変わらなく続く思い





本人は気付いていないと思っていたけどギルドの誰もが知っていた。いつも元気でいても、一年の中でこの日だけは、幼い心が悲しみで満ちるのを。弱さを見せたくなくて、隠れて泣いている事を。

それは、ナツがギルドに来て二回目の七月七日。ミラジェーン達姉妹がギルドに加入して一年も満たない頃。

「あれ、ナツ来てないの?」

朝、ミラジェーン達と共にギルドに顔を出したリサーナは、ギルド内に視線をさまよわせる。
リサーナの言葉に周囲は答えようとしない。そんな中、マカオが口を開いた。

「ナツなら飯食って出てったよ」

「もう?いつもなら依頼版見てるのに」

楽しそうに依頼書を眺めているナツの姿が、今日はない。首をかしげるリサーナ。

「今日は七月七日だろ」

頷くリサーナにマカオが続ける。

「……今日は、ナツの親父がいなくなった日なんだよ」

ナツの養父であるイグニール。にわかに信じがたいが、ナツが言うには竜なのだそうだ。何も告げずに、朝目が覚めたら姿を消していた。それが、幼いナツをどれほど傷つけたか。
いつも幼いながらも気丈に振舞っている。もちろん、楽しく装っているのではない。喜びも怒りも、全て本物なのだが、寂しさだけは悟らせまいと隠している。幼いナツの強がりなのだ。
それでも、七月七日だけは脆くなってしまう。また今もどこかで泣いているのだろう。

「じゃぁ、探しにいかないと」

「やめとけ。なに言ってもあいつは……」

慰めようとすると逆に反発してくるのだ。泣いていない、寂しくない。何度も己で言い聞かせるように叫ぶのだ。それが逆に痛かった。だから、この日だけは、見守るだけにしているのだ。

「そんなのダメだよ!一人でいたらもっと寂しいでしょ!」

言葉を詰まらせる周囲に、リサーナは思いついたように、手を合わせた。

「ねぇ、皆であれやろ!」

七月七日と聞けば、ギルド内でいつの間にかナツの事しか出てこなかった。それほどまでに周囲がナツを気にかけていたという事だろう。しかし、もう一つあったではないか。それこそ世間一般での行事。
リサーナの提案で、周囲は準備に取り掛かった。さして手に入り辛いものではない。
昼に入る頃には準備が整っていた。

「ほら、早く!」

リサーナに手を引かれてナツがギルドへと入ってきた。大きな猫目は赤くはれている。やはり泣いていたのだろう。
入ってきたナツは、ギルドの真ん中にあるものに目を瞬かせた。あまり見かけないそれが、堂々と場所を占拠しているのだ。

「なんだ、これ?」

首をかしげるナツに、リサーナはにこりと笑みを作った。

「七夕の笹だよ」

「たなばた?」

笹には紙で作った飾りが施されている。不思議そうに眺めるナツに、リサーナは一枚の紙を渡す。赤い長方形の色紙。一か所に穴が開いており紐が通っていた。

「これは短冊っていって、願いごとを書くの」

「書いてどうすんだよ」

「短冊に願いごと書いて笹にかざると、叶うんだよ」

ナツの手が短冊に触れる。リサーナの手から受け取った短冊をまじまじと見つめる。
何の変哲もない紙だ。魔法がかかっているようにも見えない。願いごとが叶うとはどういう意味なのだと、訝しむ様なナツにリサーナは続ける。

「本当に叶うんだから。それにね、願いごとは自分が一番叶えたい事じゃないとダメなんだよ」

それはつまり、本当に叶えたい事ならば、自力で何とかするからだろう。願掛けの様なもので、誓いを立てる事によって、己の心を映しだして想いを強くするものなのかもしれない。

「一番、叶えたい願い……」

「ナツの一番の願いごとってなに?」

ナツがテーブルに着いた。短冊をながめていると、何かを探すように辺りを見渡した。それに気が付いたエルザがナツへと手を差し出す。その手には何の変哲もないペンが一本。

「決まったか」

エルザの言葉に頷いてペンを受けとった。ナツは、戸惑ったようにペンを紙に付ける。ゆっくりと幼い文字が綴られていく。
周囲が見守る中、短冊には短い文が出来上がった。

「きっと叶うよ」

リサーナの言葉にナツが柔らかく笑みを浮かべた。
それは、初めて見せた七月七日の笑顔だった―――――







「その時初めて、ナツの心が吐き出された気がしたわ」

ミラジェーンは、カウンター越しのルーシィに笑みを浮かべた。

『イグニールに会いたい』幼い字で書かれた願い。どんな願いよりも強い想いを秘めている気がした。
それからは、ギルドでの恒例行事となった七夕。そして、今年はギルドの改築もして広くなったせいか、規模も大きくなっていた。
ギルドの門をくぐってすぐ、オープンカフェとなっている場所。いつも並べられているテーブルは片付けられ、その変わりに笹が大量発生していた。一定間隔をあけて、石畳を覆い隠そうとしているようだ。

「全部ナツの為なんですね」

まさか、今でも願いごとが叶うとは思っていないだろう。それでも、毎年書き続けるのだ。

「……それで、何故かあそこで白熱してるんですね」

ルーシィが疲れたような視線を向ける先では、テーブルに三つの影。ナツとウェンディとガジルだ。目に見えない闘志が燃え盛っている気がする。凄い気迫だ。

「かわいいわよね。今年は張りきってるみたい」

ミラジェーンが笑みを浮かべるが、ルーシィには笑えなかった。三人の気迫に誰一人近づけていないのだ。いつも傍にいるハッピーとシャルルさえも今回はいない。

「短冊ならいっぱいあるから、ルーシィも書いたら?」

そう言い残し、客に呼ばれて行ってしまったミラジェーン。その背を見送って、ルーシィはナツ達の居るテーブルへと近づいた。

「っていうか、書きすぎ!」

色とりどりの短冊が山の様になっていた。遠目で見て分かっていたのだが、近くで見ると更にすごい。ミラジェーンの話を聞いている間にも着々と量は増やされていた。
短冊の山が三つあるのだが、周囲が近づけない時点で、ナツ達三人で作り上げたものだと分かる。まさに独占状態だ。三人が構えるテーブルは戦うリングと言ったところか。

「よぉ。ルーシィ」

「おはようございます。ルーシィさん」

「バニーかよ」

ルーシィに気付いた三人が、タイミングを合わせたかのように顔を上げた。明らかにガジルは、邪魔をするなと言わんばかりだったが。

「おはよう……ていうか、そんなに何を願い事があるのよ」

姿を消した養い親に会いたいと書いているのかと思っていたルーシィは、その短冊の量に目を見張った。全て飾りきれるのだろうか。

ルーシィは山の中から短冊を一枚手に取ったものの、短冊に書かれた願い事を目にした途端目を向いた。他の山からも一枚ずつ手に取った。

「な、何これ」

三人は息ぴったりに声をそろえた。

「イグニールだ」

「グランディーネです」

「メタリカーナだ」

ルーシィは短冊を持つ手を震わせた。

「何で名前しか書いてないの?!」

短冊には願い事ではなく、名前が書きつづられた。目に付く短冊も全て同じだ。名札でも作製しているのかと問いたくなるように、一枚に名前が書きなぐられている。少し不気味だ。

「最初はちゃんと書いてたんですけど、いつの間にか名前だけになってました」

恥ずかしそうに顔を俯かせるウェンディ。
短冊の山へと手を突っ込んでみれば、最初に書いたのだろう短冊を見つけた。可愛らしい字で「グランディーネに会いたい」と切ない願い事が書いてある。
悲しみを含んだような少し歪んだ笑みを浮かべるウェンディ。その表情につられたように、ルーシィもくしゃりと顔を歪めた。

「つか、邪魔すんなよ。ルーシィ」

口元を歪めたナツが、短冊を元の場所に戻すルーシィを見上げた。不満そうに唇を尖らせるナツに、ルーシィは眉を寄せた。

「な、何よ、邪魔ってー」

「今、誰が一番多く書けるかって勝負してたんだよ。ルーシィのせいで止まっちまった」

山が出来ている理由は、それか。文句を言うナツに、ルーシィは言い返す事もなく口を閉ざした。大体予想が付いていたのだ。

「あ、ルーシィさんも書きますか?」

ペンで少し汚れた手が短冊を差し出してくる。ルーシィはゆっくりと首を振るった。それを受けとるという事は、参戦するという事だ。そんな勇気はない。

「あ、あたしはいいから」

「そうですか?」

きょとんと首をかしげるウェンディ。その隣からナツの怒りを含んだ叫び声が上がった。

「てめ、何書いてんだよ!ガジル!」

ガジルへと視線を向けると、すぐにウェンディも非難の声を上げた。

「あ!ずるいですよ、ガジルさん!」

手が止まっているナツとウェンディに構う様子もなく、ガジルは書き続けていたのだ。短冊が破れてしまうのではないかと思う程に力強い筆圧だ。

「勝負中に遊んでんのが悪ぃんだよ」

ギヒ。独特な笑い声を上げるガジルに、ナツは目を吊り上げると、テーブルに手をかけた。

行動を察したウェンディが止めようとするが遅い。ナツはテーブルをひっくり返した。

「止めろってんだろ!!」

山になっていた短冊が床にばら撒かれていく。

「もう、ナツさん!」

「何しやがる!」

三人の短冊は混ざってしまった。もともとの量が多かった分、仕分けるのは大変だろう。掴みかかって争い始める二人をウェンディが必死に止めようとする。そんな光景にルーシィは溜息をついた。

「あんたたち、いい加減にしなさいよ」

ルーシィの咎める声も聞き入れてはいない。喧嘩を始めたらいつもの事なのだが。
ルーシィは床に散らばった短冊の内、三人の物を一枚ずつ手に取った。それを、三人に差しだす。

「はい!一人一枚で十分でしょ。あんまり欲張ると、願いごと叶えてもらえなくなるわよ」

三人はぴたりと動きを止めると、差しだされた短冊を見つめた。次にルーシィへと視線をずらし、瞬きを繰り返すと、渋々と言った様子で短冊を受けとる。

「そ、そうですね。欲張っちゃだめですよね……」

「ルーシィに言われたらおしまいだな」

ウェンディは別として、ナツの失礼な言葉に加えガジルの舌打ちに、ルーシィはむっと口元を歪めた。しょんぼりと顔を俯かせるウェンディに、ナツとガジルは背を向ける。

「よし!じゃ、場所変えて勝負のやりなおしだ!」

「てめーのせいで台無しになったんだろ」

「まだ、やる気なの!?」

ルーシィの声にナツとガジルが振り返る。視線はルーシィにではなくウェンディに向けられていた。
首をかしげるウェンディにナツはにっと笑みを浮かべた。

「ウェンディも来いよ!」

「、はい!」

笑顔で駆け寄っていくウェンディ。三人は勝負の意気込みを口にしながら、新しく場所を探しはじめた。
次の勝負が短冊を書く事なのか別の事なのかは分からないが、また三人だけの世界に入り込んでしまうのだろう。

「もう、ウェンディまで巻き込んで……」

呆れたような視線を向けていたルーシィは、背後から聞こえる小さな笑い声に振り返った。立っていたのはミラジェーンだ。

「三人は、あれで楽しいのよ」

ミラジェーンはしゃがみこみ、置き去りにされた床に散らばる短冊を拾い始める。

「願いごとをするだけなら、一枚書けば足りるのよね」

ミラジェーンと共に短冊を拾い始めていたルーシィが、切なげに呟かれたミラジェーンの言葉に首をかしげる。
目が合うと、ミラジェーンは柔らかく笑みを浮かべ、短冊を優しく撫でた。

「会いたいっていう思いが、止まらなくなっちゃうんじゃないかしら」

短冊を見れば必死さが伝わってくる。勝負と称してはいたが、短冊に思いをぶつけている様な気さえする。
それこそ七年経った今、自分と同じ境遇の人間に会えたのだ。周囲には理解されない事も分かりあえる存在。誰にもぶつけられない思いがあふれ出ているのかもしれない。

「さ、ルーシィも手伝って」

いつの間にか、騒いでいる三人へと視線を向けていたルーシィはミラジェーンの言葉に慌てて振り返った。ミラジェーンはくすりと笑みをこぼした。

「一人だと、全部飾るの大変でしょ?」

腕いっぱいに抱えても溢れる短冊。それを抱えながら、ルーシィは笑顔で頷いた。
この年の大量発生した笹は、全て、三人の気持ちで埋め尽くされた。

――――イグニールを見つける

――――グランディーネに会いたい

――――メタリカーナを捜しだす

その願いは、いつか必ず叶えられるだろう。
そう誰にも思わせてしまう短冊は、天の川が浮かぶ夜空の下で風に揺れていた。




2010,07,07

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