夜明け





ナツが目を覚ましたとき日が昇っていた。時間にして数時間ほどしか眠っていなかっただろう。
目を開いたナツは視界が塞がれていた。体も思うように動けずもがくと、その正体に気がついた。

「……ラクサス?」

ナツはラクサスに抱きしめられていたのだ。視界を塞いでいたのはラクサスの広い胸板と言う事になる。
ナツの頬が一気に紅色した。

「あ、暑苦しいんだよ。バカ」

ラクサスは瞳を閉じている。無防備にも眠っているのだ。
始めての寝顔にナツはまじまじと見つめた。いつも後ろへと流されていた前髪も垂れていて顔立ちが幼く見える。

「好きだからな……」

「何度も聞いた」

瞳を閉じたままのラクサスの口が動く。予想してなかったナツが硬直していると、ラクサスの瞳が意地悪げに薄く開かれた。

「起きてたのかよ!」

「起こされたんだよ」

「い、いつから」

「てめぇが名前呼んだろ」

「最初からじゃねぇか!」

つまりナツが目を覚ましラクサスの寝顔を堪能している時には起きていた事になる。
ラクサスの腕の中から抜け出そうともがくナツに、ラクサスは喉で笑った。

「くそ、もう放せよ。帰んだから」

悔しそうに顔をゆがめるナツにラクサスは素直にナツを解放した。思ったよりあっさりとしている。
首を傾げるナツ、ふと自分の体がきれいな事に気がついた。特に欲望で汚れていた下半身も清められている。

「……お前がやったのか?」

「他に誰がいんだ」

「そっか、ありがとな」

照れくさそうに笑みをこぼすナツ。

「てめぇの服なら捨てたぞ」

「は!?何でだよ」

「汚ぇ」

あれだけ激しい情事の後だがどんな扱いをしたら捨てる程までになるのだ。しかし、そうするとナツは着るものがない。今ナツはシャツを一枚着ているだけだった。よく見ればラクサスのものだ。

「それで十分だろ」

「どっかの変態と一緒にすんな!!」

体格の差のおかげで、ラクサスのシャツをナツが着るとワンピースのようになる。しかしその下は何も身に付けていない。こんな格好で外を歩けるのはグレイぐらいだろう。

「これじゃ戻れねぇ……なんて事してくれんだ!バカ!」

「ここにいりゃいいだろうが」

腕を引かれて組み敷かれる。ラクサスを見つめながらナツは身の危険を感じた。今でも倦怠感は半端ない。体力が戻っていない状態で行為を行われたら、身がもたない。
顔を青ざめさせるナツだったが、ラクサスはそのまま隣へ体を倒した。

「てめぇも寝ろ」

「で、でもよ、ハッピーも探さなきゃなんねぇんだ」

記憶の隅に追いやられていたが、ハッピーとはぐれたままだ。もしかしたらホテルの部屋を雇い主から聞いて戻っているかもしれない。部屋にはロキもいるだろうから心配はないのだが。

「どうせ動けねぇだろ」

「あ?んなわけねぇだろ。バカにすんな」

ナツは平然と上体を起き上がらせる。傍観するようなラクサスの目の前でナツはベッドから抜け出したのだが、かくりと膝が折れる。

「いっ?!」

まるで骨が悲鳴を上げているみたいだ。腰というよりも尻や関節。この痛みは普段とらないような体位を強いられたためだろう。
床にへたり込むナツに、ラクサスの手がのびる。ナツの体が抱えられてベッドへと戻された。

「ほら見ろ」

「ぐぬぬ……」

「いいから寝ろ。後で送ってやる」

ナツは瞬きを繰り返して大人しくシーツへ身を預けた。ラクサスの態度が今までと違っていて反応に困る。
ナツの体に毛布をかけるラクサスを見上げて、ナツが小さく呟いた。

「お前、気持ち悪いな」

「犯すぞ、クソガキ」

心地よい体温を感じながら眠りにつき、次に目が覚めた頃には太陽は真上に昇っていた。
ナツは時計を見て、流石に慌てた様子で起き上がった。時計は短針長針共に真上を指している。
丸一日眠っていないだろうかと頭を悩ませたが、ふと隣に誰もいない事に気がついて思考を切り替えた。

「ラクサス?……結構時間経ってんな」

シーツに手を滑らせてみたがぬくもりを感じない。ベッドから抜け出して間もなくならシーツに移った体温が残っていてもいいはずだ。

「どこ行ったんだ?つか、服どうすんだよ」

部屋に戻れば着替えはあるが、問題はこの格好で部屋に戻るまでの間人と遭遇しないか。グレイと同じ変態の枠で括られるのだけは御免だ。

「起きたか」

部屋の扉が開きラクサスが姿を現せた。買い物でもしていたのか紙袋を抱えている。
ベッドから抜け出そうとするナツに、ラクサスは持っていた紙袋を放り投げた。ナツは慌ててそれを受け取る。

「何だよ、これ?」

「服と食いもんだ。腹に何か入れろ」

確かに食事をとっていない上に激しい運動のおかげで胃の中は空だ。
空腹の時間が長すぎて、すでに空腹なのかも分からない。だが、食べ物の匂いで腹が反応した。空腹を訴える音にナツはラクサスへと顔を上げる。

「わざわざ買いに行ってたのか?」

「てめぇの腹の音で目が覚めたんだよ」

自覚はないが今も腹の音はなっている。
ぐっと声を詰まらせながら、紙袋の中を漁って服を取り出した。デザインが違うのは仕方がないが似たようなものを選んでくれたらしい。
軽食用のサンドイッチを口へと放り込みながら、引っ張り出した服を眺める。

「ありふぁほふぁー」

「飲み込んでから喋れ」

「もが……ありがとな。ラクサス」

気遣ってくれたのが妙に嬉しい。
笑顔を向けるナツに、ラサクスは足を勧めてベッドの端に腰掛けた。

「さっさと着替えろ。送ってやるっつったろ」

「おぉ、でも同じホテルだから一人で帰ふぇふもぐもが」

服に袖を通しながら、サンドイッチを口へと運ぶ。
ラクサスの手がナツの口元へと伸びる。サンドイッチを頬張った時のカスが付いていたのだ。カスを指でとり自分の口へと持っていく。
それをじっと見つめていたナツが口を開いた。

「お前、変わったな」

「……ハッピー探すんじゃねぇのか」

「おお、そうだった!!」

ラクサスの誤魔化すような言葉にも気づいた様子もなく、ナツは残っていたサンドイッチを全て口に放り込んだ。
咀嚼しながら、ベッドから抜け出すが、へたり込んでしまう。
ナツはベッドの上のズボンを引っ張り何とか着衣に成功した。
ラクサスの手が、立ち上がろうとするナツの腕を引いた。反動で楽に立つ事が出来たナツは、そのままラクサスに体を支えられる。

「送ってやる」

「いいって。つか、お前変だぞ。気持ち悪ぃ」

優しすぎて不気味だ。顔をゆがめるナツに、ラクサスは舌打ちした。
何がどうなっているのかナツにはさっぱりだが、とにかく、至る箇所は痛むが歩けない事はない。
ナツの視界に椅子にかけられているマフラーが目にはいる。床に放り投げられていたはずだが、ちゃんと掛けておいてくれたらしい。
捨てられなかった事に安堵してマフラーを手にとると、ナツは部屋から出て、ドアに寄りかかりながら見下ろしてくるラクサスを振り返った。

「じゃ、行くな。仕事もねぇから妖精の尻尾に戻んねぇと。ラクサスは?」

「仕事があんだよ。お前はうろうろしてねぇでさっさと帰れよ」

適当に返事をしながらマフラーを巻いていると、名を呼ばれる。
マフラーから手を放して顔を上げると、ラクサスの顔が間近にあった。唇が合わさり、舌が絡んですぐに放される。

「道草食うなよ」

一言囁き、ラクサスは部屋の中へと消えた。扉が閉められても、ナツはその場から中々離れる事が出来なかった。立ち尽くしたまま小さく体を震わせる。

「こ、怖ぇ」

口にする言葉とは逆に紅色する頬は抑えらず、胸が高鳴ってしまう。
ナツは未練がましく見つめていた扉から、振り切るようにその場を後にした。今すべき事は部屋に戻りハッピーを探す事だ。しかし、階下に下りて自分の部屋があるはずのフロアに付くと、足を止めた。

「……やべ、どこだっけ」

今いる階で間違いないはずだが、曖昧だ。
ナツは記憶を探りながら奥の方へと進んでいく。確か奥のほうだったはずだ。暫くして、二部屋のどちらかまで絞れたが判断しかねていた。だが中にいる人間で分かるだろうと、はた迷惑な事を考えて、ナツは扉を叩こうと拳を作った。

「ナツーッ!!」

「ぐはー!?」

扉に拳が触れる寸前、横から与えられた衝撃にナツは体を吹っ飛ばせた。予想もしなかった事態に、ナツは構えるひまもなく壁に激突してしまった。
頭から突っ込んだせいで、首の骨が悲鳴を上げる。

「……だ、誰だ、コノヤロー……」

ナツは体を震わせて体を起こす。
今の衝撃で、全身が悲鳴を上げている。元から痛かった腰は最初に与えられた衝撃で骨がいったかと思うほどだ。動けるのだから問題はないが。ナツは腰にしがみ付いているものに視線を落とす。そこにはハッピーの姿があった。

「何だ、ハッピーか」

「どこ行ってたんだよぉ、オイラずっと探してたのに……」

ハッピーがぐずぐずと鼻を鳴らしながら、ナツにしがみ付く。相当心配させていたようで、ナツは痛みも忘れてハッピーの頭を撫でた。

「悪かったな、ハッピー。ロキ何も言ってなかったか?」

「心配いらないって言ってたけど、何も教えてくれないんだ」

ナツとハッピーが話しをしていると、一室の扉が開いた。先ほどナツが扉を叩こうとしていた部屋の隣。
ナツが顔を向けると、部屋の中から顔を出したのは、ロキだった。

「ナツ!よかった、無事帰ってきて」

「おー、ロキも悪かったな。遅くなっちまって」

安堵するロキに招かれるようにナツとハッピーは部屋の中へと入った。探し疲れているハッピーだけではなく、ロキも心配していたのか珍しく目の下に隈ができている。ナツがだらけるようにベッドへと身を投げると、ハッピーも近くに寝転んだ。

「大丈夫だった?見る限りでは酷い事はされてないみたいだけど」

ロキの脳内ではナツはとんでもなく酷い状況に立たされていたようだ。しかし、ロキが想像したような争いなどはなかった。ロキの心配そうな言葉に、ナツは体を起こした。目が嬉しそうに輝いている。

「そうだ!ロキのおかげでうまくいったんだ!」

「え、うまく?」

「ちゃんと、フォックスしたぞ!!」

「フォッ……それって」

ロキの顔から血の気が失せる。熱くもないのに汗が浮かび、ロキは体を震わせた。

「な、ナツ?もしかして」

「あ、違う。セックスか」

ロキは目眩に襲われた。額に手をあててナツへと顔を向ける。
性知識なども与えてしまったのはロキ自身であり、調子に乗っていた自分を責めるところだが、ナツの言葉は少々信じがたいものがあった。何せ相手はラクサスだ。

「あのね、ナツ。僕が教えたような事したの?」

「おお。フリードやビックスローともしたけど、ちゃんとラクサスともしたぞ」

「何で!?」

ラクサスというだけでも驚愕ものなのに、雷神衆二人とも関係を持ってしまったようだ。
狼狽するロキに、ナツは輝かしいほどに笑みを向けた。

「最初は痛かったけど、気持ちよかったな」

「お、終わった……」

ロキは崩れるように床に座り込んだ。手のひらを当てて床を見つめる。
今回ナツがこの事態に陥ったのは、ロキが後押ししたと言ってもいい。万が一、風紀委員よろしくエルザの耳に入れば自分の命はないだろう。
ロキはナツの両肩を掴んだ。

「ナツ、この事は誰にも話したら駄目だよ」

「あ?何でだ、別に」

「いいから!ハッピーも……て、寝てるか」

必死な形相のロキにナツも頷くしかない。
しかしロキの考えは甘かった。ナツたちがギルドに戻り、暫くしてラクサスも帰還したのだ。

朝、ギルドにきたナツがそれを一番早くに気づき、二階へと顔を上げた。

「おい、ラクサス!」

声を張り上げるナツに、ギルドがざわついた。
ナツの呼びかけに応えるようにラクサスが二階から顔を覗かせる。

「降りてこいよ!」

ラクサスに挑もうとしているのだと周囲は思ったが、様子がおかしい。ナツの表情が戦いを挑む時ものではなく、嬉しそうな笑顔を向けているのだ。
何事だと周囲から声が上がる中、予想外にもラクサスが一階へと降りて来た。

「嘘だろ、あのラクサスが……」

「ナツの奴何したんだ?」

同様を隠しきれないギルドの視線が集る中、階下に下りてきたラクサスがナツの前で足を止める。

「でかい声で呼ぶんじゃねぇよ」

「仕方ねぇだろ。俺二階に上がれねぇんだよ」

S級魔導士以外上がる事を許されていない。どんな理由があろうとも、上ろうとすればマカロフに叩き潰されるだろう。ナツはすでに経験済みだった。
不機嫌そうに唇を尖らせるナツの顎に、ラクサスの手が掛かる。

「誘ってんのか?」

「ば、バカじゃねぇの!んなわけねぇだろ!」

うっすらと頬を染めながら視線をそらすナツに、ラクサスは喉で笑った。
ギルド内は驚愕で静まり返った。状況に頭が追い付いていかないと言葉も失うものだ。中には含んでいた酒が口から流れ出ている者までいる。

「それが誘ってるっつーんだよ」

「何が……ん、」

ラクサスが腰を屈めて、唇を重ねる。物音一つしないギルドに水音が響く。舌を絡める音と、ナツの鼻から抜ける艶めいた声が耳を刺激する。
唇が離れると、ナツは苦しそうに息を漏らした。

「いきなり、止めろよ」

息を整えながらナツはラクサスを睨みつけた。しかし、頬は紅色しているし迫力など欠片もない。
ラクサスに寄りかかるように服にしがみ付くナツに、ラクサスは小さく舌打ちした。

「行くぞ」

ラクサスの手が支えるようにナツの腰へと回り、足を進める。戸惑いながらも拒否をしないナツは、一緒にギルドまで来たハッピーへと振り返る。

「ハッピーも来るか?」

「ナツ、そういうの野暮って言うんだよ。オイラは大丈夫だから行ってきなよ」

「そっか。じゃぁ、また後でなー」

手を振ってギルドから出て行くナツ。
二人の姿が見えなくなって、ギルド内が騒がしくなる。

「ちょ、何だよ今の!?」

「ナツとラクサスできてるのか!?」

「ど、どこまでいってるのかな……」

「あのナツが!つか、ラクサスが!?」

「明日世界が滅亡するんじゃねぇのか?カナ、占ってくれー!」

混乱を極めるギルド内、全く反応を示さない人物が一人。ラクサスの祖父であるマカロフだ。カウンターの上で泡を拭いていた。
音を立てて倒れるマカロフに周囲が駆け寄る。

「おい、マスター心臓止まってんぞ!誰かポーリュシカさん呼べェ!!」

「こういうの阿鼻叫喚っていうのかな」

ラクサスとナツの関係を知っていたハッピーがのん気に呟く。その言葉に誰もこたえる者はいない。
騒然たる状況の中、ロキは誰にも見つかる事なく逃げるようにギルドを抜け出していた。

「ハッピー」

「あい。あ、エルザ……さ、様」

声をかけられて振り返るハッピーは、目の前に立つエルザに体を震わせた。毛で体が被われている為に分からないが、恐怖で血の気が消え失せている。逃げ出したいが、それは許されないだろう。

「知っている事を洗いざらい吐け」

「も、もちろんです。あい」

こうして妖精の尻尾では、ナツとラクサスの関係が公認されたのだが。
その後ロキはエルザから身を隠すようになったという。この事件で被害を被ったもの数知れないのだった。




2010,02,07
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