父の日





仕事も学校も休みの日曜日。そんなドラグニル家の休日は、親子そろって昼まで布団の中というのが、暗黙の了解。だが、その日は珍しく、息子であるナツが先に目を覚ましていた。
腹部の圧迫感。さして苦しいわけではないが眠りを妨げるには十分だろう。イグニールがうっすらと目を開けば、ぼやけた視界に桜色が映る。

「ナツ……早いな」

まだ眠気が勝っている。
イグニールはナツへと手を伸ばして、垂れている前髪に触れた。

「起きろ、父ちゃん」

可愛い愛息子に催促されては目覚めないわけにはいかない。イグニールは、ナツを乗せたままで、上体を起きあがらせた。
お腹でも空いているのだろうか。冷蔵庫の中の食材を思い出しながら朝食の献立を考える。
頭をガリガリとかきながら欠伸をし、口を閉じたのと同時だった。がさりと紙が擦れるような音と共に、イグニールの視界から、ナツの姿は見えなくなってしまった。正しくは視界が塞がれているのだ。
目の前に突き出されているものに視点を合わせる。紙の包装紙にリボン。普通に考えればプレゼントである。
息子へと視線を向ければ、無邪気な笑みがあった。

「父ちゃん、いつもありがとな!」

息子の言葉の意味を、イグニールはうまく理解は出来なかった。寝起きでまだ頭が働かないのだろう。
硬直して瞬きを繰り返すイグニールに、ナツは唇を尖らせた。

「今日は父の日だろ」

ああ、そうだ。イグニールは納得したように壁にかかっているカレンダーへと視線をずらす。
六月半ばを過ぎれば、イグニールの中では待ちわびた七月へと頭だけが先へ向かっている。七月二日はナツの誕生日だからだ。どうしても、六月の後半を飛ばしたくなってしまうのは父親として仕方がないだろう。

「父ちゃん?」

ぼうっとカレンダーを見続けているイグニールに、ナツは首をかしげた。それに、イグニールは慌てて、プレゼントを受け取る。

「そうか、父ちゃんの為にプレゼントまで用意してくれたんだな」

感慨深げに吐き出された言葉。未成熟の手から、節張った手へとプレゼントは移動した。

「開けてもいいか?」

ナツが頷けば、イグニールの手によって、リボンは解かれ包装紙は丁寧にはがされていった。姿を現せたのは、父の日のプレゼントしては少し意外な、エプロンだった。

「父ちゃん、いつも飯作ってくれるし。それに、この間言ってただろ。新しいの買わなきゃって」

ナツの言葉にイグニールは目を見張った。
弁当も含めて毎食食事を作っていればエプロンも寿命は来るのだが、先日は洗濯物の時に運悪くひっかけて穴をあけてしまったのだ。繕おうともしたが、長い事使っていたから買いかえようと決めていた。その時に漏らした言葉をナツが聞いていたのだろう。
しかし、確かその時のナツはテレビを見ていたのだ。
子供というのはよく見ている。

「エプロン、嫌だったか?」

不安げに眉を落とすナツに、イグニールは柔らかい笑みを浮かべた。

「お前からのプレゼントを喜ばないわけがないだろ」

途端、曇っていた表情を輝かせるナツ。イグニールは、その後頭部へと手を回し己の胸へと押し付けた。

「ありがとな、ナツ。父ちゃんは、優しい息子がいて幸せだ」

ナツはイグニールの胸に額を当てたまま頷いた。胸元をくすぐられるような感覚に、イグニールはナツの頭を優しく撫でた。
桜色の髪から覗く耳が赤く染まっている。ナツの可愛い過ぎる姿は、イグニールの緩んだ頬を、当分納めてはくれなさそうだ。

「……ナツ、そろそろ朝飯の……ナツ?」

微動だにしなくなったナツに、イグニールが首をひねって顔を覗き込んで見る。幼さの残る猫目は閉じられ、規則正しい呼吸。間違いなく眠ってしまっている。
おそらく、プレゼントを渡したくて早く目が覚めてしまったのだろう。待ち切れずに布団から抜け出したが、やはりまだ眠かったのだ。
イグニールはナツを抱きしめたまま身体を倒した。子供というには大きくて、大人というにはまだ幼い身体付き。少し高めの体温は更に愛おしさが増す。

「まだ、側にいてくれ。ナツ」

いつかは特別を見つけて、離れて行ってしまうかもしれない。親にとって子はどれほど年を重ねても子なのだ。ずっと側にいてくれとは言わない、それでも、少しでも長く笑顔を向けてもらいたい。

「愛しているよ、ナツ。俺の大事な息子」

幼い額に唇を寄せて、イグニールも目蓋を閉じた。時計の秒針が奏でる音を聞きながら、意識は沈んでいく。
ああ、そうだ。今日早速エプロンを使おう。でもその前に、昨日買ってしまったエプロンを後でタンスの奥にでもしまっておかなければ。一晩鞄の中で眠っていたエプロンは当分顔を出す機会はなさそうだ。

目が覚めたら、何をしようか。



お・ま・け。G乙!

遅い朝食、時間的には昼食だろう。食事を終えて、イグニールとナツは居間でテレビを見ていた。
真新しいエプロンを身につけてイグニールの機嫌は最高潮だった。それに加え、今日は大事な息子であるナツとゆったりと時間を過ごせるのだ。親バカなイグニールにとって、これ以上に幸せな事はない。
テーブルには、ナツ用にジュース。イグニール用に珈琲。それに加えて数種類の菓子。当分立たなくて済むだろう準備は万端だ。
テレビの真正面に座ったイグニール。ナツはその腕の中で抱き込まれるようにして座っている。

「父ちゃん。してほしい事があったら言えよな。今日は父の日なんだから」

菓子の食べかすを口元に付けながら振り返るナツ。目が覚めてから何度もナツが口にしている言葉だ。何かしたくて仕方がないのだろう。
イグニールは、食べかすを取ってやりながら笑顔で口を開いた。

「お前とゆっくり過ごせれば、それだけでいいんだ」

心底幸せそうに言いきられては何も言えない。ナツは前へ向き直ってしまった。

「そっか」

「ん、そうだ」

背中から伝わる体温。腕の中にある体温。お互い相手には見えないけれど、その表情は幸せに満ちていた。
しかし、それをぶち壊すように呼び鈴が鳴り響く。無視を決めこうもとしていたイグニールだったが、何度もしつこく鳴り続けるそれに、ナツが眉を寄せた。

「なぁ、父ちゃん。俺出てくるよ」

「…………いいや、父ちゃんが出る」

少しだけ空いた間がイグニールの不満を物語っている。ナツから手を離して立ち上がったイグニールは、幸せの時間をぶち壊されて不機嫌だった。その間にも鳴り続ける呼び鈴に苛立ちはつのるばかりだ。

「どちらさ……ぶふっ」

「お義父様!」

ドアを開いた瞬間、何かが顔面にヒットした。鼻をくすぐられているようでむず痒い。それと、耳に入ってきた不快な声。
イグニールは顔を顰めて顔を引いた。視界を埋め尽くしていたのは花束で、視界を下げれば声の主がいた。近所に住んでいる、ナツの同級生で幼馴染であるグレイだった。

「何の用だ」

イグニールの目がこれ以上にないぐらいに冷たくなる。声の主はそれに気づいていないのか、照れたように笑顔を向けている。

「今日は父の日じゃないですか!もちろん、俺もお義父様をお祝いに……」

「誰がお義父様だ!」

「す、すみません……」

しょんもりと顔を俯かせるグレイ。いつもと違って、あっさりと引きさがるのか。おや、と首をかしげたイグニールだったが、すぐにその思考は間違いだったと思い知らされる。

「未来のお義父様でした」

頬を紅色させるグレイに、ぞわりと鳥肌が立った。

「すみません、俺せっかちなもんで」

何やら一人で話しはじめるグレイに、イグニールは玄関先に常備してあったケースを手に取った。蓋をあけて中の物をグレイへと投げつける。

「ぶっは!な、何だこれ。しょっぱ!」

塩だった。イグニール家の玄関にはこうして害虫用に塩が常備されてるのだ。面倒だとばかりに、ケースの中身全てをグレイの頭上にぶちまけた。

「え、お義父様?!これってもしかして婚礼の儀式ですか?まだ心の準備が」

「帰れェ!!!」

苛立ったイグニールの叫び声。それに驚いたナツが駆け付けて、更に状況は悪化するのだった。


20100623

グレイ、が。



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