桜色の髪





目が覚めれば、見慣れ始めた天井。ナツは上体を起こして、窓から外を眺めた。

「……夢じゃねぇんだ」

地よりも高い位置にある視線。ナツがいる場所が二階なのだと分かる。
見知らぬ村。街と呼べるほど大きくはない。村内を散策すれば店ぐらい見つかるかもしれないが、窓から覗ける範囲には民家しか存在しない。
外へと視線を向けたままでも脳裏に浮かぶのは、意識を飛ばす前に会った、ラクサスと名乗る男の姿だった。
ナツはベッドから抜け出た。廊下へと出れば、人の気配などない静けさ。
辺りを見渡しながら足を進め階段を下りていく。階下は居間のようで、食卓や大分使い込まれている台所。生活感はあるが人の気配がなかった。

「あいつ、どこにいるんだ?」

ラクサス。
そう言いかけて、すぐに閉ざした。ラクサスと名乗る男が、ナツの探していた彼であると確信に近いものを持っていた。むしろ右目の傷までもが同じなら、なお更同一人物であると思うのが当然だ。それでも男の、自分を知らぬような言動が、ナツを不安にしていた。
まだ、名を呼びたくはない。

「何か食いもんねぇかな」

腹が空腹を訴えていた。何か腹に収めたい。
ナツは、勝手に部屋の中を荒らしはじめた。まず食べ物を探すのなら台所だろう。ルーシィも悩まされ続けているが、ナツに遠慮という言葉はない。

「お。みっけ!」

果物が数個。その中のすぐに口にできそうな物を手に取った。ナツは家主の了承をとる事もなく、熟している果実を口にした。口の中に広がる酸味と甘味に、思わず顔がほころぶ。
あっという間に果物は種さえも残らずにナツの口の中へと消えてしまった。もうひとつに伸ばそうとした手が、外から聞こえる音に止められる。
たたき割る様な小気味いい音が一定間隔で聞こえ、ナツは台所近くにあった扉に手をかけた。ゆっくりと開く扉、その隙間から日差しが差し込みナツは目を細めた。
家の中から聞こえた音が、近くで響く。耳を刺激するその音の正体に、ナツは目を開いた。

「ラク、サス」

思わず口をついてしまった。ナツ自身、名前を発した事に気付いていない。
立ちつくすナツの目には、斧を持つ男の姿。薪割りをしていて、一定の速度で斧が木を真っ二つに割っていく。
この場は家の裏手になっていて、昼間だと言うのに他に人は見当たらない。先ほど部屋から見た場所とは、別の場所にさえ思えてしまう。
暫くそれを見ていたが、男がナツに気付いて斧を下ろした。

「起きたのか」

男の声にナツは我に返った。少し戸惑いながらも男へと近づく。

「熱はすぐに下がったんだが、調子はどうだ?」

「あ?おお……つか、熱ってなんだよ」

男はナツをじっと見つめると、苦笑した。

「覚えてねぇのか?熱出してぶっ倒れただろ」

ナツは腕を組んで首をひねった。記憶を引っ張り出そうとするが、森で迷ったあたりからは、途切れ途切れではっきりしない。一度目を覚ました時に、目の前にいるラクサスに似た男と出会った事は、印象が強くて忘れる事はなかったのだ。

「まぁいい。もう平気なんだな?」

「お、おお」

男の手がナツの頭を撫でる。ぐしゃりと髪を乱され、ナツは微かに顔をしかめた。

「なぁ……お前の名前って、ラクサス、なのか?」

手を退ける男をナツの瞳が真っすぐに見上げた。
一度名を告げていた男は訝しむような顔をしたが、ナツの真剣な瞳男も真っすぐとナツを見下ろした。

「ああ。俺の名前はラクサスだ」

「ラクサス・ドレアー」

ナツの瞳が揺れる。男はナツの瞳に微かに動揺しながらも、首を振るった。

「あいにくだが、俺にファミリーネームはない。ただのラクサスだ」

ナツの口から安堵の息が漏れた。自分を拒絶して知らないふりをしているのではない、他人の空似だったのだ。
その仕草に男ラクサスは首をかしげた。しかし、ナツはそれを気にした様子もなく、にっと笑みを作った。

「そっか、ラクサスな。俺はナツだ」

今まで知らずに纏っていた緊張が、ナツの周囲からとけた。
元より打ちとけやすい性格だ。窺うような目や言葉も消え、親しいものにでも話すように声の調子がくだける。
ナツの変化にラクサスは一瞬驚いたものの、すぐに笑みを浮かべた。互いに差し出した手を握り。初めて視線が交わった。

「薪割りしてたのか」

ナツの視線には、地に転がる木。割られているものと、手を付けていない物が台を境に分かれている。

「ああ。もう冬に入るだろ。この辺りは山も近いから雪が積もるらしい。今のうちに冬支度しねぇとな」

今のうちに冬支度をしなければ、積雪が酷いのだから後で面倒になるだろう。
ラクサスの言葉に納得しながら、ナツはラクサスの持っている斧を奪った。

「手伝ってやるよ」

「ガキが何言ってんだ」

斧を取り返そうとするラクサス。慌てた様子の彼に、ナツは口元を歪めた。

「ガキじゃねぇよ!それに、世話になったんだろ?良く覚えてねぇけど」

見知らぬ者だと言うのに倒れた自分を介抱してくれたのだ。礼をしなければ気が済まない。

「こっちが勝手にやった事だ、ガキが気にするな。そんな事より、それを返せ」

斧を返そうとするどころか、台に木を置き、薪割りを始めようとする。そんなナツに、ラクサスは歯を噛みしめた。ラクサスの心に妙な苛立ちが満ちる。

「やめろ!」

ラクサスの声が周囲に響き渡った。
驚愕に目を見開いたのは、ナツではなく声を出した本人だった。困惑したように瞳を揺らしながら、手で口元を覆う。

「……悪い」

動きを止めて見上げてくるナツの瞳に、ラクサスはバツが悪そうに目をそらした。

「その斧は真新しくて、切れ味がいいんだ。病み上がりの、特にガキには危ないだろ」

言い訳じみていたかもしれない。ナツは斧を見下ろした。確かに切れ味は良さそうだ。
ルーシィの契約している精霊の斧を思い出して眉をひそめたが、すぐに顔を上げた。

「このぐらい何ともねぇよ」

何といっても、魔導士ギルドに所属しているのだ。幼い頃から仕事をし危険な目にもあっている。今さら薪割りなど、造作ない。
ラクサスは戸惑っていたようだったが、ナツが引かないのであれば仕方がない。ラクサスに見守られながら、ナツは薪割りを始めた。

「……手慣れてるな」

最初は気が気でなかったラクサスだが、手慣れたナツの動きに、感心したように声をもらした。気を良くしたナツが、斧を下ろしてラクサスを見上げた。

「まだあるんだろ。持って来いよ」

転がっていた分は、全て使いやすい大きさに、割り終わってしまった。冬支度で必要なら、まだあるはずだ。
問いかけるナツに、ラクサスは一瞬間をおいて頷いた。

「それじゃぁ、少し手伝ってもらうか」

一度その場を去ったラクサスが引っ張ってきた山に、ナツが目を見張ったのは、このすぐ後だった。
冬を越すならば、量も半端ないのは当たり前だった。ナツは額に汗を滲ませながらも薪を割っていく。もちろんラクサスと交互に変わって。
作業を初めて大分経ち、ナツの空腹が限界に近付いてきた時だった。

「ラクサスさん」

綺麗なソプラノの声が響く。ラクサスは持っていた斧を下ろして、声の主である少女の方へと振り返った。
ナツにもその少女には見覚えがあった。といっても、一度目を覚ました時にラクサスの近くにいたために、一瞬視界に入れた程度のものだったが。
緩く波打つ長い髪は薄いピンク色だった。ナツの髪色よりも薄い。顔は素朴ながら、どこだか可愛らしい。雰囲気がミラジェーンと似ていた。
少女は、ラクサスの腕に優しく触れた。

「食事の準備できたわよ」

少女は、ナツに気付くと、すぐにラクサスから離れてナツへと近づいた。

「目が覚めたのね。良かった」

安堵したような笑顔。熱を出して倒れてしまっていたナツを心から心配していたのだろう。ナツ自身は覚えていないのだが。

「おお、もう平気だ。ありがとな」

少女の姿がミラジェーンと重なり、自然とナツは笑顔を浮かべていた。

「俺はナツだ」

「私はキルシェよ。キルシェ・バオム」

ナツの腹が空腹を訴える音が鳴り、キルシェはくすりと笑みをこぼした。

「ふふ。さ、食事にしましょ」

キルシェが身をひるがえして家へと足を向ける。それにラクサスが並ぶ。
並ぶ二人の背を見つめながら、ナツは複雑そうに顔を歪めた。
ナツ達が薪割り作業をしていた場所は、家の中から台所に近い。今は家の中から漂ってくる食欲を誘う匂いをかぎ取る事が出来る。しかし、ナツは今まで気が付かなかったのだ。作業に集中していたとはいえ、空腹状態のナツが気がつかないのは妙だ。

「そういや、匂いが分かんねぇ……」

森で迷ったあたりから鋭かった感覚が鈍っている。生活する分では支障もない、常が滅竜魔法の効果もあって常人離れしていたにすぎないのだ。今のナツの感覚は一般程度だろう。
思考は、空腹を訴える音で遮られ、ナツは急いで家の中へと向かった。

食事は文句のつけようがなかった。ギルドにいた時には味わう事はなかった、素朴な味。ギルドの食事は、大陸中を旅し修行してきた料理長が作っている。その為、評判が良いのは確かだが家庭的な味とは違っていた。
食事を終えた後は薪割りを手伝ったりと、久しぶりに身体を動かせた。
まるで平穏を絵にかいたような生活だ。危険な仕事があるわけでもない。よそ者に厳しい場所もあるが、この村の人間はナツに優しく好意的だった。
その日は夜が更けるのが早く感じた。

夕食を済ませ、ナツは借りている部屋に戻る。
ベッドに横になり、大分見慣れた天井を見つめる。木目を視線で追いながらも、目に焼き付いて離れないのは、別人であるはずの彼だ。

「……ラクサス」

確信を持っていた。それでも自分を知らない彼が、探し求めていた同一人物だとは思いたくなかったのだ。
だから、ラクサスが別人だと分かり安堵していた。

「違うんだ。あいつは、ラクサスじゃねぇ」

ナツは、思考を追い払うように、枕に顔を突っ伏した。

「寝よ……」

目を閉じて、枕で視界をふさげば、窓から差し込んでくる月光さえも遮ってしまう。本当の闇だ。

しかし、眠れなかった。瞳を閉じて、どれだけ時が立っても、眠りは訪れなかった。眠ろうとすればするほどに、逆に増してくるのは胸のざわめき。

「眠れねぇ!」

いつでもどこでも眠れる。繊細さなど持ち合わせていないナツには珍しい事だった。
再度ベッドに倒れ込もうとしていたナツは、窓の外の明かりに動きを止めた。目をこらして見れば、家から出ていく小さな明かり。暗くて確認しづらいがラクサスだろう。
何をしているのか、考えるよりも先に身体が動いていた。
ベッドから抜け出して軋む床を歩いて行く。夜中の静寂に足音はより響いた。ルーシィなら不気味だと言っているところだろう。
家から出ると、森の中へと入っていこうとするラクサスの背後に近付いた。

「何やってんだ?」

ラクサスは振り返って、ナツの姿を確認するとわずかに目を見開いた。

「ナツ。どうした、こんな時間に」

とっくに眠りに付いていると思っていたのだろう。見上げてくる猫目に、ラクサスは小さくため息をついた。

「眠れないのか?」

「……お前は何してんだよ」

答えないのは肯定ととっていいのだろう。
ナツの問いに、ラクサスは持っていた袋を持ち上げた。中は空のようで、手から垂れさがっている。

「夜の間しか実らない木の実がある。それを採りに行くんだ」

一人で行くようだ。周囲に気配は感じられない。大の男とはいえ、暗い森に一人で入るのは危険ではないのか。
ナツは迷う様子もなく、口を開いていた。

「俺も手伝うよ」

ラクサスは一瞬開きかけた口を閉ざして、再び開いた。

「助かる」

笑みを浮かべるラクサスに、ナツは動揺を隠せなかった。喉に引っかかるものを感じながらも、それを消し去るように首を振るった。

「行こうぜ!」

「おい、ランプを……っ、先に行くな。迷うぞ!」

月明かりが照らしてくれるのは森の入口までだった。奥へと進むにつれて、月は木々によって隠れてしまう。ラクサスの持つ明かりだけが唯一足元を照らしてくれるが、弱々しい明かりでは周囲を照らすまでには至らない。

「離れるなよ」

ラクサスの言葉に頷いて、ナツはラクサスに張り付く様に、足を進める。

「木の実って、どんなんだ?」

「着けば分かる」

ラクサスの言葉通りだった。着いた場所は、先ほどまで突き進んできた場所と同じ森の中とは思えない程に明るかった。
その場所だけが避ける様に木はなく。月明かりが十分に差し込んでくる。人工的な明かりがなくても身動きが取れる。

「ああ、これだ」

ラクサスは、木へと手を伸ばして赤い実を指で摘んだ。それをナツへと差し出す。赤い小さな実がいくつか集まるようにくっ付いている。

「これを採ればいいんだな」

「似たようなやつがあるから、間違えるなよ」

簡単な作業だ。木の実を積み始めるナツに、ラクサスは場所を変えて、ナツが探す木の実とは別の実を採取始めた。もちろん、ナツの姿が確認できる程度の距離範囲内で。
黙々とした作業だった。会話もなく、ひたすら実を採る。ラクサスは袋の半分程に実が詰まったのを確認して、ナツの方へと振り返った。

「そろそろ戻……ナツ?」

先ほどまでいた場所にナツがいない。
駆け寄ってみれば、ナツがいた場所には摘んだ木の実が山になっていた。これ程の量は袋に入りきらない。限度を知らないのか。

「どこに行ったんだ?」

ラクサスは苛立つように頭をかきながら周囲を見渡した。木の実がなっているこの場所は月明かりが射している。開けているから、隠れてでもいない限り探すのに手間はかからない。

「ナツ!どこだ!」

周囲を見渡しても見つからない現状に不安が襲ってきた。
妙にうるさく鳴る心臓の音に、ラクサスは実の入った袋を放り投げて駆け出した。
もし、闇に閉ざされたような森の中に入りこんでいたら。すぐに探し出すのは難しい。暗いだけではなく森の中は入り組んでいる。村の者でも迷って出られない場合があるぐらいだ。

「ナツ!!」

「何だ?」

ふいに、近くの茂みからひょこりと顔をのぞかせたナツに、ラクサスは動きを止めた。
強張った表情が緩む事のないまま、突然に姿を現せたナツを見下ろす。

「ほら、こんなに見つけたぞ」

ナツの手には赤い小さな木の実が零れるほど手中にあった。ラクサスの心配など知らずに得意げに笑みを浮かべるナツに、ラクサスは手を伸ばした。

「ぅわ!何だよ!」

ラクサスの腕がナツを捕える。放さないとばかりに力を込められて、抱きしめらたナツは身動きが取れない。

「おい、ラクサス?」

ナツの後頭部に手を回して己の胸へと押し付ける。もがいていたナツは動きを止めて、されるがままになっていた。押しつけられる胸から、通常では考えられない程の早い鼓動が伝わってきたからだ。

「離れるなっつったろ」

辛そうな声にナツは何も言葉が出なかった。
ナツの持っていた木の実が、潰れてラクサスの服を汚していても、ラクサスが力を緩めるまで、ナツが動く事も言葉を発する事もなかった。
我に返ったラクサスにこっぴどく叱られた後、ナツ達は村へと戻った。ナツが採ってきた木の実は、採取予定のものではなかったものの、潰れなかった分は持ち帰る事になった。

「ガキはさっさと寝ろよ」

ラクサスは、先ほどナツが間違って採って来た赤い木の実を数粒、ナツの手へと零した。それに首をかしげるナツ。

「それは、催眠効果があるんだ」

「そうなのか?」

「眠れなかったんだろ。ちょうど良かったな」

ナツはにっと笑みを浮かべた。

「ありがとな」

指で転がしながら木の実を眺めているナツを、ラクサスは吸いつけられるように見ていた。目が離せない。

「んじゃ、寝るかー」

ラクサスに背を向けるように風を切るナツ。
揺れる桜色の髪は、月光があるとはいえ闇夜ではくすんで見える。はっきりと分かるわけではない淡い色。それでも、脳裏には色濃く焼き付けられていた。
まるで、ずっと知っていたみたいに。

「お前の」

ラクサスの声に、歩きはじめていたナツは振り返った。木の実を口に含みながら首をかしげるナツに、ラクサスの瞳は夢現にどこか遠くを見ていた。

「綺麗だな。お前の髪は」

とっさに噛み潰した赤い木の実。
口の中に、強い甘味と甘い香りが広がった――――







『何だ、その頭』

ラクサスはナツの頭を見て、呆れたように顔をしかめた。言われた本人は、わけが分からずに首をかしげている。

『何が?』

ラクサスは、骨ばった手をナツへと伸ばすと、跳ねている髪に触れた。
すぐに離された手には薄いピンク色。ナツの髪の色と同化していた花びらが一枚、長い指につままれていた。

『昼寝でもしてたか』

『お。よく分かったな』

ラクサスはナツの頭へと視線を向けた。一枚だけではなかったのだ。ナツの頭には、ひっつく様に花びらがいくつも止まっていた。

『もう少しで満開だって言うから先に見に行ってた』

マグノリアでしか見る事が出来ない虹の桜も満開に近づいている。すでに花見をしている人たちがいるのだ、満開になれば、それこそ場所などとれない程に人があふれてしまう。その前にと、ナツは桜を見に行っていたのだが、心地よい陽気に当てられ、いつの間にか眠ってしまっていた。

『ラクサスも花見来いよ』

ギルドでも毎年恒例の花見がある。バカ騒ぎが好きな集まりだ。ほとんどが出席という、街の中でも一番の大所帯だ。

『またうるせぇのが始まんのか』

ラクサスは、ナツの頭をかき乱すように撫でた。乱暴な動作で、ナツの頭の上に乗っていた花びらが全て地に落ちる。

『お前、毎回来ねぇだろ。来いよ!』

『んな集まりにわざわざ顔出せるか』

人づきあいが下手なラクサスだ。自らが輪の中に入る事などない。ナツは不満そうに唇を尖らせた。

『きれいじゃねぇか。桜』

花見といっても、桜など見ているものは少ない。ほとんどが飲み食い、騒ぎたいだけだ。花見になればナツもその一人になるのだろう事は想像がつく。

『くだんね。たかが花だろ』

騒ぐ気も、花を愛でる気もないラクサスは、興味なさそうに言葉を落とした。それが気に食わなかったのか、ナツが目を吊り上げる。

『んな事ねぇよ!マグノリアの桜は一番きれいなんだぞ!虹の桜なんかここでしか見れねぇんだからな!』

そんな事は、ナツよりも長く街で暮らしているラクサスの方が、嫌というほど分かっている事だ。ラクサスの場合、見慣れていて改めて感想をもらすほどでもないというだけで、感性を失っているわけではない。

『ラクサス!聞いてんのか!』

喚き散らすナツの髪が風になびいた。
揺れる桜色は、咲き誇る桜や舞う花びらよりも遥かに目を奪う。

『……ああ、綺麗だな』

突然のラクサスの言葉にナツは目を見張った。ラクサスはナツの髪に触れ、眩しそうに目を細める。

『お前の髪は』

風の音でかき消されてしまいそうな程の小さな声は、確かにナツの耳に届いた。




2010,06,03
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -