兄弟





「おかえり。じーじ」

マカロフ宅へと招かれたナツとハッピー。扉を開いて、一番に飛び込んできたのは幼いラクサスだった。
祖父であるマカロフを出迎える表情は笑顔で、成長した姿しか知らないナツ達には衝撃が大きかった。

「出たよ。ピュアラクサス」

「ああ、出たな。ハッピー」

小声で話すナツとハッピーに、ラクサスは首をかしげた。

「さっきの兄ちゃんたち?」

「そうじゃ。暫くの間家に泊ることになったんじゃ」

マカロフが振り返ると、ナツは頭をがりがりとかいた。

「俺はナツだ。よろしくな、ラクサス」

「オイラはハッピーだよ」

ラクサスは瞬きを繰り返した後に、にこりと笑った。

「よろしく!」

ナツ達は戸惑いながらも、招かれるままに家の中へと入った。
流石にマスターという地位についているだけあって、ナツ達の家の比ではない。ナツは早々にソファに飛び乗った。

「すげぇフカフカだぞ、これ!」

「見てよ、ナツ!面白い物見つけたよ!」

毎度の如く他人の家を満喫始めるハッピーとナツ。

「やめんか、お前ら」

家捜しされてはたまらない。いつまでも続けそうな二人を家主であるマカロフが止めた。そんなやり取りが面白かったのだろう、ラクサスが楽しそうに笑っている。

「やっぱり、兄ちゃんたち魔導士なんだよね」

「ん?おお。俺はドラゴン……」

「ナツは!火の魔導士なんだよ!」

ハッピーはナツの言葉を遮って、ごまかすように言葉をつづけた。なるべく未来の情報を入れないようにと判断したのだろう。滅竜魔法は未来でもあまり知られていないような、特殊な魔法。失われた魔法の一つだからだ。
マカロフは別として、幼いラクサスにはハッピーのごまかしに疑問は思わなかったようだ。ラクサスはソファに座るナツの隣に腰かけた。

「ねぇ、どんな仕事したの?魔物退治とかした?悪いやつやっつけたりした?」

目を輝かせるラクサス。無邪気なその姿に、ナツはにっと笑みを浮かべた。

「色んなクエストに行ったぞ!この間も魔導士狩りの捕獲行ったんだけどよ。そん時のルーシィが……もが」

ハッピーはナツの口を押さえた。
学習能力がないのか、危機感がないのか。どちらにせよ、ナツに一人で喋らせるのは危険だ。
首をかしげるラクサス。流石に妙に見えたのだろう。何とか誤魔化そうと頭を働かせるハッピーに、助け船を出したのはマカロフだった。

「お前たちの部屋なんじゃがな……空き部屋があるから、そこを使ってくれんか」

「おお。サンキュー、じっちゃん」

ソファから立つナツの手をラクサスが掴んだ。同じようにソファから降りて手を引く。

「おれが案内するよ!じーじ、どの部屋?」

「角部屋があったじゃろ。あそこじゃ」

ナツを連れて部屋を出ていくラクサスを見送って、マカロフが小さく呟いた。

「ずいぶん懐いとるのう」

安堵したようなマカロフの声は、ナツ達を追おうとしていたハッピーの足を止めた。
振り返れば、優しく目を細めたマカロフの瞳とぶつかる。

「ラクサスにしばらく付き合ってやってくれんか」

ハッピーは、戸惑うことなく頷いたのだった。

ナツはラクサスに手をひかれながら、廊下を歩いていた。別段迷うような広さというわけでもないのだが、楽しそうなラクサスの姿に手を振り払う気にはならなかった。

「ここだよ」

ラクサスが扉を開くと、客室の様に整えられた一室。ベッドも二脚ある。空き部屋というわりにはずいぶんと掃除が行き届いている。
ナツがベッドに飛び込めば、スプリングの効いたベッドが身体を弾ませる。

「気持ちいいな、これー」

柔らかい布団に顔をうずめて、うっとりとするナツに、ラクサスは笑みを浮かべた。

「いつもお手伝いさんが掃除してるんだよ」

だから、使っていないのに綺麗だったのだ。
納得していたナツだったが、部屋に長い沈黙が下りてナツは首をひねった。ラクサスに視線を向ければ、顔を俯かせて落ち着かない様子だ。

「あのさ、ナツ兄ちゃん」

「ナツでいいって」

戸惑うラクサスに、ナツは身体を起こした。

「お前に兄ちゃんとか言われると、なんかこう……」

未来でのラクサスに呼ばれている様な気がして、気持ちが悪い。しかし、ラクサスに非があるわけではないのだ、正直に言えるわけもない。
言葉もできずに両手をわきわきと蠢かせるナツに、ラクサスは戸惑いながらも口を開いた。

「じゃぁ、ナツ。ナツは、どうやって魔法使ってるの?」

「どうって、使おうと思えば……ほれ」

ナツが人差し指を天にさすと、指から炎が噴きあげる。炎が文字を作りギルドの名を刻んでいた。それに目を輝かせたラクサスだったが、すぐに俯いてしまった。

「オレ、まだ魔法が使えないんだ」

小さく吐き出された言葉に、ナツは顔をしかめた。

「んなわけねぇだろ」

ナツは魔法を扱えるラクサスしか知らないし、使えないという意味がうまく理解できない。
ナツの言葉で落ち込ませたようだ。ナツでも悟る事が出来るほどに、ラクサスの纏う空気が重い。そんなやり取りに、遅れてやってきたハッピーが呆れたように声をもらした。

「仕方ないよ。ラクサスはまだ小さいんだから」

生まれた時から魔法を使える人間などいないだろう。物心がつき、力と精神力共に鍛えて魔法を身につける事が出来るのだ。

「でも、ハッピーは生まれた時から翼が使えたぞ」

「オイラは猫ですから」

それは関係ないだろうが、今のラクサスの年齢からして、そろそろ魔法を扱えるようになってもいいはずだ。ナツもその位の年齢で魔法を扱い始めたのだから。

「やっぱり変なのかな。オレは、じーじの孫なのに」

くぐもった声が部屋に響く。もしかしたら、今まで誰にも話した事がなかったのかもしれない。うっすらと涙を浮かべながらも堪えるように身体を震わせている。
その姿と言葉は、未来のラクサスが見せるものとは違うものの、何故かナツには重なって見えた。

「誰かに、何か言われたのか?」

マカロフの孫なのに魔法が使えない。その事を、誰かが嘲ったのだろうか。幼い子供なら容赦なく傷つける言葉を吐く事もある。
ナツの問いにラクサスは答えることない。しかし、それは肯定と受けとっていいだろう。

「ラクサス」

ナツの手がラクサスの両肩へと置かれる。腰を落として床に膝をつけば、先ほどよりも視線は近い。
ラクサスは顔を上げて、近づいたナツの瞳を見つめた。

「お前は、じっちゃんの孫じゃない。いあ、孫だけど、お前はラクサスなんだ」

「う、うん」

ラクサスは困惑したように瞬きを繰り返した。
ナツが何を言いたいのか付き合いの長いハッピーには察する事が出来るが、まだ幼いラクサスには難しいだろう。

「他のヤツらが何か言ってきても気にすんなよ。じっちゃんの孫の前に、お前はお前なんだからな」

「ナツ、ラクサスにはまだ難しいよ」

ぐぬぬと唸るナツ。
ラクサスは自然と表情を緩めていた。

「よく分からないけど、ありがと」

ナツが励まそうとしているという事は察したようだ。純粋な笑顔を間近で見たナツは、どこだか遠くを見つめた。十七年後の姿を思い出して、うな垂れてしまう。

「ナツ、どうしたの?」

心配そうに眉を下げるラクサスに、ハッピーがナツの心情を察して視線を遠くにやった。

「ナツは今、人類の神秘に直面してるんだよ。きっと」

「……大変そうだね」

他人事のように言っているが、まさにラクサスのことだ。しかし、それを言う事など出来ない。ハッピーは口を閉ざした。

「それより、腹減らねぇか?」

切り替えが早い。空腹を主張する腹の音が部屋に響いた。
それにラクサスは笑うと、部屋の扉に手をかける。

「オレ、じーじに聞いてくるよ」

「おお。頼んだぞ」

「ぞー」

「うん!」

部屋を出ていくラクサスを見送ると、ハッピーはナツを見上げた。

「ラクサスにも、こんな時があったんだね」

ナツはベッドに横になり、天井を見上げた。

「何であんな風になっちゃったのかな」

未来でのラクサスの事を言っているのはすぐに分かった。ナツはハッピーの問いを聞きながら瞳を閉じると、口を開いた。

「さぁな」

まだ記憶に新しい、バトルオブフェアリーテイル。ラクサスが破門になるきっかけとなった事件で、戦っているときの獣が吠えているかのようなラクサスの叫びは、ナツの耳に残っていた。
マスターの孫に生まれたために圧し掛かる重圧など、ナツには到底分かりえない。それ以前に、ナツはラクサスをそんな色眼鏡でなど見たことはなかったのだ。

「俺たちがいたのにな」

少し歩み寄るだけだった。手を伸ばせば近くにいたのだ。
ナツは腕で目を覆った。まぶた越しに照らす光が遮られて、闇が訪れる。

「ラクサス、今どこにいるんだろうね」

ハッピーの言葉にナツは答える事はなかった。
疲れていたのかもしれない、すぐに寝息が聞こえ始めた。ハッピーもナツの隣に横になると瞳を閉じたのだった。







ナツが目が覚ました時には夜中だった。マカロフだろう、ナツとハッピーには毛布が掛けられていた。
空腹で目を覚ましたナツは、眠っているハッピーを置いて部屋を出た。何か食べないと眠れない。人の家だというのに全く遠慮なく食べ物を探しにリビングへと向かった。

「あれ、ナツ?」

「お、ラクサ……」

ナツの言葉は、自らの腹の音で遮られた。腹を押さえて照れたように笑うナツに、ラクサスも笑った。

「ちゃんととってあるよ。ナツの分」

「マジか!」

ラクサスについていけば、テーブルには布がかけられていた。それをはがせば、皿が二人分。ナツとハッピーの分だろう。料理が乗っていて、乾燥しないようにシートで保護されていた。

「うまそー!」

椅子に座って料理を見下ろすナツ。ラクサスは台所へと向かうと、コップを二つ手にして戻ってきた。中にはジュースが注がれている。

「ナツ。ごはん、あっためた方が……って、もうないし!」

戻った時には、すでに皿の上の料理は空だった。ハッピーの分も消えている。ナツを見れば満足そうに、口いっぱいの食べ物を咀嚼していた。こんな姿を見ては何も言えない。
ラクサスは唖然とした様子で、ナツの向かい側に座った。

「お腹すいてたんだね」

「もうペコペコだった。お、サンキュー」

ナツはラクサスからジュースを受け取ると、一気に飲み干した。ナツは一息ついて目の前でジュースを飲んでいるラクサスに視線を向ける。

「お前寝ないのか?」

時間を確認しても、子供が起きている様な時間ではない。ラクサスはコップから口を離してナツを見上げた。

「喉がかわいて目がさめちゃったんだ」

再びジュースを飲み始めるラクサスに、ナツは思い出したように、にやりと口端を吊り上げた。

「寝る前にジュース飲むとおねしょすんだぞ」

「し、しないよ!」

「ホントかー?」

顔を赤くするラクサスに、ナツはケラケラと笑っている。腹も満たされて気分が高揚しているのかもしれない。
揶揄されて、むくれるラクサスの頭を撫でてやると、ナツは立ち上がった。

「冗談だって。さて、寝るか」

すぐに離された手を、ラクサスは名残惜しげに見つめた。

「な、ナツ!」

部屋に戻ろうとしていたナツは、ラクサスの声に足を止めた。振りかえれば、落ち着かない様子のラクサス。
ナツは察したように真面目な表情で頷いた。

「寝る前にトイレ行っとけよ」

「違うよ!そうじゃなくて」

はっきりと否定の言葉を吐きだしたラクサスに、ナツは首をかしげた。何が言いたいのか分からない。
ラクサスはむくれて膨らませていた頬を戻して、ナツを見上げた。

「いっしょに寝ていい?」

瞬きを繰り返すナツに、ラクサスは慌てたように続けた。

「クエストの話聞きたいんだ!……だ、ダメかなぁ」

窺うようなラクサスに、ナツはにっと笑みを作った。

「いいけど、一晩じゃ話しきれねぇな」

「そんなにいっぱいあるの?」

目を輝かせるラクサスの頭を撫でるナツの手を、ラクサスの手が引いた。

「早く行こうよ!」

ナツは手をひかれて部屋へと戻った。
ベッドにはハッピーが熟睡していて、ラクサスは人差し指を口元にあててしーっと声をもらすと、空いている方のベッドにもぐり込んだ。

「ナツ、早く」

小声で促すラクサスに、ナツもラクサスの隣に横になった。

「何から話すかな」

「ねぇ、今までどんな魔物にあったの?」

「そうだな、ハッピーがまだ卵の時…――――」

ラクサスも興奮していたのだろう、中々眠気が訪れることなくナツの話を聞いていた。曇りのない瞳はまっすぐにナツを見つめていた。

早朝になり、ラクサスが自室にいない事に慌てたマカロフがナツの部屋を訪れた頃には、二人は仲良く寝息を立てていた。
寄り添って眠る姿は本当の兄弟のようにも見え、マカロフは思わず頬を緩ませたのだった。




2010,04,13
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