文化祭





いつもの如く騒がしい食堂にラクサスの低い声が響いた。

「絶対に来るんじゃねぇ」

そう殺意を込めた様な目で見られても、誰一人もそれに怖気づく者などいない。幼い頃から共に過ごしているから慣れてしまっているのだ。
そんなやり取りをした一週間後の朝。
学校は土日休みのはずが、土曜日の今日高校へと通っているラクサスは制服を身に纏って食堂の席に着いていた。

「よぉ。ラクサス」

にこりと笑顔を浮かべてラクサスの隣へと座ったナツに、ラクサスは視線を向けた。

「てめぇはやけに機嫌が良いな」

「ラクサスは今日もこえーな」

笑顔で正直に告げたナツの言う通り、ラクサスはここ数日機嫌が悪かった。正しくは、一か月程前から日が経つごとに機嫌が悪くなっていったのだ。
ナツの正直な言葉に、ラクサスはナツの頭をはたいた。

「いて!なにすんだ!」

「黙れ。クソガキ」

二人がやり取りをしている間に、食事開始の号令が掛けられた。
黙々と食事を始めるラクサスをナツは箸を噛みながら見上げる。

「ラクサス、今日のぶーん祭がんばれよな」

その場の空気が凍りついた。
機嫌よく食事を再開するナツの隣で、ラクサスは箸を折りそうな勢いで握りしめていた。
今日と明日はラクサスが通う妖精学園高等部の文化祭なのだ。
一週間前にラクサスが釘差す様な言葉の後は、あえて誰一人としてその話題は持ち出さなかったのに、ナツはそれをあっさりとぶち破ってしまった。

「来るなよ」

文化祭がラクサスの不機嫌の元だったのだ。
低く唸ったラクサスに、ナツは眉を下げた。

「ラクサスのバンド見てーのに、行っちゃだめなのか?」

しゅんと分かりやすいほどに落ち込みを見せるナツに、ラクサスは言葉を詰まらせた。
ラクサスが個人的な趣味でいじっているギター。それに、最近妙に纏わりついて来るフリード達を加えて、今回の文化祭の舞台で演奏する事になったのだ。

「オレ、ラクサスの歌すきだ」

どこでそんな技を覚えたのか。上目遣いで窺ってくるナツに、ラクサスは脱力した。

「ライブ見に来るだけだろうな」

「あと、うまいもんいっぱい食うんだ!」

本当はそれが目的なのではないだろうか。目を輝かせるナツに、ラクサスは怒る気も失せていた。

「……何でも良いが、俺のクラスには来るなよ」

「ラクサスのクラスはなにやって、」

ナツの言葉を止める様に、ラクサスの手がナツの頭を鷲づかみした。ぎりぎりと痛みを感じるほどに力を籠められてナツは口を閉ざす。

「来んなよ?」

ナツが頷くとラクサスは手を放した。

食事を早々に済ませて早めに登校してしまったラクサス。それを見送った後に寮内では騒がしくなった。

「じゃ、準備するか」

楽しそうに笑みを浮かべているのはミラジェーンだ。それにエルザ達も頷いた。もちろんその中にもナツはいる。

「楽しみだな、ぶーん祭!」

「文化祭だろ」

ミラジェーンが静かに突っ込んだ。
するなと言われればしたくなる。それと同じで、かたくなに来るなと言われれば行きたい気持ちが強くなるのだ。今回の文化祭には施設の者たち全員で参加する事に決めていた。

そして昼前、妖精の尻尾一行が妖精学園へとたどり着いた。
門には文化祭用に生徒の手で作られた歓迎門が待っており「収穫祭」と書かれていた。妖精学園の文化祭の名称である。
学校が設立されて間もなくの頃、農業が盛んだった町と協力して祭りを行った事から付いた名だ。

「しゅー……さい」

「しゅうかくさいって読むんだよ。ナツ」

門を見上げて難しそうに顔を歪めるナツにリサーナが耳打ちした。そうかと納得するナツに、周囲は笑みを浮かべて校内へと足を踏み入れた。

「おー、うまそー!」

門を入ってすぐに出迎えるような模擬店が並ぶ。涎を垂らしそうな勢いでそれを眺めるナツ。このままでは先に進めないのではないか。

「ナツ、食べるのは後にしろ。先に……それどうしたんだ?」

注意しようと振り返ったエルザは、ナツの姿に目を見張った。

「ふぁんが?」

何だ?
そう喋っているナツの手には抱えるのがやっとの食べ物達。口にもフランクフルトが突っ込められている。

「坊主、うまいか?」

「すげーうめー!」

フランクフルトの模擬店をやっている生徒に、ナツが元気よく手を上げた。それに笑みを浮かべる生徒。その周辺の模擬店からもナツに声がかかっている。
綿菓子。たこ焼き。イカ焼き。ポップコーン。その他諸々。
金はエルザがまとめて所持しているから、ナツは金を持っていないはずなのだ。

「ナツ、それどうした?」

まさか食い逃げではないだろう。エルザが恐る恐る聞くと、ナツは満足そうな笑顔を向けた。

「もらった」

フランクフルトを食べ終わり、ポップコーンを貪りはじめるナツに、エルザだけではない一緒に来ていた者たちも驚愕した。

「ししょくだって。エルザも食うか?」

ナツが差し出してくるポップコーンにエルザは首を振るった。明らかに試食の量を超えている。

「ナツの奴、世渡りがうまいな」

全てを見ていたミラジェーンはこっそりと呟いたのだった。間違ってもナツが飢死する事などないだろう。誰しもミラジェーンの言葉を否定する事は出来なかった。
度々模擬店で引きとめられるナツを引きずって、校舎内に入る事が出来た。普通に歩んでも数分足らずでたどり着ける距離が数倍はかかっている。
すでに疲れを見せる者たちが数名。ナツだけが腹を満たして満足そうに笑みを浮かべていた。

「なぁ、ラクサスのとこ行くんだろ?」

「あ、ああ、そうだな」

エルザは入場時に渡されたパンフレットを開いた。先に体育館の舞台で行われる演目の時間を確認する。ラクサス達が出るライブは三時だ。

「ライブ開始の十分前に体育館集合でいいな?それまでは各自自由行動にする」

大勢が移動するのは他の参加者の邪魔にもなるし行動しづらい。エルザの言葉に皆が頷いた。

「ラクサスのクラスは喫茶店だな。二階だ」

「よし、今行くぞ、ラクサスー!!」

「こら!待たないか、ナツ!!」

捉えようとするエルザの手をすり抜けてナツは近くにあった階段を駆け上った。文化祭とはいえナツの様な小学生の存在は目を引く。
手にいっぱいの食べ物を抱えて元気よく駆けまわる姿は微笑ましくさえ映るだろう。

「うーん、ラクサスどこだ?」

二階へとたどり着いたが、教室は一つではないのだ。並ぶ教室は全て文化祭で生徒が使用している。展示が飾られている場所もあれば店になっている場所もある。

「きっさ店って言ってたな」

参加者が分かりやすい様に入口に看板がかかっている。それを見ながらナツは足を進めた。その時だ、不機嫌な声が響く。

「ふざけんじゃねぇ!やってられるか!」

その声にナツが反射的に振り返った。ラクサスの声に間違いない。
ナツはきょろきょろと周囲を見渡して、店となっている教室へと顔を覗かせた。

「こんな恰好で人前に出させやがって」

ナツの目に映ったのは、探していた人物。ナツの好きな光に輝く金髪は、間違いなくラクサスしかいない。しかし服装が妙だった。

「いやー、似合ってるね。顔が良いって得だ」

ラクサスの格好に、周囲に居る生徒が目をそらしながら告げる。それにラクサスは怒りに身体を震わせた。

「てめ……、ナツ」

ラクサスの声が静かに教室に落ちた。
ラクサスに名を呼ばれ、ナツは手に持っていた食べ物を全て床に落としてしまった。ぐしゃりと顔を歪めるその目には涙が溜まっている。

「ら、ラクサスがへんなったー!」

ナツが涙声で発した言葉は、ラクサスの胸にザックリと突き刺さった。
ラクサスのクラスがやっているのは喫茶店。しかし普通のではない、執事メイド喫茶だった。しかもラクサスの格好は執事ではなくメイド。
スカートの丈が長めだったのは救いになったのか分からない。金髪はウィッグで長髪になり、メイド服が女性用だったのだろうラクサスの身体にはぴちぴち過ぎた。
そりゃ、子供は泣くだろう。

「ごめんなー、お兄ちゃんを変態にしちゃって」

一時閉店された喫茶店。その中でナツは、生徒たちにケーキやジュースを差し出されて慰められていた。
そこから少し離れた場所では、通常の制服に着替えたラクサスが座っている。ラクサスにも衝撃が大きかったのだろう。怒るでもなくただ無表情で外を眺めていた。
ナツはケーキを口に運びながら、ラクサスへと視線を向ける。

「ラクサス……」

元気のない声にラクサスが振り返った。

「ラクサス、変態だな」

「ぶっ殺すぞ」

怒りに燃えるラクサスに、ナツは首をかしげた。

「あれ?たいへん?」

混乱してしまったナツに、ラクサスは溜め息をついて立ちあがった。

「大変じゃねぇよ、別に」

ナツの近くまで歩み寄り薄く笑みを浮かべるラクサス。ナツは椅子から降りてラクサスに飛びついた。ぎゅっと抱きつく力を込めて、ナツはラクサスを見上げた。

「オレ、ラクサスのバンド見たかったんだ」

ラクサスはナツの頭をぐしゃりと撫でた。見守っているクラスメイト達に一度視線を向けてナツへと戻した。

「ライブの時間まで一緒に回ってやる」

「ホントか!?」

表情を輝かせるナツに、クラスメイトも止めづらくなってしまう。それでも人員が減って堪るかと引きとめようとするクラスメイト達の気配を感じ、ラクサスは冷たい目で睨みつけた。その凄みに動きを止めるクラスメイト。
その隙に、ラクサスはナツを連れて教室を出ていった。

「何か食ったか?」

「わたがしとポップコーンとフランクフルトと……さっきいっぱい落っことしちまったけど」

まだ口を付けてなかった食べ物を思い出してしょんぼりするナツ。それだけ食べれば十分だと思うが、胃袋は底なしと言えるほどにナツは大食いなのだ。

「食いたいもんがあったら言え」

ナツは驚いてラクサスを見上げた。

「……今日はやさしーな」

いつも優しくないとは思っていない。ただ分かりやすく甘やかす事がないのだ。本人達以外は、ラクサスはナツには甘いという認識を持っている。
ラクサスは見上げてくるナツを見下ろして口端を吊り上げた。よくナツに向ける様な笑顔でも、揶揄する様なものでもない、悪戯を終えた子どもの様な笑顔だ。

「あのくだんねぇ場所から逃がしてくれた礼だ」

ナツは頬を紅色させて、笑みを浮かべた。

「おう!」




20100918
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