始まり





朝、目を覚ましたら、温もりは消えていた。

「イグニール?」

どこに行ったのだろう。
ナツは寝床から外へと出る。一陣の風が拭き抜け、ナツは空を見上げた。
空はこんなに大きかっただろうか。
いつもナツの視線の先にはイグニールがいて、その体の大きさで空なんて隠れていた。ぼうっと空を見上げていたナツの瞳から涙がこぼれた。

「イグニール」

どこか出かけたわけじゃない。散歩に行ったではない。
共に過ごし、竜の感覚を持つナツには分かったのだ。自分の手の届く場所にイグニールは居ない。イグニールがナツを置いてどこかへ行くなんて事はほとんどなかったし、あったとしても一言告げていた。

ナツは混乱する頭を必死で働かせた。昨夜も、いつもどおりイグニールの懐で眠りについた―――――

『明日はなにする?イグニール』

まどろみに包まれながら明日に胸を膨らませる。毎夜、こうして楽しそうに話すナツ。そんなナツの首元に柔らかい者が巻き付けられる。
眠りに落ちそうになっていたナツがその感触に目を開いた。

『、かっけー!イグニールみたいだな!』

色は違えど、鱗をかたどったような模様のマフラーは、養父であるイグニールの肌を連想させる。人であるナツには鱗などないから、まるで自分がイグニールと同じようになった気分になるのだろう。
ナツは養父からの贈り物を胸に抱きしめ、歓喜に浸る。

『おそろいだ、イグニール!ありがとう!』

その夜がいつもよりも温かかった―――――

昨夜の温もりが、今では幻だったかのように思えてしまう。それでも、ナツの首に巻きついているマフラーが現実だと教えてくれていた。

「帰ってくるよな、イグニール……」

まさか、帰ってこないのではないか。そう不安が過ぎりながらも、養父の帰りを待つ事を決意した。
いつもイグニールと遊び学んできたナツにとって、物心ついた今初めての孤独だった。それでも、イグニールが帰ってきたときに驚かせようと、一人で学び、魔法を鍛え続けた。
時は過ぎても、何かが変わるわけではない。日々変わるのは雲の動き、天候。一月も経てば、蕾の花は咲き、枯れてしまう。
毎晩流れる涙を拭う手は己の手のみだった。
そして夏が終わりを告げる頃、ようやくナツが立ち上がった。おそらくイグニールはこの場には戻ってこないのだ。それならば、自ら探しに行くしかない。
しかし、物心ついた頃から竜であるイグニールと過ごしてきたために、自分と同じ生き物である人に直接会ったことなどなかった。前向きなナツにとっても、不安がないとは言えなかっただろう。

「ぜったい見つけるからな!」

ナツには、以前イグニールに教えられた道があった。しかしそれは通ってはいけないのだと言い聞かせられてきた道。木々が覆い隠すように茂り、まるで壁のように塞いでいる。そこから先は別世界なのだと。
ナツはごくりと生唾を飲んで、道を踏みしめた。茂みを手で掻き分けて一歩ずつ進んで行く。見た目鋭そうな葉は柔らかくナツの頬を撫でていくだけだ。
昼間だと言うのに、茂みで光を遮られる。思った異常に長い間薄暗い道を歩いた。暫くして葉の隙間から光が差し込んできて、ナツは一気に光の先へと飛び出した。

「どわ!」

光に目がくらんで視界がはっきりしないナツは、ぶつかった衝撃に腰を打ちつけた。

「いてー……なんかぶつかった」

目の前に居たのは人だった。ばっちりと目が合い、ナツは驚いた拍子に口から炎を吐き出してしまった。運悪くそれが顔に直撃し、人間がその場に倒れこんでしまった。
状況がつかめずに唖然としていたナツは、我に返ると人間へと近づいた。

「だ、だいじょぶか?」

倒れた人間はナツよりも背の低い、だいぶ年を老いた男だった。
少なくなっている髪の毛がちりちりと焼けて縮れている。ナツが老人の顔を覗き込み、頬を容赦なく叩く。ぺちぺちと弾くような音が続いていると、老人は目を覚ました。

「何するんじゃ!このバカタレ!」

いきなり巨大化した老人の拳がナツの頭に振り下ろされた。ゴツンと頭から衝撃を受けて、痛みにナツは瞳に涙をためた。
どう考えても年寄りの力ではない。

「なにすんだよ!いてーじゃねーか!」

喚くナツを目の前に、その老人は己の髪を気にしていた。縮れてしまった髪に衝撃を受けているようだ。
肩を落とす老人にナツは首をかしげた。


(隙間なの。適当に妄想してね☆)


「ワシは竜を見た事はないが、どこかに知っている者がいるかも知れん」

「ホントか!?」

食いつくナツに、マカロフは一度頷く。

「世界同様人の繋がりは大きいものじゃ。お前が出会ったワシ、ワシが知る者たち、さらにその者達から繋がっておる。この世界で人が知らぬ事はない」

自分が知らない事でも世の中ではそれを知る物は多く、またその者たちが知らないことや出来ないことは自分が出来たりするものだ。

「ナツと言ったな」

頷くナツにマカロフは口元に笑みを作った。

「ナツ、妖精の尻尾に来んか?」

「フェアリーテイル?」

「魔導士ギルドじゃ。そこで仕事をしながら父親を探せばよい」

「そこにいけばイグニールが見つかるんだな!」

「それはお前次第じゃ。仕事をこなし情報を得れば、いつかは辿り着けるかもしれん」

どちらにせよ、ナツには行く当てなどないし、なによりマカロフの近くは温かく心が安らぐ。ナツは大きく頷いた。

「行く!俺を連れてってくれ、じっちゃん!」

こうして。ナツは、マカロフと共にギルドへと向かったのだった。


20100608

色々妄想書いてあってけど…とりあえず、精霊界とか気になっていた様です。今もですが。



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