ドラゴンスレイヤー





ナツを抱えて帰ってきたラクサスにミラジェーンは目をみはった。

「ナツ、どうしたの!」

ラクサスの腕の中でぐったりとしているナツ。心配そうに顔を覗くが、ナツは辛そうに顔をゆがめるだけだ。
ラクサスもミラジェーンの問いに答える様子はない。

「ジジィは部屋か?」

「え、ええ。居ると思うわ」

ラクサスはマカロフの部屋へと足を向けた。

部屋に入れば、窓を背にして机に向かうマカロフの姿。ラクサスとナツの姿に、マカロフは立ちあがって二人へと歩み寄る。

「ナツはどうしたんじゃ?」

ラクサスはナツを乱暴に床に落とした。

「いで!……うぐぐ、何しやがる!」

打ちつけた身体をさすりながら身体を起こすナツ。それを一度視界に入れ、ラクサスはマカロフへと視線を戻した。

「こいつの事がばれた」

マカロフが訝しむように顔を歪め、ナツも己の事を言われていると気付ききょとんとしている。そんな中ラクサスはマカロフへと厳しい視線を向ける。

「隠してる場合か?政府がこいつを狙って来たつってんだよ」

「何故その事を……いや、どこまで知っとるんじゃ」

「自分の事位は分かってるつもりだぜ?」

マカロフは諦めたように溜息をついた。話が掴めずにいるナツへと視線を移す。

「政府が来たという事は、ナツの力が完全に目覚めたという事か……ナツ」

マカロフに呼ばれナツは、ゆっくりと立ち上がった。

「今お前の身に起きている事を話そう」

寮へと戻ってくる前の出来事を思い出し、ナツは、話しだすマカロフの声に大人しく耳を傾けた。

「文献にも残らぬ程昔じゃ。まだ竜という生物が地球上に存在していた」

存在していた七頭の竜は、人類にとって脅威でしかなかった。そこである賢人が知恵を貸した。人類の中から七人の勇士を選び、竜を倒す方法を教えたのだ。
ある者には火を。ある者には雷を。ある者には毒を。それぞれ竜を倒すのに最適な性質を武器に施した。
そして七人の勇士は、見事竜の首を持って帰還した。しかし、その代償は大きかった。賢人にとっても予想もつかぬ事。七人の勇士には、竜の呪いがかけられていたのだ。
ある者は火。ある者は雷。ある者は毒。竜の能力を加えた力を得て、人と違う身体を手にしてしまった勇士たちは、人類から恐れられる事になった。怒りよりも悲しみに暮れた七人の勇士たちは集まり、一族となった。
時が経ち、人の歴史の中で竜の存在は伝説のものとされた。しかし、竜の血は受け継がれ現代にも残っていたのだ。一族の名は七竜家。
そして、その事実を知る者は、七竜家の者でもわずかで、誰にも知られることはない。その筈だったのだ。

「どうやったのかは知らんが、七竜家の受け継がれし記憶が、世界的犯罪組織のバラム同盟に知れてしまった。それがすべての始まりじゃった」

マカロフの話はとてもではないが信じがたい。竜の存在も、その血を引く人間がいる事も。
だがラクサスは、まるで知っていたかのように動じず。ナツは顔を強張らせ、胸辺りを押さえていた。

「ナツ、分かるか」

マカロフの言葉にナツは首を振るった。

「分かんねぇ。でも、俺も竜の血を引いてんのか?」

「……話を続けよう。ここからが、お前が最も知りたい事じゃろう」

七竜家の歴史を知ったバラム同盟は、政府の有力者を利用して実験を始めた。それが二十年前、ある化石が発見されてすぐのことだ。どんな学者も、化石は恐竜のものだと断言したが、バラム同盟はそれが竜の化石だと疑わなかった。何を持ってしてなのかは分からないが、確かにその化石は恐竜とは言えないような特殊さを持っていたのだ。
バラム同盟は、竜の化石から取り出した遺伝子を、七竜家の人間と照らし合わせた。バラム同盟の思惑通り、七竜家の人間が竜の遺伝子を継いでいると認知された。人の組織とはいえない身体の構造を持っている七竜家の人間を、バラム同盟と、それと手を組んだ政府は、人などとは思っていなかったのだ。
そして、悲劇の幕はあけた。

「酷いもんじゃった……七竜家のほとんどが死んでしまった」

「何があったんだ?」

「実験じゃよ。代々受け継がれることに寄って竜の血は薄れていた。そんな七竜家の人間に竜の組織を組み込み、竜の力を甦らせる事によって人間兵器を作りだそうとしたんじゃ」

人の力など無に等しいと思わせるような竜の偉大な力。バラム同盟と政府は、恐ろしい力を現代に呼び起こし、それを利用して世界を我がものにしようとしているのだ。

「ナツ、お前の父親は実験で生き残った一人。イグニールは七竜家の一つである火竜家の唯一の生存者なんじゃ」

ナツが息をのんだのが分かる。

「イグニールは運が良かった。火竜家では、イグニール以外の人間は実験の失敗で死に絶えたんじゃ。火竜家だけではない、他の六家にも一人ずつしか生存者はいない」

ふるいに掛けられるようなものだ。成功するかも分からない無謀な実験。それにゴミのように失われていった命。百を超える命の中残ったのは、たったの七人だった。

「火竜、天竜、鉄竜、毒竜、雷竜、黒竜、それぞれ一人だけが遺伝子と適合し生き残る事が出来た」

ナツは指を折って数えると、首をかしげた。

「七竜なのに、六家しかいねぇぞ」

「ワシも最後の一家は知らんのじゃ。生き残った者も三人しか分かっておらん。ナツの父親であるイグニールの他は、天竜家のグランディーネ、鉄竜家のメタリカーナじゃ。彼らは人としての権利をほとんど奪われ、家を失った。七人を差す言葉は七竜門。そう呼ぶことで、世界さえ破滅させんほどの力を身に付けた者達を拘束しておる」

そして。マカロフが続ける。

「お前の父親の名は、イグニール=火竜=ドラグニル。政府には、サラマンダーと呼ばれておる」

「サラマンダー……今日の変なやつらが言ってたのは、父ちゃんの事だったのか!」

ナツの言葉に、マカロフは首を振るう。

「そ奴らはおそらく政府の人間。ドラゴンスレイヤーを狙って来たんじゃ」

竜の血を引く七人は、身体と頭脳の両面で優れていた。それが竜の血を持っての事なのかは定かではないが、常人離れしていたのは確かだ。そして、七竜門は政府の名により、新たは実験を始めざるをえなかった。
竜の血を引く人間の生成。生命の冒涜といっていい行為だった。政府は竜の血を引く者だけで軍を作ろうとしたのだ。七竜門の七名は、自らの遺伝子から二つの技術を用いて、子を生みだした。

「それが、ドラゴンスレイヤー。竜の血を継ぐ七竜門と同等の力を持つ者」

「じっちゃん……それじゃ、俺は」

「お前は、火竜のドラゴンスレイヤーじゃ」

ナツの瞳が見開かれる。
ナツは父親しか知らなかった。物心ついた頃には父親と二人だけだったからだ。母親の事など聞いた事はなった。父親さえいれば、それだけで幸せだったから。
だが、マカロフの話で納得できた。

「俺は、父ちゃんの子どもじゃなかったって事か?」

力のない声だった。静まり返る部屋にナツの声が落ちる。

「ナツ」

マカロフの呼びかけにも応えはしない。呆然とその場に立ち尽くし、一点を見つめる。

「全部、嘘だったのか?」

優しい言葉をかけてくれたは。抱きしめてくれたのは。全てが嘘。
絶望感、その言葉を初めて理解できる。足元から崩れ落ちていくようだ。父親が姿を消しても、ナツは待ち続けた。養護施設に来てもいつか会える事を信じていた。それだけで前を向いて歩く事が出来たのに、たかだか数十分足らずで消えていく。

「ナツ」

傾きかけていたナツの身体を捕えるように、ラクサスの手がナツの腕を掴む。少し強めに握られ、ナツは我に返った。

「……ラクサス」

「最後まで聞け」

ナツはラクサスの服を握りしめた。手を震わせながら、マカロフへと視線を向ける。

「ナツ、今の話は受け入れがたいじゃろう。だが、イグニールがお前を心から愛していたのは事実じゃ」

異様なほどに心臓が鳴っている。緊張しているのだと分かる。ナツがごくりと喉を鳴らした。

「何事も容易なく乗り越えるやつも、不器用でな。それほど高い頭脳や身体能力を持っていても、どこか心が欠けておった」

政府に捕らわれ七竜門となり闇に飲みこまれていく。そんなイグニールに光を与えたのが、ナツだったのだ。

「確かにドラゴンスレイヤーの生成という名でお前を生み出したが、イグニールは政府の目をかいくぐり、逃亡した」

まだ数カ月にしか満たないナツを連れて、イグニールは逃亡した。

「逃げられぬ運命だとしても、大事な息子であるお前を、イグニールは守りたかったんじゃろう」

マカロフの言葉に、最後に見た父親の背中が、脳裏をよぎった。

――――お前は俺の大事な息子だ。心から愛している。……ナツ

ラクサスの服を掴んでいた手がマフラーへと伸び、存在を確認するようにつかむ。

「そのマフラーを授けたのは、日々成長し竜の力を強めていくお前を、政府の目から隠すためじゃ。政府は逃亡した七竜門を見つけるための装置を開発しておったからのう。マフラーは、竜の力を感知されるのを防いでおるんじゃ」

「だから父ちゃんは、ずっと付けてろって言ってたんだな」

ナツの瞳から涙が零れた。悲しさからではない、父親を疑ってしまった事が悔しいのだ。
大粒の涙が床に染みを作る。それを見つめていたナツが、涙をぬぐいながらマカロフへと視線を移した。
一つおかしい事がある。

「じっちゃん、ラクサスは、ドラゴンスレイヤーなんだよな」

今日男に捉えられそうになった時、ラクサスに助けられた。その時のラクサスの手は雷を纏っているようだった。でも妙だ。マカロフは七竜門ではないはずだし、ラクサスと血も繋がっている。
ラクサスの前で話しづらいのか言い淀むマカロフ。ラクサスが息を漏らした。

「さっきも言ったろ、ジジィ。自分の事位は分かってんだよ」

「……そうか」

マカロフは顔を歪めると、話し始めた。

「ドラゴンスレイヤーの生成、その際に用いられた方法は二つ。イグニール、グランディーネ、メタリカーナ。あ奴らは、自らの遺伝子からクローン技術を用いて、より確実に遺伝子を継ぐ子を作ろうとした。ナツの存在で分かるが、もちろん正当方は成功した」

しかし、他の者たちは新しい技術を開発したのだ。自らの遺伝子を、すでに生を受けている子供に組み込む。それも見事に成功を遂げた。

「その方法で力を受けた者を、新生代のドラゴンスレイヤーと呼んでいたな」

「じゃあ、ラクサスは」

「実験体にされたんだよ」

ラクサスの冷たい声が部屋に落ちる。それに食らいつくようにマカロフが声を張り上げた。

「それは違う!」

声を荒げる事などあまりないマカロフの声。ナツはびくりと身体を震わせた。

「……ワシは、お前を、そんな危険な事に巻き込みたくはなかった」

マカロフは耐えるように瞳を固く閉じた。ナツがラクサスを見上げると、ラクサスはマカロフから視線を外した。

「分かってんだよ、全部」

マカロフの瞳がゆっくりと開かれる。

「……その実験に加わらなきゃガキの時点で俺は死んでた……違うか?ジジィ」

「ど、どういう事だ?何でラクサスが死ぬんだよ!」

死という単語にナツは顔を歪めて、問いただすようにラクサスを見上げる。しかしラクサスは答える気はないようだ。変わりにマカロフが口を開いた。

「ラクサスは小さい頃身体が弱くてな、医者も手に負えん様な病にかかってしまったんじゃ」

ただ命が尽きるのを待つしかなかった。しかし、マカロフの息子であってラクサスの父であるイワンが話しを持ってきた。それが、竜の組織を身体に取りこむ事だ。うまくいけば病など物ともしない強固な身体が手に入る。二度と病に苦しむ事はないだろう。
苦しむ幼いラクサスを前に、マカロフが考えている余地はなかったのだ。

「ラクサスは、雷竜のドラゴンスレイヤーじゃ」

確かにナツを助けた時のラクサスは雷を纏っているようだった。ナツがラクサスをじろじろと見つめる。

「何だよ」

鬱陶しそうに顔をゆがめるラクサスに、ナツはにっと笑みを浮かべた。

「じゃぁ、俺とラクサスは兄弟みたいなもんだな!」

確かに竜の力を受け継いでいる二人は、七竜家の人間と考えてもいいだろうが、ラクサスはナツと違って、直接血を引いているわけではない。
緊張感のないナツの言葉に、ラクサスは溜め息をつくと、ナツの頭をはたいた。

「くだんねぇ事言ってんじゃねぇ。大体話しも終わってねぇだろ」

「何だよ、まだあんのか?じっちゃん」

「……うむ。お前には辛い事じゃが、イグニール達の意思を伝えなければならん」

ナツの真っすぐな瞳がマカロフを見つめる。出生の理由を知って酷い衝撃を受けた。それでもナツの瞳には強い輝きがある。イグニールの意思を伝えれば、浮上したばかりの心を再度落とす事になるかもしれない。
それでも伝えなければならないと、マカロフはゆっくりと話し始めた。

「他の七竜門が何を考えているのかは分からんが、イグニールとメタリカーナ、グランディーネの三人は、政府やバラム同盟の企みを阻止しようとしておる。政府の命でドラゴンスレイヤーの実験を行っていたが、イグニール達の真の目的は……」

マカロフは躊躇いながらも、続ける。

「ドラゴンスレイヤーに自分たちを殺させるためじゃ」

ナツの顔が歪む。

「……何だよ、それ」

「完全なる竜の力を持ってしまった七竜門は、人の力では到底太刀打ちできん。竜を殺せるのは竜だけなんじゃ」

「だからって、何で俺が父ちゃんを……ッ」

殺す。
単語を口にしようとするだけで吐き気がする。ナツが口元を押さえた。

「今イグニール達は常に見張られている。その内意思さえも支配されるようになるじゃろう。いや、すでにもう」

手遅れかもしれない。
ナツが言葉をなくして立ちつくす。やはり一度に全てを話すには無理だったのだ。心身ともに未発達のナツに合わせて少しずつ話すべきだったが、時間もない。
マカロフがを悔いていると、部屋の扉が開いた。入ってきたのは帽子を目深に被る青い髪の青年ミストガンだ。マカロフが振り返った。

「ミストガンか、どうした?」

促すマカロフに、話し始めようとしていたミストガンだったが、ナツの様子に眉を寄せた。

「……ナツ?」

いつでも輝きを放つナツの瞳。それが不安に揺れているのだ。ミストガンは、ナツへと歩み寄ると、己の手でナツの手を包みこんだ。

「何かあったのか?」

「俺、嫌だ……俺が父ちゃんを……」

くしゃりと顔をゆがめるナツを、腕の中に閉じ込めると、ミストガンは視線だけをマカロフへと向けた。

「いったい何が」

「ナツに全てを話した」

ミストガンの瞳に非難の色が浮かぶ。それにマカロフは厳しい目を向けた。

「政府の人間がナツに気付いたんじゃ、ワシらも動かねばならん」

マカロフの言葉に考えるように間を置いて、ミストガンはナツを抱きしめる腕に力を込めた。

「ナツ、聞いてくれ」

ミストガンの声に、ナツは身じろいだ。顔を上げれば、ミストガンが辛そうに顔を歪めている。それに首をかしげた。

「今、イグニールは闇の中に居る。それを救えるのは、君だけだ」

「な、なんで、ミストガンがイグニールの事知ってんだよ」

ミストガンはナツを解放すると、両手でナツの頬を包みこんだ。目じりに浮かんだ涙を親指の腹で拭ってやる。

「今話している時間はないが、私は彼を知っている。君は光なのだと、彼は言っていた。その気持ちを汲んでやってくれ」

ミストガンはナツから手を離すとマカロフへと振り返った。

「先刻、ドラゴンスレイヤーを保護していた二つの組織が同時に襲撃を受けた」

ミストガンの報告に、マカロフは足元に視線を落とした。

「化猫の宿(ケット・シェルター)と幽鬼の支配者(ファントムロード)か……状況はどうなっておる」

「ドラゴンスレイヤーは無事だが、組織は壊滅したと言っていい」

「……ドラゴンスレイヤーを政府に渡すわけにはいかん。主はすぐに保護に行ってくれ。ガジルの方はこちらへと向かっておるじゃろうが、問題はウェンディじゃ」

ミストガンは深く頷いたのだった。




2010,08,16
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