雪解けの中の乱入





「レン選手場外!第一試合勝者エルザ・スカーレット!!」

マックスの勝者宣言と観客の歓声が上がる。それを耳にしながら、エルザは主催者席のナツを見上げた。先ほど意識が朦朧とする中ナツの姿が目にはいった。その瞬間燃え上がる闘志、自分は負けてはならないのだという、強い意志が沸き起った。

これで役割は果たした。自分の勝利が確定した瞬間、エルザの体が傾く。

「エルザ!!」

ナツやルーシィ達の己を呼ぶ声を遠くで聞きながら、エルザは意識を飛ばした。
すぐにルーシィ達が駆け寄り、ウェンディがエルザの状態をうかがって治癒魔法を発動させた。

「酸欠状態なだけですね。他は外傷がないですから、暫く休ませてあげましょう」

治癒魔法は時間も掛からずに終えた。グレイがエルザを抱えて控え場所へと戻っていく。ルーシィも続こうとしたが、逆方向へとを進めるウェンディに足を止めた。

「どうしたの?」

「ルーシィさんは先に戻ってください。私、レンさんも診てきます」

ウェンディも、共に戦ったトライメンズの事が気がかりだったのだ。ヒビキ達に運ばれていくレンをウェンディが追いかけ、シャルルも仕方がないとばかりについていく。その後姿に、ルーシィは笑みを零した。

主催者席で観戦していたナツは立ち上がっていた腰を下ろした。エルザの圧勝を考えていたナツにとっては、エルザの危機に焦りを感じた。試合中エルザと目があった瞬間、光を感じない目に、ほんのわずかでもエルザの敗北を頭が過ぎってしまった。

「大丈夫だよ。ナツ」

頭に重みを感じて、顔を上げるとハッピーが頭に乗っかっていた。

「ハッピー」

「あい。オイラもこっちに来ちゃいました」

ハッピーが翼でナツの頭から膝の上へと移動する。

「エルザはウェンディが治癒魔法で治してくれたんだ。少し休めば大丈夫だって」

ナツは溜まっていた空気を吐き出すように、息をついた。

「それにしてもレンって強いんだな。俺も戦いてぇ!」

「うちの子だもの。皆強いわよぉ」

負けてしまったものの、ボブは嬉しそうに笑みを零した。
確かに妖精女王として名をはせているエルザを追い込んだのだ、結果はともかく内容をみればまずまずといったところだろう。しかし、一夜だけは不満そうに顔をしかめている。

「あいつめ、エルザさんになんて事を!!」

「仕方ないわよ、一夜ちゃん。試合なんだもの」

傷つけないようにと考えていただけでも、十分な女性への配慮だろう。
一人憤りを感じている一夜。その思考を途切るように、司会の声が響く。

「第二試合の選手は舞台へと上がってください」

その声と共に、イブとグレイが舞台へと上がる。先に二勝したギルドが大会の勝利を得る事が出来る。この試合でグレイが勝てば大会は終わるのだ。
後がない青い天馬のイブは、目の前に立つグレイを睨みつけた。

「男に手加減はしないよ」

「んな余裕与えねぇよ」

グレイとて、エルザの余裕のない試合の後で気が高揚している。第一試合とは全く別の雰囲気だ。両者共に男のせいもあるかもしれないが、纏う空気が張り詰めている。

「それでは第二試合、妖精の尻尾グレイ対青い天馬イブの試合を開始します!」

試合開始の銅鑼の音が響いて、すぐに舞台中を冷気が包んだ。両選手の能力は雪と氷。似て非なる属性だ。

「確か、雪だったか?お前の魔法」

「君は氷だよね、氷の造形魔法」

イブの能力なのだろう、舞台上だけが雪で埋もれて、瞬く間に銀世界が出来上がった。

「雪って綺麗だと思わない?」

「見るからに弱そうじゃねぇか。舞台こんなにしやがって。全部除雪してやるよ」

グレイが両手を前に差し出す。左の手のひらに右手の拳を当てる、造形魔法を使う構えだ。
グレイの言葉に顔をしかめたイブが、片腕を広げるように仰いだ。

「僕は強いよ」

イブの手の動きに反応するように、舞台上の雪の量が増し、グレイの背後から雪崩のように襲いかかる。

「、アイスメイク・ランパード!!」

グレイを護るように氷の城壁が出現する。雪崩は壁に塞き止められてしまった。しかし、グレイが気を緩める暇もなく雪は城壁を越えてグレイへと襲いかかった。

「、アイスメイ……ッ」

グレイの体は雪に飲み込まれてしまった。反動で氷の城壁も崩れてしまう。
グレイの姿が消えて暫く場内には沈黙が落ちる。様子をうかがっていたイブが、横へと跳んだ。瞬時雪の中から噴出すように氷が突き出してくる。
幾多に繰り出される氷柱は避けきる事はできなく、まともに攻撃受けてしまった。

「ぅわああッ!!」

吹き飛ばされたイブの体は、降り積もる雪の上へと倒れこむ。舞台の上には倒れたイブ以外の姿が見られない。観客が固唾を飲み込む中、舞台に変化が起きる。グレイが姿を消した辺りの雪が凍り、砕け散った。空間が出来た場所からグレイが這い出てくる。

「クソ雪野郎……」

息苦しそうに呼吸を繰り返しながら立ち上がると、グレイは倒れたままのイブを見下ろした。

「てめぇらは、窒息させんのが好きなのか?」

雪に埋もれていれば呼吸を妨げられる。脱出自体は難しくはなかったのだが、埋もれているせいでどの方向が上か分からない。おかげで少しばかり時間がかかってしまった。

「……よく、あの状態で攻撃できたね」

イブが体を起こしながらグレイを見上げる。雪で身体を封じられた状態では満足に身動き出来ないはずだ。
苦い顔をするイブに、グレイは口端を吊り上げた。

「残念だったな。ガキの頃は、雪山で修行してたんだよ」

埋まった事もあったし、地面のない雪で固められた崖に気づかずに、足を踏み入れて落ちた事もあったのだ。雪には慣れている。それも全ては、師の修行のおかげだろう。雪との戦いを想定してのものではなかっただろうが。

「まぁ、簡単に終わってもおもしろくないのかな」

イブが手を動かすと、グレイの足元の雪がつぶてに形を変えて襲いかかってきた。
避けていくが、限りがない。舞台上に存在する雪全てが攻撃範囲内なのだ。
グレイは走りながら魔法の構えをつくった。

「アイスメイク・ハンマー!!」

氷の大槌がイブの真上に造形された。日が遮られた事により真上の攻撃を感じることが出来たイブが、雪崩で防ぎながら横方に跳ぶ。氷の大槌と雪崩がぶつかり合った衝撃で、舞台中を粉雪が舞う。
視界を遮られ、両者共に意識を研ぎ澄ませながら周囲をうかがう中、グレイは息苦しさを感じて喉を押さえた。

「寒いんじゃない?」

視界が晴れてきて互いの姿を確認した。イブの言葉にグレイは顔をしかめる。

「俺は氷の魔導士だ。この程度でどうにかなるわけねぇだろ」

冷気を操れるように修行したのだ。そのおかげで服を脱ぐ癖がついてしまったのだが、それ以来風邪などひく事はない。グレイの自信に満ちた態度に、イブが小さく笑みを零した。

「いくら冷気を操れるようになっても、それは体の外側だけだよ。中はどうかな」

「何言って……ぁッ!?」

グレイが喉を押さえ、苦しそうに唸りながら両膝を舞台に付けた。体を震わせる姿は、寒さに耐えるようにも見える。

「雪は氷よりも小さな結晶でできてるんだ。君のように造型魔法で作った武器で攻撃するのはとても強力だけど、僕の雪は体の中に入り込む」

ナツたちの様な滅竜魔導士は、自らの属性のものを体内のとりこむ事が出来るように体内の構造までもが強化されている。
しかし、それは特殊なのであって通常の魔導士は違う。肉体は鍛えられても臓器まではどうにもならない。

「今、僕の雪が君の体を内側から蝕んでる。それは君自身じゃどうにもならないよ。……降参してくれないかな」

イブが苦笑気味に告げる。
グレイはその場にうずくまったまま動かない。すでに体の震えも止まっている。イブが困ったように眉を下げて、司会者であるマックスを見上げた。

「カウントとってくださーい!」

「ぐ、グレイ選手ダウンと見て、カウントとります!」

イブが肩の力を抜くように小さく息を付くと、舞台を埋め尽くしていた雪がとけ始める。
そのままグレイから背を向けてゆっくりと歩みを進めていく。

「そんな!起きて、グレイ!!」

ルーシィの悲痛な声が名を呼ぶ。エルザまでもが焦ったように顔をしかめた。ルール上命を奪うことはないとは思うが、グレイの様子は異常だ。

「嘘だよ、グレイが、」

主催者席で見物していたハッピーも衝撃にうまく言葉も出ない。ナツも顔をしかめてグレイを見下ろす。
そんな中、グレイの体が微かに動いた。

「スリー!トゥー……」

静まり返っていた闘技場内がざわつく。イブが訝しみながら振り返ると、ほとんど溶けた雪の上でグレイが立ち上がっていた。

「グレイ選手、立ち上がりましたー!!」

「結構しぶといんだね」

「ったりめーだ……妖精の尻尾の魔導士をなめんじゃねぇ」

強気な態度ではいるが戦えるほどに体力はないだろう。苦しそうに呼吸を繰り返しながらイブを睨み付ける。
イブが片手を上げると、再び舞台に冷気が満ちた。

「悪いけど、僕が勝つよ。賞品がかかってるからね」

賞品。その単語に、グレイは強く拳を握り締めた。先ほどよりも眼光に凄みを持たせて構えをつくる。

「てめぇらに、ナツをやるかよ!」

冷気が纏い、氷が形作り始める。それを止めるように声が響いた。

「グレーイッ!!!」

グレイとイブが動きを止めて顔を上げる。主催者席にいるナツが術式ギリギリまで顔を寄せていた。
応援の声だろうと、グレイは真っ直ぐに視線を向ける。自分は負けないという意思を持った瞳。しかし、ナツの口からは予想外の言葉が発せられた。

「もう止めとけ。グレイ」

「な、」

グレイだけではない。場内が呆然と目を見張った。仲間が戦っているというのに、とても軽い口調で告げたのだ。
言葉を失っていたグレイが、我に返ってナツを睨みつけた。

「てめぇ、何言ってやがる!」

「お前ら寒いんだって。見ろよ、ハッピーなんか死にそうだ」

ナツの、珍しくぴったりと閉じられた上着の中からハッピーが首だけを出している。確かに猫は寒さには弱いし、氷と雪の魔導士の戦いで、真冬並に気温が下がってはいるが。

「誰の為に戦ってると思ってんだ!!」

「だから、後はルーシィに任せろって。うぜぇから引っ込めよ」

追い払うように手を仰ぐナツの動作に、グレイの怒りは沸点を超えた。

「ふざけんじゃねぇ!!クソほ、の……ぉ」

グレイが力尽きたようにその場に倒れてしまった。対戦者であるイブは、グレイとナツのやり取りに見入ってしまったようで、手は出してはいない。
マックスがナツに促されるようにカウントをとり始め、グレイはダウンを言い渡されても起き上がる事はなかった。

「グレイ選手ノックアウト!第二試合勝者イブ・ティルム!」

歓声がわき起こる反面、グレイの身を案じる妖精の尻尾側の動揺は隠せないでいる。
ルーシィがグレイの元へ駆けつけた。

「ナツ?」

ハッピーはナツの上着から抜け出て、ナツの顔を覗き込む。
ナツは唇を尖らせて席に座りこんだ。ハッピーとて、寒さに強いわけではないが、あの程度ではどうともならない。いきなりナツがハッピーを己の服の中へと詰め込んだのだ。

「大丈夫だ。ルーシィは強ぇからな」

にっと歯を見せて笑うナツに、側で見守っていたマスターの二人は笑みを浮かべた。
あのままグレイが戦っていても勝つ可能性は限りなく低かった。それどころか、命の危険もあったかもしれない。

「やっぱり、ナツちゃん欲しいわぁ」

ボブが頬に手を当ててナツを見つめる。その姿にマカロフが声を荒げる。

「やらんと言っとるじゃろ!」

「いいわよ。この大会で勝てばいいんですもの。マカロフちゃんに拒否権はないんだから」

言葉を詰まらせ悔しそうに座りなおすマカロフ。まだ大会は終わっていないのだ、希望は捨ててはいけない。

舞台から運ばれたグレイが控え場所の椅子に寝かされると、待機していたウェンディがすぐに駆け寄った。
手を当てて体内の状態を確認すると、少し焦ったように治癒魔法を発動させる。

「グレイ、大丈夫なの?」

ルーシィの心配そうな声色に、ウェンディは小さく頷いた。

「気を失っているだけで思ったよりも酷くないです。このままの状態は危ないですけど、すぐに治療すれば大丈夫です」

ルーシィはグレイを見下ろして眉をひそめた。

「こんな状態のグレイに、ナツがあんな事言うなんて」

「こんな状態だからだ」

エルザが呟いたのに、ルーシィが振り返る。エルザは第二試合中に目を覚ましたのだが、どうやら起き上がれるほどには回復したようだ。

「グレイが戦える状態でない事が分かったんだろう。ナツは、そういう奴だ」

エルザが眩しいように目を細める。
いつでも仲間の為なら命さえかけてきた。そんなナツが、意味もなくあんな言葉を吐いたりはしないだろう。

「グレイの事はウェンディに任せておけば問題ない。それよりもルーシィ、次はお前の試合だ。行けるか?」

エルザの言葉に、ルーシィは頷いた。

「うん、がんばる。……ナツを、他のギルドなんかにあげない」

ルーシィは腰に装着していた鍵を握り締めた。気合をこめるように鍵の存在を確認して、グレイに背を向ける。視線の先には舞台。その上にはすでに、ヒビキが立っていた。

「がんばってください。ルーシィさん」

「ありがと。グレイの事お願いね」

治癒をしながらもルーシィへと一度視線を向けるウェンディに、ルーシィは頷いて控え場所から出た。
ゆっくりとした足取りで舞台へと上る。もしこの試合ルーシィが負ければ、ナツは青い天馬に連れて行かれてしまう。重大さに足が竦んでしまいそうだが、ここで怖気づくわけにはいかない。

「女性と戦うのは好きじゃないんだけどね」

ルーシィは腰に装着していた鍵を外した。目の前には、ギルドは違えど、かつて共に戦った仲間。
ルーシィは眉をひそめた。別に倒さなければならないわけではない。参ったと言わせるか、場外に落とせば良いのだ。ルーシィは深く深呼吸をして、ヒビキを見つめた。

「私、負けないから」

ルーシィの姿に、ヒビキは優しく笑みを浮かべた。

「これより最終試合、妖精の尻尾ルーシィ対青い天馬ヒビキの試合を……」

司会中のマックスの声をかき消す程の、人工的な重低音が響く。それと同時に激しい破壊音。観客も不振に辺りを見渡す。
そんな中、ナツが立ち上がって舞台から視線をずらした。妖精の尻尾側の選手控え場所横にある入り口。

「どうしたの?ナツ」

見上げてくるハッピーの言葉にも応えることなく、その場所を見つめる。まさに、ナツが視線を向けるその方向から、影が飛び込んできた。

「……来た」

ハッピーが、え?と小さく声を漏らした。場内に飛び込んできたのは魔道二輪。舞台の前で止まると、魔道二輪にまたがっていた男が降りた。
いつもの装着しているヘッドフォンは見当たらないが、広く顔の知れている金髪の男だった。




2010,02,15
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