猫のお姫様






「猫のお姫様が、たくさんの宝石を運んで来てくれるよ」

魔導士ギルド妖精の尻尾の女子寮、フェアリーヒルズ。亡くなってしまった寮母ヒルダが、亡くなる前日にエルザに告げた言葉。それは、六年後に、新入りであるルーシィによって叶えられた。
宝石箱にいっぱい詰められている、輝く宝石。その中の一つを、ルーシィは受けとり、その依頼は達成された。
翌日、ギルドの依頼版で依頼書を眺めているナツに、エルザが近寄っていく。

「ナツ」

「エルザ。何かようか?」

「お前にも渡しておこうと思ってな」

エルザが手を差し出すと、ナツもつられる様に手を差し出した。その手のひらに、エルザは、握っていた物を落とす。
ナツの手のひらに、宝石が一つ転がった。

「何だ?これ」

「ヒルダおばあちゃんからのプレゼントだ」

宝石をまじまじと見つめていたナツの動きが止まり、目が宝石からエルザへと移動する。

「どういう事だ?」

「昨日、天国からの手紙を受けた猫のお姫様が、届けてくれたんだ」

ナツの揺れる瞳に、エルザは柔らかく笑みを浮かべる。

「おばあちゃんは、お前の事もとても気にかけていたからな。寮生ではないが、これはお前も貰うべきだ」

「……ありがとな」

かみしめる様に、宝石を握りしめたナツだったが、その首が傾げられる。怪しむ様な目がエルザに向く。

「さっき、猫のお姫様とか言わなかったか?」

エルザが頷いて肯定を示すと、ナツは考える様に短く唸った。エルザが訝しむ様に見ていると、ナツが勢いよく顔をあげる。

「思い出した!」

「な、何だ、急に」

「俺、ばぁちゃんと約束してたんだよ」

朧げな記憶を探るように、ナツはゆっくりと口を開いた――――

六年前、クエストに出ようとしていたナツは、ちょうどシロツメへと買い出しに出ようとしていたヒルダと行き合った。

「ばぁちゃん、出かけんのか?」

「シロツメまで買いもんだよ」

「いっしょだな!オレもシロツメで仕事だ!」

持っていた依頼書をかかげるナツに、ヒルダは顔を顰める。だが、クエストの内容を見て、その表情を少しだけ緩めた。

「宝探しかい、魔導士らしくないね」

「で、でも!菓子いっぱいなんだぞ!」

シロツメで行われる催し、子供の宝探し大会。仕事というよりも参加者の募集だ。
仕事だと言いきるナツに、ヒルダは笑みをこぼして、止めてあった馬車に乗りこんだ。

「ついでだ、お前も乗っていきな」

「おお、さんきゅー!」

ヒルダに続いて、ナツも馬車へと乗り込んだ。
しかし、馬車が動き出してすぐ、ナツの元気が消え失せた。
ぐったりと座席の背もたれに寄りかかる、その手からこぼれ落ちた依頼書を、ヒルダが横目で見やった。

「宝なら、お菓子より宝石の方がいいんじゃないのかい?」

「ぅ、ぐ……なんか、いった?」

吐き気を堪えながら、ナツはヒルダの方へと首を動かす。
ナツが酔いで意識がもうろうとする中、ヒルダは話し続ける。

「もう少し大きくなったら、猫のお姫様になんな」

「ね、こぉ?」

焦点の定まらない目がヒルダを捕らえようとするが、すぐに逸れてしまう。揺れる身体を堪えていると、老いた手がナツの額に当たる。

「宝は、猫のお姫様だけが見つけられるのさ。それを、あの子たちに届けとくれ」

少し低い体温が、とても心地よくて、ナツはゆっくりと瞳を閉じた。

「約束だよ」

遠くに聞こえるヒルダの言葉に、ナツは小さく頷いた――――。

「そうか……あの依頼書は、お前にあてた手紙だったのかもしれないな」

エルザの言葉を聞きながら、ナツは、手の中にある宝石へと視線を落とす。

「俺、約束守れなかったんだな」

どれほど皮肉を言っても、それが、自分たちの身を案じての事だと分かっていた。握りしめてくれる手から伝わる、少し低いけど暖かい体温。
宝石に水滴が落ちる。ナツは、それを隠す様に宝石を握りしめた。その手が小刻みに震える、その上にエルザの手が乗せられた。

「泣くな。お姫様が泣いたら、おばあちゃんも困るだろう」

「……姫じゃねぇよ」

顔をあげたナツの目は涙で潤んでいる。それでも、笑みを浮かべていた。

後日、依頼版に一枚の依頼書が紛れ込んでいた。悪戯としか思えない、紙に殴り書いたような依頼書。

「また受注されていない依頼書ね」

依頼書を剥がすミラジェーンに、ルーシィが慌てて声をかける。ミラジェーンの手にある依頼書を、奪う様に手に取った。

「やっぱり、この前と同じ……しかも、住所が女子寮」

ヒルダだろうか。成仏しきれないのかと顔を歪めるルーシィの目が依頼書の文字を追う。
先日の依頼書とは内容が少し異なった。特に、請け負う人間を限定している。

「何これ。初代猫のお姫様限定?私の事じゃないわよね……」

内容を見れば、宝探し。
依頼書を睨んで唸っていると、慌ただしい足音が遠くから聞こえてきた。

「おーい、ルーシィ!!」

名を呼ばれて振り返ったルーシィの目には、駆け寄ってくるナツの姿。まるでそれに反応するように、風もないのに依頼書が靡く。
依頼書が、初代猫のお姫様に届くまで、後数秒。




2011,04,14〜2011,05,11
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