日記△▼ページ目「じっちゃんの日」





「大変だ、ラクサス!」

部屋へと飛び込んできたナツの第一声がそれだった。いつもなら「遊ぼうぜ」なので珍しい。
読書中だったラクサスは本を閉じて振り返った。

「今度は何したんだ?」

何か壊したのか、悪い点数でもとったのか。
過去にナツが犯した失態を脳内で甦らせていると、ナツがラクサスの膝に手をついて顔を近づけた。

「今日がなんの日かしってるか?」

息がかかるほど迫った顔を押しのけながら、ラクサスは壁にかかっているカレンダーへと目を向けた。
今日までの三日間は銀週間で学校は休みだったのだ。その最終日は赤字で数字が書かれていて小さな文字で国民の祝日が書かれている。

「敬老の日か」

「じっちゃんの日だ!」

訂正された。
ナツの周りで老人といえばラクサスの祖父であるマカロフしか居ないから間違ってはいないのだが、正しくは敬老の日だ。

「それが何だってんだ」

ナツは、訝しむラクサスの手を引っ張った。
ぐいぐい引っ張られ、ラクサスは鬱陶しそうにしながらも抵抗することなくナツへとついて行く。そして、たどり着いたのは台所。
ナツはラクサスから手を放し、テーブルに置いてあったものを掲げた。
有名メーカーのカレールーの箱だ。ナツが暮らしている為に、最近購入した物は全て甘口になっている。

「これいっしょに作ってくれ」

「めんどくせぇ」

面倒は御免だと部屋にも戻ろうとするラクサスの服をナツが掴む。

「これ作って、じっちゃんにありがとうって言うんだ!」

「一人でやってろ」

ナツの手を振り払おうとしたラクサスは、俯いてしまったナツに手を止めた。

「だって、作れねーし。火も使ったらおこるだろ」

後包丁も危険だから使うなと言い聞かせてある。念のために子ども用のセラミック包丁も用意されているが包丁に変わりない。一人で使うのは危ないだろう。
ラクサスは溜め息をつくと、振り返った。

「つーか、何でカレーなんだ」

「さっきテレビのシーエムでやってた」

何て迷惑な。母の日や父の日、バレンタインデーだけでは飽き足らず敬老の日までカレーを勧めるとは。
ラクサスは内心舌打ちしながらも、諦めたように台所へと足を向けた。

「さっさと終わらせるぞ。お前はエプロン着けて、手洗ってこい」

「おう!」

ラクサスは良い子の返事を聞きながら、冷蔵庫を漁り始めた。
材料がなければ買い出しに行かなければならないのだろうかと考えたが、定番の食材がない可能性の方が低かった。
冷蔵庫から食材を出して、戻って来たナツを見下ろした。

「肉は何にすんだ?鶏か豚ならあるぞ」

「とりー!」

不要になった豚肉を冷蔵庫に戻して、野菜は流しへと放りこんだ。流水で野菜を洗い、人参とじゃが芋をボウルに入れて、ピーラーと共にテーブルへと置いた。

「野菜の皮はむけんだろ」

前にマカロフの手伝いをしていたはずだ。
ナツは頷くと、椅子に座ってピーラーを手に取った。

「手ぇ切るなよ」

ラクサスの注意を耳に入れながらナツは野菜を手に取った。
背後で作業するナツに注意を向けながら、ラクサスは他の食材に包丁を入れた。正直やると言ったら徹底的にだ。ラクサスは手早く玉ねぎと肉を切り終えた。
肉に舌味を付けていると、皮をむき終えた野菜を手にナツが近寄って来た。

「できたぞ」

「じゃぁ、それはお前が切れ」

ラクサスが踏み台を隣に置くと、ナツをそれに上った。
セラミックの包丁を手に野菜を切る姿は見ている方はハラハラする。大人には感じなくても子どもには野菜は固いだろう。
ラクサスが見守る中ナツは野菜を切り終えた。
歪ながらも上手いのではないかとラクサスは感心していた。ミラジェーン辺りだったら「兄バカね」とでも言ったかもしれない。
ラクサスは鍋を熱するとバターを放りこんだ。溶けたのを確認して、切り終えた野菜と肉をナツが放りこみラクサスが木しゃもじで炒めていく。

「なぁ、ラクサス」

鍋に水を加えたところで、ナツが鍋の中を眺めながら呟いた。

「ごはんは作らなくていいのか?」

ラクサスはその言葉に動きを止めた。
きょとんと首をかしげるナツに、ラクサスは炊飯器へと向かう。

「ラクサス?」

「煮込んでる間に炊こうと思ってたんだよ」

「そっかぁ」

納得してラクサスの後をついて行くナツ。
ラクサスは振り返ってナツを見下ろした。

「お前は鍋見てろ」

湯気の立つ鍋へと戻るナツに、小さく息をついた。
カレーを作るという目的だった為に、ご飯を炊く事を忘れていたのだ。ナツが思い出さなければ、そのまま忘れていたかもしれない。
米を炊飯器にセットした頃には、野菜も柔らかく火が通っていた。
ナツの手でカレールーが放りこまれていく。

「おー、うまそーだ!」

カレーのスパイスの効いた香りは食欲を誘う。食事には早い時間だが、動いていたせいかラクサスも微かに空腹を感じていた。

「じっちゃん、もう帰って来るかな」

「そろそろだろ」

いつもの時間を考えれば、一時間もしないうちに帰ってくるのではないか。時計を見ながらそう告げたラクサスだったが。いつもよりも早く玄関の扉が開いた。
台所に立っていた二人が気が付かない間に、マカロフはリビングへと足を踏み入れていた。

「何じゃ、カレーを作っておるのか?」

台所でナツとラクサスが二人仲良く台所に立っている姿は珍しい。本当の兄弟の様で微笑ましくも感じる。
その姿にマカロフが笑みを浮かべていると、ナツが駆け寄って来た。

「じっちゃん、おかえり」

「二人で夕飯を作ってくれたのか?」

「おお。今日はカレーだぞ」

ナツが身を翻して台所へと戻っていく。
ナツは、食器棚から皿を取り出すと、鍋をかき混ぜているラクサスの元へと持っていった。

「なぁ、ラクサス」

「あ?飯なら炊けてるから、よそえよ」

「ハートにしてくれ」

ラクサスは手を止めてナツを見下ろした。

「何しろって?」

「ごはんをハートにすんだ。シーエムでやってた」

似たようなコマーシャルはラクサスも見た事がある。皿の中央にハート型に盛った飯。その周りにカレーをよそうのだ。

「ふざけんな。そんなめんどくせぇ事できるか」

面倒以前に、男が飯をハートにするという事が寒い。

「ダメだ!じっちゃんにやるんだから、ハートじゃなきゃダメなんだ!」

むっと口元を歪めて真剣な目で見上げてくるナツ。頑固なナツが言い出したら聞かない事は分かっている。
ラクサスは、コマーシャルに恨みを感じながら皿を受けとった。

「これっきりだ。二度とやらねぇからな」

かくして、ラクサスの手によって歪なハート型の飯が盛られ、ナツによって溢れるほどにカレーがよそわれたのだった。

「こ、これは……」

座るマカロフの目の前に置かれたカレー。マカロフはコメントし辛そうにラクサスを見上げた。ラクサスは目を合わせようとはしない。
ナツがテーブルに手をかけて、マカロフの顔を覗き込んだ。

「じっちゃん、いつもありがとな」

テーブルに頭を乗せるように首を傾けたナツに、マカロフは瞬きを繰り返した。

「今日はじっちゃんの日だから、ラクサスといっしょにカレー作ったんだ」

マカロフは、今日が敬老の日だとようやく察する事が出来た。
ラクサスが幼い頃は毎年祝ってくれたが、思春期に入ってからはそういう行事にも無関心になってしまった。最初は寂しく思いつつも、マカロフもいつの間にか行事自体に関心を持たなくなっていたのだ。
まじまじとカレーを眺めるマカロフにナツはにっと笑みを浮かべた。

「じっちゃん、大好きだ!いっぱい長生きしろよ!」

「ナツ……」

ナツの言葉は、実の孫ではないとはいえ胸を打って来る。

「な!ラクサス!」

ナツが隣へと立つラクサスを見上げれば、ラクサスは面倒くさそうに顔をしかめた。
期待するように見上げてくるナツに、ラクサスは顔をそむけながらゆっくりと口を開く。

「……しねぇよりは、した方がいいんじゃねぇか。どうせ、あんたは死にそうにねぇよ」

その言葉は、素直でないラクサスの精一杯のものだと、マカロフは分かっている。
マカロフは涙を浮かべながらカレーを口に運んだのだった。




20100920
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