anniversary






何があってもその日だけは忘れまいと思っている。ようやく互いの想いが繋がった日だから、その日だけは特別なのだ。

従業員としてギルド内の酒場を動き回っていたミラジェーンは、一息をついたところで、大人しく座っているナツへと近づいた。

「今日はなんだか楽しそうね」

いつも楽しそうにしているが今日は一段と嬉しそうだ。まるで纏う空気が目に見えるような雰囲気が出ている。
いつでも仕事と騒がしく依頼版を眺めているのに、今日はその言葉も出なければ依頼版に見向きもしない。
ぼうっとどこか遠くを見ていたナツは、ミラジェーンの言葉に照れるように頬を染めた。

「へへっ、まぁな!」

いつもの様な無邪気なものではない笑顔を浮かべられ、ミラジェーンは眩しそうに目を細めた。ナツが、こういう表情を作る時は決まった人物が関わっているのだ。
テーブルに座って魚を齧っていたハッピーも、ナツにつられた様に幸せそうに笑みを浮かべながら、ミラジェーンを見上げた。

「今日は、ナツとグレイが付き合って一年になるんだよ」

「そう、もう一年なのね」

ナツがギルドに入ってから毎日の様に喧嘩ばかりしていたナツとグレイ。誰も気がつかなかったが、グレイがナツに突っかかっていたのは、ナツに淡い恋心を抱いていたからだった。

グレイが思いを告げる事もなく月日だけが経ち、そしてちょうど一年前。

いつも通りギルド内で喧嘩していたナツとグレイだったが、その日のグレイだけはいつもと違っていた。
熱くなって拳を振り上げるナツとは逆に、グレイは口だけで手を出す事はない。

『なんだよ、やる気ねぇのか!?』

様子のおかしいグレイにナツが苛立たしげに声を荒げた。それに、ようやくグレイが手を動かす。
やる気になったのかと身構えたナツだったが、グレイの手は拳を握ることはなく、構えを作っていたナツの手を掴んだ。
予想外のグレイの行動に思わず身を引いたナツを逃すまいと、グレイは掴んでいる手に力を込めた。

『な、なんだよ』

じっと見つめてくるグレイに、ナツは珍しく逃げ腰になっていた。
周囲の視線も喧嘩を中断した二人に集まっているのだが、グレイはそんなものにも気にした様子もなく、ゆっくりと口を開いた。

『好きだ』

『…………は?』

ナツは口を半開きにしたまま固まった。ギルド内もグレイの言葉に静まり返ってしまった。
まるで時が止まったかのように誰もが身動きが取れないでいる。そんな中、グレイが再び言葉を紡いだ。

『お前が好きだっつったんだよ』

ナツ。

低く囁く様に名を呼ばれ、ナツの顔が一瞬で赤くなった。

『ばっ、な、なに言って……』

動揺するナツの目は、グレイから逸らされている。

『ずっと我慢してきたけど、もう無理だ』

緊張しているのか、グレイの声は掠れ、手が震えている。手を掴まれているナツにはそれが直で伝わってくる。
ナツが窺う様にちらりと視線を向ければ、グレイの真面目な目とぶつかった。

『好きだ。俺と付き合ってくれ』

『……お、おお』

気が付いた時にはナツは頷いていた。
ギルド内が騒然となったのは言うまでもない。困惑していた面々だったが、順応性が高いのかすぐに馴染んだ。
最初は距離を置いていたナツもグレイの優しい態度に慣れていき、一月経つ頃にはギルド内で公認の恋人同士となっていったのだった。


「そんな大切な日にグレイは仕事なのね」

ミラジェーンが呆れたように息をついた。ナツは仕事にも行かないでいるというのに、肝心のグレイが昨日から仕事で不在。

「ごめんね、ナツ。知っていたら、仕事の受理なんてしなかったんだけど」

グレイの仕事の受理をしたのはミラジェーンだったのだ。眉を下げたミラジェーンに、ナツが口を開いた。

「平気だぞ、ミラ。ちゃんと今日帰って来るって約束したからな」

「それじゃ、グレイが帰ってきたらデートなのね」

「おお!うまい肉食わせてくれるって言ってたぞ!」

まったくもって色気がない。それでもナツらしさに、ミラジェーンは笑みを深めた。
きっとグレイも、ナツが好む食事が出来る場所を探したのだろう。そんな姿を想像して微笑ましく思えてしまう。

「グレイもやるわね」

「あい!」

ミラジェーンの言葉にハッピーが嬉しそうに返事をした。

そのやり取りが行われたのが昼間だ。そして日が暮れ、ギルドの閉店間際になってもグレイは帰って来なかった。
仕事が長引いているのだろうと周囲に慰められながらも、ナツの沈んだ気持ちが浮上する事はなかった。
閉店時間になり、ナツがハッピーと帰宅してしまってすぐだ。グレイがギルドに駆けこんできた。

「グレイ」

酒場の片付けに回っていたミラジェーンがグレイの姿に眉を寄せた。
グレイは息を切らしながら、ミラジェーンの姿に目もくれず、昼間とは違って静けさが支配するギルド内を見まわした。

「ミラちゃん、ナツは」

「帰ったわ。ナツ、さっきまでずっと待ってたのよ」

グレイは視線を落とした。辛そうに顔を歪める、その手はきつく拳が握られている。
その姿に、ミラジェーンは眉を下げた。

「わざと遅くなったとは思ってないけど、ナツは楽しみにしてたのよ」

「分かってる……とにかくナツのとこに行くよ」

この時間では食事をしたくても店は閉まっているだろう。何も用意が出来ていないが、まずは会わなければならない。
グレイがギルドを出て行こうとすると、それを止める声がギルドの奥から響いた。すぐに調理場から、コックコートに身を包んでいる料理長が出てくる。

「これ持って行きな」

近づいてきた料理長の手には、両手のひら程の大きさの箱。
何だと目で問うてくるグレイに、料理長は笑みを浮かべた。

「ケーキだよ。残り物で悪いけど、何もないよりはマシだろ」

グレイは薄く笑みを浮かべると、ケーキの入った箱を受けとった。

「悪いな。助かる」

「ナツが元気ないとギルドも暗くなるからな」

いつも元気なナツが落ち込んでいると、周りまで暗くなってしまう。
料理長の言葉に頷いて、グレイはギルドを飛び出した。
こんなにも距離が長く感じられるのは久しぶりだ。先ほど、ナツが待っているだろうギルドまで向かっている時も感じたが、今は余計にもどかしく感じる。
ナツの元まで一瞬で向かえる魔法があればいいのに。そう思いながら、グレイは必死に足を動かした。
街を出て丘の上を駆けあがる。何度も足を運んだ道だ。
ナツの家が見えてくる前でグレイは足を止めた。丘の上の岩に人影がある。街灯もない暗闇でははっきりとは見えないが、感覚で分かる。

「ナツ」

呼びかけにこたえる様に影が身じろいだ。

「グレイ」

微かに震えた声に、グレイは斜面を一気に駆け上がった。
岩肌に手をあてて顔をあげれば、距離が近づいて確認できる。ナツの姿と、その大きな瞳に浮かんでいる涙。

「悪い、遅くなった」

グレイの言葉に、ナツは慌てて目元を擦った。

「別に、遅くねぇだろ」

ナツはグレイの前に飛び降りると、グレイに抱きついた。甘えるように肩口にすり寄りながら、口を開く。

「今日はまだ終わってねぇんだから、終わりみたいに言うなよな」

ギルドが閉店していても、食事をするはずだった店が閉まってしまっていても、まだ日付が変わったわけではない。
ナツの言葉は、グレイの胸を締め付ける。触れあっている体温よりも熱くなっていく胸に、グレイはじわりと目頭が熱くなっていくのを感じた。
それを誤魔化す様にナツの背に手をまわして、きつく抱きしめる。

「ナツ、好きだ」

囁いてくるグレイの声に、ナツは顔を赤らめた。

「知ってる」

暫く抱きあっていたが、ケーキの事を思い出してグレイはナツから体を放した。ナツと触れあってはいたいが、せっかくの好意を無下にするわけにはいかない。

「料理長がくれたんだ。食おうぜ」

嬉しそうに頷いたナツに家の中へと招き入れられた。
グレイは、カットされた一つだけのケーキを皿へと移すと、ソファで座って待っていたナツの隣へと腰を下ろした。

「おぉ、うまそう!」

目を輝かせるナツに目を細め、グレイはケーキを一口分フォークですくってナツの口へと運ぶ。

「ほら、あーん」

「い、いいって!自分で食う!」

ナツが恥ずかしそうに頬を染めるが、グレイも引く気はない。

「今日は特別なんだから、いいだろ?」

その言葉に、ナツは観念して差し出されるままにケーキを口に含んだ。咀嚼しながら、ちらりとグレイを見れば、とろけるような笑みを浮かべている。
ナツは視線をそらしながら小さく呟いた。

「来年は、仕事入れんなよ」

拗ねたように尖らせた唇に、グレイは触れるだけの口づけを落とした。

「分かってんよ。姫さん」

残りわずかな時間だけど、特別な日を二人で過ごそう。


20101020

3T様の一周年に。



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