夢でも





毎年クリスマスはギルドで盛大なパーティーが開かれ、酒場はいつも以上に騒がしくなる。そして、クリスマスパーティーでは毎年恒例の催しがあった。
入ったばかりのルーシィ達以外は、パーティーが佳境に入った頃になると、落ち着かない様子でそわそわし始める。
拡声器のノイズ音が酒場に響くと、騒いでいた者たちは音のする舞台へと顔を向けた。舞台上には拡声器を手にするミラジェーンの姿。

「みんな、盛り上がってるー?」

答えるように、酒場に熱気のこもった声が満ちる。

「それじゃ、毎年恒例、プレゼントの当選発表をするわよー!」

「プレゼント?」

毎年と言っても、今年ギルドに加入したばかりのルーシィには話が通じない。
ルーシィがきょとんと首をかしげると、席を共にしていたハッピーが口を開く。

「毎年、ギルドの中の一人だけ、クリスマスプレゼントが貰えるんだ」

「一人だけなの?ていうか、プレゼントってなに?」

「……お金じゃないよ」

眉を下げるハッピーにルーシィは目を吊り上げた。

「そんな事思ってないから!」

ルーシィの突っ込みを気にした様子もなく、ハッピーは説明を口にする。
毎年行われるギルド内のクリスマスパーティー。その時参加しているギルドのメンバーの中からランダムに一人だけが選ばれ、その者にクリスマスプレゼントが贈られる。しかし、そのプレゼントは通常のものではなく、な魔力を込められた魔水晶なのだ。

「すごいんだよ!何でも願いごと叶えてくれるんだ!」

楽しそうに喋るハッピーの口からは涎が垂れている。それを拭ってやりながら、ルーシィは問う。

「何でもって、どういう事?」

「オイラも貰った事あるんだけど、その時は魚をいっぱいもらったんだ」

興味深く頷くルーシィだったが、ハッピーはルーシィの顔をじっと見つめると、悲しそうに俯いた。

「でも、ルーシィはダメかも」

「な、何でよ」

「魔水晶は、良い子の願いごとしか叶えてくれないんだ」

ルーシィは、にっこりと笑みを浮かべながらハッピーの両頬を掴むと、左右に引っ張った。

「どういう意味かしらー」

「ひょーふひゅひゃふひゃひはー」

動物虐待だー。
ルーシィは、うっと声を漏らしてハッピーから手を放した。ハッピーは頬を押さえながら、近くにいるナツに駆け寄る。

「ナツー、ルーシィが苛めるよー……あれ、ナツ?」

先ほどまで食事を貪っていたはずのナツは、テーブルに伏せて眠っている。そういえば、いつもなら会話に入ってくるナツが大人しかった。

「はしゃぎ疲れたのね」

クリスマスパーティーが始まってから、いつも以上に増して騒がしかった。それで疲れて寝てしまったのだから、まるで子供だ。
寝顔を覗きこんだルーシィは小さく笑みを浮かべる。それと同時に、ミラの明るい声がギルド中に響き渡った。

「メリークリスマス!ナツ!」

その声は、ナツにクリスマスプレゼントが当たったと告げているものだった。
ミラジェーンは舞台から降りると、ナツへと近づく。その手には綺麗に包装されている箱状の物。一見普通のプレゼントに見えるが、これが願いごとを叶える魔水晶なのだ。

「……あら、寝ちゃったのね」

苦笑するミラジェーンだったが、まるで空気を読んだかのようにナツの身体が身じろいだ。目を覚ますだろうかと窺っていると、目蓋で隠れていた猫目が露わになる。
ゆっくりと体を起こすナツに、ミラジェーンは持っていた魔水晶をナツへと差し出した。

「メリークリスマス。ナツ」

ナツは瞬きを繰り返してミラジェーンを見つめたが、差し出されている物が何か察し、すぐに表情を緩める。

「おお!サンキュー、ミラ!」

ミラジェーンの手から魔水晶を受けとったナツは、周囲に見せびらかし始めた。羨むものや、譲れと騒がしく催促する声が周囲に満ちる。
暫くして満足したのか、ナツはハッピーへと振り返った。

「ハッピー、俺先に帰ってるな」

「え、もう?」

ナツの言葉に真っ先に反応したのは、声をかけられたハッピーではなく、ルーシィ。
通常なら別だが、今日はクリスマスパーティー。ナツが誰よりも先に帰宅するなんて事は今までなかった。
目を見張るルーシィに、ナツは口を開く。

「今日は早く寝て、プレゼントもらうんだ!」

「イブの夜にした願いごとが、朝起きたら叶ってるんだよ」

首をかしげるルーシィに、クリスマスプレゼントである魔水晶の説明を、ハッピーが簡単に付け加えた。

「まるで、サンタクロースね」

ギルドを飛び出していったナツの背中を見送ってルーシィが呟く。それに、ミラジェーンが笑みをこぼした。

「マスターもそう考えたんじゃないかしら」

「え?」

「このプレゼントを考えたのはマスターなのよ。今はそうでもないけど、少し前まで私を含めて子供が多かったでしょ?だから、サンタクロースの変わりでもあったのかもしれないわね」

ギルドに加入する者は身寄りのないものが多い。サンタクロースは親が演じるのだから、身寄りのない子供達にはサンタクロースが訪れる事はない。全員に当たるわけではないが、過去に大人が魔水晶を手にする事はなかったらしいから、そう考えられなくもない。
ルーシィは相槌の声をもらしながら、マカロフへと視線を向ける。上機嫌で酒を口にしているマカロフを見ながら、ルーシィは小さく呟いた。

「ナツは何が欲しいのかしら」

その問いには、誰も答える事はなかった。







帰宅したナツは、魔水晶を持ったままベッドに飛び込んだ。弾む身体が落ち着くと、ナツは魔水晶を眺める。

「欲しいものかー」

去年までだったら、S級クエストとでも考えたかもしれないが、それも今は、S級魔導士が同伴なら可能となってしまった。
ナツの頭に浮かぶ欲しいものは、火や食べ物ばかり。全て、己で手に入る物ばかりだ。
考えている内に、ベッドに身を預けているせいか眠気が襲ってきた。魔水晶を持つ手に力を込めながら、ナツはゆっくりと目を閉じる。
沈んでいく意識の中、ナツは半ば無意識に願いの言葉を紡いでいた。

暫くして、深く沈んだはずの意識は、視界が遮られ闇に包まれながら、少しずつ浮上した。静寂の中で弾く音だけが近くで聞こえる。家の中にいるはずなのに、むき出しになっている肌に風が当たるのが感じる。
違和感を覚えて、ナツはゆっくりと目を開いた。

「……どこだ、ここ」

目を開いて最初に目に入ったのは火。真っ暗な闇を照らすように、焚き火がそこにある。
ナツは呆然とそれを眺めながら、身体を起こした。
今居る場所は、家ではない。ベッドの中で眠りに着いたはずなのだが、どうなっているのか。
周囲を確認しようと首を動かした所で、背後から声がかかった。

「目ぇ覚ましたか」

聞きなれた声に胸が高鳴った。振り返れば、予想通りの人物が立っている。

「ラクサス」

ラクサスは焚き火の前に転がっている丸太に腰かけると、手にしていた小枝の束から、一つだけ焚き火に投げ込んだ。
それを、どこか遠くで眺めながら、ナツは気の抜けた様な声をもらした。

「そっか、夢か」

眠りについたはずが外にいる。それだけでも十分妙だ。それに加え、破門されたラクサスが目の前にいる。これが、夢以外であるわけがない。
ナツが顔を俯かせると、ラクサスが振り返った。

「何不抜けた面してんだ」

ナツが顔を上げると、視線が交わる。ラクサスは小さく息をつくと、焚き火に視線を移した。

「突っ立ってられると鬱陶しいんだよ。こっちに来い」

「……お、おお」

ナツはのそのそとラクサスの元まで移動し、隣に腰かける。
沈黙が続き、焚き火の音だけが耳に入ってくる。暫くして、ラクサスが口を開いた。

「で、何でてめぇがここにいるんだ」

ナツは、きょとんとラクサスを見上げた。

「何でって、夢だろ?」

「冗談じゃねぇ。てめぇの夢見るなんざ、俺も頭がいかれたか」

「ラクサスのじゃなくて俺の夢だろ」

ナツはラクサスから顔をそらす様に、焚き火へと目を向ける。

「それに、俺は、夢でもいいや」

お前と会えたから。
表情を緩めながら呟いたナツに、ラクサスの目が見開かれる。
まじまじと見つめていると、ナツが口を開く。

「なぁ、なんか話そうぜ」

ナツには似つかわしくない、落ち着いた声が響く。ラクサスは、焚き火に視線を移しながら、口を開く。

「お前が勝手に話してろ」

「何だよ!それ!」

不満そうに口を尖らせて、突っかかる。そんなナツに、ラクサスは口元に笑みを浮かべながら、小枝を火に放り込んだ。

「ちゃんと聞いててやる」

小枝の弾ける音が耳に響く。
ナツは、焚き火に視線を戻すと、揺らめく炎を眺めながら口を開いた。
ラクサスが街を出ていった後の出来事。六魔将軍の討伐、ニルヴァーナや化猫の宿、滅竜魔導士であるウェンディが仲間になった事。エドラスというアースランドと似た世界や、ハッピーがその世界のエクシードという種族だった事。
ミストガンの話しになったが、それに関しては、ラクサスは鼻で笑っただけだった。それに首をかしげながら、ナツは続ける。

「今日は、ギルドのクリスマスパーティーだったんだ」

馬鹿みたいに騒いでいたのだろう事は、ラクサスにも想像がつく。ラクサスが薄く笑みを浮かべると、それを見たナツの笑みを深まる。

「クリスマスプレゼントも貰った!」

ラクサスの動きがぴたりと止まった。ギルドにいたラクサスも、クリスマスパーティーでただ一人だけが貰える特殊なプレゼントの事を知っている。

「プレゼントってのは、あれか?」

「あれって、魔水晶だよな。それしかねぇだろ」

個人的に貰うという場合もあるが、その発想はないのだろう。
ナツの言葉に、ラクサスは思案顔で黙り込んでしまった。元から話さないのだからたいして変わらない。ナツも、気にした様子もなく続ける。

「そういや、プレゼントに願いごと言うの忘れてた」

ナツは悔しそうに顔を歪めた。

「願いごと言う前に寝ちまって……あ、違ぇな。確か」

眠る寸前の朧げな記憶を探る。しばらくして、ナツの頬に赤みが差した。

「ナツ?」

びくりと体が跳ね、ナツは更に顔を赤く染めた。

「ち、ちがっ……そういうんじゃねぇんだ!嘘っつーか……いあ、嘘じゃねぇけど……だから」

しどろもどろになりながら、ナツは弁解でもするように言う。混乱しているのは確かで、何を言っているのか理解できない。
ラクサスは、ナツの頭を掴み、無理やり顔をあげさせた。

「何が言いてぇんだ、てめぇは」

ナツの表情を確認してラクサスは動きを止めた。ナツは、泣きだしそうに目に涙を溜め、顔を真っ赤に染めている。
ラクサスの手が緩むと、ナツは手から逃れるように顔を俯かせた。

「お、俺、お前に……ラクサスに、会いたいって、言ったんだ」

遠く離れた地で再会などできるわけもない。だから、ナツの言葉通り、ラクサスも夢だと思い込んでいた。あまり見る事もない夢に、ナツが出てきた事。その願望がないとは言い切れなかったから。

「なぁ、これ、魔法なのか?俺が言った事、叶ったって事か?……それとも、夢」

ラクサスは、ナツの言葉を遮るように、触れるだけの口づけを落とした。

「夢の方がいいか?」

ラクサスの目がナツの瞳を捕えた。その目は、切なく細められていて、言葉を口にするのも苦しい程に、ナツの胸を締め付ける。
ナツは、震えながら声を絞り出した。

「夢なんかじゃ、嫌だ」

目を合わせて、言葉を交わして、触れあった事を、夢だと思いたくない。
ラクサスは、一度離れた距離を縮めた。吐息がかかるほどの至近距離で、囁く。

「俺もだ」

「ラクサス……んぅ、」

ラクサスは、ナツの言葉を飲み込む様に、ナツの口を己の唇で塞いだ。角度を変えて深い口づけを与えながら、無意識に逃れようとしているナツの腰へと手を回す。
ナツの手が、震えながらラクサスの服を掴む。苦しそうに眉を寄せるナツの表情を、薄く開いた目で捕らえ、ラクサスは唇を解放した。
顔を赤く染めて荒い呼吸を繰り返すナツは、扇情的で、ラクサスの目に浮かんでいた熱が更に色濃くなる。
ラクサスはマフラーに手をかけると、ゆっくりと解き、露わになったナツの首筋に顔を埋めた。唇を寄せて強く吸いつけば、小さな痛みにナツの身体が跳ねる。

「っ……なに」

「マーキングだ」

ラクサスの言葉の意味を問おうとしたナツの口は、言葉を発する事はなく、息をのんだだけだった。
ラクサスの手がナツの肌を撫でる。探るような手つきで、指が胸の突起をかすめると、ナツは身体を震わせた。

「ら、ラクサス」

戸惑う声に、顔を上げたラクサスは、ナツの怯えを含んだ目と合い動きを止める。
経験のあるラクサスとは違って、ナツは性経験がない。多少の知識がある分、ラクサスの行動に不安を感じているのだろう。
ラクサスは小さく息をつくと、ナツの頭をぐしゃりと撫でた。

「安心しろ。ヤらねぇよ」

ラクサスの言葉に、強張っていたナツの身体から力が抜ける。意識しているわけではないだろうが、露骨に安堵しているのは明らかだ。
空気が読めなくても、良かった雰囲気を立ち切ってしまった事は察する事が出来たのだろう。ナツが気まずそうに視線を彷徨わせ、そんなナツからラクサスは手を放す。

「ナツ」

ラクサスに名を呼ばれ、そろりとナツが視線を向ける。ラクサスは、先ほどの様に焚き火へと視線を向けていた。
怒っているのかと、ナツが顔を歪めると、ラクサスは口を開いた。

「どうせ、たいして時間もねぇんだ。お前は、側に居りゃいい」

魔法の効果だとしても、永続的なものではないはずだ。それならば、遠く離れていて、共にするはずがなかった今の時間を、ただ、分かち合うだけでいい。
ラクサスの言葉は簡素で、想いの半分も告げてはいない。それでも、声が含む優しさで、ナツには十分に悟る事が出来る。
不安を浮かべていたナツの表情が緩んだ。

「へへ!久しぶりに会ったけど、お前優しくなったな。何か変な感じだ」

ラクサスは、ナツの言葉に反応をしめさない。
無言でいるラクサスに、ナツは勢いよく抱きついた。

「、離れろ。鬱陶しい」

「お前が、側にいろっつったんじゃねぇか」

ラクサスは呆れたように溜め息をついた。

「くっ付けとは言ってねぇだろ」

ナツは、ラクサスの背に手をまわし、逃がさないとばかりに力を込める。

「……俺が、ラクサスに触りてぇんだ……」

服に顔を押し付けているせいで声がくぐもっている。おかげで表情も窺えないが、頼りない焚き火の灯りでも分かるほどに、ナツの耳は赤く染まっていた。

「ナツ」

呼びかけるが、今度はナツが反応をしめさない。それどころか身じろぐ事もせずに、無言。沈黙が支配し、暫くしてラクサスは溜め息をついた。
ナツから規則正しい寝息が聞こえてきたのだ。それなのに、抱きついている腕の力が緩む事はない。

「ガキ」

ラクサスは、ナツの頭に手を伸ばした。跳ねている髪の毛を指で弄りながら、目を細める。
暗がりで、くすんで見える桜色。この色に、触れる事が出来るとは思っていなかった。
ラクサスは髪を梳くように撫でると、腰をかがめた。

「ナツ……」

想いを言葉にする代わりに、柔らかい髪に口付けた。







眠りたくはなかった。それでも、眠気に負けてしまったのは、体温を感じたからだろう。焦がれていた体温に触れてすぐ、ナツは意識の意識は薄れてしまったのだ。
夜の静寂から一転して、浮上する意識の中、耳に入ってくる音は騒がしいものだ。耳元で何度も繰り返し名を呼んでくる。
耐えきれずに、ナツは目を開いた。

「ナツ!朝だよ!」

視界いっぱいに映っているのは、青い猫。同居している、相棒のハッピーだ。
ナツは起きあがると、周囲を見渡した。どう見ても、己の家の自室であり、ラクサスの姿はない。

「夢、だったのか?」

確認する術がない。ラクサスがマグノリアから出ていってから、ずっと会いたいと願ってきた。その気持ちが夢を見させていたのかもしれない。
ナツがぼうっと窓の外を見つめていると、ハッピーの視線が、むき出しになっているナツの首に止まる。

「ナツ、そこ、赤くなってるよ」

「あ?なにが……」

己では見られない首筋の部分。ナツはそこに手をあてて首をかしげたが、その場所に思い当たりがあり、顔を赤く染めた。

――――マーキングだ

「……マーキング」

ナツがぽつりと呟く。それに特に気にした様子もなく、ハッピーはナツの手で隠れてしまった、首を凝視する。

「虫に刺されたのかな?」

冬なのに。
首をかしげながらのハッピーに、ナツは適当に返事を返しながら、側にあったマフラーを首に巻いた。

「ハッピー、ギルドに行こうぜ!飯だ!」

返事をするハッピーと共に、ナツは家を出た。
ギルドへと足を進めるナツは、誰が見ても分かるほどに機嫌が良い。鼻歌でも歌ってしまいそうだ。そして、その原因など、一つしか思い当たらない。

「ねぇ、ナツ。魔水晶に何お願いしたの?」

ナツの機嫌のいい原因は、願いがかなえられた事だろう。
問うハッピーに、ナツは視線を向けることなく、口を開いた。

「秘密だ」

ナツはマフラー越しに首に触れる。胸の鼓動が速くなっていくのを感じながら、ナツは頬を緩ませた。

「夢じゃねぇんだよな」

小さく呟かれた声は、ハッピーには聞こえなかったようだ。ハッピーが首をかしげながら、ナツへと距離を縮める。

「何か言った?」

「何でもねー」

ナツは、音程の外れた鼻歌を口ずさみながら、歩む速度を速めた。
一夜だけでも叶えられた願い。これ以上のプレゼントなどあるはずがない。




2010,02,14
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