マカナツ





幽鬼の支配者との抗争に決着もつき、日常に落ち着きが見え始めた。
事件から一週間以上が経過した今、依頼の受付も始まり、魔導士ギルドの活動が再開されて、活気も戻ってきたのだが。

「S級のラクサス、もしあんな人がマスターになったら、どうなっちゃうのかな」

仕事から戻ってきたラクサスの言葉に、棘どころかナイフでざっくりとえぐられる気分だ。
ルーシィはカウンターに伏せて溜め息をついた。
今のギルドの居心地の良さは、一人ひとりが仲間を思いやる家族のような温かさからきている。それはマスターがマカロフであるからこそだ。ルーシィの重々しい溜め息に、ミラジェーンは苦笑した。

「ラクサスも、昔はそんなでもなかったのよ?コミュニケーションは苦手だったけどね」

もちろんルーシィに比べればほとんどの人間がギルドに長くいる事になるのだが。ルーシィは顔を上げてミラジェーンを凝視した。

「ラクサスが反抗期になった理由、聞きたい?」

少し首を傾けるミラジェーンの仕草は色っぽい。だが今のルーシィには目先の餌の方へと意識がいってしまっている。

「というか、反抗期なんですね」

「そう、反抗期。ギルドの皆はあの件を知っているから、少し同情しちゃっているところがあるのよ」

あのラクサスの言動があっても、同情してしまうような事件があったのだろうか。
ルーシィの興味はだんだん膨らんでいく。ルーシィの真っ直ぐな瞳に急かされるように、ミラジェーンは口を開いた。

「あれは、私が妖精の尻尾に来て一年ぐらい経った頃ね…―――」

ギルド内にあるマスターの私室。その部屋にラクサスが入っていって間もなくだった。酒場まで聞こえてくるような怒声。迂闊にも扉が半開きだったのだ。
気になったギルドの者たち数人が、私室前までやってきた。

「何で親父を破門にしやがったァ!!」

ラクサスの父親でマカロフの息子であるイワン。彼が破門を言い渡されたのはつい先日の事だ。親子でべったりと言うほどに仲が良かったわけではないが、ラクサスも父親が破門にされた事については納得できなかったようだ。
野次馬よろしくギルドの者たちが顔を見合わせるなか、部屋での会話は続いていく。

「価値観のの相違というやつじゃ」
「価値観だぁ?」

張り詰めたような空気の中マカロフの声の調子が落ちた。
外で聞いている者たちも部屋に耳を押し当てる。マカロフには珍しく言いよどんでいる様だ。
ラクサスが無言で見下ろしていると、マカロフが小さく溜め息をついた。

「奴は納得せんかった」

野次馬の内心は心配から好奇心へと変わっていた。いつもとは逆にもったいぶるようなマカロフの話し方にも痺れが切れ始めている。

(押すな、ばれるだろ!)

声の音量を落としてミラジェーンが背後にいる者を小突いた。
言い合いにも発展しそうになるが、マカロフが話しはじめると大人しくなる。それを何度も繰り返していた。

「ラクサス……ワシは、再婚しようと思っておったんじゃ」

部屋の中、外と共に、空気が固まった。さすがのラクサスも、先ほどまで沸き起こっていた怒りを忘れてマカロフを見下ろしたまま固まっている。

「イワンは、ワシが再婚すると告げた瞬間即答で否定しおって」

「ジジィ!んな、くだんねぇ事で親父を破門にしやがったのか!!」

全くだ。野次馬の心はひとつになっていた。
マカロフの年齢も齢八十を超えている。再婚事態に問題はないだろうが、それぐらいの事で実の息子を破門にするのはどうなのだろう。
ラクサスの怒りも消失してしまった。

「相手はあのババァか」

ポーリュシカの事だろう。マカロフの周囲で年齢的にも釣り合い、親密な異性は彼女ぐらいしかいない。
だが、全ての者たちの予想は大いに外れることになる。

「何故奴が出てくるんじゃ」

「他に誰がいんだよ」

「ナツじゃ」

野次馬は内心で絶叫した。グレイが迂闊にも声を上げそうになるのをミラジェーンが手で押さえる事で阻止をている。

「今なんて言いやがった」

ラクサスの声が震え、野次馬の額からは冷や汗が出る。今自分たちが聞いた事が間違っている事を願いたかった。

「だから、ナツじゃ。お前だって仲良くしとるじゃろ」

ナツ。その名で思い浮かぶ人間はただ一人しかいなかった。ナツ・ドラグニル。年齢不詳だが、おそらく十歳過ぎかそこらの少年だ。

「ふ、ざけんじゃねぇ!!つまんねぇ冗談に付き合うつもりはねぇぞ、クソジジィ!!」

息を荒げるラクサス。マカロフはただじっとラクサスを見上げる。その瞳が冗談ではないと告げていた。

「冗談じゃねぇ」

ラクサスの体が怒りに震える。扉の隙間から見ていた野次馬たちは、ラクサスの内情を察して同情した。
コミュニケーションが不得意なラクサスが唯一と言っていいほどに相手にしているのがナツだった。そしてそんなラクサスがナツに対して抱いている感情もギルド内では周知の事実だったのだ。

「色ボケジジィ!あいつとどれだけ年が離れてると思ってやがんだ!」

軽く七十ぐらいの差はあるだろう。
同様を隠しきれない野次馬、その中グレイが衝撃を受けすぎて気を失っていた。彼にも同情するしかない、ラクサスと同様に。

「しかし、付き合って二年になるからのう」

ナツがギルドに入ったのが二年ほど前なのだ。ここまでくるとどう反応していいか困る。ギルドの未来に不安を抱いてしまっても仕方がないだろう。

「お前だって、仲のいいナツが祖母になるんじゃ。嬉しいじゃろ」

嬉しいわけあるか。そろそろ限界に来ている野次馬が、声なき絶叫を上げながら頭を抱えている。地獄絵図だ。
そんな中、流石というべきか、ミラジェーンだけが目をそらさずに部屋の中をのぞいている。

「俺はいずれあんたを超える。一人の男であるためにだ」

初めて祖父に対しての殺意を露わにしたラクサス。その声は嫉妬や怒りにまみれていて空気が震えていた―――

「本当に驚いたわ」

「そう言うレベル!?もうどこから突っ込んでいいのか分からない!ていうかマスターって若い女の子が好きなんじゃなかったんですか?」

尻を触られこともあるルーシィの疑問に、ミラジェーンはにこりと笑った。

「分からないけれど、ナツは特別なんじゃないかしら」

年齢とか性別とかいろんなものを超えたらしい。
ルーシィは仕事をした時以上に疲労した体をカウンターに預けた。精神が疲れると体にも影響が出るものだ。

「仕方がないわ。だってナツってファザコンっぽいところがあるじゃない。それでマスターに惹かれてしまったんじゃないかしら」

父親通り越して祖父ほどの年齢差だけれど。それどころか、ナツはラクサスよりも年下なのだ。

「私も同情しちゃいます」

「でしょう?好きな人をお祖父さんにとられちゃうんだもん」

しかもマカロフ自身色ボケすぎてラクサスの想いに気づいていないらしい。もちろん鈍いナツが気づいているわけもなかった。


20100224





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