消化不良





その日の訪れた珍客にギルド内はまた一段と騒がしくなった。

「ここがエルザさんの居る妖精の尻尾か」

耳を刺激する様な甘い声に周囲は振り返るが、その声の主を確認した後に表情が固まる。
声の主はギルドへと足を踏みいれた。
いつもの如く騒がしいギルド内、ケーキを口に運んでいたエルザは、ぴたりと手を止めた。先ほどまでの機嫌のよい表情が一変して顰められる。

「どうしたよ。エルザ」

同席していたグレイの問いに、エルザは周囲を見渡した後に首を振った。

「いや、少し寒気がしたんだが……」

「見つけたよ。エルザさぁん」

気のせいだ。
そう続けようとしたエルザの声は、甘い声にかき消された。途端ぞくりと鳥肌を立たせてエルザは立ちあがった。

「その声は!」

「あなたの為の一夜でぇす」

わざわざポーズを決めているのは青い天馬の魔導士、一夜=ヴァンダレイ=寿。その異形の姿にギルド内が騒然となった。
好奇な視線が一夜に集まる中、グレイが眉を寄せる。

「つか、あんたの周りに居るのは何だよ」

「悪いが、男とは話さない主義だ」

顔を引きつらせるグレイには見向きもせずに一夜はエルザへと歩み寄る。距離が近づく分エルザも離れるから、二人の距離が狭まる事はない。

「そ、それより、きさまのそれはなんだ」

グレイが問うた事をエルザが再び問う。
エルザの視線の先には、一夜の周囲に群がるものたち。犬や猫などがへばりつく様に一夜に纏わりついている。
一夜は、ああ、と一度頷いた。

「今新しく香り魔法を考案しているんですよ」

「それと、きさまの周りの動物たちとどう関係があるんだ」

一夜の長ったらしくなる話しを簡易して説明すると、香り魔法を研究して新しい効果を生み出そうと試みたものの、新しく作りだした香りを自らが被ってしまったのだ。ちなみに何の効果かは分かっていない。

「いや、それ見りゃ大体分かんだろ」

おそらく動物に懐かれると言った効果なのだろう。
興味が失せた様に視線を外したグレイだったが、風を切る様な勢いで再度一夜へと振り返った。

「ナツ!?」

エルザも目を向いた。一夜のすぐそばにナツの姿があった。

「何だ君は!」

一夜も今初めて気が付いたのだろう、ナツの姿にぎょっとしている。
ナツが、うっとりとした表情で一夜の背にへばり付いていたのだ。

「あー、すげーいい匂いすんな」

猫だったら喉でも鳴らしそうだ。背中にくっつきながら顔を擦りつけている。

「君は六魔将軍討伐の時に居た……私にそういう趣味はないんだ、離れないか!」

必死に振りほどこうとするが、ナツが離れる様子はない。
それを呆然と見つめているグレイに、依頼版を見に行っていたルーシィが近寄った。

「あのままにしていいの?」

「……別に。あいつ鼻が良いから魔法にかかってるってだけだろ」

ナツは滅竜魔法の効果もあって動物並みかそれ以上の感覚を持っているのだ。それなら香り魔法にかかっていてもおかしくはない。
しかし、ルーシィが問いたかったのはそう言う事ではないのだ。

「嫉妬してるかと思ったのに」

グレイとナツはいわゆる恋人同士。いつもなら警戒心のないナツにグレイはやきもきしているのだが、今回はそういう行動は見られない。
首をかしげるルーシィにグレイは小さく息をついて一夜を見つめた。

「何つーか、あれに嫉妬しても仕方ねぇだろ」

納得しながらルーシィは一夜へと視線を向ける。

「いいか!私の魅力が男さえも惹きつけるのは仕方がないが、私はエルザさんのもので」

「全力で拒否する!」

一夜の言葉を止める様にエルザの声が響いた。
その間もナツは聞いていない様で一夜の背にうっとりとくっついていた。

「……言ってる事はムカつくんだけどな」

それに加え、鬱陶しい。
グレイの言葉にルーシィは頷いたのだった。




20100915
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