prologue





マグノリアで暮らし始めてようやく一年になった。しかし未だに目的は果たされていない。

制服に着替え一息ついた時、ベッドに放り投げてあった携帯電話から着信音が鳴り響いた。
ナツは携帯電話の画面に表示されている名前を確認すると、慌てて手に取った。通話ボタンを押して耳にあてる。

「ミストガン」

『おはよう。ナツ』

鼓膜を震わせる優しい声。
寝起きの頭でもその声の主がどんな表情をとっているのか想像できる。

『朝早くにすまない。私もこれから仕事で、今日中に連絡をとるなら今しかないんだ』

「会社、忙しいんだな」

『慣れていないだけだ。私の事よりも今はお前の事だ、ナツ。学校はそろそろ夏休みに入るんだろう、今年はこっちに戻って来られるのか?』

ミストガンの言葉に、ナツは戸惑いながらも口を開いた。

「分かんねぇ。まださ、手がかりもなんもねぇんだ」

『……お前が家を出て一年。連絡はとっているが、お前は一度も帰って来てはくれない』

ミストガンの声は、責めるというよりも悲しみが含まれている。
ナツの表情も自然と歪んでいった。

「悪い。学校だってミストガンが行かせてくれてんのに」

『そんな事は気にしなくていい。私がお前の力になりたいんだ』

いつでも支えてくれる存在に、ナツは笑みを浮かべた。

「ミストガン……」

電話越しでもミストガンの雰囲気が和らいだのが伝わってくる。
しかし、ミストガン以外の声が雑音の様に入ってくると同時に、ミストガンは声を落としてしまった。

『もっと話していたいんだが時間だ。……最後に、これだけは伝えておく』

ナツが頷くと、ミストガンがゆっくりと言葉を紡いだ。

『ナツ、お前は私の大事な義弟だ。いつでもお前が帰って来るのを待っている』

じわりとこみ上げてくる涙をこらえて、ナツは何度も頷いた。ミストガンの別れの挨拶を耳にして通話は切れてしまった。
ナツは携帯電話を強く握りしめると、瞳に強い意志を浮かべた。

「ありがとな、ミストガン。俺、絶対に父ちゃんを見つけてみせる」

ナツがマグノリアへと引っ越したのは、生き別れた父親を捜すためだったのだ。

まだ幼かったナツを引き取り育ててくれたのはミストガンの父で、亡くなったのが二年前。それと同時に実子であるミストガンが会社を継いだのだが、間もなくミストガンがナツの実父の真相を告げた。
ナツは、実父は死んだと聞かせられていた。父親の記憶などないし、血の繋がりなどなくても優しく暖かい養父と義兄が居たのだ。何も不満などなかった。
しかし、ミストガンの口から父親が生きているのだと告げられた時ナツの心は大きく揺れた。自然と零れた涙は、今まで無意識に押し殺していた父への想いを自覚させるには十分過ぎる。
記憶にないはずなのにナツは何度も夢で見ていたのだ。顔は分からないけど確かに暖かい、強く抱きしめてきた腕。その体温だけは身体が覚えている。
そして、父親がマグノリアのどこかにいるとまでミストガンが突きとめ、中学を卒業間際に控えていたナツは父親を捜しだすと決意しマグノリア内にある妖精学園へと通う事にしたのだ。

「……て、やべ!遅刻しちまう!」

目に入った時計にナツは目を見張った。登校時間の十分前だ。
ナツは握りしめていた携帯電話を鞄に放り込み部屋を飛び出した。
妖精学園は全寮制で、ナツも寮で暮らしている。寮から学校までは目と鼻の先。だが、ナツにとっては遅刻よりも大事なものがあるのだ。

「飯ー!!」

食堂に飛び込んだナツを待っていたのは、静かな食堂とカウンター越しに調理場で片づけ始めている料理人。
ナツはカウンターに飛びついた。

「飯くれ!」

「やっと来たか。ちゃんととってあるよ」

ナツが遅刻ギリギリでやってくるのは毎度の事。何が何でも食事をとるから、どれだけ遅くなってもナツの分の食事は確保されている。
トレーに乗せられた食事がカウンターに出される。ナツは差し出されたそれを近くの席において椅子へと座り、食事を勢いよくかき込んだ。
食べているというよりも吸いこんでいるという表現の方が正しい光景。
食事が全てナツの口の中へと消えるのに数分もかからなかった。

「ごっそさん!」

ナツは空になった食器をカウンターに置いて、食堂を飛び出した。

「おい、ナツ。遅刻すんぞ」

「グレイ!」

寮を出たナツの後からクラスメイトのグレイが飛び出してきた。
並ぶように走るグレイを、ナツはじとりと見やる。

「お前だって同じじゃねぇか」

「バカ。お前を待っててやったんだよ」

口端を吊り上げるグレイにナツも笑みを浮かべた。

「頼んでねぇよー」

「へいへい。悪かったな」

笑い合いながらも足は必死に動かした。
すぐに見えてきた門、そこには一人の教諭が立っていた。
本鈴が鳴ると同時に門を閉めるのだ。時間を確認している教諭に、ナツとグレイは走る速度を上げた。

「っし、セーフぅ!」

門を駆け抜けると、ナツは足を止めて門の前で立つ教諭へと振り返った。

「よぉ、ギルダーツ!」

ギルダーツは保健教諭だ。見た目でも分かりやすいように白衣を羽織っている。
ギルダーツは本鈴が鳴ると同時に門を閉め、ナツへと振り向いた。

「先生って呼べっつったろ。ナツぅ」

「そうだぜ、ナツ。おっさんに呼び捨てはまずいだろ」

咎めるようにグレイが言うが本人こそ呼び方を改めた方がいいだろう。
グレイの言葉にナツが反論しようとしたが、それを止める様に高い声が落ちてきた。

「ナツ!グレイ!」

聞き覚えのある声にナツ達は顔を上げた。
ナツ達のクラスの教室がある場所だ。その窓から女子生徒が見下ろしてきていた。

「お、ルーシィ!」

クラスメイトのルーシィだった。
ナツがのん気に手を振ると、ルーシィが呆れたように溜め息をついた。

「そんなとこで何してんのよ!遅刻になるわよ!」

門を閉められなかったまではいいが、教室で出席をとる時にいなければ遅刻である。

ナツとグレイは顔を見合わせると校舎に飛び込んだのだった。




20100922

ドラマタイトルから妄想。こんなナツ受けのゲームが欲しいという願望

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