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ゴミ収集場に放置してあった段ボールに入っていた幼児。
空腹を訴えてくる瞳に負けたラクサスは、幼児を小脇に抱えて雨の中を駆け抜け、住んでいるマンションへと飛び込んだ。
ようやく部屋に着いた時には服のまま風呂にでも入ったかのよう状態で、肌に張り付く服が不快でしかない。
ラクサスは濡れた髪をかき上げて、荷物の様に抱えていた拾いものへと視線を落とした。
幼児はラクサス同様に濡れていて、滴る髪から水滴が落ちている。

「先に風呂だな」

呟いたラクサスの声に、幼い猫目が見上げてきた。微かに震えているのは身体が冷えてしまったからだろう。
ラクサスは靴を脱ぎすてて浴室へと急いだ。
脱衣場で幼児を降ろして、浴室へと足を踏み入れた。浴槽に湯が溜まっていくのを確認してラクサスは振り返った。
脱衣場では、降ろされたままの状態で幼児が座っていた。

「一人で入れるか?」

年齢や、どういう事情があるのかは、風呂と食事を終えてからだ。
ラクサスの問いに無言で頷いた幼児に、ラクサスは息をついた。もし首を横に振られたら一緒に入らなければならない。

「着替えは置いといてやる。適当に入って上がってこい」

頷いた事を確認したラクサスは、キッチンへと向かった。食事の準備をしなければならないのだ。

キッチンに食欲の誘う香りがただよい始めた頃、タイミング良く幼児が入ってきた。
身体から湯気を立たせる幼児の身体を包んでいるのはラクサスのシャツ一枚のみ。それでも膝を隠すほどに十分の大きさだ。長すぎて持て余している袖を、何かを訴える様に振っていた。
キッチンに立っていたラクサスは、音を立てるフライパンから幼児に視線を移した。

「それしかねぇんだ、我慢しろ」

ラクサスの言葉に、幼児は袖を振るのを止めると、ラクサスに近寄った。
火を使っている時に近づかれるのは危険だと咎めようとラクサスが口を開いたと同時だ、幼児の手が袖越しにラクサスの服を掴んだ。
気を引く様に数回引っぱり、幼い口がゆっくりと開く。

「はらへった」

幼児の腹から音が盛大に鳴り響いた。
フライパンから発する音までもかき消しているのではないだろうかという程に、ラクサスの耳には大きく聞こえた。
しかし、そんなものよりも強くラクサスの気を引いた事。

「お前、喋れたのか」

話せるならそれに越した事はないのだが、出会って一時間かそこらとはいえ今のが第一声。頷くしかなかったので、もしかしたら喋る事が出来ないのではと危惧していたのだ。

食事をすませて満足そうに顔を緩める幼児を眺めていたラクサスは、ようやく本題に入る事が出来た。

「名前と住所は言えるか?」

「オレはナツ。じゅーしょは……わかんねー」

困惑したような表情を見せる幼児ナツに、ラクサスは溜め息をついた。
幼い子供が住所を記憶している可能性は低いから、元より警察へ連れて行く事を考えていたのだ。

「明日警察に連れて行ってやる。そうすりゃ、家も分かんだろ」

服が乾かなければ外にも出られないし、何よりも仕事で疲れているのに外出などしたくはないのだ。明日が休日だったのは幸いだろう。
ラクサスは、じっと見つめてくるナツに気付いて、視線を向けた。

「何だ」

「オレの家ってここじゃねーのか?」

ナツの言葉にラクサスは眉を寄せた。
そしてこの後、ナツが記憶喪失である事が分かった。名前以外の記憶はなく、一番古い記憶といえばゴミ収集場でラクサスと出会った時のもの。
段ボールに入っていた理由も、親の事も。まるで最初からなかったかのように、ナツの口から出てくる事はなかった。


20101006

別題・光源氏計画〜兄さん犯罪です〜



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