過去





マグノリアから少し離れた町にある森。今回最強チームが受けた依頼内容の場所だ。
入口の前で足を止めて、森の中へと視線を向けた。ほとんど人が立ち入ることのない私有地であるために、自然も人の手が加えられないで残っている。
ルーシィはまっすぐに森の奥へと視線を向けると、胸のあたりで手を組んだ。

「まさか、こんな日が来るなんて……」

感動で身が震える。何故ルーシィがこんなにも感動しているのか、理由は簡単だった。今回最強チームが引き受けた依頼内容それが、森の探索。

「安心安全!危険のない仕事!こういうのを待ってたのよ!」

報酬額が高くなれば、その分危険度は増す。しかし、今回の依頼内容をみれば危険は少ないようにも見え、報酬額は高いのだ。
喜ぶルーシィとは逆にナツだけは不満そうだった。

「つまんねぇ。報酬額が高い仕事なら他にもあったじゃねぇか」

ナツの目にとまった仕事があったのだが、チームを組んでいる以上仕事の決定権も個々にあるわけで、今回はルーシィの番だった。
ぶつくさ文句を言っているナツにエルザが苦笑した。

「こういう仕事もたまにはいいだろう。それに、人が足を踏み入れることがないような場所だ、何かあるかもしれないぞ」

「そういや、この森は魔導士じゃねぇと入れないんだったな」

仕事内容を思い出すグレイに、エルザが頷いた。

「この森は今回の依頼主の資産の一つなのだが、先代が魔導士だったらしい。安易に立ち入られる事のないように術を施したようだ」

あいにくと、依頼主である現当主が魔力を扱えない上に、その他の親族も魔法に精通した者はいなかった。そこで、当主が妖精の尻尾に依頼をしてきたのだ。
確かに、ここまで徹底されれば勘ぐってしまうのも仕方がない。報酬額が高いのもはその為だろう。

「もしかしたら宝でも出てくるかもしれないぞ」

エルザの言葉にハッピーとナツが目を輝かせた。

「宝探しみたいだね、ナツ!」

「おお、面白くなってきたな!行くぞ、ハッピー!」

ナツの言葉と同時にハッピーは翼を出すと、ナツと共に森の中へと突進していった。呆然とする間にナツ達の姿は見えなくなる。

「もう見えないし……」

「何考えてんだ、あのバカ」

「ナツ達なら大丈夫だろう。私たちはゆっくり行こう」

小さく笑みを浮かべるエルザと共に、ルーシィ達も森の中へと入って行く。その一方、ナツ達はただ突っ走っていた足を止めた。宝探しなら、まずどこを探せばいいのか。

「定番は、滝の裏かな?」

「洞窟もありだな」

ナツはハッピーと顔を見合わせて笑みを浮かべた。この二人の中で、すでに依頼の事は忘れ去られているのだろう。完全に宝探しに切り替えられている。

「よし、グレイより先に見つけようぜ!」

「あい!まずは洞窟とか滝を……」

上空から探そうと高度を上げたハッピーだったが、すぐに翼を消して地面に足を付ける。

「どうした、ハッピー?」

ナツの背では分からないが、少し離れた場所で何かが光っていたのだ。陽の光というより、光が当たって反射して来たのだろう。
地に下りたおかげで光からは逃れたハッピーが光のする方へと指をさす。

「向こうに何かあるみたい。光ってて眩しいんだ」

「もしかして宝か!?行ってみようぜ」

「待ってよ、ナツー」

茂みを掻き分けていくナツにハッピーも追いかけた。たいして離れていない場所で、目的の物を見つける事が出来た。
木の根元に立てかけるようにして置いてある鏡。反射していた光はこの鏡からだろう。
鏡は、ハッピーの体全身が映るほどの大きさの楕円形。縁は銀で装飾してあるが、作った人物の趣味がいいとは思えない。一番目立つ天辺に髑髏が手を広げている彫刻が施されている。髑髏の瞳に石が埋め込まれていて、またそれがいっそう悪趣味だ。

「おー!かっこいいな、これ!」

「そうかな。不気味だよ」

好みの違いだが、十中八九ハッピーの感覚の方が賛同を得るだろう。鏡を気にいったナツが、目を輝かせて鏡に手をかけた。

「ん?何か引っかかってんのか……ふんがーッ!!」

鏡を壊しそうな勢いで引っ張ってみるが、持ち上がらない。見た目からして重量があるようには見えないから、木の根に引っかかっているのか。
これ以上は無駄だと判断しナツが手を放す。

「どうなってるんだろうね」

「仕方ねぇな。掘ってみるか」

そう言いながら、ナツは持ち上げた拳を炎で纏わせた。ハッピーはその行動に目をむいた。

「壊れちゃうよ!」

「ちょっとそこの土削るだけだから大丈夫だって」

掘るや削る程度を超えている。その拳で殴れば間違いなく鏡も巻き添えを食らうだろう。ハッピーが止めるのも聞かずに、ナツは鏡付近へと拳を振り下ろすと、炎が反射したのか髑髏に埋め込まれていた石が光った。

「ナツ、何か変だよ」

ナツも異変を感じ取ったのか拳を止めた。しかし異変は止まらない。石の輝きは増して目を眩ませる。ナツとハッピーは光を防ごうと硬く瞳を閉じた。
暫くして薄っすらと目蓋を持ちあげれば、異変は止まっていた。鏡も最初見た通りのままだ。

「何だったんだ、今の。ハッピー、もう大丈夫だぞ」

ハッピーへと振り返る。ナツの声に安堵したように目を開いたハッピーは、すぐに顔を強ばらせた。視線はナツの背後へと向けられている。

「ナツ、後ろ!!」

振り返るナツの視界は闇で染まった。咄嗟に背後へと跳んで正体を確認できた。影が鏡から飛び出ていた。影は無数の手のように形作り、ナツを捕らえようと伸びてきている。

「な、んだよこれ!くそ、魔法がきかねぇ!」

伸びてくる範囲に限界はないらしい。逃れても追ってくる影を蹴散らそうとするが、炎は影に触れると消え失せてしまった。それが隙となり、ナツの足は影にとられてしまった。

「やべ」

「ナツ!!」

足をとられて一瞬で鏡付近まで体を引きずられた。影は引っ込んでいくように鏡の中へと吸い込まれていく。
影に掴まれているナツの足も同様に鏡に飲み込まれていく。魔法で抵抗したところだが魔法が使えなくなっていた。影に体を取られているからかもしれない。

「チクショー!放しやがれ!」

「ナツ、オイラに掴まって!!」

思った以上の力で、抵抗しようが物ともしない。ハッピーがナツの手をとり引っ張ろうとするが何の力にもならない。
あっという間に、ナツはハッピーと共に鏡の中に飲み込まれてしまった。
二人が消えた後は、まるで何事もなかったかのように静けさが戻った――――







視界は闇で染まり、感覚全てが奪われているような感覚。そこから一気に浮上するかのように耳を幼い声が支配した。
体は揺さぶられ、まるで乗り物に乗っている時のような不快感。胃から込み上げてくるものに耐え切れず、目を開いた。

「大丈夫?」

視界いっぱいには見覚えのない幼い子供の顔。金髪が日の光で輝き、視界の端に映る晴れ渡った空の青によく映える。ナツは瞬きを繰り返して、口元を押さえた。

「うぷ、気持ちわる……」

ナツは上体を起こして、胃のむかつきに耐えるように沈黙した。そんなナツを心配そうに見守るのは先ほど目を覚ましたナツが最初に視界に入れた少年だ。
ナツはいまだに顔を青ざめさせたままで、周囲を見渡す。すぐ隣に意識を手放しているハッピーを見つけた。

「ハッピー、大丈夫かー」

体をゆすってやれば、ハッピーはすぐに目を開いた。数回瞬きをくり返すと勢いよく体を起こす。周囲を警戒するように視線をさまよわせ、ナツに視線を止める。

「オイラ達、一体どうなったの?」

困惑するのも無理はない。今ハッピー達がいる場所は、あきらかに意識を手放す前の場所ではない。森のような場所から、目を覚ませば開けた場所に寝ていたのだ。
ハッピーの様子に、ナツも頭をがりがりとかいた。どうも見覚えのある場所のような気はするのだが、頭がうまく働かない。

「ねぇ、兄ちゃん」

少年が控えめな声をかけてくる。ナツとハッピーは振り返った。

「兄ちゃん妖精の尻尾の人?」

ナツが首をかしげると、少年はナツの肩へと指をさした。

「それ妖精の尻尾のマークだよね」

確かにナツの肩にはギルドの紋章が刻まれているし、妖精の尻尾は雑誌にもよく取り上げられるギルドだ。幼い子供とはいえ知っていても不思議はないナツが頷こうとする前に、聞きなれた声が耳に入った。

「こんなところにおったのか」

姿を現せたのは、妖精の尻尾のマスターであるマカロフだった。ナツとハッピーは知った顔に安堵した。
自分達を探してくれたのかと立ち上がろうとするが、それよりも先に少年がマカロフへと駆け寄った。

「じーじ!」

「買い物中にいなくなるから心配したんじゃぞ」

「ごめんなさーい」

ナツとハッピーは呆然と二人のやり取りに目を見張った。

「あのね、人が倒れてたんだよ」

少年の指が、ナツへと向けられる。ナツはそれをどこか遠くで見ながら、口を開いた。

「じーじって、じいちゃんの事だよな?」

「マスターって孫いたっけ?」

「俺ラクサスしか知らねぇ」

「オイラもだよ」

ナツとハッピーは顔を見合わせた。熱くもないのに汗が流れている。混乱で頭をしめるナツ達に、マカロフが近づいた。

「お前たち、妖精の尻尾の魔導士か?見たことない顔じゃが」

「俺だって、じっちゃん!ナツだ!」

「オイラ、ハッピーだよ!」

「ナツとハッピー……聞いた事もないのう」

ナツはマカロフの言葉に衝撃を受けて言い返す。そんな中、ハッピーは冷静に物事を判断し始めた。周囲を見渡せば、見覚えのある場所なのは当たり前だった。この場所はマグノリア内にある公園だ。その証拠に公園内で一番目立つソラの木があるではないか。
ハッピーはナツと話しをしているマカロフと、マカロフをじーじと呼ぶ少年を繰り返し見返す。思考を働かせ、たどり着いた仮説に、ハッピーは顔を青ざめさせた。
ハッピーの手が、震えながらナツの服を掴んだ。

「大変だよ、ナツ」

興奮気味のナツは息を切らせながらハッピーを見下ろすと、ハッピーの表情に顔をしかめた。

「どうした?」

「オイラ達、過去に来ちゃったのかも」

ナツは瞬きを繰り返した。

「何言ってんだよ、ハッピー」

「オイラも信じたくないけど……ねぇ、マスター。今って何年?」

「おぬしら大丈夫か?今年は767年じゃろ」

「何言ってんだ、じっちゃん。今は784年だろ」

首をかしげるナツにハッピーは、やはりといった表情で俯いた。ハッピーのたてた仮説は的中したらしい。
毎朝新聞で記事に目を通しているハッピーは、仕事に出る前に確認したばかりだ。確かにナツのいう通り784年だった。

「やっぱり、ここは17年前のマグノリアなんだ」

マカロフが嘘をつくわけもないだろう。ナツは言葉を詰まらせた。色んな現象に出くわした事があるが、時空を超えたのは始めてだ。

「きっと、あの時の鏡が時空転移の魔道具だったんだよ!」

「じゃぁ、俺たちどうなんだ!?」

「そんなのオイラだって分からないよ!!」

涙を浮かべるハッピーに、ナツは頭をがりがりとかいた。
ナツたちの会話を聞いていたマカロフが、思考をめぐらすように己の顎を撫でると、混乱を極めているナツの肩にあるギルドの紋章を見て小さく息をついた。

「……お主の肩にあるのはギルドの紋章じゃな」

「あ?そ、そうだ!じっちゃんなら何とかできんだろ!?俺たち未来から……」

「待って、ナツ!」

ナツの言葉を遮るハッピー。ハッピーはマカロフと少年へと視線を向けて、ナツを見上げた。

「こういう場合、やたらと話さない方がいいんだよ。へたしたら未来が変わっちゃうかもしれないじゃないか」

「じっちゃんなら大丈夫だろ。それと……あいつも」

それ以前に、二人の会話はしっかりマカロフの耳へと入っているのだが、混乱状態でうまく判断もできていないようだ。
ハッピーがナツの視線をたどるように少年を見上げる。戸惑うようなその視線に、マカロフが少年へと振り返った。

「先に帰れるか?」

「うん。でも、じーじは?」

「ワシは、こやつらと話しがあるんじゃ」

「分かった、先に帰ってるね。兄ちゃんたちもバイバーイ」

手を振って去っていくのを見送って、マカロフはナツへと視線を戻した。

「おぬしらの会話からして、魔道具の影響で未来からきたようじゃが、どうも信じがたい」

「オイラ達時空転移したんだよ。ちゃんと妖精の尻尾の魔導士だし」

ハッピーは己の背中にある紋章をマカロフへと見せる。

「紋章は本物じゃ。しかし、赤など見た事がない。黒しかな」

ハッピーの紋章の色は黒でナツは赤。ギルドの者たちは、紋章を体に刻んで貰う際に己の好みの色を選択している。一色のみで配色がないのは、おそらく17年の間で変わったのだろう。
疑われているのだと感じ取ったナツが、マカロフの肩を掴んで体を揺さぶった。

「嘘なんかつかねぇよ!」

「オイラ達本当に未来から来たんだよ!」

「わ、分かったから、落ち着かんか!」

マカロフの言葉に大人しく口を閉ざしたナツとハッピー。ナツが手を放すと、マカロフはナツの瞳を見つめ、小さく息をついた。

「ワシとて無駄に長くは生きておらん。目を見れば、真か偽りかぐらい判断できる。もちろん、お主らが嘘をついていないこともな」

「じっちゃん!」

目を輝かせるナツにマカロフは頬をかいた。
ナツ達が嘘をついていないとしても、降りかかった現象は信じがたかった。それでも、ナツ達が妖精の尻尾の魔導士なら放っておくわけにはいかない。

「ひとまずワシの家に来なさい。魔道具の事は知り合いに詳しい奴がいるから、そいつに聞いてみよう」

「さっすがじっちゃんだ!!」

とりあえずは、これで途方に暮れることはなくなった。安堵したナツが笑いながらマカロフの頭をたたいた。ハッピーも喜んで翼で飛び回っていたが、ふと思い出して浮遊していた体を止めた。

「ねぇ、さっきの子ってマスターの孫なの?」

「そういや。じっちゃんに孫なんていたんだな」

マカロフがナツ達の反応に顔をしかめた。

「何じゃ。お前ら、未来から来たのに知らんのか?」

「俺たちラクサスしか知らねぇもんな?ハッピー」

頷くハッピーに、マカロフは瞬きを繰り返してナツを見上げた。

「ラクサスじゃ」

「あ?」

「さっきのはワシの孫のラクサスじゃ」

ナツとハッピーは互いに顔を見合わせた。
倒れていた自分たちを心配してくれた少年。マカロフをじーじと呼んで慕い、笑顔で手を振っていた。
そんなバカな。
ナツの額に冷や汗が浮かぶ中、ハッピーは小さく溜息をついただけだった。時空転移の想定をたてた時に、少年がラクサスでないかもしれないという事も一瞬よぎったのだ。
全く想像だにしなかったナツは、ぎこちない表情をマカロフへと向けた。

「マジか」

力無いナツの声が静かに落ちた。




2010,03,05
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