでいたようで、コートを着ながらも寒さを感じるラクサスとは逆に、ナツは長袖のシャツ一枚でも暖かそうだ。

「いつまで遊んでんだ。お前の親父が心配すんだろ」

「今日は父ちゃんおそくなるって。だからへーきだ」

帰りが遅くなるのなら余計に危ないだろう。今の時期は日が暮れるのが早いのだ。現に今も日は落ち、道路の端に等間隔で並んでいる外灯が灯りをともしている。

「いいから帰るぞ」

ラクサスはナツの身体を引きはがした。
帰路へと足を進めようとしたが、ラクサスの足は止まった。ナツの腹から空腹を訴える音が鳴り響いたのだ。

「へへっ、はらへった」

照れ笑いを浮かべるナツに溜め息をついたラクサスの目に入った、一軒のコンビニ。マグノリアの街を中心に展開している年中無休で営業のフェアリーマートだ。
目の前にはコンビニ、そして鳴り止む事のない腹の音。ラクサスは諦めたようにコンビニへと足を向けたのだった。



「火傷すんなよ」

「さんきゅー!」

湯気を立てる肉まんを受けとったナツは、目を輝かせると大きくかぶりついた。

「うめー!」

熱い肉まんをはふはふと食べていく。その姿を見ていたラクサスも、自分の分の肉まんに口を付けた。
それからは、毎日同じ光景が続いた。帰宅してきたラクサスをナツが公園で待ち、コンビニで買い食いをする。

「ラクサス、これうめーぞ!」

食べてみろと差し出してきたのは、期間限定で発売されている中華まん。
ラクサスは顔をしかめた。

「そんな甘ったるいもん食えるか」

あんまんならば定番だろうが、ナツが選んだ中華まんはプリンまんだった。中身はプリン同様の味だ。カスタードクリームとカラメルソースが入っている。
子供は好みそうだが、甘いものをあまり好まないラクサスは進んで選ばないものだ。

「うまいのに……」

自分が美味いと感じたからラクサスにも味わってもらいたかったのだろう。
しょんぼりとするナツに、ラクサスは諦めたように腰をかがめた。ナツの持つプリンまんを一口だけかじる。

「まぁまぁだ」

不味くはないがラクサスにはくどいと感じる味だ。無難な感想を呟けば、ナツはラクサスの言葉を都合のよい様に解釈したようだ。笑顔でプリンまんに食いついた。
中華まんを全種類制覇した次は、おでんだ。
毎日のように通い続ければ店員にも顔を覚えられてしまったようで、ナツは店員とも親しげに会話をするほどになっていた。
おでんばかりは中華まんと違って歩きながら食べる事は出来ない。公園のベンチに座るラクサスの隣に、ナツは乗り上げておでんの入っている容器を覗き込んだ。

「たまご、たまごくれ」

「自分で取れ……って、箸がねぇ」

一膳だけあった割り箸はラクサスの手に持たれているのだが、それ以外は袋の中に入っていない、あるとしたら辛子だけ。コンビニに戻るのも面倒だ。

「仕方ねぇな。ほら」

ラクサスはたまごを箸で一口に切り分けると、ナツへと差し出した。口を大きく開けて卵を口に含むと、ナツは咀嚼しながら頬を緩めた。

「んめー」

ラクサスは大根を口へと含む。ダシが染み込んでいる大根は格別だ。今ではコンビニだからといって馬鹿には出来ない本格的な味が楽しめる。
味わっていると、ナツが口をあけて催促をする。それにラクサスも口へと放りこんでやった。

「おでんってうまいんだな」

おでんを平らげて満足したナツが漏らした言葉に、ラクサスは目を向けた。

「おでんぐらい食った事あるだろ」

ナツの父親イグニールは仕事で帰りが遅くなる事もあるが、炊事は完璧すぎるほどにこなせるとラクサスも知っている。

「父ちゃんと食った事あるぞ。でも」

ナツはにっと笑みを浮かべた。

「ラクサスと食った方がうまかった!」

ラクサスは驚いたように目を見開いた後、ナツの頭をぐしゃりと撫でて立ちあがった。

「帰るぞ」

「おお!」

腹が満たされて機嫌良く足を進めていたナツは気付かなかったけれど、ラクサスの口元には笑みが浮かんでいた。


20101102

冬のコンビニ


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