道標





「やっと、着い……うぷ」

列車から降りて身体をふらつかせるナツと、軽い足取りで歩みを進めるハッピー。

「これで、オイラ達帰れるんだね」

ハッピーの嬉々とした声にナツは青ざめていた顔を歪め、荷物の中に手を突っ込んだ。取り出したのは一枚の鏡。ナツ達を過去へと誘った鏡と形が酷似している。

「どうしたの?ナツ」

鏡を見つめていたナツにハッピーが首をかしげた。

「……いあ、何でもね。早くじっちゃんのとこに行こうぜ」

鏡を荷物の中へと戻して、ナツは足を進めた――――







一昨日の昼。ラクサスと共に依頼版を眺めていたナツとハッピー。目に付いた依頼書を手に取ろうとするナツを、ラクサスが首をひねって見上げる。

「ねぇ、ナツはファンタジアに出るの?」

「ファンタジアなら、この間やったばっかじゃ……」

バトルオブフェアリーテイルを加えて大騒動にもなった収穫祭を終えたのは、まだ記憶に新しい。訝しむナツの台詞を遮るように、ハッピーが小さく囁いた。

「この時代で収穫祭はこれからなんだよ」

自分たちが体験していたために失念していたが、日付を見れば分かる。ファンタジアは一週間後に控えていた。
ナツ達の会話をラクサスが理解する事が出来なくても、細心の注意を払うべきだろう、ハッピーの言葉にナツは小さく頷いた。

「ラクサスは出んのか?」

「うん!オレ初めてなんだ!」

パレードに加わる事が出来る、それが嬉しくて仕方がないのだ。頬を紅色させてナツを見上げる目は輝いている。

「ナツとハッピーは?」

ナツとハッピーが笑みを浮かべた。

「参加するに決まってんだろ!な、ハッピー!」

「あいさー!」

毎年参加する年に一度の祭り。それに参加せずに何をするというのだ。
楽しそうに騒ぎはじめたナツ達の会話は、マカロフによって止められた。

「ナツ、ハッピー。話がある」

真剣な表情で告げられ、ナツとハッピーは顔を見合わせた。

「ラクサス、仕事決めといてくれ」

頷くラクサスに見送られ、ナツとハッピーはギルドの奥にあるマスターの私室へと足を運んだ。

「じっちゃん、話ってなんだ?」

「お前たちをこの時代へと引き込んだ正体が分かった」

開口一番告げられた言葉にナツ達は一瞬反応が遅れてしまった。

「魔道具の魔鏡で、まず間違いはない」

ナツとハッピーは顔を見合わせると互いに手を合わせた。
過去に来てからゆっくりと時を過ごしていた。その間に未来へと戻る方法はマカロフが探っていたのだ。

「魔道具の方は、ある商人がアカリファの街まで運んでくれるそうじゃ」

マカロフの言葉に、手を取り合って喜んでいたナツとハッピーは動きを止めた。魔道具を運んでくれるのが何故運び屋ではなく商人なのか。小さな疑問に気付いたマカロフが口を開く。

「魔鏡を持っていたのは古い友人なんじゃが、偏屈なやつでな。魔導士を嫌っておるんじゃ」

「魔道具を持ってるのに?」

ハッピーの言葉にマカロフは頷いた。

「お前たちも体験したから分かるじゃろ。魔鏡は時を越える魔法、そうあるものではない。狙ってくる者も多かったんじゃ」

幾度となく狙われ続け、魔導士に嫌悪感を持つ事になったのだ。

「ワシが直接行こうとも思っておったんじゃが、ちょうどのその街にアカリファにある商業ギルドの商人が来ておってな。ギルドに戻るついでに届けてくれる事になったんじゃ」

運び屋を使う場合、高価なものや重要の高いものが多いせいか賊に狙われる場合が多い。プロとはいえ万が一強力な力を持つ魔導士にでも狙われればひとたまりもないだろう。商人に運ばせることで狙われる可能性を下げたかったのだ。

「それに、時間もあまりない」

「時間?」

マカロフは、まずはと魔鏡の説明を始めた。

「魔鏡は二つ存在する。時をさかのぼる物と、過去へ時を越える物」

「じゃぁ、オイラ達の時のは」

「過去へと誘う陽の魔鏡じゃ。未来は太陽を、過去は月を表わしておってな。その通りに未来は太陽の、過去は月の魔力を終結させる事によって、効果を発動させる」

未来へと時空転移するなら、陰の魔鏡を使用する。陰の魔鏡を発動させる時を過去として、先の未来へと時空転移するのだ。
問題は発動条件だった。それぞれ条件が違う。陽の魔鏡は、太陽の魔力を集結させた魔境に、発動時に火の魔力を加える事。陰の魔鏡は、月光を集結させた魔鏡に皆既月食の月を映す事。

「月食っていつだ?」

「ちょうどファンタジアの日じゃ。それを逃すと、時間が空きすぎる」

今回の月食を逃せば再来年まで待たなければならない。次の年はちょうど月食のない年に当たってしまうのだ。それだけではない、時間が経てばその分身体が過去の時代に馴染んでしまい、正確に未来へと戻れなくなる可能性もある。

「それじゃ、俺達がアカリファまで魔鏡ってのとりに行けばいいんだな!」

「うむ。急いでもらっておるから、今日あたりに着くはずじゃ。頼むぞ」

仕事を決めていたラクサスに申し訳なく思いつつも、ナツとハッピーは、すぐにアカリファへと向かう事にした。

しかし、街へまで何の問題もなくたどり着く事が出来たのだが、想定外の事が起きていた。

「がけ崩れ……?」

たどり着いたナツは、騒然となっている街に顔をしかめた。話を聞けば、アカリファの街へと行き来する際の道が何者かによって崩されたというのだ。ちょうどそこには、商人が一組。ナツと落ち合う予定だった商人だ。

「魔鏡のせいかな」

ハッピーの言葉にナツは拳を握りしめた。魔鏡を所持していたマカロフの友人は、体術や魔法など腕が立つらしい。今まで魔鏡を奪われずに済んだのは撃退してきたからだろう。それが今は力なき商人の手に渡ったのだ。今までそれを狙っていたのかもしれない。

「行くぞ、ハッピー!」

ナツが急く様に走る。それをハッピーも慌てて追いかけた。
街から大分離れた場所だ。崖に面した道はそう広くはない。馬車が通るには限度のある程。商人たちは徒歩だったようだからギリギリの場所を歩かない限りは大丈夫なはずだ。
周囲を警戒していたナツは空を見上げた。崖の上の方。その場所から悲鳴が聞こえる。

「ハッピー、頼む!」

「あい!」

ハッピーは翼を出すとナツを掴んで宙を浮き、一気に崖上へと飛び上がる。崖の上は木々の生い茂る森になっていた。
ハッピーに降ろされ地に足が付いたナツは、人の匂いをかぎ取りながら森へと突き進んだ。

「ナツ、女の人がいるよ!」

「あいつらか!」

視界には、長い金髪を一つの団子状にまとめている女性と、その女性を追い詰めていく複数の人間。
複数の人間の方は賊とみて間違いないだろう。ナツは地を蹴って、賊に殴りかかった。賊の気がナツへと向いている間に、ハッピーは女性へと近づく。

「魔鏡を届けてくれた人?」

警戒しながらも、自分を助けてくれているというのは分かる。女性はゆっくり頷いた。

「やっぱり。オイラ達、妖精の尻尾の魔導士だよ」

「それじゃ、あなた達が?」

預かり物でもある魔鏡。それを受け渡すのは魔導士だと告げられているだけで、人物の特徴も知らされてはいなかった。想像していたよりも幼い少年。それに加え猫だ。
しかし、少年が賊を圧倒的な力で倒していくのを見れば納得してしまえる。商人の女性は笑みを浮かべた。

「ずいぶんと頼もしいのね」

「あい!」

大して時間もかからないうちに、ナツ達以外は起きている者はいなくなった。自分の周りに倒れている賊たちを見まわして、ナツは溜息をついた。

「手応えねぇな」

状況からして手応えがあっても困るだろう。ナツはハッピーと共にいる商人の女性へと近づいた。

「この人が魔鏡を届けに来てくれた人だよ」

「主人とは途中ではぐれてしまったけど、預かり物は無事よ」

何重にも布で包まれている魔鏡が差しだされる。ナツはそれを受けとりながらも、女性の動作に訝しげに顔をしかめた。

「怪我してんのか?」

「え、ええ。少し足をくじいただけよ」

足のくじいた状態で街まで歩くには辛いだろう。ナツはしゃがみ込むと女性を背負った。
事態を飲み込むのに一瞬遅れた女性は慌てながらも、微かに見えるナツの顔に視線を向ける。

「私は大丈夫よ、痛みもないから。それに、主人が探してくれているはずだから」

勝手に街まで行けば、女性の夫が心配して森をさまよう事になる。
女性の言葉に歩きはじめていたナツは足を止めると女性を地に座らせた。自分もその場に座り込む。

「じゃ、一緒に待つか」

「急いでいるんじゃないの?」

魔鏡を届ける際に至急という事だったのだ。
心配げに眉を落とす女性の顔をナツはじっと見つめ、笑みを作った。

「お前、ルーシィに似てんな」

問いに対しての答えの変わりに返ってきた笑顔と言葉。

「ルーシィ?」

「仲間なんだけど、すげぇ良い奴なんだ!」

「変だけどね」

ハッピーが付け加えると、ナツも、変だけどなと付け足す。
そういえばこの間も、とルーシィについて話しはじめる二人に、女性はくすりと笑った。それに気付いたナツとハッピーが振り返る。

「あら、ごめんなさい……そのルーシィちゃんは面白い子ね」

女性の言葉にナツとハッピーは真面目な顔で頷いた。面白い、と言葉つきで。それがさらに女性の笑いを誘った。
くすくすと苦しそうに笑みをこぼす女性に、ナツとハッピーも一緒に笑い声を上げた。

「実はね、このお腹の中に赤ちゃんがいるのよ」

ナツとハッピーは目をむいて、女性の腹へと視線を向けた。突き刺さる様な視線は、まだ目立っていない腹を捕える。女性は腹を優しく撫でた。

「この子も女の子なの」

「おお、じゃあルーシィと一緒だな!」

「変になっちゃダメだよ」

説得する様なハッピーの言葉に優しく笑みを浮かべながら、女性は続けた。

「何ていう偶然かしら。私が所属しているギルドの看板がね、壊れていたの。ハッピー&ラッキーのラッキーがルーシィになっていたのよ。それが面白くて、赤ちゃんの名前をルーシィにしようって」

主人と二人で決めてるの。
そう笑顔で告げられて、ハッピーとナツは瞬きを繰り返した。

「よかったら、その子の話を聞かせてくれないかしら」

女性に頼まれて、ナツ達は仲間であるルーシィの事を話しはじめた。
精霊魔導士で、優しい。変だけど仲間思い。小説を書くのが好きだ。お嬢様だけど、いつでも金欠。ルーシィの部屋は居心地がいい。よく泣くけど、たまに怖い。最近強くなった。何だかんだいって可愛いところもある。話の所々で、いい奴、と単語が入る中、ナツが最後と言わんばかりに人差し指を立てた。

「で、あれだ!」

「「自意識過剰!!」」

ナツとハッピーが声をそろえた。本人がいたら、怒りそうな言葉をあっさりと言い放つ。
三人は堪えきれずに声を出して笑いあった。

「大丈夫ですか!?」

笑い合っていた三人は、遠くから駆け寄ってくる影に不思議そうにきょとんとさせた。話に夢中になっていて自分たちの状況を忘れていたのだ。
おそらく賊の話を聞いて駆け付けてくれたのだろう、駆け寄ってきたのは短い黒い髪が綺麗な女性。
黒髪の女性に、笑みを浮かべていた女性は頷いた。

「ええ、大丈夫よ。頼もしい魔導士さんがいてくれたから」

照れたように笑みを浮かべるナツに、黒髪の女性も笑みを浮かべながら、商人の女性に手を差し出す。

「ご主人は保護して先に街へと送りました。さぁ、私たちも帰りましょう」

「あ、この人足くじいてるんだよ!」

ハッピーの言葉に、黒髪の女性は商人の足へと触れた。微かに腫れている。冷やした方がいいだろう。

「少し冷やしてから行きましょう」

黒髪の女性の手のひらが、腫れている足首を撫でる。手のひらは冷気を纏っているように冷たい。

「私は魔導士です。造形魔法が主ですが、冷やすぐらいなら加減すれば」

「……冷たくて気持ちがいいわ」

安心したように顔を緩める商人の女性は、ナツへと顔を向けた。

「あなた達は早く行った方がいいわ」

「でも、」

「急いでいたのか。賊は倒してくれたようだし、ここは私に任せてくれないか」

魔導士の女性が付いているのなら、ナツの力は必要ないだろう。どう見ても悪い人間ではないし、何よりも強い力を持っていそうだ。

「マスターのところに帰ろ」

ハッピーの言葉に頷いて、ナツは商人の女性へと視線を向けた。

「ルーシィによろしくな!」

この先、生まれてくる新しい命。名前だけしか知らないが、もしかしたら、どこかで出会えるかもしれない。また、女性たちとも。
笑顔で去っていくナツ達の小さくなっていく背を見送って、商人の女性は魔導士へと顔を向けた。

「本当に、いいのかしら」

「気にしないでください。私も仕事で来ているんですから」

魔導士も、商人である友人に頼まれてこの辺で出没する賊の退治に来たのだ。
腫れが治まってきた足首から手を離した魔導士の女性が気がついたように、ああ、と口を開いた。

「名乗っていませんでしたね。私はウルと言います。これでも、腕には自信があるんですよ?」

悪戯っぽく笑みを浮かべた魔導士ウルに、商人の女性は小さく吹きだした。

「それは心強いわね。私はレイラよ。レイラ・ハートフィリア」

名乗ったところで頭を過ったのは桜色。短かったが先ほどまで楽しい時間を過ごさせてくれた少年。残念な事に、名前を聞いていなかった。

「確か、妖精の尻尾だったわね」

「……魔導士ギルドの?」

首をひねるウルに、レイラは柔らかく笑みを浮かべた。

「ええ。優しくて強い魔導士がいるの。きっと、とてもあたたかいギルドなのね」

目に焼きついた桜色と、耳に残るギルドの名前と明るい声。
それはウルとレイラの脳内に、より強く刻み込まれた。




2010,07,09
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