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始まりは、目を覚ましたと同時だった。それならば、終わりは、何が告げるのだろう。
コナツが現れて一週間が経過しようとしていた。成長は順調で、もはやナツと区別がつかない程。
その日は新しい最強チームでクエストに赴いていた。若返ったラクサスに続いて、コナツが加わったのだ。
ナツ達は、依頼場所の森を周囲を窺いながら歩いていた。ナツの隣を歩いていたコナツが、少しだけ不満そうにナツを見上げる。
「まだ、母ちゃんの方がでけーよな」
ほんの少し、ナツがコナツを見下ろす程度だ。
「でも、そうしてると親子っていうより双子ね」
コナツはナツと同じ服を身に付けているのだ。ルーシィが言うとおり二人の違いは少なく、外見だけでは判断はつきにくい。ナツがマフラーをしている事と、コナツがヘッドホンを付けている位だろうか。
ラクサスが常に音楽を聴いているという事でコナツが興味を持ち、ラクサスに強請ったのだ。新しいものを買おうとしたのだが、ラクサスの使っているのが良いと言うのだ。すっかり甘ったれに育ってしまった。
「俺には区別が付くけどな」
グレイが、ナツの背後をとった。ナツの腰に手をまわして体を密着させる。ナツが嫌そうな顔をするのは毎度の事で、コナツは目をつりあげた。
「変態!母ちゃんに近づくな!」
「コナツ、夫婦ってのはこういうもんなんだ」
しれっと言いのけているが、グレイとナツは夫婦でも何でもない。コナツを適当にあしらうグレイ。コナツは悔しそうに唸っている。
「父ちゃんに言いつけるぞ!」
言いつける以前に、ラクサスもその場にいる。鬱陶しげにグレイを見ていた。グレイが絡んだせいで歩みが止まってしまっているのだ。
「父ちゃん父ちゃん!母ちゃんが変態に!」
ぶわっと瞳に涙をためてラクサスに飛びつくコナツ。ラクサスはその頭を撫でながら小さくため息をついた。
「放っとけ。どうせ報われねぇんだ」
その言葉は見事にグレイに突き刺さる。グレイはナツを解放してラクサスへと歩み寄ると、襟を掴み上げた。
「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞコラ」
どう見ても不良が絡んでいるように見える。そんなグレイを、コナツが横から突き飛ばした。
「父ちゃん苛めたら絶対にゆるさねーからな!」
睨んでくるコナツに、グレイは顔を歪めた。
「クソ!あの時ちゃんと刷り込みできてれば!」
悔しそうに近場の物に八つ当たりするグレイに、ルーシィは溜め息をついた。
何せ今日は、別の仕事に行っていてエルザが不在なのだ。こういう事態を沈めてくれる人間がいない。基本が身勝手人間の集まりなのだ。
「いい加減にしなさいよ、あんた達。今日の仕事は怪物の討伐なのよ。かなり凶悪だっていうから、気を付けてよね」
中でも知能が高い怪物は厄介だ。罠がある場合もあるのだから。化け物並みのナツ達は別だが、ルーシィの場合ひとたまりもないだろう。
「怪物ってあれか?」
ナツの言葉に視線が集中する。ナツ達を囲むように、複数の怪物が立っていた。間違いなく今回討伐する予定の怪物である。予定よりも多い数にルーシィが顔を青ざめさせた。
ナツはにっと笑みを浮かべると、拳で手のひらを叩く。
「よっしゃ、暴れるか!」
我先にと、地を蹴りあげて怪物に突進していくナツだったが、ぴたりと動きが止まる。
「ナツ?」
凶悪な怪物を目の前にして隙を作るなど油断もいいところだが、様子がおかしい。首をかしげるルーシィにはナツが振り返った。
「魔法が使えねぇ」
「何言って……ナツ、前!!」
ルーシィの声に、前へと向き直ったが遅い。怪物の拳がナツに迫っていた。防ぐ間もなく、拳はナツの腹部を強く打ちつけた。
「ぅぐ!!」
衝撃を受けたナツの身体は、ルーシィ達の居る場所よりも更に後ろへと吹っ飛んだ。いつものナツならば何ともなくすぐに起きあがる。その程度の攻撃だ。しかし、ナツが起きあがる気配はない。
「うそ!あんた、普通の攻撃効かないはずでしょ!」
滅竜魔法で身体が強化されていて、銃でさえ効果がない。だが、ナツは気を失っているようで、返事が返ってこない。異常な事態に身を震わせたルーシィがナツに駆け寄った。
グレイとラクサスが臨戦態勢に入る中、ラクサスは異様な空気を感じ取り振り返る。コナツの身体から炎が噴き出ていた。怒りを表しているかのように燃え盛る炎。コナツが足を踏み出した。
「母ちゃん、に……何すんだーッ!!!」
怪物に殴りかかるその姿は、まるで火竜と呼ばれるナツそのものだ。感情だけで動いている分、コナツの方が厄介だろう。全てを焼き尽くすまで終わらないのではないか。そう危惧してしまう程に、コナツの力は異常に感じた。たった一人で全ての怪物を倒した後も、すでに意識がない怪物を殴り続けている。
近づけば巻き込まれる可能性がある中、ラクサスが歩み寄った。炎を纏っているコナツの手を捕えれば、当然の如く焼ける様に手が痛む。滅竜魔道士のおかげで、普通の人間より痛手が少なくて済んだのは幸いだろう。
「もういい。止めろ」
ラクサスの声に、暴れていたコナツは顔を上げた。
「父ちゃん……」
コナツは肩で息をしながらラクサスを見上げる。焦点が定まると、ナツへと振り返った。ナツはルーシィ達が介抱している。
「母ちゃん!!」
ナツに駆け寄ると、コナツは涙を浮かべてナツにしがみ付く。子が親を心配する姿に見えるのだが、ラクサスはその光景に顔をしかめたのだった。
ナツは、気絶している以外に外傷は軽い。しかし、魔力の消耗が激しいようで、ほとんど体力がない状態だった。ぐったりとしているナツは、ラクサスに背負われながらギルドへと早急に帰還した。
魔力の消耗だけなので、医者に診てもらう程でも、ポーリュシカの世話になるほどでもない。ギルドの仮眠室に寝かされてすぐ、ナツは意識を取り戻した。
「……どこだ、ここ」
「ギルドだ」
仮眠室には、寝かされているナツ以外ラクサスしか居ない。ルーシィ達は、今回の異変をマスターに伝えに行ったのだ。
ナツは覚醒したばかりのはっきりしない頭で、状況の整理をする。最後に記憶にあるのは、仕事で怪物の討伐に行ったのだ。その時に怪物を討伐しようとしたのだが、いつも通りに魔法が使えなかった。
「そうだ、俺……ぅ」
勢いよく起きあがったナツは、力尽きるように再びシーツへと身体を倒した。ラクサスは近くにあった椅子をベッド横に寄せると腰を下ろす。
「魔力が残ってねぇんだよ」
「あ?んなわけねぇだろ」
仕事以外で魔法を使う事などあまりない。ナツの場合、ちょっとした喧嘩で使用する事もあるが、倒れるほどに乱用した事などないのだ。納得いかなそうなナツの瞳を見つめながら、ラクサスは己を親と慕ってくる子どもを脳裏に浮かべていた。
赤ん坊が姿を現した日、マカロフは、赤ん坊を人ではないと告げた。魔法の力によってナツの身体から抜け出てしまった魔法が、消失を避けようと人の姿に形を変えたのだ、と。
一週間ほど経って、赤ん坊はナツと同じほどにまで成長を遂げた。そして、ナツの魔力の消耗と、コナツの魔力の強さ。まるで、ナツから吸いとっている様に思える。
「ラクサス?」
考えを巡らせていたラクサスは、ナツの声に我に返った。少し顔色の悪いナツの顔がある。
もし、コナツがこのまま成長を続けたら、どうなるのだ。最悪を想像してしまい、ラクサスは顔をしかめた。
「おい、急に黙んなよ!」
口を開きかけたラクサスは、言葉を発する事はなかった。遮るように、仮眠室の扉が開いたのだ。二対の目が向けられる中入ってきたのは、マカロフだった。
「ジジィ」
ラクサスの視線から思考を読み取れたマカロフは、小さく頷いた。
「お前たちに話がある」
空気で感じ取ったのかもしれない。ナツの瞳が、不安そうに揺れている。ナツの居るベッドまで歩み寄ると、マカロフはナツを見上げた。
「魔法を、お前の中に戻す」
魔法が使えなかった事と、コナツの存在を思い出した。一週間前に魔法を抜き取られた事も。ナツは眉を寄せると、ゆっくりと口を開いた。
「じっちゃん、コナツは、どうなるんだ?」
「消える」
ナツは息をのんだ。
元々コナツはナツの滅竜魔法が実体化したもので、人の姿を持ってはいるが人ではない。それは誰もが知っている事だった。魔法をナツの中へ戻せば、コナツの存在が消えるのも当前の事。
「で、でも、別に戻さなくてもいいだろ?今までだって平気だったじゃねーか」
「このままでは、お前は二度と滅竜魔法を使えんようになるぞ」
マカロフの厳しい目に、ナツは言葉を詰まらせた。
「分かっとるじゃろ。お前の魔力の消耗は、コナツへと魔力が注がれておるからじゃ。コナツの成長は危険じゃ。おそらく、ナツ、お前と同等の成長を遂げた時、お前と魔法は完全に切り離される。今は細い一本の糸で繋がっている様なものじゃからな」
そして。マカロフが続けた。
「魔法は完全に消滅する」
術者がいるから魔法が成立するのだ。魔法だけで存在することは不可能。
思考が追い付いて行かないのだろう。マカロフを呆然と見つめるナツに変わり、ラクサスが問う。
「戻す方法は分かってるのか?」
「ナツに魔法をかけた奴はエルザに捕えさせた。今はそ奴を使って魔法解除の魔水晶を作り、ポーリュシカに薬を頼んでおる」
エルザがクエスト時に不在だったのは、その為だったのだろう。
呆然とマカロフの顔を見つめるナツ。いまだ事実を飲み込みきれていないのだ。ナツの気持ちをマカロフとて分からないわけがない。しかし、時間はほとんど残されていない。
「ナツ、最初に言ったはずじゃ。あれは、人ではない」
ナツの瞳が見開かれた。ゆっくりと開いた唇が震えている。
「こうなるって分かってたのか、じっちゃん……何で、今さら言うんだよ!あいつは仲間だろ、俺の……」
ナツ。
ナツの言葉を遮るように、マカロフの呼ぶ声が響く。
「この世に生命を冒涜する魔法など、存在せんのじゃ」
マカロフの言葉は夢の終わりを告げているようで、ナツは否定するかのように布団へと潜り込んでしまった。
「ラクサス、ナツの側についてやってくれんか。……今日は、このままギルドに泊ってもかまわん」
ラクサスの怒りを含んだ瞳がマカロフを見下ろす。それから逃れる様に、マカロフは背を向けた。
「答えを出すのはお前たちじゃ。よく考えなさい」
生命を作り上げる事は出来ない。人の形を持っていても、所詮はまがい物にすぎないのだ。マカロフが出ていった後の部屋は、より静かに感じる。
答えなど一つしかない。全ては決まってしまっている終わり。ナツへと魔法を戻そうが戻すまいが、どちらにせよコナツは消える事になるのだから。
布団をかぶったまま、ナツは顔を出そうとはしなかった。声をかけても、食事だと告げても反応しないのだ。これ程までに塞ぎこむ姿はあまり目にする事は出来ない。それほどにナツの中でコナツの存在が大きくなっていたかが分かる。
ギルドが閉店になり人気がなくなった。
静寂が包む中、仮眠室の扉が静かに開く。
「父ちゃん。母ちゃん」
控えめに開けられた扉の隙間から、コナツが顔をのぞかせた。今まで布団をかぶっていたナツが飛び起きる。
「コナツ!」
ナツの居るベッドへと歩み寄ってきたコナツを、ラクサスが見下ろす。
「ミラジェーンのところへ泊るんじゃなかったのか」
ラクサスとナツが帰宅しないからと、ミラジェーンに面倒を頼んだのだ。照れたように頬を染めると、コナツは、窺うようにナツとラクサスを交互に見やった。
「なぁ、今日は三人で寝てもいいか?」
今までコナツが、ラクサスとナツ両方から離れる事はなかった。必ずどちらかと共に居たのだ。寂しいのだろう、そう察したナツは、ベッドの端へと身体を寄せた。
「来いよ、コナツ」
嬉しそうにベッドに飛び込むと、コナツはラクサスへと顔を上げた。
「父ちゃん」
期待する様な目で見上げてくるコナツ。
だがベッドは狭い。三人で寝たら確実に一人は場外になるだろう。予想はつくが、ラクサスは諦めてベッド乗り上げた。
仰向けになる事は出来ない。ナツとラクサスは、コナツへと向く様に身体を横にした。どうにか納まった体。嬉しそうに笑みを浮かべるコナツに、ナツが首をかしげた。
「お前、小さくなってねぇか?」
ナツと同等程に成長していたはずのコナツが、少しばかり縮んでいる気がする。ナツの言葉に訝しんでいたラクサスだったが、コナツの姿をじっと見て、顔をしかめた。
「お前、」
ラクサスの反応に、きょとんとするナツ。コナツは、隣に寝るナツとラクサスの手を握りしめた。
「……ごめん。俺、母ちゃん達がじーじと話してるの聞いちゃったんだ」
ナツが息をつめた。
「ポーリュシカのとこに行って薬ももらった」
それが何の薬なのか、話の流れで分からないわけがない。魔法解除の魔水晶の事だ。薬をどうしたのか、目で語ってくるナツに、コナツは何でもないかのように答えた。
「ここに来る前に飲んだ。すぐに効果があるって言ってたけど、本当だ……すげー眠い」
眠さを堪える様に瞬きを繰り返すコナツ。その姿は、すでに幼少期程にまで戻っていた。
「だ、ダメだ、コナツ!魔水晶吐き出せば、まだ、」
「ナツ」
ナツの言葉を止めたのはラクサスの声。
ナツは激しく動揺しているせいで、まともは思考にたどり着けていない。効果が出ているという事は、すでに飲みこんだ魔水晶が身体に吸収されているという事だ。取り出す術はない。
ナツはくしゃりと顔を歪めた。
「何でこんなことすんだよ……お前、消えちまうんだぞ」
「違うぞ、母ちゃん。オレは母ちゃんの中に戻るだけなんだ。これからも、ずっと母ちゃんと一緒に居られるんだよな?」
同意を求める様にラクサスへと顔を向ける。ラクサスは少し間をおいて頷いた。
「ああ。そうだ」
間違ってはいない、確かにナツの身体に戻る。だが、言葉にすれば、まとまりのある様に聞こえはしても、コナツという存在から滅竜魔法という形のないものに戻るのだ。触れる事も話す事もできない。
それをコナツが理解しているのかは分からないが、状況を変えられないのなら、せめて安心させてやるのが道理だろう。
「何か言ってやれ」
黙り込んでしまったナツにラクサスが促す。
「俺……コナツ、俺な」
ナツの言葉を遮るように、コナツは、ナツとラクサスの手を握っていた手に力を込めた。
「オレ……母ちゃんととうちゃ、だいしゅき……」
成長の後退化は急激に進んだ。まるで最後の火種が消える様に、ほんのわずかしか時間は要しなかった。ナツが慌てて手を握り返したと同時に、コナツの身体は消え去ってしまった。
まるで存在さえもしなかったように、跡形もない。ただ、取り残された、身に着けていた服とヘッドホンだけが、そこにいたと証明している。
「コナツ」
ナツは、小さな体温を失ってしまった己の手を、見つめた。魔法の感覚が戻ってきているのは自分でも分かる。恐る恐る力を込めれば、手は炎を纏った。
ナツは手を握りしめて、抱きしめるように、身体を丸めた。
「……あいつ、は……俺の、こどもだ」
ラクサスは手を伸ばし、ナツの身体を引きよせた。桜色の頭を胸に押しつければ、ナツの身体が震える。ラクサスに強くしがみ付き、歯を食いしばらせた。
「コナツは、俺の……俺達、の」
「……ああ」
大事な息子だ。
咳を切ったように、ナツの口から悲痛な声が吐き出された。誰もいないギルドに響き渡る声はしばらく続き、涙はとめどなく流れた。
まるで、二人が泣いているかのように。
ナツとラクサスが仮眠室から出たのは昼過ぎ。
ギルド中でも心配していたのだろう、いつもの様な騒がしさはなかった。似つかわしくない静かな酒場にナツが姿を現わせば、待つように近くに居たルーシィが駆け寄った。
「ナツ!もう大丈夫……ナツ?」
ルーシィはナツの顔を見て顔を歪めた。
ナツの目は痛々しく赤くなり、腫れている。声のトーンを落としたルーシィにナツは笑みを浮かべた。笑顔というには辛そうな表情。
ナツはルーシィの前に指を差しだすと、小さな火を灯した。
「もう、何ともねーよ」
「魔法……それじゃ、」
ルーシィは、ナツの隣に立つラクサスへと視線を向ける。ラクサスはナツを見守る様に見つめている。そして、ナツと同じほどに成長したコナツの姿も見られない。これが何を意味するのか、分からないわけではない。
ギルドの面々は、マカロフから説明を受けていたのだ。
「何か腹に入れろ」
ラクサスに促される様に、ナツは椅子に座った。
その日一日、ナツがラクサスの側から離れる事はなかった。というよりも、ラクサスがナツの側についていたと言う方が正しいのかもしれない。この日は、グレイも決して二人の間に割って入る様な事はなった。
そして、一週間が経過。
ナツも心が安定し、平素を取り戻し始めていた。
「ナツ、ラクサス」
同席で食事を取っていた二人は、ミラジェーンの声に顔を上げた。少しだけ寂しそうに浮かべた笑みに、ナツが首をかしげる。
「何だ?」
ミラジェーンの手がテーブルに滑る。その手が退かされると、二枚の紙が現れた。厚みのある紙にリボンが付いている。栞の様なそれには、クローバーが張り付いていた。
「……これ」
「コナツのクローバーよ。押し花にするって預かったでしょ。昨日出来たの」
ナツは震える手で、栞にされたクローバーに触れた。
――――オレ、父ちゃんと母ちゃんに幸せになってもらいてーんだ
脳裏をよぎったのは、苦労して探しあてた四つ葉のクローバーを差しだしてくるコナツの姿。
「……バカだな」
クローバーを優しく撫でていた手が震える。俯いていたナツの顔から水滴が落ち、テーブルにいくつもの染みを作った。
「ちゃんと、幸せ、だった」
嗚咽交じりの声。
耐える様に握りしめられた拳。ラクサスがそれを覆うように手で触れる。声をかけるでもなく、ただ、体温を分ける様に手を重ねる。
寒さに震えるようなナツに、ミラジェーンは、ナツの名を呼んだ。
「ねぇ、ナツ……今は、幸せ?」
ミラジェーンの問う声が、優しく耳に届く。ナツは乱暴に涙を拭うと顔を上げた。赤くなった目を細めて、歯をむき出して笑みを作った。
「当り前だろ!」
瞳はいまだに涙を浮かべているが、身体の震えは止まっていた。
その姿に柔らかい笑みを浮かべると、ラクサスはナツの身体を引き寄せた。
――――コナツ。お前と過ごした時間があるから、俺たちは幸せでいられる。
2010,08,05