Happy Halloween





養護施設である妖精の尻尾では、寮で過ごす子供たちの為に頻繁に行事が用意されている。秋で一番の行事はハロウィン。

当日の昼は仮装した子供たちが街に繰り出し、家や商店街の店を周る。プラスチック製のかぼちゃ型容器を手に菓子を集めるのだ。マグノリア商店街どころか町内全体も加わった規模となっている。

「グレイ!どっちが菓子を多く集められるか勝負だ!」

黒猫の仮装したナツが、ドラキュラに仮装しているグレイに向かって指を突き刺した。グレイはにやりと笑みを浮かべた。

「てめーなんかに負けるかよ!」

火花を散らす二人を遠目で見ているのは悪魔の姿をしたミラジェーンと、フランケンシュタインのエルフマン。妖精のリサーナだ。ナツ達同様に、仮装しているその手にはかぼちゃ型容器が持たれている。

「リサーナ、エルフマン。行くよ」

リサーナは、未だに睨み合っているナツとグレイへと振り返った。

「ナツ、グレイ。先に行っちゃうよ」

リサーナの声にも気が付いていないようだ。ミラジェーンが呆れたように声を漏らす。

「そんな奴ら放っときな」

先を歩きだしたミラジェーンにエルフマンとリサーナが後に続いた。

「お前達、まだいたのか」

飽きずににらみ合いを続けていたナツとグレイ。その二人の注意を引いたのは、寮から出てきたエルザだった。
魔女の仮装をしているエルザの瞳は悪魔の様に鋭い。ナツとグレイは反射的に背を正す。

「町の人たちが待ってくれているんだ。お前たちも早く行かないか」

「い、今行くところだったんだよ!な!」

肩に手を回してきたグレイにナツも頷こうとしたが、ぴたりと止まる。

「なぁ、ラクサスは来ねぇのか?」

我先にと仮装して寮の前へと出てきたナツ。グレイと睨み合っていたとはいえ、その間ラクサスが寮から出てきた様子はなかったのだ。

「ラクサスは不参加だ」

「何でだよ。菓子もらえるのに」

「ラクサスは高校生だ、参加し辛いんだろう。それに、私たちが仮装している間に出かけてしまったぞ」

不満そうに唇を尖らせるナツにエルザは苦笑した。

「私達も行こう。帰ったらジャック・オ・ランタン作りだ」

少し寂しそうに顔を歪めていたナツだったが、周囲の家を周って菓子を集めている間に機嫌も回復していった。
エルザやグレイと別れて一人で駆けまわっていたナツのカボチャ型容器にはキャンディーやクッキーが溜まってきた。その内の一つを口に放り込んだナツに、見知った顔が近づいてきた。

「こんにちは。ナツ君」

笑顔で声をかけてきた茶髪の青年に、ナツも笑顔を向けた。

「ヒビキ!」

ヒビキは青い天馬(ブルーペガサス)というホストクラブのホストだ。ラクサスと同年齢だがホストとして働いている。
以前、ホストクラブの古株である一夜の飼い猫ニチヤが迷っていたところをナツが保護したのが始まりだ。それ以来ナツはヒビキやホストクラブの者達に好意的に扱われている。

「ハロウィンの仮装かな?」

「ハッピーやニチヤとおそろいだぞ!」

「可愛い黒猫だね」

優しく微笑む姿は流石ホストといったところだ。しかし、女性が見たら頬を染めそうな笑顔でもナツには何の効果もない。

「そーだ、ヒビキ。トリック・オア・トリート!」

期待に目を輝かせて手を差し出してくるナツに、ヒビキは頷いた。

「もちろん用意してあるよ。店まで来てくれるかな」

「今持ってないのか?」

「持ち歩けないんだよ」

ヒビキの言葉に首をかしげながらも、ナツはヒビキに手を引かれてホストクラブ青い天馬へと向かった。
開店前の店に入ったナツを迎えたのは、店の者たちの中でもよく仲良くしているイブとレン。

「久しぶりだね。ナツ君」

「たまには店に来いよ……べ、別に寂しいわけじゃねぇからな」

一夜とホストクラブのオーナーであるボブも、ナツを待ち構えるように立っていた。

「男は嫌いだが、君は私の猫の恩人だ。遠慮しなくていい」

「相変わらず可愛いわねぇ。大きくなったらうちの店で働きなさいね」

ナツは、足元に近寄ってきた猫のニチヤを抱きかかえた。

「ニチヤもひさしぶりだなー」

返事をするように鳴くニチヤ。その泣き声は独特で「ぱるふぁー」と聞こえる。
飼い主である一夜と似た顔立ち以上に人面っぽいそれから、ナツは最初ニチヤを人面猫と勘違いしたのだった。今でもナツはそう思っているのだが、周囲はそれを知らない。

「さぁ、ナツ君。こちらの席にどうぞ」

ヒビキに導かれる様に手を引かれて革張りのソファへと座らされたナツ。そのテーブルの前には色とりどりの菓子。ケーキや焼き菓子など多種にわたって並べられている。

「すげーうまそー!」

涎を垂らしそうな勢いのナツにイブがにこりと笑みを浮かべた。

「全部ナツ君の為に用意したんだよ」

「ぜ、全部食っていいのか!?」

「もちろんだよ。ハロウィンのお菓子だからね」

ナツの表情がかつてないほどに輝く。灯りなど必要ないのではないかと感じられるほどに眩しさがある。
菓子に手をつけようとしたナツは、思い出したようにぴたりと手を止めて、見守ってくる面々へと視線を向けた。

「トリック・オア・トリート!」

「Happy Halloween」

「サンキュー!」

笑みを含んだ声に、ナツは嬉しそうに菓子へと手を付けたのだった。
いくら大食漢だとしても、幼いナツではテーブルに並べられている菓子を平らげるには無理がある。半分も片づけられない内にナツの腹は満たされてしまった。

「もーダメだ。食えねー」

腹をさするナツの表情は満足そうで、ヒビキ達も嬉しそうに頬を緩ませた。

「残りは帰ってから食べるといい。包んでおくよ」

「これでグレイに勝てるな!」

グレイとどちらが多く菓子を集められるかを競っていた事は、きちんとナツの記憶には残っていた。

「ナツ君、まだ他も回るのかい?」

「おお!まだいっぱい集めんだ!」

ナツの事だから、どれだけ集めても足りないだろう。ナツ以上にハロウィンを満喫している者もいないのではないだろうか。
ヒビキに店の外まで見送られたナツは、包んだ菓子を受けとった。幼いナツでは少し重量のあるそれを、ナツは両手で抱える。

「やっぱり僕もついて行こうか」

「何ともねーよ、これぐらい」

菓子を抱えるナツを心配したヒビキだったが、申し出はすぐに断られてしまった。

「それじゃ、ありがとな。菓子すげーうまかった」

「ナツ君に喜んでもらえて嬉しいよ」

「へへ!きっとラクサスも喜ぶな!」

菓子にも表情を輝かせていたが、それとは違った様子でナツの頬に色を付けた。それにヒビキは微かに目を見開く。

「……ラクサスくんに、あげるの?」

「ラクサス、ハロウィンやらねーんだよ。だから、オレの菓子わけてやるんだ」

背を向けようとしたナツを止めるようにヒビキがナツの名を呼んだ。きょとんとするナツに、ヒビキはゆっくりと口を開く。

「Trick or Treat」

「え!?か、菓子……貰ったやつでもいいのか?」

慌ててカボチャ型容器へと手を突っ込むナツに、ヒビキは首を振るった。

「それじゃ、悪戯だね」

ヒビキの言葉に顔をあげたナツに、ヒビキの顔が迫っていた。
驚いて目を閉じたナツの額にヒビキの唇が触れる。それは、ちゅっと軽い音がしてすぐに離れた。

「……今の、イタズラか?」

目蓋を開いて、見つめるナツにヒビキは苦笑した。

「そう。悪戯だよ」

見下ろしてくるヒビキの表情が歪んでいる気がして、ナツは眉を下げた。いつもとは違うヒビキの雰囲気に戸惑っているのだろう。

「なんか変だぞ、おまえ」

「ごめんね」

謝られる意味もナツには理解できなかった。

「もう行った方がいい。遅くなってしまうよ」

促す様にヒビキが告げると、ナツはぎこちなく別れの挨拶をしてその場を後にした。
商店街で菓子を回収している内に門限時間になってしまい、ナツはまだ回っていない店を恨めしそうに眺めて寮へと戻った。

帰ってからはジャク・オ・ランタン作りに取り掛かる。一人一個ずつ用意されたカボチャをくり抜き表情を刻んでいくのだ。

「ナツ、手を切らないよう気を付けろ」

エルザの言葉に頷きながら、中身をくりぬいたカボチャにカッターの刃を入れていく。失敗のない様にとあらかじめ刃を入れる部分には下書きがしてある。それになぞって刃を入れていくのだが、片目を彫り終えたところでナツの手が止まった。

「どうした?ナツ」

普段から落ち着きがないナツが手を怪我しない様にと目を光らせていたエルザ。ナツの行動に気付き声をかけるが、ナツはそれに返事を返す事なく、再びカボチャに刃を入れ始めた。
そして、ナツが夢中でジャック・オ・ランタンを完成させたのだが。それに、誰しも苦笑せずには居られなかった。
幼いながらも一生懸命尽くされたそれは、口元に笑みを刻みながらも片方の目だけは雷の様な形になっていた。それは、寮で暮らしている者ならすぐに連想できる人物の特徴と似ている。

「ラクサス・オ・ランタンか」

ジャック・オ・ランタンのラクサス仕立てだ。
ミラジェーンの揶揄を含んだ言葉には誰しも否定などできない。誰もがそう思っていたから。
ラクサスの右目には昔出来た傷跡が残っているのだ。それがちょうど雷の様な形をしている。まさに、今回ナツがカボチャに刻んだ表情に酷似しているのだ。
完成したジャック・オ・ランタンを、暫く満足そうに見つめていたナツは、中にロウソクを入れながら呟いた。

「終わったらラクサスにあげよ」

その時のラクサスの反応見ものである。
ロウソクを中に入れられたジャック・オ・ランタンの大群は、寮の外で玄関から門までを繋ぐように列を作って並べられた。すでに暗い時間帯、火が付けられたそれは表情が刻まれている部分だけ光が漏れる。
出迎えられているように視線を感じる。これが数個だったら綺麗と称してもいいかもしれないが、数が多ければ不気味である。

「ラクサス帰って来ねーな」

食事の時間が迫っている。ナツは自室で、本日手に入れた菓子を眺めていた。先ほどグレイとも見せ合った結果、ヒビキ達の協力のおかげでグレイには差を付けて勝利したのだった。
その直後は機嫌が良かったナツだったが、ラクサスが帰宅しない事が不満だった。
菓子をラクサスの分と分けていると、自室の扉を叩く音が響く。そのすぐ後に扉が開かれた。顔を覗かせたのはエルザだ。
何の用だと首をかしげるナツに、エルザは口を開いた。

「ラクサスが帰ったぞ」

その言葉にナツは一瞬で表情を輝かせると、ラクサスの分の菓子をかき集めてカボチャ型容器に詰め込んだ。

「サンキュー、エルザ!」

「もうすぐ食事の時間だから、ラクサスと一緒に食堂に来い」

エルザの声が聞こえていないのか、それとも返事さえ忘れているのか。ラクサスの部屋へと一直線に向かっていくナツに、エルザは苦笑した。
慌ただしく廊下を駆け、ラクサスの部屋の扉を開いた。

「ラクサス!」

部屋には、床に座り込みギターをケースから取り出しているラクサスの姿。手入れを始めようとしている姿から、今日はバンド関連で外に出ていたのだろう事が窺える。

「勝手に開けんなって言ってんだろ。ナツ」

毎度の如く他人の部屋だろうが了承を得ることなく入りこむ。咎めようが、ナツが改める事はない。
今も微かにだが怒りのこもった目をむけるラクサスに気にした様子もなく、ナツは無遠慮に部屋へと入ってきていた。

「ラクサス、今日はハロウィンだぞ」

「あれだけ騒いでて知らないわけがねぇだろ」

寮内ではもちろん、街中でも賑わいを見せる行事だ。気が付かないというならば、どれほどに鈍いのか。

「何だ、知ってたのか」

ナツは、思いついたとばかりに、ラクサスの顔を覗き込んだ。

「トリック・オア・トリート!」

「菓子なんか持ってるわけねぇだろ」

ギターの手入れを始めてしまったラクサスは、邪魔そうにナツを手で追い払う仕草を取る。
それにナツは不満そうに口元を歪めた。

「じゃ、イタズラな」

「ふざけ……ッ」

ラクサスの言葉は続けられる事はなかった。ナツの幼い唇がラクサスの唇に触れたのだ。
一瞬合わさるだけのそれでも、幼いナツとは違って意味を知るラクサスには衝撃が強い。
いつも大事に扱っているギターが手からこぼれ落ちて床に転がっても、ラクサスは身動きすら取れなかった。
菓子は貰えなくとも悪戯が出来たことで満足したのだろう。ナツは持っていた菓子の詰まったカボチャ型容器をラクサスの目の前に置いた。

「これ、ラクサスの分な。……ラクサス?」

硬直しているラクサスに首をかしげた。

「ラクサスも変だな」

ヒビキの事を思い出して顔を訝しめたナツは、食事の時間に気が付いて踵を返した。

「先に飯いってるからな」

すでにナツの脳内は、ラクサスよりも食事へと切り替わっている。返事をしないラクサスを放置して、ナツは軽い足取りで食堂へと向かったのだった。




2010,10,31
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