Smile Day





夏休みが明けた登校初日。
残暑が厳しい中下校しようとしていた俺の目の前に、天使が舞い降りた。

「ねぇな」

「寒い」

「ちょっと古いわね」

共にいたラクサス、ルーシィ、ミラジェーンが各々で突っ込んだ。
しかしそんな言葉もグレイの耳には入っていないようで、校門の前で立つナツを身体を震わせて見下ろした。

「も、もう一度、言ってくれ……」

緊張のせいなのか呼吸が荒い。それに友人三名が引く中、ナツはにっと無邪気に笑みを浮かべた。

「いっしょに遊ぼうぜ!グレイ!」

グレイは地に膝をつくと天を見上げた。うっすらと涙を浮かべて両手を天高く伸ばす。

「今なら、死んでもいい!」

異常な反応を示すグレイに、ラクサスは顔を歪め、ルーシィは冷たい目を向けた。

「死ね」

「キモイから」

「二人とも言いすぎよ」

ミラジェーンが苦笑しながら窘めるが、否定はしない。
グレイの中ではすでに自分とナツしか存在していないのだろう。三人がいくら悪態をつこうが罵ろうが完全に無視だ。
グレイの気持ち悪さが分からないナツがきょとんとしていると、我に返ったグレイがナツの手を握りしめた。急な行動にびくりと身体を震わせたナツを、グレイは真剣な目で見つめる。

「楽しいデートにしような」

「お、おお?」

デートの意味など分かっていないナツが頷いたのを良い事に、グレイの表情がだらしなく緩む。誰がどう見ても危険人物である。
早速とナツと手を繋いで行こうとするグレイを、ラクサスが肩を掴んで止めた。

「何だよ」

振り返ったグレイの顔。緩んだままで戻らないのだろう、気持ち悪い表情を間近で見てしまったラクサスは、とっさに手を離した。触りたくもない。

「ナツ」

ラクサスの声にナツが顔を上げた。

「あれは持ってんだろうな」

「あれ……ああ、これだな。ちゃんと持ってるぞ!」

ナツは背負っているランドセルの側面を見せる様に、腰を捻った。
ランドセルに引っかかっている卵型のそれ。普通のキーホルダーに見えるが防犯ブザーだ。今の世の中不審者が多いので小学生は入学時に普及されている。

「それじゃねぇ。イグニールが送ってきたのがあったろ」

「えーと……あった!」

ポケットを探って出した、可愛らしいクマの形をしたもの。これも防犯ブザーである。
クマの目がライトの様になっていて鼻がスイッチ。ちなみに、ナツは知らないのだが鼻を押すとブザーが鳴り響くと同時に警察に連絡が行く。そして、ここからが防犯ブザーのすごいところで、あらかじめ設定されているパターンを認識すると、目から光線が出る仕組みだ。
イグニールがこつこつと地道に開発をした一点物だ。すごいね。

「いいか、こいつが妙なことしたらすぐにそれを使え」

ラクサスが指さしたのは、もちろんグレイである。それほど危険視されているのだ。もちろん、ラクサスとイグニールからは特に。
妙な事というのをナツが理解しているかは怪しいところだが、しっかりと頷いた事に一応ラクサスは納得したようだ。グレイがいくらナツにとって危険でも、どうせ手など出せやしないと踏んでいた。

「ナツ、今日は俺の家にとま……」

「五時までには帰って来い。いいな?」

グレイの言葉を遮る様にラクサスの低い声が響く。
有無を言わさない声に、ナツは背を正すと必死に頷いた。

「小姑かよ」

舌打ちするグレイにラクサスが鋭い目を向けた。
好きで面倒くさい役目を負っているわけではない。これも全てはイグニールに危険視されているグレイのせいなのだ。沸々と怒りがこみ上げていたラクサスの沸点は軽く突き破られた。

「ラクサス落ち着いて!グレイ、あんたは早く行きなさいよ!ナツ、気を付けてね!」

ルーシィが羽交い絞めにする様にラクサスを押さえつける。
ラクサスの力ならルーシィを振りきるのは簡単なのだが、その前にグレイはナツを連れて走っていってしまった。

「……ラクサス、私たちも行きましょ」

ミラジェーンの言葉に舌打ちすると、怒りを鎮めるように溜め息をついた。
ルーシィが身体を放すと、ラクサスはミラジェーンとルーシィを振りかえる。

「行くぞ」

怒りを押さえこんでいる様に見えて、機嫌は果てしなく悪い。
ミラジェーンとルーシィは内心面倒くさく思いながらも、ラクサスに付いて行くように歩き始めたのだった。

グレイに手を引かれる様に走っていたナツ。学校から大分離れたところでグレイは足を止めた。

「大丈夫か?」

全力ではないとはいえ、グレイとナツとでは歩幅が違いすぎる。ナツが付いてくのには体力を使っただろう。心配そうに顔をゆがめるグレイに、ナツは息を整える。

「こんぐらい、へーきだ」

腰に手を当てて胸を張るナツに、グレイは柔らかく笑みを浮かべた。
ナツしか知らないグレイの笑顔だ。ラクサス達が危険だと冷たい目を向ける理由であるグレイの奇行。それは全て、己の心をさらけ出す様な笑顔を隠すためだ。正直、隠そうとして内側の内側が出てしまっている気はするのだが、ナツはグレイのこの表情こそが本物なのだと思っている。
ナツは、繋いでいる手に力を込めた。

「グレイ、どこ行くんだ?」

首をかしげるナツに、グレイは考える様に唸った。期待する様なナツの視線を感じながら口を開く。

「映画なんてどうだ?」

「映画!フェアリーファイブ見てぇ!」

表情を輝かせるナツ。ナツが口にしたのは、先日公開が始まったばかりの映画。毎週日曜の朝に放送されている特撮番組、魔獣戦隊フェアリーファイブの劇場版だ。
ナツの希望をグレイが叶えないわけがない。グレイは駅前の映画館へと足を向けたのだった。

グレイにとっては何をするかが問題ではない。ナツと過ごす時間があれば、それだけで幸福を感じられるのだ。ただ、公園で話しをしているだけでもいい。側で笑っていてくれるなら、それだけでいい。

「ナツ、楽しいか?」

映画を見終えて、満足そうなナツに問えば、満面の笑みが返って来た。

「おお!すっげー楽しい!」

そうか。
グレイは再び手をつないで移動し始めた。次は何がしたい?そう問うも、ナツは映画を見て満足しているのだ、希望など出てこない。
ゆっくりと歩いていると、ナツの目に止まった店。

「あ、グレイ!あれ!」

手を引っ張られグレイはナツが指し示す方へと視線を向ける。子どもにはあまり似つかわしくない場所ゲームセンターだ。
流石のグレイも一瞬戸惑った。高校生であるグレイは幾度となく足を踏み入れた事があるが、小学生のナツにはないだろう。教育上良いとは言えない場所だ。

「なぁ、ナツ。他に行きたい所はないのか?」

「ダメか?ラクサスも行っちゃだめって言うんだ」

それはそうだろう。グレイも、ラクサスが厳しい目をして言いつける姿が安易に想像付いてしまう。苦笑していると、ナツは繋いでいる手にもう片方の手を乗せた。

「でも、今日はグレイがいるから平気だよな!」

惚れている子に、そんな言い方をされて頷くなという方が無理だ。
気付いた時にはグレイは頷いていて、ナツはグレイの手を放して嬉しそうにゲームセンターへと駆けて行った。グレイも慌てて追いかける。

「おー、いっぱいあるな!」

ナツが興味を示したのはクレーンゲームだ。ぬいぐるみから菓子まで多種にわたって景品がある。それは子供にとっては興味を引かれるのだろう。
ナツは背伸びをすると操作盤に手をかけて覗きこんだ。その目は輝いていて、グレイはナツの視線を辿った。

「あれが欲しいんだろ」

グレイの指さした先には、先ほど映画で見たばかりの魔獣戦隊フェアリーファイブのぬいぐるみが山になっている。
ナツは頷くと、一生懸命手を伸ばして指で指し示す。

「あそこに、イエローパンサーがいるんだ」

フェアリーファイブの中で、ナツの一番のお気に入り登場人物だ。主人公というわけではないのだが、異様に出番が多い。
イエローの人形は運よく山の上で寝ていた。これならば、そう難しくはないだろう。グレイは頭の中で思い浮かべながら、頷いた。

「よし、任せろ」

きょとんと見上げてくるナツに、グレイは口端を吊り上げた。

「こういうゲームは得意なんだ。お前にプレゼントしてやるよ」

「ほんとか!?」

ナツの期待する瞳に、グレイは更に意欲をみなぎらせた。ここでやらなければ男が廃る。
正直、これ程までに気迫を込めてゲームに挑む者など滅多に居ないだろう。好きな子の前ならば格好をつけたいのは分かるのだが。
コインを投入し操作を行う。得意といっても機械を設定する店員次第で、取りやすくも取りにくくもなるのだ。更にはその時の精神状況も大きくかかわる。気持ちが急いていれば、操作を見誤ってしまうのだ。ゲームとはいえ中々に奥深い。

「……っし!獲れた!」

グレイがガッツポーズを作ると、ナツも嬉しそうに飛び跳ねた。取り出し口からぬいぐるみを取り出して、ナツへと差し出す。

「す、すげ……グレイ、すげー!!」

ぬいぐるみを受けとったナツが、頬を紅色させて尊敬の眼差しを送る。
グレイは照れたように頬を緩ませると、ナツの頭をぐしゃりと撫でた。

「任せろっつったろ。お前の為なら何でもとってやるよ」

獲れたのだから問題はないが、挑戦回数は五回。楽勝とはとても言い難いが、だからといって苦戦したわけでもない微妙な回数だ。それでもナツにとっては格好良く見えるのだろう。
ぬいぐるみを抱きしめるナツがクレーンゲームを物色し始める。グレイが微笑ましそうにそれを見守っていると、次にナツの目にとまったのは菓子だった。

「グレイグレイ!これ!でけー!」

「今はこんなもんもあるのかよ……つーか、でけぇな。マジで」

巨大板チョコだった。一般的に店で売っている物の軽く五倍ほどはある。子どもに巨大菓子は夢の様だろう。

「あ、あっちにもある!あれもだ!」

ナツが見渡しては目を輝かせる。動物の形ビスケットや、マーブルチョコレート。全てが通常よりも巨大だ。
涎を垂らしそうなナツにグレイは噴き出した。こういうところも可愛くて仕方がない。

「よし、決まりだな」

グレイはにやりと笑みを浮かべた。

「全部獲ってやる!」

「おー!がんばれ、グレーイ!」

ナツの応援を受けて、グレイはゲームに挑んだのだった。
妙に白熱している二人に、周囲の目が集まるのには時間がかからなかった。景品を手に入れて行くごとに歓声が上がる。
ナツが抱えきれない程に菓子を手にした頃には、人だかりができていた。短時間ながらもグレイの意欲は素晴らしいものだ。

「こんなにいっぱいだ!」

ナツも菓子を大量に得てご満悦だ。
大人たちがナツの頭を撫でて「よかったな」と声をかけて行く。それに答えるようにナツはピースサインを突き出した。こんな場所でも人を惹きつけてしまうのだ。
大会に勝利したような雰囲気で、知らない人たちともハイタッチをしているナツを眺めて、グレイは苦笑した。

「ナツ」

グレイに呼ばれて、ナツは囲まれている輪から抜け出した。店員に袋に入れてもらったのだろう、菓子が入った大きな袋をさげてグレイに抱きついた。

「ありがとな!グレイ!」

グレイは眩しそうに目を細めると、幼い背中に手をまわし、ぽんぽんと叩いた。

盛り上がるゲームセンターを出たグレイとナツは、帰路についていた。
もう少し一緒にいたい気持ちはあるのだがナツにも疲れが見えている。日照時間が長い時期だから空が明るいとはいえ、時間も門限に迫っていたのだ。
グレイは獲得した景品を抱えながら、もう片方の手でナツと手をつなぐ。ナツは機嫌よく、握っている手を振っていた。

「ナツ、今日はありがとな」

ナツがきょとんと見上げる。グレイの見下ろしてくる優しい瞳に、ナツは微かに頬を紅色させた。

「オレ、グレイと一緒に遊ぶの好きだからな……また、遊ぼうな」

照れたように上目遣いでちらりと見上げてくるナツに、グレイは足を止めた。手をつないでいたナツも、それに合わせるように足を止める。

「グレイ?」

グレイが地に片膝をついてナツと目線を合わせ、きょとんとするナツの頬へと手を伝わせる。黙って行動を見ているナツへと、グレイは顔を近づけた。
息がかかるほどに近づいたところでグレイは動きを止める。純粋な幼い瞳と視線がぶつかり、グレイは堪えるように瞳を固く閉じた。
せまい額へと唇を寄せ、ちゅっと軽い音を立てて唇を離す。ナツが不思議そうに見上げてくるのに、グレイは苦笑した。

「お礼だ。お前のおかげで今日は楽しかったよ」

「そっか。じゃぁ、オレも」

ナツが背伸びをして、グレイの額に唇を押しつけた。

「今日はいっぱいありがとな!」

ナツが、グレイの気持ちに気付くには幼すぎる。それ故に、グレイの心を乱す行動も、たやすく行ってしまうのだ。
グレイはナツの手を引くと飛び込んできた身体を抱きしめた。状況が分からずにされるがままのナツ。その温もりを閉じ込めるように、グレイは抱きしめる腕に力を込めた。

「ナツ……」

震える声。泣いているのかと慌てるナツの身体を放して、グレイは笑みを浮かべた。

「帰るか。遅くなるとラクサスがうるせぇからな」

グレイが立ち上がれば、至近距離だった顔が遠ざかる。

「どうした?ナツ」

ぼうっとグレイの顔を見つめるナツに首をかしげる。ナツは慌てて首をふるった。
何でもないと、そう言いつつもナツの心は靄がかかったようだった。それを理解できるほどの経験はナツにはない。まだ早すぎる感情なのだ。
再び手をつないで帰路を進む。繋いでいる手は、互いに熱く感じた。

その頃のラクサスの家には、ミラジェーンとルーシィが訪れていた。リビングでミラジェーンの淹れた茶を飲んでくつろいでいる。
時間を確認したルーシィが座っていたソファの背もたれに寄りかかった。

「もうそろそろ帰って来るかしら」

門限である五時まで後十分。グレイの事だ、ちゃんと約束は守ってくれるだろう。ナツの事になると見境なくなるが、そこら辺の信用はあるのだ。

「グレイ、楽しめたかしら」

「ナツが一緒なんだもん。ものすごく楽しいに決まってますよ」

笑うルーシィに、ミラジェーンもつられた様に笑みを浮かべた。
ラクサスは二人の会話を聞きながら、帰りを待つように外を眺めていた。今日は、少し帰りが遅くなったとしても、咎めるつもりはない。
今日はグレイの誕生日。一年に一度の特別な日、素敵な日であってもいいと思うのだ。
手をつないだ二人が家の扉を開けるまで、後数分。




2010,09,01

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