屋上
すでに下校時間を過ぎている妖精学園。
生徒が居ないはずの校舎内にナツはいた。
「ギルダーツの奴、飯食いそびれたらどうしてくれんだよ」
養護教諭であるギルダーツの手伝いをしていて遅くなってしまったのだ。
それに加え、昼食をとった時に忘れてしまったノートを取りに屋上へと向かってる途中。
「取りに行かねぇとマズイよな……飯残ってるかなぁ」
腹は空腹を訴えている。食べられない事を考えるだけで絶望感が襲ってくる。
ナツは屋上までの階段を駆け上った。扉を突き破る勢いでナツは屋上に飛び出した。
「うわ、」
先ほどまでの焦っていた気持ちが消えるほどの光景が目に飛び込んできた。遮るものがない広い夜空に星が散らばっている。
夜に空を見上げる事なんてなければ、屋上の様な高い場所に上る事もない。ナツには初めての光景だった。
ぼうっと空を見上げていたナツは、目的を思い出して視線を下げた。
「、誰かいるのか?」
校舎内から漏れる光に微かに照らされて、座りこむ人影を見つけた。
ナツの声に振り返ったのは、妖精学園の制服を纏っている少年だ。茶色の短髪と整った顔立ち。
生徒は寂しげな表情でナツを見つめる。
「こんな時間に何してるんだい?」
下校時間を過ぎているのに生徒がいれば疑問に思うだろうがお互い様だ。
問うてきた生徒にナツは歩み寄った。
「お前こそ何してんだよ。早く帰らねぇと飯食えなくなるぞ」
「そうだね……」
苦笑したその表情を見下ろしていたナツは、腰をかがめて生徒に顔を近づけた。
「つーか、大丈夫か?」
微かな光でも分かるほどに生徒の顔色が悪かったのだ。誰が見ても身体の調子が悪いと分かる程だ。
「大丈夫だよ。いつもの事だから」
笑みを作っているつもりだろうが力が感じられない、今にも消えてしまいそうだ。
大丈夫と言われても、このまま放っておけるわけがない。ナツは手を差し出した。
「飯食えば元気になるよな。一緒に帰ろうぜ」
調子が悪いのは空腹だからだと、自信満々に笑みを浮かべるナツ。そんなナツに、生徒はつられる様に差し出されたナツの手に己の手を重ねた。
手が触れた瞬間生徒はぴたりと動きを止めた。
「……どうした?」
ナツの手を掴んだまま固まってしまった生徒に、ナツはきょとんと首をかしげた。
暫くして生徒はゆっくりと口を開く。
「君は、星が輝きを失ったらどうすればいいと思う?」
何言ってんだと生徒をじろじろと見ていたナツだったが、その真剣な瞳は冗談を言っているようには見えない。
しかし、いくらナツが頭を悩ませても、問いの答えは出てこなかった。
「悪い、よく分かんねぇ」
科学どころか他の教科の成績さえ良いとはいえない。学問の質問をされても答えられないのだ。
ナツが難しく顔を顰めると、生徒は気にした様子もなく口を開いた。
「輝きを見つけないといけないんだ」
「かがやき?」
「自分では輝けないから、僕たちは、より強い光を求めている」
「……お前何言ってんだ?」
生徒の言葉がおかしくなってきた。
ナツが訝しんでいると、生徒は掴んだままだったナツの手の甲へと唇を落とす。
「君は眩しいほどの輝きを纏っているんだね」
呆然と生徒の行動を見ているナツに、生徒は柔らかい笑みを浮かべた。
「僕はロキ。君の輝きに惹かれた星のひとつ」
先ほどまでとは別人の様に顔色が良くなっている。笑みも、作ったものではない自然なものだ。
うまく思考が働かなく硬直していると、そんなナツの視界を塞ぐように生徒の手がナツの目を覆った。それと同時に囁く声。
「ありがとう。ナツ」
その声と同時に塞がれていた視界が開けた。
「あ、あれ、どこ行ったんだ?」
今まで目の前にいた生徒がいつの間にか姿を消している。
きょろきょろと周囲を窺っていると、目的だったノートに目が止まった。それを手に取り自分のものだと確認したナツは夜空を仰ぐ。
数え切れないほどの星。まるで、それに見下ろされている気分だ。
「ロキっつってたな。いったい何だったんだ?……つか、飯ー!!」
食事の事を思い出して、ナツは校舎内に飛び込んでいった。
「……見つけたよ。僕の光」
誰も居なくなった屋上に、声だけが響いたのだった。
20100926