My teacher





妖精学園高等部は、毎週初めには全校集会がある。
拡声機から発せられる聞きなれた声を、つまらなそうに聞いていたナツの目に、見知った顔が映る。
並んでいる全校生徒に、向き合う様にして並ぶ四人の男女。呆然とそれを眺めるナツと、その内の一人の男と目が合えば、男は口端を吊り上げた。

「どうなってんだよ」

顔を赤くして俯くナツの耳に入ったのは、教育実習という単語。そして、自己紹介として告げられた名は馴染みのあるものだった。
全校集会が終わり教室に戻ったナツは、窓の外を眺めていた。ようやく馴染んできたはずの教室が、今は落ち着かない。
音を立てて教室の扉が開くと、ナツは勢いよく振り返る。担任であるマカオと共に入ってきたのは、スーツ姿のラクサス。
騒いでいる女子の黄色い声を遠くで聞きながら、ナツの視線はラクサスに釘づけだった。

「ラクサス、かっけぇ……」

初めて見たラクサスのスーツ姿は新鮮だった。思わず呟いてしまったナツは、首を振るって思考を追い出す。

「集会でも紹介した通り、今日から二週間の間、教育実習生として俺の変わりに数学を教えてくれる、ラクサスだ」

仲良くしてやれよー。
まるで、転入生の紹介のように言う担任のマカオに、ラクサスは眉を寄せた。マカオは、ラクサスが高校時代からの教師でもある。その性格から、確実に楽をしようとしている考えが見え見えなのだ。
興味深く見てくる生徒を眺めて、ラクサスは自己紹介を終わらせた。終始、穴が開きそうなほどに見つめてくるナツの視線に、内心苦笑しながら。
昼休み、教育実習生の控室では、ラクサスを含めた実習生の三人が集まっていた。

「ナツ、驚いてたわね」

笑みを浮かべているのは、ルーシィとミラジェーン。二人も教育実習生として妖精学園に来ているのだ。もう一人はグレイだが、グレイの担当は保健体育であり、体育教諭には別に控え室があるので、実習生であるグレイの控室も別になっているのだ。
ルーシィは国語、ミラジェーンは音楽の教科。四人共妖精学園が母校である為に、実習を頼む事になった。
そして、実習に関してどころか、ラクサス達が教師の道を選んだ事さえ、ナツは知らなかった。

「ナツの驚いた顔、かわいかったわ」

ご満悦といった表情で呟くミラジェーンにルーシィは突っ込む事はなかった。完全なる慣れである。
今まで言葉を発しなかったラクサスが、戸を見つめながら小さく呟く。

「来たな」

騒がしい足音が近づいてきて、それが止まったと同時に戸が開く。その主は、ナツだ。ナツが喋り出す前に、ラクサスが口を開く。

「走るな、うるせぇ、さっさと中に入れ、ドアは静かに閉めろよ」

口を開く暇も与えずに言いきれば、ナツは勢いをなくし、言われるままに中へと入った。必要以上に静かに戸を閉めると、ラクサスの前の空いている椅子に腰かけた。

「何でここにいんだよ」

「教育実習って言ったろ」

「知らねぇよ、そんなの」

ナツは、ラクサスにちらりと視線を向けると顔を赤らめた。

「ラクサス、先生になるんだな」

ラクサスだけではない、幼い頃から知るルーシィ達も。
ナツだけが今日まで知らされることがなく、まるで疎外されているようだ。考えれば一気に寂しさがこみ上げてきて、ナツは顔を俯かせた。

「何で教えてくれなかったんだよ」

口を尖らせて拗ねるナツに、ミラジェーン達の頬を緩む。ナツを弟の様に思っているのはラクサスだけではない。ミラジェーン達も、ナツが可愛くて仕方がないのだ。

「別に、ナツだけ仲間外れにしたわけじゃないのよ?」

「ごめんね、ナツ。驚かせようと思ったの」

ミラジェーンとルーシィがナツに近寄り、手を差し出す。二人の手には菓子があり、ナツはおずおずとそれを手に取った。

「し、仕方ねぇな……」

ルーシィ達も用意が良いが、ナツは簡単すぎるだろう。どこで育て方を間違えたのかと、ラクサスも頭を抱えるところである。
ナツの機嫌がなおり、和やかな茶会が始まる。
最初は、ラクサスが通っていた時と、今の学校の違いなどを話していたのだが、ナツがいれば自然とラクサスの話しになるのは必至。
ナツは菓子を貪り食いながら、小さく噴出した。

「ラクサスが先生とか、ちょっと笑えんな」

ラクサスの眉が顰められる。

「一番似合わないわよね」

「ラクサス先生、ね……」

笑みを堪えながら言うミラジェーンとルーシィに、ナツがつられたように、声を上げて笑いだす。

「ありえねー!」

ナツの笑い声が容赦なく大きくなり、それと比例してラクサスの怒りも大きくなっていく。ナツの笑い声を止めたのは、ラクサスの手だった。
ラクサスはナツの頭を鷲づかみにした。手加減なしのそれは、ナツの頭を締め付ける。ナツは、抗議の声をあげる事も出来ずに、ラクサスを見上げた。

「ら、ラクサス……」

「てめぇ、俺がいる間赤点なんかとるなよ?」

ラクサスの目は笑っていない。いくら惚れているとはいえ、ナツでも顔を引きつらせるほどだ。力なく頷くナツの頭から、ラクサスは手を放した。
ルーシィとミラジェーンに頭を撫でられるナツを眺めながら、ラクサスは溜め息をついた。
ラクサスが教師の道へと進む原因となったのは、ナツの言葉からだった。
ナツは、運動神経がずば抜けて良い分、勉学に関してはお世辞にも利口とは言いがたく、小学生の時から、ナツの宿題などをラクサスが教える事も多かった――――。

『おー!できたー!』

宿題を終えたノートを天にかかげるナツに、ラクサスは持っていたペンを放った。

『やれば出来んだから、ちゃんと授業聞いとけよ』

分からないからと宿題を投げ出していた。だから、面倒に思いながらもラクサスが宿題を見てやったのだが、想像していた程に出来ないわけではなかった。何故今まで理解できていなかったのか。
小さく息をつくラクサスに、ナツはノートを閉じた。

『聞いても分かんねー』

『んなわけねぇだろ、今出来たじゃ……』

『分かんねーもん!』

訝しむラクサスの目には、拗ねたように口を尖らせるナツがいる。

『ラクサス教えるのうめーし……ラクサスじゃないといやだ』

後半は教え方云々の話しではなくなっている。ただの我が侭だ。
呆れた溜め息をつくラクサスに、ナツはにっと笑みを浮かべた。

『俺、ラクサスが先生ならよかったな』

ちょうど、進路を決めあぐねていたラクサスに、ナツの言葉は強く響いた――――

ナツの面倒を見てきたせいか、ナツと会う前よりは子供を煩わしく思う事はなくなった。それでも子供の扱いが上手いわけでもないので、高校を選択したのだ。
ラクサスがふと目を向ければ、ナツがじっと見つめてくる。

「何だよ」

ラクサスが訝しむ様に顔をしかめるが、ナツはたいして気にした様子もなく、顔を綻ばせた。

「へへっ、今日から学校でもラクサスと一緒にいられるんだな!」

心底幸せそうに笑みを浮かべるナツの頬は紅色しており、それにあてられた様にラクサスの表情が緩む。
しかし、この場は二人だけではない。ミラジェーンとルーシィは、菓子に手を付けながら二人のやり取りを傍観していた。

「生徒に手を出したら犯罪よ、ラクサス」

「そういえば、似た事件ありましたよね」

教育実習生が生徒に手を出して捕まった事件が、過去に起きているのだ。ルーシィ達の脳内では、手錠をはめられるラクサスの姿がある。
二人の言葉に一気に機嫌を損ねたラクサスが、抗議に声を荒げようとするが、口を開く前に戸が開いた。
四人の視線が一斉に向けられる。

「な、ナツ……またせたな」

息を乱しながらも、笑みを浮かべて立っていたのはグレイ。誰も待っていなければ、会話の中で名前さえも出していない。

「おー、グレイ」

手を振るナツに、グレイの表情は更にだらしなく緩む。それに冷たい視線を向けて、ラクサスはミラジェーンとルーシィへ振り返った。

「警察呼べ」

「……わいせつ罪かしら」

真面目に考え込むミラジェーンに、ルーシィは空笑いしか出なかった。




2011,03,31


ドレアー家三章「My teacher!」
ラクサス先生とナツの学園ライフである。


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